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前身・その最弱は力を求める  作者: 藍色夏希
第3章【その血族は呪いに抗う】
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161.【幼い少女に護龍の牙を】

圧倒的有利な領域、それを、ほとんどノータイムで作り出し、ほとんど変化の見えない刃でもって、甚大な傷という変化を伴う力をぶつける。血液と混ざりながら体内を巡る水が、その一粒一粒の雫から全てナイフのような形状へと変わり、さらには死雨とも変わらない攻撃力を叩き出す。

一度拒絶結界で阻めなかった攻撃によって体が貫通させられる。その穴から水が入り込み、内側から徐々に喰い食まれていく。このたった一つの月界で、仕切りや本棚がなければ、図書戦宮はほとんど水没する。こんなチートを超えた相手に、立ち向かうのは華奢な少女。

『もう駄目カ。』

諦めたように心の中でつぶやき、シヴィルファフリーから悪魔のレヴィアタンへと形態変化しようとしたその時。ライラの血塗れの体に手を添えて、自身の身の危険など考えることなく抱き寄せて。そうして、血に汚れる事もいとわない少年が、ライラをゆっくりと水面へと押し上げた。

「あの悪魔・・・いないよな・・・・・・?」

そっとそう呟いて、近くにいることすら気づいていないであろう少年がライラを助けたことに驚くレヴィアタン。

少女は、ライラは、全ての『物』に愛される。全ての『者』にうとまれる。人間の1番弱く、人間が1番簡単に変えることのできる感情という部分に直接語りかけるライラのその『体質』。それは、嫉妬の大罪囚としてのパッシブスキルと呼んでもいいものである。意識を失って多少効果が薄れるとはいえ、少年がライラを妬ましく思い、殺してやりたいとまで考えるのは事実のはずだ。

『嫉妬の感情全部を抑えて、助けに来たってことかヨ。』

しかし、そう甘いはずがない。月界の内側に囚われたものは、全てが敵だ。たとえそれが伝説の悪人でも、たとえそれが狡猾なだけの最弱でも、たとえそれが純血の吸血鬼でも。

全方位。もっと正確に言うのならば、アキト、またはアキトの纏っているものに触れている水全てが逆立ち、その秘められた刃をアキトにつきたてようと殺意をこめる。

いまだどこかで優雅に泳いでいるのであろうユルカナミシスの殺意が、ゆっくりと収束していく。

『礼ダ。今だけは、協力関係だからナ。こいつとハ。』

放たれる。寸前。アキトの体と水の接着面積全てに空気の気泡が瞬き、破裂する力によってアキトの体が簡単に宙を舞う。

全ての『者』に疎まれるライラを少なくとも妬ましいと感じてしまうレヴィアタンの本能が、アキトのようにライラを浮かすことは出来ない。なぜなら、ライラは全ての『者』に疎まれなければならないから。それに反すると言うことは、大罪囚の存在に反すると言う事。たとえレヴィアタンであっても、ライラに弾かれる。

アキトには使えた『それ』によって押し上げられたアキトは、地味にある反射神経を総動員してライラを掴み、剣山とそう変わらない。いや、もっとタチの悪い水獄、『海龍月界(ユルカナム・アイオラ)』から、少女をすくい上げたのだった。

「こ・・・れは・・・」

月界に囚われた瞬間に意識をなくしたため、ライラは水上に行くことは出来なかったが、ライラには今、大気を操る精霊の加護がついている。宙に浮かび続けることだって容易だ。その加護に触れて、自分も浮いているということに驚き、アキトが小さく声をもらした。

「っ!・・・クソ・・・俺は・・・。」

そして、振り上げた自分の拳を見て、苛立ちの混ざり合った軽蔑の視線を、己に向けた。自分の理性は、分かっている。この少女の『何か』、それが自分をここまで苛立たせ、嫉妬の感情を刺激しているということを。しかし、本能が言っている。この少女が憎い。妬ましい。羨ましい。腹立たしい、と。

そうした醜い本能の嫉妬という部分が、アキトの右手に、拳を振り上げさせたのだった。

左手で爪を立て、理性を保てるように呼吸を正す。自身の体が違うもののような感覚に眉をひそめ、力が入り、殴らないことを拒絶している震える右手をゆっくりと押さえ、弾かれたように顔をあげる。

「アイリス・・・上は大丈夫だ!」

どこかに声をかけるアキトの奇行とも呼べる行動に疑問符を浮かべるでもなく、レヴィアタンは補足した気配が近づいてくるのをしっかりと感じていた。

ゴポリ、と。ゆっくりとせり上がってくる紅い球体が水を滴り落としながら浮上。中央に入った切れ目から、徐々にその中身が見えてくる。血塗れで、意識があるのかも怪しいアイリスフィニカの全貌が。

「っ!アイリス!」

「ごふ・・・あ・・・きと。」

体制を維持することすら困難。破裂して血液へと戻る球体がアイリスフィニカの周囲を巡り、傷跡を覆うように出血と混ざり合い、戻って行く。

「アイは・・・大丈夫・・・」

咳き込み、アキトに抱きつくような形で倒れこむアイリスフィニカ。吐血した血さえもがアキトの方から煙のように立ち上り、アイリスフィニカの傷跡へと還って行く。

そうして、アイリスフィニカの惨状にやりようのない怒りに震えるアキトに、少女の肢体が目に入った。

「傷跡が・・・同じ・・・」

「この海・・・なにかおかしい。水が、意思を持ってるみたいに、襲ってくる・・・」

アイリスフィニカは球体という一層のシールドと、吸血鬼特有の再生能力を持っているからこそ耐えられたが、この少女に関しては間に合わなかったのだろう。アイリスフィニカにしても、これ以上長く潜っていたら死んでいた。

「あれ・・・この子・・・いつの間に回復を?」

ライラの体から噴き出していた赤黒い血の数々。それらがいつの間にかなりをひそめ、しっかりと五体満足の状態へと戻っていた。

こんなに幼く、こんなに華奢な少女でも、大罪囚というべきか。

「アイリス・・・すまん、少し移動してくれないか?無理させて悪い。すぐ休ませるから。」

「うん」

このまま置いて行くというのは非常に心が痛むが、ここでこの拳を振り下ろすという行動に比べれば、まだマシだった。

アイリスフィニカに頼りっぱなしの状況に歯噛みしながら、少女を抱えて最低限の血液で敷かれたレッドカーペットを進んで行く。俗にいうお姫様抱っこではあるが、少女からはあまり重さが感じられなかった。

怒りを追い出すように息を吐いて、まだ水没していない本棚の上。洞窟のように本棚の壁に囲まれたトンネルへと、少しずつ歩みを進めた。

「アイリス、俺のためにタオルを作ってくれ。」

「う・・・ん」

そっと血液で作られたタオルがアキトの前に現れる。ゆっくりと、木の葉のように落ちるそれを手に取り、アイリスフィニカの体を、問題がない程度に拭き始める。

「あ、アキトが・・・使うんじゃ?」

不思議そうに言う少女の額にデコピンをかまし、可愛く「痛っ」と瞳を瞑る姿に安心する。

「お前、自分のために作らねえだろ。」

例えば、ここでアイリスフィニカの体を拭くからといってタオルを作らせても、きっとアキトに使わせようとしただろう。本当に自分を大切に出来ない少女だ。よく言えば、人に優しくできる少女だ。

「アキト・・・ちゃんと全部拭いて・・・寒い。」

「ばっ!馬鹿かお前は!自分で拭くぐらいできるだろ。」

自身の胸を押さえながらアイリスフィニカがアキトに言う。赤面しているのを隠そうとしてそっぽを向いているが、耳が赤くなっているのでバレバレだ。水によって透けているため色々と内側のラインや下着が見えている時点でアキトには刺激が強すぎると言うものだ。それを拭けと言われても、経験値不足だ。

「アキトのケチ・・・。」

「いつもの口調はどうしたんだよ。」

諦めたように立ち上り、アキトはタオルをアイリスフィニカに投げつけた。


ーーーーー


『そんなに、境界は重いかヨ。クソドラゴン。』

「れ・・・ヴィアタン・・・」

そっと目を覚ました少女、ライラは、自分を抱えている悪魔の名を呼んだ。三本の角を持った漆黒の悪魔。枯れた翼に裂けた口。隠すことのできない禍々しさの塊。言ってしまえば化け物とでも称するだろうか。そんな悪魔が、ライラをゆっくりと宙に置き、拒絶結界シヴィルファフリーへと形を変える。

『絶対に水中に潜るナ。喰われるゾ。』

「・・・分かった。」

眼前。津波のように立ち昇る水の矢、それらに連なる槍、劔、刃たち。すでに何発かは消し去ったのだろう。宙に舞う雫が、その広大な海へとその身を落とした。

一個人、それが、一つの場所を相手にする。それが、どれだけ大変なことか。月界を使わぬ戦いで両者が互角だったとして、その現在戦闘においてそうとは限らない。月界という力によって昇華された力がある限り。

精霊聖剣『チスニプリウム』。しなやかな刃をそっと構え、空に添える左手で獲物を捉える。手中に収めて瞳を閉じる。それが、開幕の合図だった。

射出される数々の刃たち。続く雫も切り裂きながら、視認することもできぬ量が、視認できぬ大きさをもって、視認できない速さで迫った。その、輝きの主人に向かって。

纏う簡素な服を翻し、縦一刀に断ち切る。続く数々の刃に刀身を重ね、切り裂く。更に量産された水流から、更に刃が射出される。そして、それを覆うように水の壁がライラ達の周りに立ちはだかった。

変わらない。

残像を伴った剣撃で横薙ぎ、続く刃は間髪置かず、斜め下に斬りさげながら受け流し、肩に迫っていた水の槍を回避。脳を、頭を狙う三本の刃。眼前まで迫ったそれらを、同時といってもいいほどの差で全て斬り伏せ、最後の一つを拒絶結界で霧散させる。

「それは!」

自分を囲っていた壁が蠢き、もう見飽きた『それ』を作り出した。レーザーのように全てを貫き、魔法のように滅ぼし尽くす雨の猛撃。

ーーー死雨!

壁からほぼ隙間なく射出されるそれらの死雨。もはや避けるのは無理かと思われる中、精霊聖剣に宿す。

全ての流れを操る精霊。

チスニプリウムが天を指し示し、それに従うように死雨が天をめがけて駆けていく。

薄れる輝きが消え失せ、さらなる輝きが刃に宿る。ここまでノータイムで精霊の力を借りることは、自身の霊力に多大なる不可をかけることになる。しかし、それでも。少女は懇願する。

ーーー百霊王弓。

全ての精霊を統率し、何者をも貫かんとする王の矢。現れる輝きが宙を駆けて、見渡す限り広がる海に一つの大穴を開ける。

荒れ狂う海が底を埋めるように波打ち、轟音が世界を揺らす。

明らかに不自然な波達の挙動。つまりそれは、近くにいたユルカナミシスが、ダメージを受けたということを指し示す。今もその海原の遥か下で、のたうちまわっていることだろう。それによって海が荒れるほどに。

「痛っ、」

目から血が流れ出す。霊力限界酷使によるダメージだ。

『これ以上は危なイ。が、まだ倒せてなイ。』

「うん」

『いけるのカ?』

「行くしかない。そうでしょう?」

何も言うまい。そんなレヴィアタンの心情が伝わってきた。勝手にやればいい。そんな考え方でもあるのだろうけれど。

ライラの剣に、再び輝きが宿った。

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