157.【嫉妬の輝き】
『メンドくせえ奴が来ちまったナ。番人ユルカナミシス・・・懐かしいゼ。』
「どういうこと、レヴィアタン。」
『話す義理は無いんじゃないカ?』
キッと睨み返す少女の持つ宝剣。磨き上げられた輝きに溢れる気品、その刃が、音もなくレヴィアタンを指し示した。
しなやかな指先から、華奢な肩。おおよそ貧相とは言えないような平均的な体。健康的な肉付き。美しい顔立ちからはまだ幼い印象を受ける。美しいといっても、絶世の、最高の、そんな肩書きがつくほどではない。可愛い、そう称されることの方が多いくらい。
まさか、こんな少女が大罪囚序列2位、『嫉妬』ライラ・クラリアスだとは、誰も思うまい。
「話して。」
『・・・・・・ハァ、簡単ダ。人界の外から、境界を侵してこっちに来た7つの大罪。それが大罪悪魔ダ。』
「・・・」
『この世界の海の境界の番人は、そんな悪魔を許せないんだロ。ご主人様の命令に背いてでもナ。』
ライラに命令されて話すレヴィアタン。彼に向けられる抑止力はない。けれど、全ての物に愛される少女の言葉を断るほど、利害の関係に疎くないのがレヴィアタンだ。発見された人界に入ろうとしたおおよそ数百万の悪魔達の中で、ユルカナミシスから生き残ったたった7匹の内の一人。
「ライラ達の敵。その認識でいいのね?」
『間違っちゃいねえナ。」
レヴィアタンに向けられていた宝剣の刃はスッと下ろされ、空気を斬る音とともに、刃の切っ先をユルカナミシスへと変えた。
「今回だけ。共闘しなさい。」
『同感だ。いいだろウ。』
少女の契約したレヴィアタンを狙う敵。それが、歴史上に名を残すほどの強敵でも、記憶に残ることすら難しい狡猾な雑魚でも、滅ぼし尽くす。少女は、全てのことに嫉妬する。全ての者に嫉妬される。
だから、少女からも嫉妬を贈る。レヴィアタンを殺そうとすることに、羨ましいという嫉妬を。
「拒絶結界。『シヴィルファフリー』。」
世界を、何かが駆け抜けた。光の粒子が世界に舞い散り、闇の残像が影を移す。少女に。
レヴィアタンの形状が変化。少女の片腕。鋼鉄が蔦のように絡まり合い、うちに秘められたレヴィアタンの意識が腕に伝わる。左腕の形状を記憶、そして、覆うそれらが形を合わせ、輝かしい白金の盾が、小さく表れた。
レヴィアタンの形状変化。それは、ライラの根源に刻まれるものを写す。いわば顕現魔法の上位互換、究極体だ。全ての嫉妬を拒みたい少女の、全てを拒絶したい心。それらが生み出したのは、少々頼りない盾。もちろん、リデアの剣にも劣らぬ装飾もある。まるで、ライラのように美しく、簡素な。
だと言うのなら、能力は単純明快。ややこしい能力ではない。言ってしまうのならば、一言で済む。
能力ーーー
「完全防御。」
刹那、コマ送りの世界だとしても視認出来なかったであろう一撃が、その迷宮の地面を抉った。
破裂音が鳴り響き、爆発音が轟いた。もくもくと立ち上る土煙の中、当たり前。嫉妬は無傷。
降り注いだのは、直径1ミリにも満たない圧縮された水の柱。触れるだけで指がもげ、体に当たれば内蔵を貫通し、頭にでも当たった日には生き残ることなど不可能。カガミの『影砲』最大出力にも劣らない、視認不可能な必死の一撃。否、雨のように降り注いだ猛撃。
「出しゃばり過ぎね。大人しく潜っていればいいのに。」
ボコリ、到底普通の人生では聞くことのできないような音。それは、チョコレートを砕く時に似ていただろうか。残念ながら、砕かれているのは破ることが極めて難しいとされる結晶のタイルで、砕いたのは華奢な少女のしなやかな右足だ。
「ッ」
急速に跳ね上がる高度。砕き、踏み抜いた結晶のかけらを撒き散らしながら、風圧によって影も形もなくなった土埃の中。少女の飛躍を目にできたものはほとんどいないだろう。
『精霊・・・カ?』
「精霊は人じゃない。ライラにいつも懐いてくれる。今みたいに。」
人間には、ましてやこんな少女には出来るはずのない超飛躍。それを可能にさせたのが、不可視生命体。存在自体が神話級のもの。『精霊』。
現在進行形でライラを宙に繋ぎ止めてくれているのも精霊である。
「レヴィアタン、使う。」
『了解した。最大で待機しておこうじゃないカ。』
不気味に笑ってみせたのが手に取るように分かる。そんなレヴィアタンに頷き、『それ』を呼び出す。
少しだけ周りに嫉妬されていた。ほんの少しだけ、何かの才能があった。そんな少女を、たまたま見つけた。それが、この嫉妬コンビの誕生の由来。そんな可哀想すぎる少女を見かねた精霊は、全員が満場一致で精霊王に訴えた。少女に力を、と。
世界で確認されている中では初めて、精霊王から直接顕現魔法を賜った存在。それが、ライラをただの少女たらしめていない理由である。
精霊が願った力。ただ一つ、少女に与えた武器。盾と対となる刃。
「顕現魔法、精霊聖剣『チスニプリウム』。」
彼の英雄グレンは、ただの剣一本で壁を超えた。とするのならば、この剣は、その壁を、ぶち壊せるほどの力を持ち合わせる。
精霊聖剣、ただの一人も、精霊王の持つ精霊の中で、誰も反対しなかった。このチートとも言える武器の顕現を。この最強への架け橋を。
「精霊王の精霊たちが、力を貸してくれる。」
瞳を閉じて呟くライラの言葉。
並べてみればただのそれだけ。けれど、精霊を宿した劔のことを知る人間ならば、誰もが口にするはずだ。強すぎると。誰もが思うはずだ。羨ましいと。誰もがするはずだ。払拭することのできない性、罪。
嫉妬を。
地震怖い。