153.【エルダーサンクチュアリ】
円状にリデアの周りに魔力が生成。そのまま、明らかに落下速度とは異なる速さで、作られた劔たちが地面に突き立てられる。
リデアの周りに作り出された魔力剣の数、およそ10本。金の輝きを撒き散らしながら佇むそれは、1つ1つの造形が異なり、それぞれに美しさと気高さが共存していた。
「あら、随分やる気なのね?」
「殺されると分かっていて戦おうとしないなんて、ただの馬鹿のやる事よ。」
それか、計算され尽くされた作戦の内か。そんな狡猾な思考が、リデアにその言葉を脳内で言わせたのだろう。
首を振ってその考えを放り出し、更に10本ほどの刃たちを量産。計20本ほどの刃たちの壁が、リデアの周りに顕現した。
ここで殺されてどうなるのか分からない以上、こうして最大限の警戒をすることは怠れない。
「そうね、それじゃあ私も、そうさせてもらおうかしら?」
警戒の姿勢を最大限に高め、鋭い視線で敵の出方を待つ。強欲の力を持っていないと言うことは、アカネがアワリティアになる前の戦型で戦ってくると思っていい。すなわち、リデアの触れたアワリティアの戦い方とは、全く違う。
「っ!」
扉が、そこにあった。
中世風の扉。ちょうどこの世界のような。リデアは見たことのない現代風の扉。ひと昔前のあちら側での手動ドア。その他にも、小さい窓やチェスト、箱など、様々なゲートとなり得るものがアワリティアの背後に佇んでいた。
そして、全てのものに関する共通点。それが、禍々しい黒であると言うこと。
「私がこれまでに作ってきた全部の空間。ねぇ?しっかりと味わってね?」
そこからは、速い。
「魔力剣!」
「黒聖域!」
生成されていた魔力剣総勢20本の内、18本が射出。金の残像を残しながら、その軌跡の先、アカネを死へと誘う。
ただ、そう簡単にはいかない。アカネの背後に展開されていた黒聖域、様々なゲートたちが、その名の通り黒い漆黒の聖域へとリデアの剣を吸い込む。
「私のこのゲート達はね?吸った物を全部魔力にしてしまうの。そしてそれを、こうして作り変えてくれる。」
展開されていた聖域の数々が吸い込んだ無数の魔力剣。純製魔力によって、耐久力や切れ味が強いことが裏目に出る。その分強い魔力で編まれている魔力剣は、アカネの武器のいい餌になっただろう。
「キリファリカ。私に一番馴染む武器。」
かつてのマモンの変化形態。クリファリカ。魔力を吸って再度顕現させることができるという能力を持った魔刀。それよりも、日本刀というイメージに近づいた刀。
リデアの魔力剣18本によって作られた一刀。
「魔刀『キリファリカ』。やっぱりこっちの方が馴染む。」
「だからどうした!」
再び作り出された魔力剣。ただし、今度は魔力を最低限に、しかし当たれば出血は間逃れない斬れ味。繊細な魔力操作を可能にするリデアならではのクナイとも言える短刀が、またしてもアワリティアへと飛ぶ。
「久しぶり、キリファリカ。」
さっと一刀。きっとアキトでさえも見ることのできるほど遅い剣線。リデアの作り出した短刀の全ては、その遅すぎる刃の前に、粉々になって消えた。
「ちぃっ!」
小さく跳んだリデアがそのまま加速。肉体の鍛錬も怠らない少女の二刀の剣が、些か綺麗すぎる軌跡を描いてアカネを襲う。
アカネの背後の聖域達がそれを逃すはずもなく、球体のように収束する魔力達がそれぞれの色に輝きあい、およそ視認できない速さで繰り出される。
爆裂音と世界を焦がす魔力の音が混ざり合い、それらは未だ消えることなく続いている。同じく、それを避け、跳んで躱し、剣でいなしながら進むリデアの進撃も、止まることはない。
「素敵、素敵ね。」
聖域から未だに打ち続けられる魔力の合間を縫って、リデアの魔力剣が飛来。
「また?」
「な訳、ないでしょっ!」
ガラスの砕けるような音に乗せられた風圧と魔力片が、そうして構えていたアカネへと叩きつけられる。
「っ!」
黒の剣撃。彼女のそれはきっと本気。剣先が空を走ることすら捉えられない絶技が、1ミリにも満たないであろう多量の魔力片達をことごとく切り裂く。そのまま、振り切った刀をそのままに、背後に迫っていたリデアへとキリファリカの漆黒の斬撃を繰り出す。
しかし、展開されていた魔力の盾により、その剣撃が弾かれる。同じく、アミリスタほどの結界能力ではなく、ただの魔力の塊を生み出しただけのそれが持つはずもなく、キリファリカと、それを操るアカネの技量の前に弾け飛ぶ。
金閃散りばめられる中、それらを切り裂きながらリデアの魔力剣がアカネの頭上へと滑り、
「危ない。死んじゃうところだった。」
満面の笑みを浮かべるアカネのキリファリカに、いとも容易く受け止められた。
ーーー世界再現魔法。魔女の幻影。
「こっちは偽物よ。」
「?」
そう言って、リデアがそっと土煙の中に紛れる。刹那、背後に現れたリデアらしき魔力反応に、黒の聖域全てが、全攻撃の最大威力を叩き込んだ。そう、リデアによって再現された偽物のリデアに。
「偽物?」
それによって、黒聖域の主砲と、アカネの意識はそちらに向いた。
再び土煙から現れたリデアの剣が、またしてもアカネの未来を断とうと振り下ろされた。
「っ・・・!」
金の刀身が、しっかりとした感触を伝えてきた。肉を断つ鋭い感触を、骨を抉る硬い感触を、撒き散らされる鮮血の感触を。
リデアの剣がアカネの右肩を滑り、金色の輝きの中に紅い鮮やかな色を混ぜた。その剣が切り進めた傷は深く、アカネの右腕は、千切れる寸前にまでなっている。
さらなる追撃を警戒して、リデアが刀身を引いて後退する。事実、黒聖域はその口を大きく開けて、輝きを世界に灯している。
「やっぱり、彼の影響なのかしら?」
「・・・なんの話?」
既に準備は整っているであろう聖域からの攻撃を止め、黒の月はそう呟いた。
訝しげに眉をひそめ、聞き返すリデア。握りしめた剣が震えているのは、それがどういう事なのか、理解しているからだ。その女が、どうしてそんな事を言ったのか、心の奥底ではわかってしまっていたから。
「純能力を持っただけのあなたは、そこまで脅威ではなかった。ええ、そうだったはずなの。」
「・・・・・・。」
「だけれど、あなたは戦略に、私達の裏をかくような物を入れ始めた。」
「それがどうした!」
そう。人の裏をかくような。自分が攻め込んでいたら、いつの間にか追い詰められていたかのような。そんな、全力を出すこともできずに倒される、不完全燃焼をさせる戦い方。ウドガラド組に、一番戦いたくないのは?と問うた時、一番最初に名前が挙がる人物。
誰もが戦いたくない。それが、ミカミ・アキトがいる陣営。
そして、そこに一番長くいたであろう少女。感化されてしまうのは、必然とも言えた。
「あなたにとって彼は、もう居なくてはならない存在なのよ?」
ねっとりと、まとわりつくように。
そんなことは知っている、その言葉が、出てこない。
知っている。彼が全てを抱え込んでしまうこと。誰かを守るために、それを苦だと感じないこと。一番に人を考えている事。
ーーー私の為に、強くなろうとしている事。
その最弱が求め続けている力。それが、リデアたちを守るための力。
「だから、それが何!」
世界をビリビリと揺らす咆哮。耳朶を叩く轟音と、肌につくピリピリとした刺激。脳を揺らす竜の咆哮と共に、リデアが剣先でアカネを指す。それに示されるように、進む刃がアカネを貫こうと空気を駆ける。
サッとアカネの前に現れる聖域に吸い込まれるリデアの魔力剣。続く刃を放とうとしたリデアの内臓に、堪え難い激痛が走った。
「っ!」
黒聖域の背後から、感知することのできない速さでリデアの懐へ入り込み、アカネの拳がその華奢な体を蹂躙した。
千切れかけた右腕に構わずに、黒い雷のようなものに纏われたキリファリカを引き抜き、リデアの右肩から左の脇腹まで斬りつける。
そのまま剣撃の嵐が終わるはずもなく、流れるような動きで二撃、三撃と、傷を増やしていく。
「分かっているでしょう?自分が、1番速く助けてほしいって、そう願っている事。」