148.【参・戦】
「ごふっ!」
「ふん!こんなか弱いボクのパンチで痛がるなんて、アッキーは弱っちいね、ふん!」
要所要所に憤慨の色を見せる少女の言葉を聞いていたならば、それが誰なのか、どうして怒っているのかなんて、分かりきってしまう。
目の前で薄い紫の髪を翻すのは、華奢な体躯で拳を突き出すアミリスタだ。
これまでは普通に伸ばしていた髪をまとめ、俗に言うポニーテールという髪型になっていた。ポニーテールに対して好印象しかないアキトにとっては、その少女の可愛さに磨きがかかったと賞賛の言葉を禁じ得ない。
と言おうとしたところで、おそらくアキトの本気よりも数段上の威力の打撃が飛んできた。考えてみれば、リンク・フィールド・バトライズによって、その少女はガツガツ殴っていた。痛いわけだ。
「久しぶりだな、アミリスタ。」
まだジクジクと痛む腹をさすりながら、全く無意識の状態で頭を撫でる。
「子供扱いするな!」
「ああ、すまん。丁度いい高さにあったもんだからつい。」
そっと手をどかすも、名残惜しさは抜けることはなく、とりあえず我慢しながら椅子に腰掛ける。
実際あまり使っていなかったその椅子は、きっと現実の場所よりも夢魔の中での方が座っていることだろう。
「それで、ボクになんのようなんだい?」
まだ怒りは収まらないようで、プリプリと怒っているアミリスタは、完全に駄々をこねる幼児にしか見えない。
「ごはっ!」
「誰が幼児だ!」
的確に鳩尾を貫く打撃の衝撃が、まるで槍にでも刺されたかのような痛みを伝えてきた。
なんだかんだバルバロスで生活しているうちに、性格は図太くなってしまったらしく、心の中で留めておいた言葉が口をついて出てしまった。
「別に、例えであって本気で言ってるわけじゃねぇよ、そんなに怒るなよ。」
「嘘つき」
「本気で幼児だと思ってる奴の告白に、あんなに狼狽えるかよ。」
「っ!・・・それは、だけど・・・」
真っ赤な顔でその時の事を思い出しているであろうアミリスタの表情とは対照に、アキトはしっかりとアイリスフィニカの教えに従って、その鉄仮面を貫いている。
不自然なくらいに。
無論、アミリスタだって気付いているはずだけれども、こんな所に落とされてしまったのだから、余裕がないことは考えなくとも分かる。アミリスタとて、しっかりと中身は大人だ。
「で、要件はなんなの?」
主にアキトのせいではあるのだが、とんでもなく長引いた前置きを終幕に持って行き、やっと本題へと突入する。
アキトが、アミリスタとコンタクトを取りたかった理由。
「もしかしたら、いや、もしかしなくとも、水害系の竜が、ウドガラドを滅ぼしにくる。」
「本当なの?」
「信用しろって言うのは、自分勝手かもしれないな・・・」
アミリスタに救えた命がある。それを証明して、一緒に黒竜の悲劇を乗り越えようと決心したのにも関わらず、その約束を破ってバルバロスに落ちたのだ。信じることも、それより、こうして言葉を交わすことだって、嫌かもしれない。
「信用するよ。ボクは、アッキーが好きだ。愛してる。だから、信用するよ。その事も、帰ってきてくれるってことも。」
「・・・っ、・・・。」
がくりと肩を落として、自分の今の不安はなんだったのかと苦笑する。そして、同じく襲ってきた安心感に、鉄仮面から驚愕が漏れた。
分かっていたけれど、信じられなかった。この少女は、しっかりと信じてくれている。
「今の話、もっと詳しく教えてくれる?」
なんて、崩れかけた鉄仮面にさらに追撃を叩き込むように、金麗の少女が頬を膨らませて、そこに佇んでいた。