137.【彼女らの幸先】
ライラ。それだけが、私と、私という人格を、人間という種族とを、姿形だけが。繋げてくれていた。そんな細くか弱い繋がりの糸さえ途切れてしまうのではないかと恐れてはいたけれど、その悪魔に魅入られた理由は、レヴィアタンに魅入られた理由は、その容姿でもあったのだから、この容姿は、例え恨んだって、妬んだって、消えてはくれない。無くなってはくれない。空っぽなままで、美しく保たれ続ける。
手中の剣。なんの変哲も無い、ただの剣。それを、華奢で細い、美しい腕で握りつぶす。ひしゃげる柄がやがて亀裂に割れ、ボロボロと崩れ落ちた。もはや原型など保たれていない。砂粒のような。
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「おい、どうした?」
「大丈夫・・・か?」
壮絶な絶望感。視界的には開けているのに、おかしいくらいの圧迫感を感じる孤独と暗闇。受けた剣撃の方が痛いはずなのに、その手で掴まれた頭の痛みが忘れられない。忘れられるような、生半可な痛みじゃ無い。
と、叫ぶ血の、知の、智の。
涙が、ぽつりと、溢れていた。
「原因が分からない。」
「私も・・・・・・・。」
原因不明の記憶と感情に遭遇して、意味不明の涙が流れていたくせに、どうにもその2人は冷静過ぎやしないかと、考える間も無く、考えていた間を砕いて、そんな疑問は消え去っていた。
「は・・・!」
煩わしいほどに輝いていた輝きが、本当にゆっくりと、光が消えていっていると分からないくらいに、それくらいゆっくりと、徐々に光が消えていっている。それに気づけたのは一重に、平均戦闘力がアキトの10倍を軽く超える彼女らの神経によるものだろう。
記述では、あくまでウルガの知りうる記述、伝承、話では、ライラに同じ現象が起こった時、その輝きは突然消えたらしい。そう、この光とは違い、突然きえた。
つまり、違う。この輝きは、ライラとは違う。もしくは、ライラの1段階上。
「お、さまった?」
「の、ようだが・・・そうか・・・。」
なぜか、怠惰の2人は納得したように頷いた。そして、
「すまない、治療を頼む。すぐに戻ってくる。」
グリムライガで、喉笛を掻き切った。
溢れ出す鮮血がゴポリと音を立て、床に広がる赤がひどく明るく感じられた。
「ばか、何をして!」
倒れるアケディアの前で悪魔として顕現したベルフェゴールがウルガに手で静止を持ちかけた。アケディアの事を第1に、第2にアケディアを、そんな彼女がそう言っている。つまりは、そういう事だ。本当に、ここまでしなければならない理由がある。
広がり続ける血を踏んでアルタリカを呼びにウルガが走る。
頷いたベルフェゴールがヴィネガルナに告げる。
「精霊王と、会ってくるよ。」
不可視攻撃。視認することのできない鉄柱が、あるいは打撃が、ベルフェゴールの胸を、綺麗に円形に抉り取っていた。
ーーーーー
冷や汗が、背筋を伝った。
ーーー別に、治療くらいはしたんだけどね。おめでとう、ルーレサイト、レイヤ。
アケディアの名を、ベルフェゴールの真名を。そうして、本当に心のこもった賞賛、祝詞。感情がないように思えるが、その見えないほどの魔力を宿した彼の?彼女の?その言葉の強制力は、きっとアケディアたちですら従えさせる。
「おめでとう・・・とは?」
体の震えをなんとか抑えて、畏怖と恐怖と一握りの疑問を、透き通る声に乗せて、ベルフェゴールが問うた。なぜ、自分たちは祝われているのか?と。微笑を崩さぬそれは、何も言わずともわかるほど機嫌をよくして、聞かずともわかるような跳ねた声で。我慢していた玩具を与えられた赤子のように。
恍惚とした表情で、きっと呟いた。
ーーー君達は大罪という壁を超えた。おめでとう。
大罪を超えて、罪を乗り越えて、
ーーー美徳聖『勤勉』の美徳。ライブラ・ルーレサイトと、対応天使ライブラ・レイヤ。
そう、それこそが、求め続けていた。精霊王が求め続けていた、変化。
ーーー悪の象徴が正義に身を落とした時、罪は美徳へと変わり、君達はまた強くなれる。世界は、そう作られている。
大罪囚。彼らのように圧倒的強さを誇っているもの達がいるのに、どうして対抗できるようなもの達がいないのか。どうして、大罪囚達のように簡単に強くなれるという手段がないのか、善の大罪囚がいないのか。
誰もが求め続けていた。誰もが、存在を夢見た、大罪囚への対抗戦力。それは、
ーーーそう、大罪囚への対抗戦力は、
「大罪囚自身・・・!」
美徳へと変わり、増した彼女らの力は、大罪囚への抑止力へとなり得る。
『怠惰』の大罪囚、アケディア・ルーレサイトと、その対応悪魔ベルフェゴール・レイヤ。それが、『勤勉』の美徳聖、ライブラ・ルーレサイトとライブラ・レイヤへと。
ミカミ・アキトの作り上げたのは、美徳という力だった。
【彼女らの幸先】
ーーーそれじゃあ、またね。ライラが一番だと思ってたけど、良いイレギュラーだった。