133.【そんな男でも助けたい】
「何やってるんだ?」
「覇帝対策だ。あ・・・と、その・・・。ああ、作戦というか、そうい・・・う。」
たどたどしい。呂律もしっかり回っていないし、目も虚ろ。思考すらはっきりしていないのではないだろうか。
そうしてなんとか返答するアキトは、どこか虚空を見つめて頭を押さえていた。
耳鳴りが鳴り響き、鐘のような音が痛みを徐々にではあるが加速させて行く。それでも、屈縮術の鍛錬ができない以上、こうして作戦を練るしかない。
「おい!もう、やめろ!」
「・・・え・・・ぁ?」
そして、アイリスフィニカの叱責する声が聞こえた。
思考の渦に飲み込まれ、文字の風に揉まれ、そして、そして、滴り落ちた鼻血が、もう限界だ、もう駄目だと、告げていた。
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「っ、どうして、膝枕っ!」
「悪い、・・・でも・・・おらぁ、こんぐらいしか元気になるほうほ・・・う・・・が」
アイリスフィニカの太ももの感触に全てを委ね、酷使し続けた脳を休ませる。
ただ考え続けただけでは、ここまでのことにはなるまい。ミカミ・アキトがここまで疲弊したのは、その環境のせいもある。
こんなところに落ちて、そうして、自分は役だ立つだという自嘲と絶望の中、その怒りや不安にのしかかる体の疲れ、痛み。どれもかれもが積み重なって、限界を迎えた。
思考力が、低下している。なぜだか、どうしてだか、その脳内に渦巻くのは敵を倒す事ではない。
ーーー敵を倒すんじゃなかったのか?敵を倒さないと、ここから出られない。認めてもらえない!
考える力が、なくなっている。
どうして自分は出ようとするのか、どうして力を求めるのか、どんな力を求めるのか。それら全てを、忘れてしまう。思い出せない。
そうして、アイリスフィニカは皮肉にも、その問いかけをしてしまった。
「どうして、そこまで頑張るんだよ。」
ピタリと止まり、なにも考えていなかった脳に、なにも思い出せない脳に、その問いかけがゆっくりと浸透していく。
どうして、ここまで頑張るのか?
「お前を、・・・救いたい・・・から。」
意識が朦朧とする。もう、そこに意識があるのかさえ怪しい。それでも、問いかけられたその言葉に、意識がなくとも答えてしまう。
それほどまでに、それは大事なことのはずだ。
それでも、
「違う!アイは、どうしてアイを救おうとしてくれるのかって、そう聞いてるんだ。」
声を荒げるも、徐々にその勢いは弱まり、顔をしかめて、少女は問いを重ねた。
自分がどうなるかもわからないような所で、どうしてそこまでして救おうとできる。どうして、その心の奥底から、本心から、救いたいと叫ぶことができる。
それも、自分はそんなにも弱いのに。
「お前、寂しそうだったんだよ。」
ぽつり、と。たった一言。たったそれだけ。
「たった、たったそれだけの理由で、思考力で精霊王に匹敵するエゴロスフィニカと、勝てる見込みなんてないシドと、最強の魔獣の覇帝と、戦おうってのか?」
「少しは・・・分かれよ。お前はたったそれだけっていうけど、そのたったそれだけが、長すぎるんだ。」
孤独、不安、無力、それら全てに慣れているはずなのに、それら全てに好かれているはずなのに、それら全てに耐性があるはずなのに、どうしても、ミカミ・アキトは忘れられない。あの魔導具越しでのレリィの声を。
ほんの少し離れただけで、これからの絶望と孤独に打ちひしがれる。それを、この吸血鬼の、不老の吸血鬼の少女はどれくらい経験したのだろう。
「君を救いたい。助けたい。」
「そ、んなの、余計な」
「余計なお世話だって、それでも、俺は力ぞくでお前を連れていく。」
どれだけ救済を拒んでも、どれだけ現状維持を望んでも、どれだけ孤独に慣れていても。この少女を置いていくことを、ミカミ・アキトは許さない。たとえ、この心が壊れていなくて、この心を落としてこなくても、きっと、レリィもアミリスタもシャリキアも、アキトは救っていたはずだ。きっと、その心に宿る心は、逃げながらも救おうと足掻いたはずだ。
だから、今回も変わらない。
強引でもなんでもアイリスフィニカを連れ出して、その上の世界で、
「お前に言わせてやるんだよ。出てこれて良かったってな。」
「・・・っ!」
「そのためなら、俺は死にかけたって、死んだっていい。」
ただの決意表明。受け取り方によっては拉致宣言?それでも、アイリスフィニカの心臓には刻まれている。
アイリスフィニカは確信するはずだ。ミカミ・アキトを、選ぶはずだ。
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その後、意識を取り戻したアキトに、決意表明の記憶は無かった。