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前身・その最弱は力を求める  作者: 藍色夏希
第3章【その血族は呪いに抗う】
135/252

132.【それぞれの思惑】

昨日は諸事情で投稿できませんでした。すみません。

今回はちょっと長めです。

アイリスフィニカに屈縮術を教えてもらった翌日。アキトの体はピクリとも動かなかった。細かく言えば、筋肉痛の痙攣以外では、全く動くことがなかった。

いちいち方向性を定めて力を込めるということは、即ち、初心者のアキトには時間がかかる。というより、そもそもこの世界の人間ではないアキトは骨格から違うため、それに対応する筋肉ではない。それでも、と力を求めて、馬鹿みたいな集中力で一日中屈縮術をしていたら、案の定この様だった。

「きっちぃ。体が動かねえ。」

「まさか一日中やるなんてな。馬鹿じゃないのか?というか、あれくらいでバテるとか、大丈夫か?」

一応ハーフマラソンを完走し、シャトルラン120回越えを達成したのだが、アイリスフィニカからすれば些細なことらしい。シャトルランは中学の最後に友人とやり、永遠にしないと誓った。あの後に飲んだコーラの味を忘れることはないだろう。なんて思いつつ、思い出すコーラの味は、いつだってあの時だ。

勉強を済ませ、ポテチとコーラで晩酌モドキをしていた時。

世界は、『異』へとすり替わった。

「アイリス、俺は少し寝る。」

「分かった。安心しな、覇帝はおそらく入ってこない。」

分かった、と目配せし、アイリスフィニカ製の紅いクッションに頭を乗せる。

ーーーずっと、待たれていた。


ーーーーー


ミカミ・アキト。君は、何を求める。今、こんな世界の中で、君は何を求めて、何を叫ぶ。そうして、何を考えるのだ?


何を求める?

決まっている。抗う力だ。あの敵全てをなぎ倒す。あの敵全てを淘汰する。そして、強くなって、大きな存在になって、世界に認めてもらう。それしか、それだけしか、俺にはできない。


その結果が、屈縮術というわけか。

それでも、未完成のまま構築が終了し、天獄両端を淘汰できなかったその力を、そんな最弱が手に入れたところで、何になるというんだ?


何になる。何になるんだろうな。


ーーーーー


酷く、憂鬱な夢を見た気がした。

目を覚まして、その憂鬱さに呟いて。横でアキトに寄り添うように眠るアイリスフィニカを見つけた。

もう少し用心しろ、と言いたくはなったが、気持ちよさそうに眠っているアイリスフィニカを起こすのは気が引けた。そのままゆっくりと立ち上がり、軋む体に鞭打って屈縮術の鍛錬を再開する。

腕は既に上がるどころか動きやしない。できるのは屈縮術を用いた足捌きの練習のみ。そのために、足に力を込めて方向性を持たせる。

筋肉が縮む感覚が、血肉が悲鳴をあげる。骨が軋む。

この迷宮から脱出する。ただそれだけのために、鳥籠を出ようと決断した。けれど、ただのお荷物に成り下がった。ただのお荷物だったアキトは、こうして出鼻を挫かれて、こうして1人考えて。

今日もまた、心を投げ捨てる。あのカーミフス大樹林へと、その心を捨て続ける。そこはさながら、アキトの心のゴミ箱だ。


ーーーーー


「エリアス様。」

「様付けなんざやめてくれよ。俺は皇に仕えるただの騎士。街一つを任されるあんたとじゃ、釣り合わねえってこった。」

「そうでしたか、申し訳ありません。それでも、あなたはこうして毎日ここへ来る。」

「・・・・・・。」

「少し、話しませんか?あたしは、暇を持て余していますわよ?」

翡翠の騎士は頷く。それ以外の選択肢は無い。あったとしても、ついていくしかすることが無い。




白髪の老人の従者が、アンナたちの座る席へと紅茶を運ぶ。

紅く朝日を浴びて輝くその液体は美しく、立ち上る湯気と幼い少女は非常に様になる。

「紅茶は冷たい方が好きなんだがな。」

「紅茶を冷やして飲む文化は、聞いたことがありませんね?。」

「そうかい。」

アンナに微苦笑で返し、紅茶を口へと運び飲み干す。

口元から喉奥へと突き通る茶葉の風味を、エリアスはあまり好まない。瞠目して味覚をシャットダウンしたつもり、ティーカップをゆっくりと置いて背中の大剣を放り捨てる。

そうすれば、どこからともなく現れた草木が、それを包み込み、同化するように消えた。

「武器を手放して、大丈夫なんですの?」

「どんな手で、あんたは俺を殺せるんだ?」

アンナの能力のことは分かっている。それでも、エリアスは武器を捨てることを厭わない。負ける自信など、持ち合わせていない。

「そうでしたか。では、本題に。」

決してなっているとは言えないテーブルマナーで座るエリアスが目を細める。

何かの話があると言われてきたわけでは無い。エリアスは、雑談の相手になってやろうと来たのだ。それでも、口を挟まないのはまだ性格が曲がっていないといえる。

「毎日、どうしてダリアの墓に?」

幼げながらも、強く厳格な声にそう聞かれ、エリアスは罪悪感に口を歪ませた。

この少女は、問うている。どうしてそこまで雑兵にこだわれる、と。

「ダリア・エリセン。お前の街でも、エリセン家は有名ははずだよな。」

「公爵家。最近、大きく力を伸ばして来てはいますわね。」

そう、ダリアは、そのエリセン家から逃げて来た、抜け出して来た。捨ててきた少年なのだ。

だから、

「そんなところから逃げてきた奴は、堕ちやすいんだ。」

「・・・つまり、彼があの興都襲撃で、カガミ軍側についていた可能性があると?」

「可能性・・・ではないな。完全なる確信だ。あいつは絶対に寝返っていた。いや、引き込まれていた。」

「根拠が、・・・お有りなのですね。」

コクリと頷いてみせるエリアス。そこで、アンナも薄々気づいただろう。妹と違い、戦場に赴いていたアンナなら、分かったことだろう。きっと。

「あいつの剣に、呪いをかけたのは俺だ。一時的な行動不能状態の付与。」

「そうでしたか。」

エリアス・ファードラゴンは、殺したのだ。そのあちら側へと堕ちるはずだった人間を、殺すことでこちらに留まらせた。

どこまでも英雄を望んだ彼を、悪名高いカガミたちの同胞としてでなく、その過酷な戦いに命を散らした英雄の1人になれるように、こちら側に留まらせた。

何が正しいとか、何かがいけなかったとか。どうしても駄目だとか。そういう理屈を、あの戦場に持ち込めるほど、緊張感という大荷物は重くはなかった。

「アーテラルト・ジオリル。知っているか?」

「驚きました。それまで知っているとは。あたし達も驚きましたわ。思わずカガミ達の残党かと。」

「・・・まぁ、確かにな。顕現魔法『クラリス』『ヒーゼリア』『アラタロスト』。それぞれ皇家級の顕現魔法だ。」

顕現魔法を3つも所持しているおぞましい男。

そんな男が左翼都市『カンナ』に訪れたのを知っていたエリアスを見て、アンナはダリアの件を完全に信じただろう。

本当は全て、あの謎の声から聞いたこと。

「それじゃあ、俺はそろそろ失礼する。」

「付き合っていただいて、感謝しますわ。」

気にするなと手を振りながら、エリアスは去っていった。

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