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前身・その最弱は力を求める  作者: 藍色夏希
第3章【その血族は呪いに抗う】
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125.【決意は固く檻を超え】

眼前。到底同じ世界の者とは思えないその圧倒的なプレッシャーと、姿が見えないと錯覚するほどの存在感。今ここで、完全なる無手の282に対して、不意打ちで最高の剣撃を放ち、その命を潰えさせようとしても、断言できる。きっと、見ることもなく。触れることもなく。そして、一瞬という時間すら無くし。グレンの首は簡単に飛ぶだろう。

それほど、剣撃最強と謳われたグレンでさえ、その存在には遠く及ばない。当たり前だ。そうして話している間に、いつしかグレンの脇腹の肉は、傷の1つも残さず無くなっていた。

「もう大丈夫かい?」

「ああ。すまない。少し死ににくいからって無茶をした。」

全盛期、正確には、全盛期と思われていた時代でのグレンの戦闘力と、今の戦闘力は2倍ほどの差がある。それも一重に、そこにいる282という存在のおかげだ。

「だいぶ荒々しいけど、君は今、僕の精霊だからね。」

282と契約した精霊。グレンの立ち位置は、現在そうなっている。だから、死ににくく、疲れにくく、傷を負いにくい。今のグレンならば、傲慢には敵わないけれど、カガミとなら渡り合える。それを超えることもあるだろう。たった1つの剣だけで。

「次はどうするんだ?一応、奴らの侵入は拒んだが。」

「動きはなくていいよ。どうせ『声』は届かないしね。つづりの『影砲』と、ファルナの新魔法を警戒してくれればいい。」

何かをかみ殺すように。必死に自分に言い聞かせながら、282はそう言い切った。心のうちで響き続ける声は、きっとそのまま助けに行きたいとか、どうにかしてほしいとか、そういうことを言っているのだろう。けれど、もう懲りている。

けれど、

「本当に、いいのか?」

「・・・・・・・・・・・・。」

「エゴロスフィニカは命題を変えた。『ミカミ・アキトを殺す方法』に。」

そうして、グレンは見えぬ粒子に霧散した。残された282は唇を噛み、ミカミ・アキトへの一切の手加減をやめた。


ーーーーー


「と・・・アキト!」

「・・・?」

微睡んだ意識に浸透する声は透き通っていて、全身に降り積もるように全ての活力を奪い続ける睡魔を斬り裂き、感じる頭痛さえも取り払おうとしてくる。

まぶたをゆっくりと開けると立ち上がった少女が眠るアキトを見ていた。ローアングルから見える少女の肢体を堪能して、気怠げに口を開く。

「あと2年」

「ふん!」

「がっ!」

キッとアキトの瞳を睨みつけるアイリスフィニカの視線が紅く輝き、それに乗ってとんでもないほどの上位からの命令が突きつけられ、それに従うことしか許されない血が恐れおののき循環の速度を速めていく。じゅ〜と怪しい音がなり、紅い霧がアキトの体から吹き出す。

「あっちぃ。」

「体内の悪い血を全部燃やしたんだ、そりゃあ熱いよ。でも、目はさめただろ?」

言われてみれば、じんじんと痛みを訴える体から、睡魔という睡魔が全て消え去っていた。

何時間か寝たら起こしてくれと言い残して眠っていたため、起こしてくれたのだろう。目覚めは割といいはずのアキトがそうして起床を渋ったのも、これがバルバロスでゆっくりと寝られる最後になるかもしれないから。

「アイリス。少しいいか?」

「?」

不思議そうに頷くアイリスフィニカに目線でついてくるように示して、282番貫通口から降り注ぐ明るく淡い輝きの中央で、突き刺した剣に触れて。

「アイリス、俺と一緒に、この迷宮を出よう。」

唖然とするアイリスフィニカの揺れる瞳を受けてなお、揺るがない黒瞳に映る自分の姿が酷くか弱く見えて、少女はゆっくりと驚愕の声を漏らした。


ーーーーー


夢魔の遊び人。アミリスタが改造したその魔導具は、正直チート以上にチートの力を持っていた。

アキトがレリィの夢の世界に入った時、アキトは机でうたた寝をしていた。アミリスタにいきなり耳元で「愛してる」と囁かれ、その不可解さに悶々としていたため、疲れてうたた寝をしてしまっていた。正直、アミリスタがそういう感情をアキトに抱く以前の話だ、レリィの世界に潜り込ませるために言ったとは、アキトも思うまい。

それでもまぁそういう事があって、ある事を考えついた。

遠距離でのコミュニケーションについて。つまり、レリィに魔導具を使ってもらい、それに入り込むという事。きっと、レリィは使ってくれているはず。如何してかは分からないけれど、その落としてきた心が発信していた。その確信を。

そうして、アイリスフィニカと眠りについた。

「つってもまぁ、よくもこう目論見が成功するもんだな。」

「は、はわわわわ、あ、アキトさん!」

寂しげに俯く少女の座るベッドはアキトの物。ここは夢の世界だけれども、現実でもレリィがそこにいるとは思っていないだろう。そんなアキトは抑えきれない欲に抗えず、レリィに駆け出した。そして、優しく、脆く壊れそうなその柔らかい肌にそっと手を置いて。ゆっくりと抱き締めた。

「ごめん、ごめん。俺の、自分勝手で。」

「はぅ、」

赤くなった頰が緩み、あわあわと幸福感に動揺していると、思いつめたアキトの声が聞こえた。

分かってくれていた?そんな確信が心の渦で流れ、増幅していく。愛しさが、好きだという気持ちが、増幅していく。

この寂しさを分かってくれて、会いにきてくれて。どうしてだか、こうして抱き締められている。

「俺、もう戻らないつもりだった。戻れなかった。自分勝手で、お前の事も考えないで。」

「・・・」

ただの自分のエゴで監獄へと身を落として、そうして、どうすれば良かったのか分からぬ苦痛を、吐き出した。アキトにとってレリィたちは大きな存在で、それでももう戻ることはできないから、こうして夢で会えればいいんじゃないかと、そう思っていた。

「だけど、やっぱ俺、寂しいんだ。こんな世界じゃダメだ。俺は、本当のレリィに会いたい。」

「っ!あ、あぅ〜、そ、それじゃあ、約束ですっ!」

紅い少女を、助けたかった。それでも、あそこで暮らすのが最善だと思っていた。

レリィに、会いたかった。ここでは我慢できない。また、こうしてずっと居たい。

リデアたちとも、またいつも通りの日常に戻りたい。

それでも、踏ん切りがつかなかった。それで、こうしてレリィに会えて、怠惰な心がぶち壊された。アキトの救おうとして居た少女は、きっと世界を知らない。あんな暗いところで一生を終えるなんて許さない。ミカミ・アキトが、それを許すことはない。

あの日常を、取り戻す。その日常の輪に、少女を加えてあげる。それが、少女の孤独をぶち壊す、最善。

「絶対に戻ってくる。それまで、待っててくれ。」

「はい。」

涙に潤んだ瞳でレリィは呟き、幸福感に緩んだ表情と赤面した顔で、自分からアキトに抱きついた。

決意は固く。その檻を超えて。


ーーーーー

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