121.【つづりの物語】
「どういう心境の変化だ?戦鎚使いが剣なんて。」
「こんなとこであんなパワーのある武器は使えんからな。だが、行くのはバルバロスだろう?手加減がいらん戦いじゃとな。」
「鈍っては、いないようだな。」
「ああ、全くそそるもんだ。」
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「さて、そちらの者はつづりと言ったか?」
「西の番人、グレン。まだしぶとく生きていたか。俺が叩き潰したはずだが?」
「本当にあの時は危なかった。282が助けてくれなかったら死んでたさ。」
バルバロスへと続くその道の前で、茶髪にローブを羽織った男が刃をきらめかせた。背後に背負う輝きは、まるで太陽があるかのように錯覚しそうになる。
かつての戦いを思い出して笑うグレンと、忌々しげに拳を固めるつづり。
「あの魔法は使わないのか?旧帝国から連れてこられた奴隷の力は。いや、今はお前の妻だったか?」
「なに、力に寝返ったお前に使う魔法ではない。」
「情報に寝返った、と言ってほしいな。俺はそれを求め続ける。この世界を裏切ったって。」
この世界のためにかつての事を、いつかの情報を求め始めた。けれど、今となっては、グレンにとって情報を集める事は、今はもういなくなってしまった相棒への贖罪、いや、示すための光。もう、世界のために集める事なんてない。グレンはただ、自分だけのために求め続ける。
この世界の真意を。
「そうか、お前が寝返った282は、そこまでの情報をくれたのか?」
「無論。足りない事はあったが、聞きたい事は1つ分かった。まぁ、聞きたい事が2つほど増えたがな。」
この世界が作り出された理由。それを、グレンは282から告げられた。それによって、疑問は膨れ上がり、そして始まった。
「お前が疑問を2つにとどめられるはずがあるか。」
「まぁな。さすがに1人3役の理由までは教えてはくれなかったしな。」
グレンの告げる内容はつづりにも何か分からない。けれど、その言葉がきっと、分かるはずだ。
「通してはもらえない。そうだろう?ジオ・グレン。」
「282の理想から、ミカミは外れ始めた。もう懲りたんだよ。これを面白いと見守るんじゃなく、見捨てるって、そういう判断ができるように、懲りたんだよ。282は。」
影の消失から、282は気付いた。もう、絶対にこの世界から強さを奪わせないと。自分の予測、理想から外れた人間の先を面白くは思わない。恐ろしく思うのだ。
グレンは番人として命じられた。助けを断ち切れと。
つづりを助けに行かせるな、と。けれど、直接殺さないのには、まだ希望を残していたからなのではないだろうか。
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古代帝国。旧帝国とも称されるその今は亡き国は、たった一晩で姿を消した。蹂躙された街の中には、原型をとどめていない死体が混ざり合い、血と臓物の湖を作っていた。赤黒い街並みの中を歩いた。ドロドロになり、血飛沫と肉塊へと姿を変えた者たちへの怒りでこんな戦いに身を投じるほど、その男は正義感に溢れてはいない。
歩く崩壊した世界で、唯一原型を保っている宮殿の豪奢な階段。その遥か上で、ただの剣1本を携えた剣士は立っていた。
この世界では、遥か上と遥か下には、絶対に超えられない壁がある。この男は、下の世界の壁には届かなかったが、上の世界の壁を乗り越えた。ただの剣1本で。それが、グレンという化け物だ。
そして、それに立ち向かう。ただの拳と消耗魔導具。それだけで戦ってきたつづりが、立ち向かう。自分が愛した少女に会うために。自分を愛した少女を救うために。
本当の物語なら、そういうラスボス戦なんだろう。ミカミ・アキトのように、力を持たないものの物語ではないのなら。だから、このつづりの物語は、このつづりの最後の敵は、グレンなのだ。
ボロボロの街の中で対峙する。
ミカミ・アキトの物語の中では脇役で、別に目立ったところはなかったけれど。このつづりの物語としては、この男は強く、主人公だ。どの物語にもある最後を、このつづりは終えた。その旧帝国で。
だから、このバルバロスの前で睨み合う2人の戦いは、ミカミ・アキトの物語ではない。つづりという男の、最終幕の後の話なのだ。つづりという男が紡いできた物語の、延長戦上の敵。
時を経て向かい合うこの戦いは、あの日の続き。バルバロスへの道は、まだ遠い。