119.【バルバロスでの奇妙なお茶会】
「触れて、理解したものに擬態する植物。ファーリュウ。それを使っている。」
藍色の髪が暗闇で視認できた。輝く白の本を霧散させながら、藍色の男は椅子に座った。腰に刺した物々しい銃が、鉄特有の重い音をたて、纏っている変わった衣装が衣擦れの音をさせた。
「なんほど。ツキってのはめんどくせぇ奴ばっかだな。」
藍色の男が座る席の正面。得体の知れない物を咀嚼して言う男が笑った。その男の姿は、魔力に阻まれていて視認できない。黒く、どす黒く、漆黒の魔力に覆われた男からは、常人が浴びれば失神してしまうほどのプレッシャーを放っていた。そんなものを気にもせず、藍色の男は黒い影を指差した。
「何、バルバロスでこうして惰眠を貪るお前も、なかなか面倒くさいが?傲慢。」
「俺はちゃんと興都を堕とすのに協力した。まぁ、結局あのミカミっつう餓鬼に完封されたが」
指された指とかけられた皮肉に大人しく反論し、抱え込んでいた不満を声に出す。
それこそ、最弱、ミカミ・アキトのこと。
「確かに。けれど、どうしたもんだかな、あの能力ブレイカー。」
それに納得したように息を吐く藍色の男は、頭を抱えて顔をしかめた。本当になんの力もない。それなのに、バルバロスの奥奥で話題に上がる最弱は、どういう因果か大きな悩みの種へとなっていた。けれど、アキトの魔力や存在は小さすぎる故、そのバルバロスという奈落の監獄という同じ場所にいることを、彼らは知らない。
「能力ブレイカー?あいつがなんの能力を殺したんだ?あいつはひとつだって壊していない。」
黒い影が首をひねった。その最弱はそこまで敵を倒していたか?と。
「虚空保管。あいつは、純能力である虚空保管という能力を虚空保管庫の中に封じ込める事で、この世界からその能力を消しやがった。」
忌々しく呟く藍色の男の表情からは、苦悩のシワが引く様子がない。
「くっははは、面白い!なるほど、あの出来損ないの痛みを消すために、能力ごと消したか。」
が、対称に、黒い影は腹を抱えて笑い、藍色の男の目の前で涙さえ浮かべながら爆笑の限りを尽くした。心に沸き起こる好奇心と期待が心を軽くさせた。
「ああ。本当に厄介だ。普通、折角の精霊の力を与えたのに消されたら、あいつだって怒るはずなのに、どうしてだかミカミを気に入っている。」
無論、軽くなる影によって、藍色の男の心は苛立ちと不満の沼へと沈んでいく。
「いいじゃないか、どうせ殺すんだろう?君のあらすじに従って。」
「無論だ。集団の中にいたら、全員の力を底上げする奴でも、一対一なら弱すぎる。」
と、先ほどまで平和?に思われていた会話に少々雰囲気の変わる言葉が割り込んだ。
アキトという人間は、周りに頼りまくって、やっとの事で敵を淘汰する。つまり、相手と自分の2人だけならば、例外を除いて勝てない。
「そうだな。なんといったか、ジュウだったか?その武器は。」
「ああ。無装填型小機関銃。戦闘用の能力は、俺はこれしか持ってないしな。」
藍色の男は重い銃をガチャリと机に置いて、光る漆黒の鋼鉄に目を細めた。
「お前のツキとしての能力は、対象の人生を本にして読む事だったか?」
そんな藍色の男に向かって、黒い影はそう聞いた。
「ああ、作り出して読んで、やっと使える。こいつが無かったら戦えてなかった。」
藍色の男の月の能力。それは、対象の全てが載っている本を、プロフィール、小説、様々な形で本にすることができる。小説として作り出した場合は、どんなものよりも繊細に、詳しくそれを知ることができる。
「でも、いたよな昔。攻撃魔法を全く使わずに世界を超えた奴が。シシュウっつう影魔導師が。」
こめかみを人差し指で叩きながら、影が言った。
「懐かしいが、あいつは精霊大戦に穴を空けたんだ。あいつがいなくなったから、代わりにミカミが召喚された。マナも性格が悪い。」
これまた藍色の男の表情は曇り、声から嫌悪が湧き出して来る。瞳の光がなくなり、死んだ魚のようになっている様は、まるで社畜のようだ。
「そうか、そいつはシシュウの息子か。」
納得する影は手を叩き、上機嫌に言う。
「シシュウに才能が行きすぎたんだろうな。ミカミ・アキトにはなんの力も残っちゃいなかった。」
シシュウに偏った能力は、アキトに受け継がれるのではなく、アキトに現れるはずの才能まで奪っていた。
「マナがシドと争わなくなっただけマシだ。そのアキトが来るまで、シシュウに逃げられたショックでしょっちゅうシドに喧嘩を売って、わざわざ戦いにくいバルバロスで暴れてやがったんだから。」
シシュウが精霊大戦から逃げ出してから、マナは自分ではなく、冥界王という真逆の立場のシドのテリトリーにわざわざ入り込み、戦闘能力を削がれ続けながらバルバロスの中を蹂躙した。シドの活躍によって被害は広がらなかったが、バルバロスの住人からしてみれば迷惑な話だ。こんなことを言えるのも、強者であるからだが。
「自分がバルバロスに閉じ込めてあった黒竜を逃したのに、その黒竜が殺しまくったからまた怒って、収集がつかなかったからな。」
「こっちに召喚されるだけで英雄とは、ミカミ・アキトもなかなかのものだな。それで、お前の本にはなんて書いてあったんだ?」
2人して笑い、影が藍色の男に問うた。藍色の男は、自分の全てが記されている小説を生み出し、それを読んだ。
「書いていなかった。」
「あ?」
「ミカミと会った所で、俺の本は終わっていた。」
まるで、打ち切り漫画のように。突然そこで文章は途切れ、紡がれていた紙の束は文字を記さなかった。
「つまり、お前はミカミに倒されると?」
「それを警告して、変えるための能力だ。安心しろ、お前には頼らない。」
「カガミと違って潔いな。」
「まあな。分かっているだろ?お前だって、いつかは対峙するんだ。その最弱の英雄に。」
そうして、藍色の男の心は沈み、影は期待に胸を膨らませるのだった。大罪囚、傲慢は、期待に胸を膨らませるのだった。
藍色の男、月、能力で気付いた人もいるかも知れませんが、作者にはこれくらいしか思いつかなかったんです。分からなかった方は分かった時にくだらねーと言ってやってください。