118.【鳥籠】
「随分と懐かしい面を見たな。」
「はい、本当に。あなたはあの頃から全く変わりませんね。つづり殿。」
どこからともなく湧き出しているつづりのプレッシャーを必死に受け流しながら、ファルナは冷や汗の冷たさを実感して愛想笑いを浮かべた。
荒野で暴風王の戦闘領域の試験運用をして、魔力が尽き、城に戻れば興都最強といってもいいような人間のプレッシャーを受けなければならない。とんでもない職業だが、誇りを持っているファルナにとっては大したことではない。
「それで、用件はなんでしょう?」
執務室の客席を示して、自分も書斎の椅子へと腰掛ける。無意識に背筋が伸び、頰がひきつる。
「ラトラフィフスの場所を教えろ。」
「・・・・・・・っ」
口を動かして何かを伝えようとするが、ファルナは諦めたように口を閉じ、まぶたを閉じた。
つづりとラトラフィフスが瀕死の状態で戻ってきた時、ファルナはまだ生まれてすらいなかった。そんな時のことを知るために、様々な知り合いや執事、メイドに聞いた。決して語彙力があるわけでも、語り上手なわけではないのにも関わらず、彼らの話には、言葉にし難い生々しさがあった。本屋に並ぶような美しい文章ではなく、崩れていて、抜け落ちているけれど、どんなものよりも残酷で。その時ファルナは思ったはずだった。こんな事をもう起こさないと。
英雄をバルバロスに突き落とす。かつての騎士を再び死地へと送り出す。こんな真似を、絶対にするものかと、誓ったはずだけれど。
断ろうとする言葉が出てこない。何度もシュミレーションして、表情も練習したはずなのに。
「ロビンフット。興都の中のロビンフット第3地区。」
「助かる。」
言ってしまった。こうしてまた、2人、犠牲を出してしまった。
「つづり殿。この国は、もう」
「ファルナ。ユルドの教えを、忘れるな。」
「刃の無い剣、ですか?」
「ああ。空剣、これが、きっとお前の助けになる。」
ーーーーー
「ロビンフット、ここか」
1つの小さな看板にたどり着き、その掠れかけた文字を見る。なんとか読み取れた文字は、ロビンフット。ここに、つづりのかつての戦友。死の恐怖を分かち合った仲間がいる。
一歩、踏み出した。
「つ、つづりか?」
踏み出した一歩を引っ込めて、素早く振り向く。声をかけてきた年老いた声の男は、青い空のような髪色で、声に似合わない筋肉のついた肉体をしていた。腰に刺した細身の剣は、現役の頃使っていたハンマーと違いすぎて笑みが溢れた。
つづりに声をかけた男こそ、死線を共に踏み越えた戦友、ラトラフィフスだった。
ーーーーー
「そういや、自己紹介もしてなかったな。俺はミカミ・アキト。」
「アイはアイリスフィニカ。」
紅い少女が手を差し出した。そっとその手を握ると、意外と力強くて、反面、すぐに崩れてしまいそうで。それでも、自分は既に死んだものと思うアキトの思考は変わらなかった。
「んでまぁ、一体こんな殺風景な所で、お前は何をやってたんだ?」
両手でその暗闇を指し示す。アキトが堕とされた穴から覗く光が輝き、降り注ぐそれが暗闇を照らしていた。なんとか見える視界の中で見えるのは、円状に並べられた鉄の棒。ここを囲むように、檻ができていた。まるで鳥籠のような牢は、所々損傷が見られる。けれど、壊れたところが繋がれたような跡もあり、首をかしげた。
「何って言われても、鍛錬だよ。」
「星紋はどうしたんだ?」
バルバロスに堕とされたものたちは、全員が必ずその天上の星紋によって行動を縛られる。けれど、その少女には行動に枷があるようには見えない。
「ここを作って今も管理してるシドは、脱獄の危険性がないやつの星紋は外してるんだ。そんな強力な魔導具、上にはたくさんないだろうからね。」
シドが警戒して天上の星紋をつけていたのは、グレンやシャーグリン、大罪囚の傲慢と嫉妬。知り得るのはこれくらいだ。後の凶悪な犯罪者たちは、きっともっと下層にいるはずだ。そんな下層で、生きていけるはずがない。だから、それを知っているものもいない。
「なるほど。そういえば、俺も普通に動けてるな。じゃあ、俺はなんで最初動けなかったんだ?」
「・・・ぁ、なんだろうね、ちょっと疲れてたとかじゃない?」
「・・・・・・そうか。」
言葉を濁すアイリスフィニカにわざわざ問い詰める必要もないかとあたりを見渡し、アキトは溜息をついた。
「こんなにでかい檻が、囚人1人のために用意されてんのか。」
「うん。バルバロスは広いから。正直、これより大きくしてもお釣りがくるよ。」
共同の檻もあるが、そこは余程の雑魚だ。凶悪な犯罪者たちは、一緒に入れておくと殺し合いを始めて収集がつかなくなるため、強い犯罪者のみ個別檻になっている。
「じゃあ、なんで俺はわざわざここに堕とされたんだ?」
正直、ここじゃなくて、もっと凶悪な牢に落とせば、確実に死んでいただろうし、あちら的にも都合がいいはずだ。あの時のファルナの表情には、そういう手加減というようなものは見えなかった。アキトからみれば。そして、この牢獄に来てから、鬱陶しかった声が聞こえなくなった。
不思議な事が浮かびに浮かび、疑問符が頭を埋め尽くす。
「アキトはあっちで相当な事をしたんだろ?だから、わざわざこんな死亡率の高いところに堕とされたんだよ。」
「死亡率が、高い?」