117.【つづり】
それは、呪いと呼ぶには似つかわしくない、それは、罰と呼ぶには過酷すぎる。それは、そういう罰で、そういう呪いだった。
命じられた呪いは、死ぬまで、死んでも、ずっと、本当の孤独であり続ける事。ただ1人でいるのではない。途中で差し込む望みさえ、お前を砕くための呪いに過ぎない。そういうこと。
本当に、嫌だった。どうしてこんな重すぎる罰を背負わないといけない?それは、あの炎の夜から。あの時、考える事に全てを使い始めたあの時から。兄の人間としての最後の行動は、呪いをかける事だった。
兄である思考者『エゴロスフィニカ』と、その妹の『アイリスフィニカ』は、まぎれもない純血の、吸血鬼という奴だった。
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「アミリスタ。その子が堕ちたのは何番だ?」
「282番。」
「分かった。」
珍しく強い口調でアミリスタに聞いた男は、アミリスタ行きつけの店のマスター、つづりだった。
不安に瞳を揺らすアミリスタに聞いた番号をメモし、地図にテキパキとマーカーを打ち込んでいく。なにをしようとしているのか、そう聞こうとして、アミリスタはふと気づいた。もう、分かっている、と。分かっているけれど、わかりたくない。だから、とぼけたふりをしようとしている。だから、分かっている事を一々口に出す力が残っていない事に、そっと安堵した。
「つづり、バルバロスに行くの?」
「・・・・・・。一度、入った事がある。ラトラフィフスに頼んで。」
つづりは少し逡巡して、諦めたようにそう言った。できるだけアミリスタに心配はかけられない。けれど、ここでそれを言わなければ、助けに行く資格はないように感じた。
「ラトラフィフス?」
力のない声で問うアミリスタ。生気のこもっていないアミリスタの瞳から目をそらして、つづりは言う。
「カルバラの調査依頼があってな。ラトラフィフスっていう騎士と一緒にバルバロスに行った。」
「何層まで行ったの?」
冥界王『シド』によって創造され、なお今でも管理され続けているというバルバロスは、底にたどりついた者は1人もいない。だから、そのバルバロスという場所は奈落と呼ばれている。そのため、上から順に1層、2層と数えて行く。
「先に話しとくが、お前、層ごとの大きさを知っているか?」
「1層の10倍が2層、2層の100倍が3層とかだっけ?」
「ああ。」
徐々にバルバロスの深さと大きさは広くなって行く。さらに、確認できているだけでも30層まであることは確定している。無論、その層にも数千という奈落への穴がある。それぐらい広いのがバルバロスだ。無論、その深さを確認したのはグレンだ。人知れずそんな事をしていたから、その深淵に触れられたというのは、誰もが知っているはずだ。
「俺は、一層にすらたどり着けなかった。」
「は?」
アミリスタが知っている人物の中で、1番強い人物はつづりだ。先日戦ったカガミでさえ、このつづりには敵わないのではないだろうか。そうだとした所で、つづりはカガミ討伐には向かわない。
そんなつづりでさえ、バルバロスと呼んでもいい地点に、たどり着けなかった。つづりは、バルバロスへとは入っていなかった。
「俺が行けた限界は、一層へと続く道の途中にある、ほんの少しの横穴。そこで、俺とラトラフィフスは逃げ帰ってきた。」
「・・・っ、そんなので、アッキーを助けられるって言うの?」
ただの1層にすらたどり着けなかったつづりが、アキトの堕ちた所から、その最愛を引き戻してくれるのかと、糾弾した。出来るものならしてほしい。出来る事なら行きたい。けれど、ミカミ・アキトの望んだのは、自分1人だけの犠牲でアミリスタたち全員が生きる事。
「助けられる、なんて事は言えないな。正直、俺はあの時より強くなったが、1人だ。」
「じゃあ!」
机を叩いて立ち上がったアミリスタを、暖かい抱擁が包んだ。机の上で踊る空のコップが音をたて、自分を包む感触にごめんなさいと声をかけた。
「アイネスさん」
つづりの一生のパートナーで、1番につづりの事を考えて、目の前でそんな無茶な宣言をされて、1番不安で1番悲しいのはこのアイネスのはずで、それなのに、アミリスタを優しく抱きしめて。そんな優しい愛情に包まれて、これ以上反論できるはずがない。
既にもう、つづりは、その扉をあけ放ち、いなくなってしまった。