114.【無欲な男】
「っ!!」
動けない。何をしようとしても、どんなに言葉を発しようとしても、その体は動いてはくれないし、絶望は無くなってくれない。
まるで全身が凍ってしまったかのような感覚に瞳を向ければ、自分の体には何もなく、ただただ普通。何かに阻まれている様子も、何かに押さえつけられている様子もない。
強いて言うのならば、超絶美少女の赤髪ツインテールがいることぐらいだろうか。
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ぽつりと1人。いつからか、数えることさえやめてしまった。1人でこうして毎日鍛錬をして、一体どれくらい経った。
バルバロスに堕とされた人間は大体が極悪人。そして、堕とされれば最後、命の保証はない。つまり、死にたくないという感情が後押しして、自分を取り繕うことなんてしなくなってしまう。全ての行動が、自分自身の全てを表している、嘘のない感情が、簡単に溢れ出る。
だから、たまに人が堕ちてきても、大体は八つ当たりをして、悪感情を全開放している。このバルバロスはそんなところ。
だから、一緒に何かをすることなんて、ここに堕とされてからはあるはずがない。
さて、今日堕とされてきたやつは、どんな悪態を吐くのだろう。どんな目で睨むのだろう、どんな怒りをぶつけてくるのだろう。どんな期待を、持ってくるのだろう。
そして、その男が目を覚ました。
能力を解いてやる。動かない体が動くようになったことに驚きながら、期待を胸に抱えるアイに言った。
「可愛い。」
沈黙が落ちる。唖然として声も出ないアイでも、やっと理解出来始めた。そう、この男は、可愛い、とそんな事を言った。
「は、はぁ〜〜〜〜〜っ!!」
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赤髪のツインテールにそう言うと、顔を真っ赤にして叫ばれた。やばいどうしよう。あっ、でもどうせ誰も見てないしいいや、どうせ死ぬし最後に正直になろう。
正直に言う。
「あ、照れた。」
「照れてない!」
やばいどうしよう、叫ばれた。あ、いいや、ここ監獄だし。別に死ぬし正直に言おう。
興都だって守ったし、アケディアたちもいるし、敵も倒したし、レリィたちには敵なんてないだろうし。ただその幸せな生活に俺が加われなかっただけだし。
そう考えただけで、堪え難い哀しみが瞳を潤ませた。
「殺さないのか?」
目の前の紅い少女にそう言うと、なにかに驚いたような顔をされた。正直なんでだかわからないが、「こんな所にいるんだ殺したいだろ」多分。
「アイはそんなに凶暴じゃない!」
「やべ、声に出てた」
まぁ、いいやどうせ死ぬし。俺は正直に生きるぞ、死ぬまで。好き放題して死ぬんだ!
「なんだか、お前の考えてることがわかった気がする。」
「?」
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この男は、もう死ぬ事が分かっているかのように振舞っている。分かっている。こんな所に堕とされたのだから、死ぬと言う事を分かっている。つまり、これが、この男の素の性格。
全てに当たり散らして理不尽に叫ぶんじゃない。こうして、大人しく、誰にも迷惑のかからない位に無欲。こうして素の表情がこんなに穏やかな男を、アイは初めて見た。