113.【それぞれの】
3章開幕。
ただ、ゆっくりと眺めていた。もう死ぬのだから、せめてこんな最弱にかっこつけさせてほしい。泣き喚きながらこの奈落へと転落したらかっこ悪いだろう。まぁ、そんなのは建前で、死んでしまうということがとても怖くて、死にたくないという思いが強すぎて。その絶望が深すぎて。
俺は言葉を失っていた。
さて、あちら側で、この奈落へと続く死の縦穴の上にいた俺は、最後になんて言っただろう。たしか、こう言った。
『お前の事を恨むよ、ファルナ。』
かっこわるくはないけれど、まぁ、こんな状況とそんな台詞が合わされば、ミカミ・アキトという今世紀最大の悪役の完成だ。
せっかく救い出して、せっかく楽しく暮らし始めて、それなのにすぐに俺の死という重りを与えてしまったレリィの事も、勇気を出して告白してくれて、俺のヘタレ具合を分かって宣言したアミリスタも、もう、何もかも忘れてしまえばいい。
嗚呼、なんて気楽なんだ!あんなに重かった命が無くなった、あんなに守りたいと思っていた感情の奔流が消えた、全ての重りが無くなった、なんて気楽で、なんて・・・。
溢れ出す涙を止めるために、唇を噛んだ。隙間から嗚咽が漏れ出した。
ああ、そうさ。俺は、ずっとそんな重りを、背負っていたかった。
ーーーーー
「お前の事を恨むよ、ファルナ。」
「恨まれるよ、最弱。」
そっと、その肩を突いた。天上の星紋の効果はしっかりと発動していて、この少年はきっと動くことさえできないはずだ。そんな最弱の落ちていく姿を、悲痛な叫び声を音楽として眺めていた。そんな最弱を落ちていく姿を眺めている自分を認識して、心底その人間性が嫌になった。
このまま、この大穴の方から後ろを振り向きたくない。きっと、背中に向けられているのは憎悪の眼差しと、それに近からず遠い皮を被った柔らかな視線。そんな拷問を受けるくらいなら、散りゆく最弱を傍観する非情な男を演じるほうがマシだ。
嗚呼、精霊王よ、どうして私は、英雄を殺さなくてはならないのだ。その最弱の英雄を、この監獄へと堕とさなくてはならないのだ。
私はどうして、あの最悪の父の後を辿っているのだ?
ーーーーー
あんなものを見るために、どうしてわざわざ顔を出さなくてはならないのだろう。私はそんな最悪の処刑に立ち会うほどの精神力を持っていなかった。その大罪を犯したものたちが降る監獄へ堕ちる弟のような少年を見て、私は、私を保てたのだろうか。
きっと、私は無理だ。
あんなにみんなのために戦って、傷ついて、それを認識することすらできなくなって、あんなにボロボロになって、それでも彼は、私のためと、レリィのためと、アミリスタのためと、シャリキアのためと、ヴィネガルナのためと、世界のためと、戦い続ける。それなのに、どうして彼は堕とされる。
その少年は、最後にどんな言葉を残すのだろう。
私たちを気遣って、心配するなとか、いつか戻ってくるとか、なにか冗談を言って、遠回しに優しくさよならを告げるのだろうか。それとも、醜く泣き喚き、世界の理不尽に罵詈雑言を叩きつけ、狂ってしまうのだろうか。きっと、どれも違うのだろうな。
その少年は、その最弱は、アキトは、多大な犠牲を出した興都戦線の戦犯として、世界の厄災を呼び寄せた悪役として、最悪の言葉を伝えていくだろう。私たちに飛び火しないように。
嗚呼、きっとその最弱は、遠回しに伝えたのだろう。生きろ、と。
ーーーーー
ーーーどうにかしろと嘆かれても、これは僕ではなく君たちの問題だ。それを、忘れないでくれよ。
きっと、彼は戻ってくる。ここからはシドの管轄だ。いくらこの能力を使ってもミカミとは連絡が取れない。
だから、伝えよう。
嗚呼、全く、こんな残酷な世界の中で、君はどうやって生き延びるのか、と。
ーーーーー
降ってきたのは、いかにも弱そうな黒髪の男。筋肉とか骨格から見て、亜人とかそういう異種じゃない。だけど、魔力を全く持ってない。正直、そこらへんの人間のほうが強い。それだけ弱い奴がどうして、アイのような極悪人の入るバルバロスへと連れてこられたのだろうか。そんな事どうでもいい。ここで1人で生きる。それがアイの罰。
だけど、助けるくらいはいいだろう。
ーーーーー
そんな言い訳を考えて、赤髪の少女はツインテールを揺らしながらアキトを抱きかかえた。