110.【そして後日談が始まって】
「それでアキト、体の調子はどうなの?」
「ヴィネガルナたちほど魔法は使ってないし、全然大丈夫。」
嘘だ。最後の戦いで、魔法力すら失って戦い、ヴィネガルナたちよりも少ない体力を大量に、短時間で吐き出したのだ。アキトほどの雑魚が大丈夫なはずがない。今こうして会話している最中も、視界が眩み、倦怠感が体にのしかかり、頭を叩き続ける頭痛が常に押し寄せている。
「それと、魔法が使えなくなっちまった。ごめん、せっかくやってもらったのに。」
魔力の行使限界を迎えたアキトの魔力タンクは破壊された。体に必要な魔力は巡るが、それ以外は蓄積せずに霧散してしまう。それだけ全力で、それだけ命がけで、掴んだ結果は希望終末とは違う。けれど、
「ううん。アキトが無事でよかった。また無茶したでしょう?」
「そうだよ、アッキーみたいな噛ませ犬がラスボスみたいな敵に一対一で挑むとか、レリィちゃんいなかったら死んでたよ!」
「悪い」
そんなアキトを心配してくれる少女がいる。それだけで、この傷と辛さに、この消失と責任に、多少の余裕ができるというものだ。きっと、こんな風に心配してくれて、慰めてくれて、戒めてくれる人がいなかったら、アキトはここに立つことができていなかった。きっとどこかで挫折して、簡単に死んで、世界など気にしなくなって、きっと、人間ではなくなっていた。
そう考えると、あのカガミ・アキトは、ミカミ・アキトが力をもってこちらに来てしまった、こんな少女たちがいなかった世界での、アキト自身だったのだろう。そうだとして、きっと誰もが口にする。それでも、力が欲しいと渇望する。
けれど、その最弱は求めない。その最弱が求めるのは、この少女たちを守る力だけだ。
ーーーーー
リデアとアミリスタが見舞いの品を置いて早々に退散し、肩に寄りかかるレリィを眺めていると、病室にかかるカーテンから、何かがゆっくりと入って来た。
「驚かないのだな。他のものなら失神していてもおかしくない。」
「確かに、もう、怠惰と憤怒の顔はみんな知ってるからな。」
勿論嘘だ。さっきみたいなかっこいい嘘ではなく、ただびっくりしすぎてなにも行動できなかっただけだ。見栄を張りたいだけの嘘だ。相手はそれを肝が座っていると見たのだろう。内心ホッとするアキトの目の前に立つのは、怠惰の大罪悪魔。ベルフェゴールだった。
「なにをしに来たんだ?報復か?」
「別に。今そんなことができる身ではないのでな。多少驚かせて溜飲を下げたかったのだが」
「嘘だな。」
ベルフェゴールの言葉を遮って、アキトが鋭く言葉を発した。まさかそんな返しをされるとは思っても見なかったベルフェゴールは驚愕に言葉を失い、アキトがゆっくりと口を開いた。
「俺を裏切らない制約だが、俺以外を殺すのはいいからな。だが、残念ながらお前たちには代償として命令の絶対遵守が決められている。」
「っ!?」
「命令、俺を怒らせるな。」
「ど・・・うして、分かった。」
声を震わせながら、ベルフェゴールが問う。どうしてアキトにそんなことが分かったのか、と。無論、普通だったらアキトにそんな観察能力はない。けれど、なぜだか分かってしまった。アキトにだけは、それが何かの糸で繋がっているように見えてしまった。
「俺だってお前らに拉致られてこんな状況になったらおんなじようにする。それが、愛している人と一緒だったら尚更な。」
「っ!!!!」
ボンッ!と、頭から煙を出して顔を真っ赤にさせるベルフェゴールが、口をパクパクさせて窓枠に手をついた。
「お・・・おま、お前はなにを言っている!?」
「いや、なんでかわかんないけど分かったんだよ。アケディアとの関係が。」
アキトが例えば誘拐されて、あちら側でベルフェゴールと同じ立場なら、一緒に連れてこられた愛している人を守るために、敵の近しい人物を人質にして、その聖約を消そうとするだろう。そうでなければ、わざわざ危険を冒してまでここまでこない。ベルフェゴールだけだったら逃げ出すのも容易なはずだ。
つまり、アケディアとベルフェゴールは、そういう関係だ、という予想をして言って見たのだが、その予想をはるかに上回る反応にこちらが驚いてしまった。
「安心しろ、悪いようにはしない。ちゃんと同じ部屋にするし、夜は人を近付けないし、デートコースの下見もしてやる。」
「必要ない!・・・や、やっぱり頼む。」
ペラペラと条件を並べるアキトに憤慨して見たものの、その条件の良さに眩んでつい頼んでしまった。実際、夜だとかデートだとかはあまりしていない。というか出来ない。魅力的な提案になるのも頷ける。
「そ、それより、私たちの安全は保証してくれる、ということでいいのか?」
「今更クールキャラ演じなくていいぞ、お前が本当は受けだということを俺は見抜いている。」
「だ・ま・れ!」
言葉にも魔力が籠っているのか知らないが、雑魚が弱っているところに声の攻撃をしないでほしい。大罪囚に恋人のことをからかって死んだとかことわざになりそうだ。非常に恥ずかしい。なんとか怒声に耐え切って、ベルフェゴールを視界に収めた。
「まぁ、安心してくれ、お前たちを無下にする理由が、俺たちにはないだろ?」
「まぁ、そうなのか?」
この怠惰百合カップルを無下にして、戦場や防衛での指揮が落ちたら、こちら側も結構めちゃくちゃ困る。アキトを裏切らず、命令を絶対遵守しても、職務怠慢ぐらいできるだろう。どうせならカガミの時より環境をよくして、心までこっち陣営にできた方がいいのは、きっと彼女たちも分かっている。
「・・・あ、きと・・・さん・・・?」
「おい、大声出すから起きちまったじゃねぇか。ほら帰れ」
手を揺らして帰れと伝えると、なにか言いたげではあったがベルフェゴールは窓から飛び降りた。そして、さっきまでいたその場所に、どうしてか、どんな心境かは知らないが、カガミに振り下ろされた過去からの宝剣が、輝きながら立てかけられていた。
「粋なことしやがる。」
「・・・ふ、ふあ!?すいません私!」
「大丈夫疲れてたんだろ、看病ありがとよ。」
「い、いえ、皆さんお忙しそうだったので。」
先ほどまでこの部屋に大罪がいたのだが、そんなことも知らぬレリィがゆっくりと目を覚ました。アキトに寄りかかっていた事に自分でも驚いて、頰を染めながら謝る。
そして、心配そうにレリィが聞いた。
「あ、あの、聞かないんですか?私の・・・」
「あの風を使ったやつか?別にいいさ。それより俺は、お前が、レリィが勝手に戦場に来た事に怒っているけどな」
「う」
じぃ〜〜〜とレリィを見つめれば、バツが悪そうに顔を背けた。アキトに見たこともない剣幕で言われていたが、思わず駆けつけてしまったレリィは、そんなアキトとの約束を破った事になる。が、レリィもそれでは終わらない。
「あ、アキトさんは、分からないですよ!」
「え?」
最近少しずつレリィが反論してくるように、というか、感情の起伏が激しくなったというか。
そんなことを思いつつ、その変化を好ましく思うアキトだった。
ここからまた長くなりそうです。昨日はすいません。明日2本あげます。