109.【ハッピーエンドでもバットエンドでもない終末】
微睡みの中で、やけに懐かしい色が見えた。その水色の少女は、嬉しそうに頰を綻ばせ、こちらへとやってきた。
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興都戦線から約1日。興都の死傷者は1000人少し、第五都市区は200人ほど、大罪囚2名、バルバロスクラスの能力者2名、そして、それを凌駕する存在の襲来の中で、死人がこれだけで済むというのは珍しい。勿論、死んでしまった人間や、その家族にとってはどうでもいいのだろうけど、その最弱が今拾って、守ってやれる命はそれだけだったのだ。糾弾も、罵倒も、軽蔑も、なにをされてもいい。それでも、ミカミ・アキトがこの興都を救ったのは事実で、守りたいと願った少女たちを守れたのも事実。
興都の被害状況は中々深刻で、燃え広がった炎は住宅街まで侵攻し、そこに重なるように爆発や投石の餌食になった建物もたくさんある。皇城に至っては、エリアスが植物の壁を張っていないところは全て壊れていて、まだどうにか保っているその場所も植物がなくなれば意図も簡単に崩落するだろう。その他、カガミたちの魔法、攻撃によって消えた物は数え切れない。そして、中央都市区のど真ん中を貫いた、不可視の天誅。それによって、第五都市区はほぼ壊滅状態となった。興都と同じくらいの被害。
大罪囚1名の仲間への引き込み、バルバロスクラスの能力者2名の引き込み。
なくなってしまった物は多すぎるけれど、確かに手に入れた物はあるのではないのだろうか。
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治療院には、様々な光景が広がっている。
頰を染めながらウルガに看病をしてもらっているヴィネガルナ。ヴィネガルナの魔法は、限界を使い切る。使えば3日は動けない。同様に、シャリキアは無表情でラグナの看病をしている。2人ともなにも話さず、なにも見せずに、2人にしかわからない距離で接している。好いた好かれたとかそういうのではなく、同族として。リデアとアミリスタは既に回復しており、アキトの病室へと見舞いに来ていた。レリィは泊まり込みで看病していたため、ベッドに座るアキトに体重を預けて眠っている。
アミリスタは少しムッとして、リデアは優しく微笑んで、人差し指を口の前に立てるアキトに反応した。
アルタリカがすぐに治療を施し、ただ仕事ができればいいというファルナのために動いたその治療院では、今はゆったりと、その再開を喜ぶような空気が満ちていた。アキトに騙され強制的に仲間になった怠惰も、ベルフェゴールの膝の上でアケディアが眠っているという状況で、生存を噛みしめている。
第五都市区では、死にに死んだ仲間や家族、恋人への思いを嘆く人々にあふれていた。そんな都市の中で、エリアスが1つの死体の前で足を止めた。死亡を確認して陳列された死体たちの中で、1番闘志を燃やして戦ったであろうその功労者のもとへ、エリアスは向かった。首を綺麗に切り落とされ、断面まで綺麗に見えている。見なくてもわかる。その手には、宝剣が握られているから。誰にも悲しまれていないその死体に向かって、エリアスは手を合わせた。
アンナとカンナはそれぞれ執務へと戻り、一刻も早くこの状況をどうにかしようと奮戦している。
全てがハッピーエンドではない。そんな漫画みたいな、映画みたいな、みんな助かってみんなで笑って、そんなハッピーエンドじゃない。数え切れないほど人が死んだし、悲しみに溢れた。第五都市区からしたらとんでもない厄災で、興都からしたら忘れられない大事件で、きっとこんなものをハッピーエンドとは言わない。けれど、バットエンドではないはずだ。
生きている人は生きている。笑っている人は笑っている。死んでしまった人は嘆かれている。そうやって、全部が全部、犠牲無くして成り立つ綺麗な世界などない。だから、人々は噛みしめる。
三神秋斗は噛みしめる。この、ハッピーエンドでもバットエンドでもない終末を。




