104.【貴鉱石へ】
「バルバロスをモデルにしてるんですわ。この都市だけではなくて、中央都市区にも左翼都市区にもあるんですの。」
「こんなのがか。」
「ええ。貴鉱石があるのはこの迷宮だけですけれど。」
足を踏み入れれば、飲み込まれてしまいそうな闇と先の見えない不安が心を苛み始める。貴鉱石を手に入れればこの状況をどうにか出来るかもしれない。
「ちなみに、他の迷宮には何かあるのか?」
「内緒です。」
あくまで無表情で答えるアンナ。無論、突然現れた怪しい奴に教えるはずがない。これは、もしかしたら答えてくれるかもしれないという実験と、謎の声に助けを求める事を同時に行うための質問だ。アキトからすれば、答えてくれても答えてくれなくても構わない。
ーーー中央に剣。天を貫くように。あとは分からない。
「そうか。」
「納得していただけました?」
何も言わずに頷いてみせる。
右翼都市区の地下迷宮、ここには、貴鉱石があり、中央都市区の地下迷宮には何かの剣、そして、左翼都市区には何かあるのかすら分からない。そして、アンナの態度を見れば、この貴鉱石を簡単に渡してくれることは分かった。
「アミリスタ。少し、頼みたいことがある。」
「なに?アッキー。」
危険だ。死んでしまうかもしれない、また救えないかもしれない。次は失敗しても取り戻せない。この世界はやり直せない。たった1回きり、1度間違ってしまえばお終いの、本当の人生。なんの力もない人間が、取りこぼさないように必死に駆けるしかない。
だから、最大限の祈りを込めて、信用を託して。
「あいつらに伝えて欲しいことがある。」
ーーーーー
「アミリスタ様は貴方の何なんでしょう?」
「友達みてぇなもんだよ。」
暗い道をゆっくりと歩いて行く。急ぎたい気持ちはあるが、こんな暗い中走れるわけがないのと、どんな罠があるか分からないでしょう?と言われたため、おとなしく歩いている。
この作戦さえ成功すれば、この戦いさえ勝利できれば、うまくいくはずなんだ。そんな想いだけを胸に、逸る気持ちを抑えて歩く。
「友達にしては親密だったな、と思ったんですが」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
沈黙が落ちた。必死に気づかないふりをしてきたが、まさかこんなところで指摘されるとは思わなかった。敵は味方にいた、コンチクショウと嘆くこともできず、必死に目をそらす。
なぜだか言われることが分かった気がする。
「ヘタレ、という奴でしょうか?」
「うるせーーーっ!人が気にしてること言うんじゃねーよ!」
顔を真っ赤にしながら喚き散らす。頭を掻いて息を吐く。
「確かになんか・・・そんな気は・・・するな、とは思ったが、俺だぞ?」
「確かにそうですわね、悪くはないですけど、顔は平凡だし、弱いですし。」
痛い。なんだかこんな張り詰めた戦場で歩きながら罵倒される事があろうとは、思いもしなかった。けれどもまぁ、アミリスタの『そんな気』を簡単に気付いたのに、レリィの純粋、正真正銘な『それ』には気付かない。ヘタレと称されても仕方がない。
暗い迷宮を歩きながら、羞恥に紅い顔を見られなくてよかったと安心する。
「アミリスタ様の事、どう思っていらっしゃるのですか?」
「何?修学旅行なの?」
暗闇で女の子の好いた好かれたの話をする懐かしさに思わず突っ込む。結局異世界だから分かるはずがないのだが、何が悲しくてこんな羞恥責めされなければならないのか、と頭を抱える。
「それで、どう思っていますの?あたし、気になります!」
「何?古典部なの?」
どうにかしてこちら側の世界の知識で話を反らせないものかと考えたが、残念ながら某古典部の方のように問い詰められてしまった。もうアキトの好きだった古典部の少女を、主人公と同じような目線で見てしまいそうになる。どれもこれもアンナのせいなのだが。
なおも楽しそうにほんのすこしだけ口角を上げるアンナの追及の目線は止まない。
「あーもうしつこい。別に、嫌いってわけじゃねぇよ。」
「付き合ってしまうんですか?」
「う・・・」
アミリスタは可愛い、というかめっちゃいいと思うし、共に街を散策するのはレリィが不機嫌になるのであまり話さないがとても楽しい。かといって、なんというかそういう関係は違う気がする。
とかいう事をアキトの瞳から悟ったのか、アンナがスッと表情を消す。
「周りの関係を壊したくない、とそういう事でしょうか?」
「なんで分かるんだよ。」
偶然倒せた、お前は倒したんじゃなくて倒した現場にいただけだと、救えない少女が居たと、弱り切っていたアキトに、それは偶然ではなく、倒せる状況を作ったんじゃないのか?と手を差し伸べてくれた少女。レリィとアミリスタは、そんな事もあって意識してしまう。が、そこでどうこうすれば、ヴィネガルナに斬られるかもしれないし、リデアの友達関係から引き離したようで悪い。
「ヘタレですわね。」
レリィの気持ちを手伝うアミリスタの事を手伝うアンナ、という謎の構図ができたわけだが、ヘタレと呼ばれ続けるのはどうにかならないものかと肩を落とすアキトだった。
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