101.【掴み取った偶然】
土煙が大地に降り注ぐ光を遮断し、くぐもった鈍い音が聞こえてきた。
ヴィネガルナという主戦力が攻撃を叩き込み、それを支援する形でリデアが魔法を放つ。そして、それぞれに攻撃が迫った時にアミリスタの結界がそれを阻む。
このままでは、イラが回復を済ませて全員殺される。そんな確信が、どうしてだか頭の中で反響し、残り続けていた。
必死に時が止まるのを待ち続ける。考える時間がない。カーミフス大樹林には何があった?どうして2度目のそこでは敗北した?何があったからラグナを倒せた?今、この現状で、何がある?
この血まみれの戦場に、臓物にまみれた大地に、敗北の刻まれた死体たちに、今、何がある?
右翼都市『アンナ』と中央都市区の中間地点。整備された大きな道と、川に架かる豪奢な橋。それらに繋がれた道の途中、イラが飛ばされたのはそこだった。
まだ、第五都市区には被害が及んでいない。あるとすれば、兵士たちの犠牲だけ。ここで倒さなければ、第五都市区は消滅し、この国も崩壊する。そうすれば、アキトの望んだ希望終末は訪れない。
この試練を突破して、この試練を乗り越えて、この最大の敵たちを、ラストボスを倒して、この国でハッピーエンドを迎える。それが、最弱少年の希望終末。
けれど、掲げた大層な理想と裏腹に、アキトの脳裏に浮かぶのは死体の山と敗北のビジョン。このまま死んでカガミと闘うことすらできない。レリィを守れないなんて、許さない。ミカミ・アキトがそれを許さない。
ラグナを倒す時の作戦を考えた時のように、ここは静かではない。爆音が響き渡り、剣撃が乱舞し、視界も最悪だ。あの時のように流れる水に耳を傾け、その思考の渦に身を沈めることなど、出来はしない。
「水?」
アキトの作り出したほんの少しの魔力欠。それを異世界水道で水に変換した時、異世界水道は壊れた。それは、アキトの作り出した魔力片の純度が高すぎて、リデアの魔法の技術が繊細すぎて、アキトが小さいと思っていた魔力片に異世界水道を崩壊させるほどの魔力が宿っていることに気付かなかったからだ。ほんの少し魔力を流そうとしたら、予想以上の魔力を流してしまい、魔力に比例して大きくなる水量が異世界水道を壊したのだろう。
つまり、結論を言えば、魔力を何かに変換する魔導具に、キャパシティ以上の魔力を注ぐと、使えなくなる、暴走する、ということだ。
電撃のように脳をよぎったこの考えは、イラを倒す上でなんのアドバンテージにもならない。けれど、アキトが無意識に記憶に深く刻んだと言うことは、何かに使えると精神が判断したからだろう。
考える時間がないのに変わりはない。今は、ここから逃げて、尚且つ簡単に見つからず、尚且つ犠牲を出さず、尚且つ都市区にターゲットがいかない作戦を考えるべきだ。それで作り上げた時間で、撃破策を考える。
今はただ、バーサークに視線を向けた。
ーーーーー
おかしい。脳内で反芻されるその違和感に、ヴィネガルナは盛大に顔をしかめた。
明らかに当たるはずの攻撃が当たらない。明らかに当たらないはずの攻撃を避けられない。そんな状況が続き、ヴィネガルナの剣の手を、徐々に不安が蝕んでくる。
イラに攻撃を当てるために剣を振り下ろせば、いつの間にかイラがほんの少しだけ横に移動していたり、イラが放った火球が急に加速したり、イラに向かって走っても進まないような気がしたり、例を出せばキリがない。攻撃特化のイラが回復している時間。それは長い。回復という苦手分野を行いながら興都最強の少女たちを3人相手するのはイラにとっても煩わしいはずだ。攻撃をいなすことぐらいしか出来ないくらいに。
今、削りきらなければ、回復されてしまったら、勝算はゼロになる。ヴィネガルナは元からアキトに期待などしていない。どんな小賢しい手を使おうと、こんな敵を倒せるはずがない。アワリティアの時も、ラグナの時も、きっと全ては偶然で、実力で勝ち取った必然ではないはずだ。
横薙ぎにイグニシアを振るう。そう簡単に当たるはずもなく、イラがぼやけ、かすみ、先ほどよりも後ろに佇んでいた。追撃のために踏み込めば、途端にイラが遠くなっていく。そんな不毛な時間を、アキトが相手ならしていただろう。けれど、戦闘技術の限界までを引き出すことのできるヴィネガルナは、気付いていた。その異能が発動する時、イラは必ずバーサークを振るう。
ーーーあの武器の力?