100.番外編【その最弱と夢で輝く】
番外編です。バトルに疲れた作者の癒しでした。次回から本編です。
時は少し遡る。うんざりするくらいのテンションの低さと、絶望的すぎる戦闘ずくしの興都戦線。から、数日前。レリィに助けられて、久しぶりになんの緊張も無く寝られた。
そして、目の前に置かれた朝ごはんに目を輝かせる。少女の優しい抱擁に涙を流し、その涙ごと流れて無くなった重圧。そして、その次の日に食べられる美少女の手料理。
「天国か・・・」
「どうしたんですか?アキトさん。」
異世界の厳しさに打ちのめされて嘆いた時が嘘のように、心を満たすのは幸せの感情だった。別にレリィをそういう目で見ているわけではないが、アキトだってコミュ障の端くれ、こんな可愛い女の子に慕われて嬉しくないわけがない。
なんてことを考えているアキトに、レリィが心配そうに問いかけた。
「なんでもない。」
目玉焼き?にソーセージ?やパン?が並ぶ食卓は、あの元の世界と変わらない気がした。根っからの現代人だったアキトは納豆ご飯と目玉焼きと午前の紅茶 (ストレートティー)を朝ごはんにしていたが。
名称は違うかもしれないし、作り方も分からないけれど、それは毎朝食べていた暖かい手料理の味だった。
「うまい・・・」
全身を貫く幸福に耐えきれず、ボソッと漏れてしまった賞賛の声。決して意図したわけではないが、レリィに伝われば万々歳。
「良かったです。」
そういって満面の笑みで微笑む少女。
「いいお嫁さんになれるよ。」
滅茶滅茶悲しいけれど、もしレリィに好きな人が出来たら、こんな愛のある食事をいつも食べられて、楽しく暮らさせてあげよう。めっちゃ悲しいけど。そんな的外れすぎるネガティブを振り払うように呟いた一言に、レリィは真っ赤な顔で俯いた。
「お・・・およ・・・お嫁さんですか」
アキトに顔が見えないように必死に俯き、緩みに緩みまくる表情筋を両手で押さえる。そんな事をしても、結婚生活を妄想してしまうレリィはなかなか顔を上げられなかった。
ーーーーー
「なんでやねん!」
どんっ!とテーブルに両手をつき、どこかで聞いたイントネーションで突っ込むアミリスタ。あまりのレリィの奥手さについ立ち上がってしまったアミリスタは、ぜぇぜぇと息を乱しながら座った。
現在地はアミリスタ行きつけの飲食店。人は来ないのにとても美味しい料理を出す『美喰』という店だ。店主である『つづり』という男は、若くからりとした性格なのに、アミリスタでも力の底が見えないほど強い。たまに嫁について語り出すと止まらない癖がある。
と、まぁそんな店で、今朝のエピソードを嬉しそうに話すレリィに、アミリスタが待ったをかけた。
「そこは、『アキトさんのお嫁さんにしてください!』っていうところでしょ!」
「えっええ!そ、そんな・・・急に」
想像して赤面するレリィ。ダメだ、と肩を落とすアミリスタ。アミリスタより背も高く、胸も大きく、大人びているのに、初々しすぎる。最悪キスがなんなのかすら分からないんじゃないかとも思う。
と、赤面したまま表情筋を直したつもりでいるレリィが、アミリスタに指を突きつけた。
「それより、私、アキトさんにそんなに気軽に頭を撫でてもらってること、知ってますよ!」
「いや、それは・・・その・・・」
アミリスタとて抵抗するふりをしているが、身近に男友達がいるはずのないその少女は、今の関係を結構気に入っている。性格から人にあまり暗い表情を見せない少女だから、溜まった鬱憤を晴らしてくれるアキトは、いい友達のようだった。たまに一緒に行こうと約束した酒場の事を、実は結構楽しみにしている。
だから、その関係をアキトのことが大好きなレリィに悟られるのは、いささか危険だ。
だから。
「じゃあ、これを使ってアッキーを夢にでも誘いなよ!」
大人の女性を目指す小さな少女は、その『魔器』をレリィに渡したのだった。
ーーーーー
少女がレリィに手渡した魔導具、それは、夢を自在に操れる力を持った魔導具だ。明晰夢、という夢の力をマナで活性化させ、自分の夢を操れる。そして、額と額を合わせながら眠ることによって、魔導具の力を共有。1つの夢に2人で入ることができる。
アキトにアピールして来いというメッセージの込められたそれは、1人で寝て使えという意味じゃなく、アキトと共に夢に入って、そこでアピールしろ、ということなのだろう。
「どうすればいいんでしょうか。」
これまでろくに自分の気持ちを伝えられていないレリィに、いきなりベッドに潜り込めというのは酷だが、アキトの交流のある少女は全員が美少女。いつ取られてもおかしくない、というアミリスタなりの優しさだ。それぐらいしないと、本当にもう一度カーミフス大樹林に行くまで告白しないかもしれない。
「はう〜」
自室のベッドで1人寝転がり、どうしたものかと逡巡する。けれど、レリィは性格が非常にいい。アキトのようにひねくれにひねくれまくり、ずる賢さしかない思考と違い、人のことを考えて行動する。アキトの事を女に興味がないと思っており、更に自分の容姿についてしっかりと理解していないレリィは、少なからずアキトが自分を好いていることなど分かるはずがない。
そんなこんなで考えているうちに、瞼がだんだん重くなり、耐えきれない眠気が襲ってきた。今日はそこまで早く起きた訳でもないし、そこまで疲れたこともしていない。不思議に思いながら、抗えない眠気に意識が落ちて行く。
ーーーーー
「アキトさん。あけましておめでとうございます。」
「おう。今年もよろしく。」
「はい!」
変わった風習に最初は戸惑ったが、徐々に慣れ始め、日本にアキトと住み始めて1年が経った。訳ではない。レリィが望んでいた夢、アキトの世界で一緒に居たい。
眠気に襲われて眠ってしまい、この夢に入っているのはレリィだけ、このアキトは夢が作り出したアキトだ。だけど、まぁいいかと思考を放棄する。
こんなに幸せな状況をわざわざ捨てるなんて嫌だ!と喚く自分に一喝し、アキトの部屋に行くなんて出来ないから、ここはここで楽しもう。そう言い聞かせ、見慣れない服を広げて、どうですか?と尋ねる。
「可愛い。着物は着るの大変だからな。見れないと思ってたぜ。」
「アキトさんのお母様がやってくださいました。」
ニコッと微笑むレリィ。必死に赤面するのを堪えているが、どうしても顔がにやけそうになってしまう。水色の着物を身に纏い、とめどない美しさを振りまく少女のその愛くるしい努力が可愛くて、もっと側にいたくて、その手をとってゆっくりと歩き出す。
「レリィ、手、あったかいな。」
「アキトさん、手冷たいです。」
少し意地悪をしてやろうとレリィが頰を膨らませながら言うと、仕返しとばかりにアキトが言う。
「じゃあ手繋ぐのやめるか、残念。」
「あ、ちょ!」
ぷいっとそっぽを向き、愛しい感触に名残惜しさを感じながら、アキトが手をそっと話離す。どんな反応をするかとレリィの方を向くと、
「ぁ、アキトさん・・・うう」
ひとみに大粒の涙をあふれそうなほど溜めて、不安そうにアキトを見上げるレリィ。
ーーーやばい!やりすぎた。
息を吐いて、勇気を振り絞り、もう一度レリィの手をとり、次は指を絡めて恋人繋ぎをする。そうして少しだけ力を込めてやると、溜まっていた涙が消えて、ぱっと輝く笑顔が溢れた。笑顔の方が可愛い。
人の波に流されながら賽銭箱の前までたどり着いた。硬く結んでいた手をほどき、5円を財布から抜き出し1枚放り投げる。もう1枚をレリィに渡す。慌ててそれをアキトの真似をして賽銭箱に投げて、そわそわしながらアキトの行動をぎこちなく真似て行く。
「さぁ、ここで願い事をするんだよ。」
大きな鈴を鳴らして、私は願った。
ーーーいつか、本当にこんな事があればいいな。
ーーーーー
「あっ!」
いつの間にか寝てしまっていた。魔導具の力は本当のようで、まだ心臓が強く鼓動を伝えてくる。あの暖かい時間が急に欲しくなり、切なさが襲ってきた。
「ぁ、会いたい。」
小さく呟いて、羞恥心を上回るその行動力に突き動かされて扉を開ける。
「あ、あれ?」
そこには、真っ赤な顔でレリィと全く同じ姿勢で固まるアキトがいた。
この後、ほんの少しだけ2人の距離が近づいた事をここに残そう。
忘れてはいけない。このほんの少しの前進には、アミリスタという大きな仕掛け役が必要な事を。
この前日、睡眠薬を探して、魔導具に改良を重ねるアミリスタを、竜伐の2人が目撃したのを、アキトたちが知るはずもない。
こうして、物語は興都戦線へ。