99.【強すぎる力を呪う】
強すぎる力を呪った。
どうして皆力を求めるのに、力を持っている人を恐れるの?ただそれだけの疑問と憤りが、幼い私の中で鼓動のように脈打っていた感情の波だった。騎士養成学校。雑兵ではなく、国の上層部を守る騎士、その高貴な存在に憧れた私は、両親にそれを伝えた。莫大なお金がかかる、それくらい分かっている。それでも、私は願った。
もう、私を愛さなくてもいい、私に何もしなくてもいい、私は何も望まないから、この願いが最後でいいから。
そこまで重い条件を出してでも騎士になりたかった。勿論、私にはちゃんとした親がいた。そんなことを言っても2人は私への態度を変えなかった。
そして、国の雑務や能力を育てるため、なにより、強い国の駒を作るための養成機関に、希望を胸一杯に抱えて入学した。
習ったことを何度も確認し、教わった剣術を血が出るほど練習した。貴族の両親でも、この入学費は大きな出費だったはずだ。そんな両親の愛と、私自身の夢のために、女を捨てて剣にうちこんだ。
髪を短く切った。
ヒラヒラした服を着るのをやめた。
涙をこらえる事を覚えた。
そして、強すぎる力を得た私は、周囲から異物を見るような目で見られ、順調に精神を病んでいった。
人を信じる事をやめた。
人と関わる事をやめた。
人の力に頼る事をやめた。
人をやめようとした。
そして、騎士学校を卒業。次席の2倍の評価を収め、嫉妬と軽蔑に苛まれながら主席の天才として騎士団へと入った。騎士団には、私のように学校から推薦で入ったり、人間性に問題のない冒険者、雑兵から選ばれることが多い。基本はその推薦を受けるが、戦いに酔狂なものはそれをいとも簡単に蹴った。
そして、騎士団でしっかりと一匹オオカミとして独りぼっちになった時、黒の厄災が起こった。
平原を埋め尽くす漆黒の炎、それを彩る断末魔と血肉の数々。すでに肉塊へと成り果てた騎士団の先輩や同期、よく見かける冒険者と腕の立つ雑兵の数々。そして、一瞬にしてそれを作り出したプレッシャーの塊。黒い煙を吐きながら、空を浮遊する竜がいた。
感じたことのない怖気が背筋を走り、震える手の掴む磨き上げてきたはずの刃がカタカタと鳴った。
ここまで蔑まれて、疎まれて、妬まれてきたのに、そこまでして強く在ろうと、なろうとしてきたのに、ただの害獣に、こんなただの魔獣ごときに、私は及ばないのか。
「お・・・とおさん。お・・・か・・・あさん」
はっとして、振り返った。何もせず、ただ害獣の重圧に怯えて、震えているだけの私の後ろで、両親を失った少女が涙を流している。ポロポロと溢れる涙は、止まる気配がない。
痛む胸を押さえて、必死にその声を無視しようとする。戦場では、弱い奴から死んでいく。弱いのに生き残るのはただ逃げ続け、隠れやり過ごす臆病者だけだ。そう私は信じている。そうしないと、これまでの努力が全部無駄になってしまうから、自分が、正当化できないから。
「メソメソ泣かないでもらえる?ここは戦場なの、戦えないなら去りなさい。」
けれど、弱者を救わない強者なんて、それは私を正当化できていない。
美しい容姿を台無しにするように、身体中に血肉と臓物が纏わり付き、悲しさに喘ぐ少女は、私と歳はあまり変わらないように見えた。
真紅に染まった金髪がなびき、その美しさに少女が立ち上がった事を認識するのが遅れた。
「大丈夫?」
「・・・?」
何を言っている。今あなたを助けようとしたのは私で、悲しさに打ちのめされているのはあなたでしょう?
言葉にしたはずのそんな問いかけが喉に詰まり、言葉になったのはかすかな嗚咽だけだった。視界がぼやけ頰を熱いものが伝った。
「だってあなた、とっても苦しそう。」
かけられた言葉に、唖然とした。 この少女は、弱者なんかじゃない。自分を押し潰す悲しみに遭遇してなお、戦場に漂う死の気配に苦しむ私の悲しさを背負おうとしている。自分が潰れてしまってもいいから、その悲しみを共に背負おうとしてくれている。
なんて強い少女なんだろう。
それが、リデアとの初めての出会い。
死闘と苦戦の末、黒竜を倒した。感慨なんてあるはずがない。国を守るために、戦った。ただそれだけの薄っぺらい理由だったのだから、あるのは喪失感と疲労だけ。もらえる富と名声は黒く暗い色に見えた。与えられた竜伐という称号は、まるでどうして生き残ったと言われたのと勘違いしそうな重さだった。
けれど、リデアのおかげで私は孤独を捨てられた。そして、騎士から竜伐という特別部隊へとランクを上げた。
皇城に行くことが増え、ウルガという先輩とよく話すようになった。リデアが私の閉ざしていた心をこじ開けてくれたから、分析することでその人の事を理解できるようになった。分析を重ねに重ね、やっとその人の人柄が見えた時に交流を深め、不器用ながらも私は明るくなっていった。ウルガ先輩との交流も、リデアが取り持ってくれたおかげだった。
分析をするために不躾な目線で見ても、よく分からない質問をしても、冷静に反応してくれた。たまに垣間見える優しさを見ると心があったかくなり、たまに見せる悲しさを見ると心が沈んで行く。
私にとっての黒竜戦のような戦いが、ウルガ先輩にもあったのだろうか。日々そんな事を考えて、アミリスタと出会った。リデアと同じ性質で、ちょっと変わった一人称で、そんな平和な日常に、レリィという子も加わった。その子は珍しく、分析なんてしなくても分かるくらいいい子で、少し男を見る目がない。
だから、私は幸せだった。
ーーーーー
宝剣イグニシア。かつて潜ったダンジョンで手に入れた宝剣で、とんでもない切れ味と耐久性をもっている。魔力が馴染みやすい剣であり、昔存在した文明人の兵器だったんではないかと言われている。そんな大兵器を封じたダンジョンを突破し、ヴィネガルナはイグニシアを手に入れた。
持った宝剣を構え、地面を蹴る。ヴィネガルナの生み出す力の奔流が地面を走り、残る粉塵を掻き分けてヴィネガルナが走る。
煙に巻かれて見えないイラに、迷いのない俊敏な動きでヴィネガルナが宝剣を振るう。
遠く離れていても耳朶の中で反響する金属音が空気を揺らし、立ち込めていた煩わしい土煙が消散した。
「やってくれたなあ!」
左腕に纏わせた真紅のバーサークは、剣の形ではなく、剣を防ぐような形状で作られた盾だった。ヴィネガルナの全力の剣撃を片手間で防ぎきり、アキトの与えた傷の治癒を開始する。その回復を阻むように、ヴィネガルナが押し切ろうと剣への力を強める。
「っ!」
「しゃらくせえ」
バーサークに防がれたイグニシアが震える。けれども、サタンの変化形態に突破できそうな気配はない。が、反対はある。イラが煩わしそうにイグニシアを払いのける。そこには見た目の何倍もの威力があったのだろう。体勢を崩してヴィネガルナが地面に転がる。呻く少女に追撃をかけようと、イラの手に炎が出現。半透明の点滅が限界へと達し、重なり合うイラの紅腕から爆炎が射出される。
「危ないっ!」
ほぼノータイムで爆発した攻撃の余波は、地面に轟きヒビをいれ、空いたクレーターに赤い溶岩を作り出すほどだった。
「小賢しい!」
「女はそんなもんなんだよ、とくに僕は!」
ヴィネガルナへと飛来し、その命を爆撃で消し炭にしたはずが、少女を覆った結界がそれを防いだ。
ドロドロと溶け出す地面は、アミリスタが結界を張った場所のみが地面という状態を保っており、その攻撃力と防御力の高さにリデアが驚く。聖約。その力が、アミリスタをチートへと進化させている。
「よそ見するなよ!」
「ちぃっ!!」
アミリスタの安全領域から跳躍するヴィネガルナ。けれど、それはもう飛翔といっても過言ではないほどに高く飛び上がる。
振り上げたイグニシアに全身全霊の殺意と想いを込め、振り下ろす。轟く爆音と雷鳴のように素早い剣撃が、さらに次々と生み出され、鋼鉄の調が戦慄となって奏でられる。
「邪魔ああっ!!」
イグニシアを器用に全てはじき返し、掲げた腕を地面に叩きつける。素早く反応したヴィネガルナが攻撃を中断して飛び退き、直後に焔が荒野を焼いた。黒く焼け焦げた地面が原型を留めず、爆風でチリとなって消える。
自分の攻撃は耐えられる。だから、自分すら巻き込んで爆発を起こす乱暴な戦況。
たちまち現れた粉塵は、アキトの心にかかる行き詰まりの靄を表しているようだった。