98.【覚悟の矢】
進む脚に闘志をのせて、己の存在を地に刻むように。
相手が自分に気付いているのは知っている。ならば、わざわざ奇襲で余計な魔力を減らす必要もない。アキトが攻撃できる間合い、魔力の刃が通る近距離。
大丈夫。そう伝えるように、アミリスタの手から暖かい熱が伝わってくる。最前線で戦いながら、戦略を考える。自分は勝てるはずのない戦いに無謀に挑み、僅かな希望に殺される少し運のあるだけの最弱。そう自身を偽って、そう己に言い聞かせて、そう自分に染み込ませるように、そうして、油断した『憤怒』に、捻り出した最弱の一手をぶつけよう。
「簡単には、死ぬんじゃねぇぞ?」
イラから紡がれた言葉と共に、目視することのできない攻撃が破裂した。目の前に突然太陽が現れたような感覚に囚われ、目を覆う。
カーミフス大樹林や、2度目のカーミフス大樹林ならば、確実に死んでいた一撃。けれど、今は少女が盾を構え、まるであの樹林と同じように、守ってくれている。
それは、ただステージが進んで、装備が充実したからじゃない。これまでの異世界の中で、アキトが作り上げてきた英雄譚の紛い物に魅せられた少女の力。アキトに魅せられた少女の、アミリスタの聖約の力。アキトがありのままで生きてきた、醜くも魅力的な英雄譚もどきの力。
「死んでやるかよ!」
ーーー形態『流星』。
光り輝く劔を掲げ、魔力の形を変化させる。まばゆい光を撒き散らし、流星の一手へと力を進める。リデア特有の魔法、実体化魔法。魔力を実体化させて武器を作るこの力で、無理をしつつも弓を作る。
イラの得体の知れない攻撃は、速すぎる。見ることすらできない攻撃の間合いに更に踏み込む勇気は無い。使用制限のある『流星』を生み出す。
「アミリスタ、頼んだ。」
「了解!」
今度は覚悟を決める。カガミという相手に何のリスクも伴わずに攻撃を当てられると思っていたのが馬鹿だった。もうこの戦線で魔法が使えない。いや、金輪際使えない。それくらいのリスクを伴って初めて、やっとのやっと、たいして威力のない攻撃を当てられる。
けれど、今はそれでいい。
膨張する魔力が弓を型取り、それに比例してアキトの体からマナだけが高速で吸い取られていく。
リデアとヴィネガルナは隠れている。つまり、アキトがイラの気を引けば、2人が出て行って、戦ってくれる。時間を稼いでくれる。
「当たれっ!」
日本のFPSゲームじゃクソエイムを極めていたが、リアルの弓は得意だった。全ての使える力を込めに込めた最強の流星の一手を、当たってほしい、当たらなければ困ると懇願するのは当たり前だろう。
「普通の弓よか速えが、それがどうした?」
イラが嘲笑を貼り付け、自分に向かって大きくなる流星の一手に、照準を合わせるように片手をあげる。黄金の矢を、黄金の矢で終わらせるはずがない。
弓を魔力で作り出し、矢すらも高純度の魔力結晶でできているのだ。速いところではない。なにせ、これはアキトの魔法能力を失ってしまっても構わないという覚悟のもと打ち出された攻撃なのだから。
「あ・・・ミリ・・・スタ。」
「うん!」
血だらけの地面に片膝をつきながらも、苦しげな表情を押し殺してアキトがアミリスタを呼ぶ。噛み殺した貧血の100倍辛い倦怠感の増大に喘ぎ、行く末を見守る。
進んだ矢を、全てを込めた矢を。
イラは簡単に掴んだ。僅かな希望を持って小さな運だけで粋がっていた最弱の希望を、ゆっくりと握りつぶすように。
刹那、アキトの歪んだ口角を見た。まったく諦める気のない結界少女の瞳を見た。自分の顔をぶん殴り、腕を巻き込む球体の結界を、見た。
「大成功っだ!」
掴んだ手は、矢から離れない。頭を最強の結界に打たれたイラに、ただでさえ出来ない冷静な判断ができるわけがない。ムキになって矢から自身の手を引き離そうと苦戦する。
そして、続く爆撃に血肉を抉られた。
「なっ・・・!」
撒き散らされた生乾きの血肉の海に、新たな紅を注いだ。けれど、次は敵の血だ。これまで蹴散らされてきた様々な人間の複雑すぎる感情が入ってくるように、失われた魔力が戻ってきた。
全ての魔力で弓と爆発する矢を作り出し、アミリスタの魔力を少し混ぜる。そして、イラが掴んだタイミングで結界を発動。腕は結界に呑まれ、動かなくなり、矢とイラは離れられない。爆弾を抱えたイラは簡単に一撃をもらい、魔力結晶の破片に斬り裂かれた。
飛び出す竜を下した少女たち。後は、勝つために思考するだけだ。