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アポロの護り人 ―異世界夢追成長記―  作者: わらび餅.com
第一章 カラハダル大森林 異世界転移 編
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9-A.魂の交差地点


 朝を迎えた。

 ついに森へと入る時がきたという事実は、ある者達には高揚感を、ある者達には緊張感を与えていた。


 カラハダル大森林。

 広大すぎるこの森はヴェルジード帝国の成立から二千年近く経った今となってもその全容を把握しきれていない場所であった。


 魔物が野放しにされているため人が入る事もほとんど無く、野生動物にとってはまさに楽園のような場所である。


「今更ですけど、なんでわざわざこの森を探索するんでしょうか……?」


 ソフィアの疑問は尤もである。

 帝都ヴェルジードはもちろん、他の都市でも人口が溢れているなんて話は聞いたことは無く、新たに土地が必要というわけでは無いはずだ。


 そんなソフィアの疑問に答えたのはソルであった。


「いずれ軍に所属するつもりならば、魔物との戦闘を早めに経験しておいた方が良いという意見が出たらしいのです。しかし受験者の量を鑑みるに街道や平原では魔物との戦闘をこなせない者が出てくるだろうということで、圧倒的に魔物の数の多いこの大森林が選ばれたみたいですよ」


 続けてモブロスが例の如く大きな声で発言をする。


「軍に入れば領内警備のために遠征することもしばしばありますからな! それの訓練も兼ねているようですぞ!」


 何故かモブロスは言い終えた後、ソルに向かってサムズアップを決めていたのだが、ソルは若干困り顔であった。


「は、はあ、なるほど……」


 若干気圧されつつもソフィアが返答すると、モブロスが声を張り上げる。


「それでは! これよりカラハダル大森林での捜索任務を開始する!」


「ちょっ……!?」


(((捜索……?)))


 何か引っ掛かる三人であったが、ずかずかと森に進み始めたモブロスに置いていかれるわけにはいかないので、そのあとに続いた。


 森に入り、少し進むと空気が一変する。

 先程まで春の陽気を感じていた素肌には少し湿り気を帯びた肌寒い空気が触れる。


「うわぁ……!」


「ピィ!」


 その原因が日が遮られているからなのだと気がつき、少し上を見上げたソフィアは息を呑んだ。

 背の高い木々の葉の間を潜り抜けて森へと忍び込んだ陽光の作る幕が、葉が風に揺れる度に波打ち、その波を縫うようにして色彩豊かな鳥たちが飛び交っている。

 未知の侵入者に対して恐れをなして、枝を伝い方々に散り姿を消していく動物もいれば、興味を抱き木の影から純真無垢な瞳で覗き込んでいる動物もいる。

 よく見れば、木の根本や草の裏側に隠れている動物も沢山いた。


「これ、凄いわね……ソフィア」


「うん。凄く綺麗……。管理された森になら入った事はあったけど、こんなに色んな生き物がいる森は初めてかも」


「なんか……生命(いのち)が溢れてるって感じだな」


「サキトってそんな表現できたんだ」


「俺も自分で驚いてるよ」


 非日常的な美しい光景に圧倒されて足を止めていたソフィアたち三人にソルが少し離れた所から声をかける。


「気持ちはわかるけど、一応今試験中だからね!」


「あ、すみません!」


 景色になど目もくれずにずんずんと進んでいるモブロスとの距離が開いていたため、三人は慌てて追いかけ始めた。

 追いかける最中、ソフィアの肩に乗るロンドが何かを主張している。


「ピ、ピィ……!」


「ん? ロンドも混ざりたいの?」


「ピィピィ!」


 どうやら木々の間を飛び回る他の鳥達の姿に触発されたようだ。


「良いよ。でもあんまり離れちゃだめよ?」


「ピィッ!」


 翼を器用に折り曲げて敬礼をしたロンドはそのまま羽を広げて空中へと舞い上がった。

 飛んだ後をつけるように翠の粒子が舞い、木漏れ日と相まって幻想的だ。


「さあさあ遅れるなよ学院生諸君!」


 張りのある声を契機に、探索は本格的に始まったのであった。


―――――――――――――――――――――――――――――


「フッ――」


 小さく吐き出された呼気と共に放たれたサキトの拳が、黒々とした猿型の魔物の腹部へと吸い込まれるように向かう。


「ギェ……」


 魔力によって強化された拳は魔物に防がせる間も与えずに腹部へとめり込み、体長一メートルほどの猿型の魔物は赤い目を見開き吹き飛ばされ、後方の木に衝突したことにより、遂にその命を終えた。

 息絶えた事で、猿型の魔物の体は"霧散"して行き、その場に五センチ程の爪と牙のみを残す。


 サキトはその爪と牙を回収し、腰に下げた袋に仕舞った。

 サキトの回収した爪や牙のような魔物の特殊部位と呼ばれる部分は、魔力粉の原料となるため、国や商会が買い取ってくれるのだ。

 全て回収しきったところでアイラとソフィアがサキトに話しかける。


「今のは良いパンチだったわねサキト」


「いや、まだまだだぜ。兄貴なら吹き飛ばす間も無く霧散させてた筈だ……」


「いやいや、サイカさんのパンチはシエラも含めての規格外だったから……」


「それにソフィアのチャージショットやアイラの上級魔法が遠距離から一撃で小型種を倒せるんだから、俺は一撃で中型種を倒せるくらいにならないと、このパーティに俺の居場所が無くなる」


「精霊の魔力を濃縮した一撃と同じくらいの威力のパンチってだけでもサキトくんの身体強化は凄いと思うんだけど……」


「ピィピィ」


 ここまでで既に小型種の魔物を二十体は討伐しているソフィアたちのパーティであるが、その半数程はサキトの拳で葬られていた。

 そんな事を三人で話していると、ソルが会話に入ってきた。


「サキト君、君はその身体強化の練度をもっと誇って良いと思うよ。自分もまさかここまでの力があるとは思っていなかったからね」


「お褒めの言葉はありがたいッスけど、俺はまだまだ上を目指してるッスから!」


「凄い向上心だね。自分も見習わないとな。しかし、ひどい目にあったな……」


 そう言うソルの見た目はお世辞にも綺麗とは言えない状態であった。


「まさかいきなり泥玉を投げられるなんて思いもしませんでしたね……」


 先程の猿型の魔物がいきなり泥玉を投げ、ソルがそれに被弾した事が戦闘開始の合図であった。

 本当にただの泥玉であり、ダメージは皆無であったものの、ソルの軍服の上半身は泥汚れがべったりとついてしまっていた。


「それにしてもあんなに接近されるまで誰の魔力探知にもかからないなんて……サキトあんたちゃんと魔力拡散してたんでしょうね?」


「ちゃんとやってたと思うんだけどなぁ……。あっ、ソルさん眼鏡にも泥がついてるッスよ」


「ん? ああここか……本当にひどい目にあった……」


 ソルはため息を吐きながら眼鏡を取り、ハンカチで拭きながら話を続けた。

 拭く姿にはどこか哀愁が漂っている。


「時間も良い頃合いだしそろそろ夜営の準備を始めようか。そうだなぁ……あのシダが生えている辺りが拓けてそうだからあそこにしようか」


 まだ日は落ちきってはいないが、森の中は木で日が遮られているため暗くなるのが早い。

 ソルが顎で指した方向を見ると、五十メートル程先に確かにシダの生えており、夜営をできる程度には拓けていた。


「了解ッス。じゃあモブロスさん呼んでくるッスね」


「ああ、頼むよ」


 ソルは眼鏡をかけなおしながら、申し訳なさそうにサキトに頼んだ。

 申し訳なさそうではあったが、眼鏡が綺麗になったおかげか幾分明るい表情になっている。

 件のモブロスはと言うと彼らとそれなりに離れた後方にある岩に腰かけていた。


「モブロスさん。今日の夜営地点決まったみたいッスよ」


「お、おお、サキト君か。いやぁ私も久々の遠征で少し頑張り過ぎたようだよ……。よし! 夜営地に行こうか!」


 先程までだいぶ疲れている様子であったか、夜営地点が決まったと聞いて幾分か元気になったようだ。


(そんなに頑張ってたか……?)


 正直モブロスが何かをしていた記憶がサキトには無かったが、流石に口には出さない。


 夜営地点にサキトとモブロスが着くと、他の三人が既に火を焚いて食事を作り始めていた。

 あまり肉の匂いがすると肉食獣が寄ってくるかもしれないため、香草で干し肉の匂いを和らげた粥が今晩のメニューのようだ。

 暖かくなってきたとはいえ、季節はまだ春の初めだ。

 大陸のもっと東や南へと行けばまた違うのかも知れないが、まだまだ夜は冷え込む。

 早めに食事を済ませて、寒さをしのぐために早々にテントへと入った方が良いであろう。


 温かな食事を食べ終える頃には、辺りは薄暗くなって、調理に使った焚き火の残り火が周囲をほのかに照らしている。

 薪をくべようと思ったサキトであったが、薪がもう無いことに気がついた。

 どうやらあまり集めていなかったらしい。

 そうして薪を集めてこようと思い立ち上がろうとしたサキトをソルが制した。


「ああ良いよサキト君。ちょうど用を足しに行きたいと思っていたところだから、ついでに自分が集めてくるよ」


「あ、ありがとうございます。それじゃあお願いするッス」


 ソルが暗闇へと消えて行くと、思い出したかのようにモブロスが話を始めた。


「おおそうだ学院生諸君! 今日は一日ご苦労であったな! 幸いまだ小型種としか遭遇していないから、私の『ラウガの防壁』の出番は来ていないが、いつ中型種が現れるかもわからんからな! 油断せずに――」


 そんな相変わらず無駄に大きな声を掻き消すかの如く――


「――――あァァァああアァぁああアァッッッ!」


 突然森の空気を激しく揺らしたのはソルの断末魔であった。


「今のはソル殿かっ!? 諸君! 私についてくるんだ!」


「は、はいっ」


 モブロスを先頭に四人はソルの消えていった方角へ走る。

 そうして薄暗い森を十数秒も走れば、現場に辿りついてしまった。

 そこは森の中にしてはずいぶんと広い空間であった。

 何かが振動するような音が響く中、四人の目に映ったのは木に凭れかかるソルと、その隣に佇むやたら手先の長い動物であった。


「ま、魔物っ!? ソル殿! 大丈夫かっ……」


 暗闇に慣れてきた目が捉えたのは、ソルの胸に穿たれた大穴から止めどなく流れ出る血液と、長い爪を持つ大きな紫色の土竜型の魔物――大土竜であった。


「ギヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ……」


「中型種だとっ!? 探知にはひっかかっていなかったぞ!?」


 モブロスが狼狽えるが、その横にいるソフィアはそれどころではなかった。


「そんなっ……ソルさん……」


 治癒魔法を得意としている彼女にはわかってしまったのだ。


――『自分にはもう彼を救うことは出来ない』と。


 ソフィアの目から涙が零れ落ちる。


――吐き気がする。


――自分の無力が恨めしい。


 だが、そんな思考も突然の衝撃に遮られる。


「危ねぇソフィアっ!」


「きゃっ!?」


「ピィッ!?」


 倒れこんだソフィアは一瞬何が起こったのかわからなかったが、すぐにサキトが自分を押したのだと理解した。

 しかし、大土竜は相変わらず薄気味悪い笑みを浮かべたまま動いていない。


 『ならば何故彼は自分を押したのだろうか』と、ソフィアがサキトを見上げると――


「ぐっ……くぅっ……」


 痛みに顔を歪める彼の右肩には、太さ五センチ程の黒紫色の針が刺さっていた。


「さ、サキトくん!」


「しまっ……!? 『ラウガの防壁』っ!」


 少しばかり手遅れではあったが、モブロスは高さ三メートル、幅五メートル程の半透明の灰色の分厚い壁を出現させて、魔物と自身らを遮る。

 発動のタイミングこそ遅かったが、その発動速度自体はとても最上級魔法とは思えぬほどの速度であり、彼が自信を持つのも頷けるというものだ。

 それこそ、若干モブロスの実力を疑問視していたソフィア達三人が、彼が正規の軍人であるのだと納得させられるほどの卓越した技術であった。


 数瞬その技術力に目を奪われたソフィアであったが、我に返ると同時に慌てて起き上がり、サキトの右肩に治癒魔法を当てながらゆっくりと針を引き抜く。


「っ……!結構いっ、てぇ……」


「ごめん、ごめんねっ……」


「いや、『男なら、仲間は身を挺して守れ』って兄貴が言ってたからな……。全然平気だ」


「いやあんた、平気なわけないでしょっ!?」


 塞がった傷口からは、徐々にどす黒い模様が広がり始めている。


「呪い傷っ……!?」


「なんだとっ! すまないが誰か『ライト』を使ってはくれないかっ! 私はこの盾の維持に全力を注がねばならん!」


「は、はい! 『ライト』!」


 アイラが慌てて無属性初級魔法『ライト』を使う。

 初級魔法であるが、その効果は絶大であった。


 打ち上げられた光は辺りを煌々と照らし出し、闇に紛れていた"者達"の姿を浮かび上がらせる。


「な、なんなのだ……これは……」


 四人の前方には"九体"の魔物が居たのである。

 大土竜が四体と、周辺の木には体長一メートルほどの毒々しい紫と黒の縞模様をした蜜蜂型の魔物が四体。

 恐らく斜め前にいる一体が先程ソフィアに針を飛ばしてきた個体であろう。

 腹の先端から新しい針が生えてきている。


 そして一際目立つ者が正面にいる。


 ソルを葬ったであろう大土竜の奥から、耳障りな羽音を周囲に振り撒きながらその者は現れた。


 雀蜂のような凶悪な見ためだが、まずはその大きさに目が行く。

 二メートルはあろうその体を巨大な羽を高速で振るわす事で持ち上げており、周囲には暴風が吹き荒れている。

 血のように暗い赤色と黒の縞模様は見るものに否応なしに恐怖を与え、血管のような物が腹を脈打ち、赤黒い針に何かを送り込んでいる様は見ている者の気をおかしくさせそうだ。


 全ての脚の先端には人の皮膚など簡単に切り裂けそうな鋭い爪がついており、長い二本の触角を頻りに揺らしながら獲物を見据えている。


 吹き荒ぶ風の中、ソフィアたち四人は恐怖からか、微動だにできなくなっていた。

 あり得ないのだ。

 魔物が集団的な行動をとるなど、魔物で溢れかえっている"最果ての奥"以外でそんな事例が起きるはずがない。

 それが世界の常識であった。

 偶発的に二体か三体程度が同じ場所にいるというのならばまだしも、九体となると運が悪いなどという言葉では済まされない。

 目の前の現実を理解しようとする思考と、理解を拒む思考とがせめぎあい、尚も四人は動くことができないでいる。


 しかし次に目にした光景で、理解や拒絶どころの話では無くなった。

 雀蜂型の魔物が腹部を曲げて針を四人に向けたかと思うと――


「なんで魔物が魔方陣魔法をっ……!?」


 針の先から黒い魔方陣が展開されたのだ。

 腹部が脈動する度に魔方陣は大きく、そして色濃くなり、数秒の後に突然魔方陣がただのどす黒い光球になったかと思うと一気に圧縮され、そのまま一条の光線として放たれる。


 放たれた光線は宙空を黒く蹂躙しながら駆け抜け、モブロスの展開する防壁と衝突すると――少しの抵抗も許すことなく貫いた。


 貫いた漆黒の光線はモブロスの肩口を切り裂き、数メートル後方に着弾すると同時に轟音を響かせながら爆発した。


「えっ……」


 『ラウガの防壁』を貫く、それはつまり――


「最上級……魔法……?」


 四人が思わず後ろを確認すると、着弾地点から放射上に五十メートル程が黒く焼き尽くされていた。


 羽音が病み、暴風が収まる。


 すると今度はそれを待っていたかのように、比較的小さな羽音が響き始める。

 四体の蜜蜂型の魔物が飛び始めたのだ。


――もしも今の魔法の直撃を受けたら……。


 死んだ後の姿を想像することが彼女らにはできない。


――ひょっとしたら、いやひょっとしなくとも跡形もなく消し飛ぶのでは無いだろうか。


 そんな思考で心が恐怖に染められているのだ。

 抗いようの無い死のイメージは彼女らの脳裏にこびりついて離れない。

 彼女らにとってまさに頼みの綱であるモブロスは――


 ソフィアがモブロスの方を見ると、彼は自身の後方を見つめたまま微動だにしない。


「……モブロスさん?」


 呼んでも反応がない。

 かと思えば、唐突に魔物の方を見て数歩後ずさった後――


「う、うわぁぁぁぁぁぁっ!」


――そのまま、魔法を解除して逃げ出した。


「なっ!? あの男っ……。二人とも! 私たちも逃げないとっ!?」


 アイラが焦って逃げ出そうとした瞬間、蜜蜂型の魔物が退路を塞いだ。

 気がつけばソフィアたちは完全に魔物に囲まれていた。


――高等学院生三人で中型種五体を含む魔物九体を相手取る。


「こんなの無理よ……勝てるわけ無いじゃない……」


 中型種一体でさえ、普通の学院生ならば手に余る相手なのだ。


「アイラちゃんっ!」


 絶望に沈み、いつの間にか俯いてしまっていたアイラに対して蜜蜂型の一体が針を放っていた。


「え……」


 針が眼前に迫る。

 アイラがその事実を認識するよりも先に――


「『諦めなんて、人生には本来必要無ぇもんだ』」


――サキトの拳が針を横殴りで吹き飛ばしていた。


 震える声で彼は言う。


「……兄貴が言ってたんだ。それに俺も、兄貴の諦めねぇ姿に憧れた」


「さ、サキト……」


「まだまだやりてぇ事もたくさんあるし、諦めで自分も仲間も殺すような結果を俺の憧れは絶対に許さねぇんだ」


 勝てる可能性なんて殆ど無いだろう。

 だが"自分が諦めて死ねば、それは仲間の死を意味する"という事実をサキトは理解していた。

 呪いが広がり始め、感覚のなくなり始めた右の拳をサキトは強く握りしめる。


「戦うぞ、二人とも。諦めなければきっと希望があるはずだ」


 それはきっと願いに近い言葉だったのであろう。

 震える彼の声からは、不安や恐怖に抗おうとする意思が垣間見えた。


「そういう台詞はもっと自信満々に言いなさいよ……。でもまあ確かに、諦めて死ぬくらいならあんたの悪あがきに付き合うのも悪くないわ。ねえソフィア?」


 サキトを真似たただの強がりだ。

 アイラだって本当は怖くって仕方がない。

 だがアイラも自分が諦める事で二人を殺すのは真っ平ごめんなのだ。


「うん。私も、まだ、諦めたくない!」


「ピィッ!」


 自身の意思を確認するようにソフィアも言葉を紡ぎ、純白の双銃を構える。

 ロンドの魔力は既に充填が完了している。


「生きて帰るぞ! みんなで!」


 サキトの号令と共に、戦いの火蓋が切られた。


―――――――――――――――――――――――――――――


「よし、これで大丈夫だよ!」


「サンキューソフィア! アイラ! 交代だ!」


 サキトは呪いの軽減と傷の治療が終わると直ぐ様一番近い大土竜へと駆けて行く。


「やっときた! っあんたは止まってなさい! 『パラライズ』!」


 出の早い魔法を駆使して回復の時間稼ぎをしていたアイラは、突進をしてこようとした大土竜に目掛けて雷属性初級魔法『パラライズ』を使う。

 精密なコントロールで胴体に当てると、大土竜の動きが一瞬硬直した。


 初級魔法故に中型種の魔物に当てたところでダメージはほぼ皆無であったが、速度があり、コントロールの効くこの魔法は、魔法を分解されない部位を正確に狙えるため、今の戦況では非常に有用であった。

 しかしそれが出来るのは(ひとえ)にアイラの制御の賜物であろう。

 速度が速ければ速いほどコントロールが難しくなるのは自明の理であり、魔物に反応を許さない速度ともなればその難易度は一入(ひとしお)である。


 無防備な人間に当てれば十数秒は動きを止められるこの魔法も、中型種の魔物相手ともなると僅かに二、三秒程度しか止める事は出来ない。


 しかし今は、それだけあれば――


「十分だ!」


 サキトが全力の身体強化を施して地面を蹴る。

 一点のみに力の集中を受けた地面の土は舞い上がる事はなく、押し固められ、力の殆どを外部に洩らさなかった。

 そうして力の殆どを推進力として得たサキトの体は爆発的な加速を見せ、僅か一瞬のうちに大土竜の懐へと滑り込んだ。


「っ――――!」


 サキトは歯を食い縛り、加速で得た運動エネルギーをそのままに全力の拳を腹部に叩き込む。


「グォッ……」


 爆発でもしたかのような轟音が響き、殴られた衝撃で大土竜の体は後方の木まで吹き飛ばされる。

 殴られた腹部の外殻には僅かに亀裂が入っていた。


「くっ……」


 大土竜へと明らかに大きなダメージを叩き込んだサキトの拳であるが、僅かながらその代償を支払っていた。

 拳は砕け、速度を制御しきれなかったためか僅かに腕を大土竜の爪が擦ってしまい、傷口からは血が滴り、呪いが広がり始める。

 そんな動きを止めたサキトに対して蜜蜂型二体が針を放とうと狙いを定めた。


「させません!」


 ソフィアは素早くその二体へと銃口を向け、引き金を引く。

 純白のボディに翠色の魔力が螺旋を描き、唸りをあげ、銃口から風の魔力が弾となって放たれる。

 速射であるため威力は低めだが、それでも当たれば中級魔法下位程度の威力はある攻撃だ。

 ソフィアの攻撃に気がついた蜜蜂型は回避行動をとり弾を避けたが、そのお陰で狙いから外れたサキトが未だに怯んでいる大土竜を見据え、思考する。


(右腕の怪我はひとまず後回しだ)


 怪我ならば後でソフィアに治して貰えば良いからだ。

 続いて最上級魔法を放ってきた雀蜂型の魔物に目を向けたサキトは、休んでいるのか動く気配がないことを確認した。


(あの雀蜂型が動き出す前に少しでも数を減らさねぇと……)


 もう一度全力の身体強化を施したサキトは、先程自身が吹き飛ばした大土竜に向けて地面を蹴り、一瞬で接近すると今度は左の拳を振り翳し、ひび割れている腹部の外殻に向けて叩き込んだ。


 再び轟く爆発音と共に腹部の外殻が弾け飛び、大土竜の体内を貫いた衝撃が背後の木にまで罅を入れた。

 先程は後方へ飛ばされたことで衝撃が幾分か緩和されていたが、今回はそうもいかなかったようで、大土竜は意識を失ったのかもたれ掛かったまま動かなくなった。


「ぐぅっ……まだ死なねぇのかよっ!?」


 そう、これだけやってもまだこの魔物は死んではいないのである。

 魔物が死ねば、特殊部位以外は霧散する。

 つまり霧散しないということは、まだ起き上がってサキトたちにその凶悪な爪を向けて来るかもしれないということだ。


「くそっ、こうなったら脚を潰してでも――」


「サキト危ないっ!」


「なっ――!?」


 どうにか止めを刺そうとしていたサキトに向かって、二体の大土竜が爪を振り翳しながら突進を繰り出してきた。

 蜜蜂型の相手をしていたためにアイラとソフィアの援護も間に合わない。


「ッ!?」


 万事休すかと思われたが、サキトは冷静であった。


 まず一体目の爪を上体を捻りながら後ろに反らす事で回避し、壊れた左手を地面につけて全力で押し上げ、捻った勢いをそのまま利用して体を錐揉み回転させながら空中に離脱して二体目の爪を避ける。


「くそっ……」


 驚異的な反射神経と身体能力でどうにか致命の一撃は回避したサキトであったが、横腹と左腕にはそれぞれ呪い傷が刻まれており、無理をさせた左手は腫れ上がってしまった。


 体は既に蜜蜂型と大土竜の二種類の呪印に犯されて、上手く動かせなくなってきている。

 そんなサキトに向けてもう一体の大土竜が向かっていた。


「っ! やべっ……」


「『ロックグレイブ』!」


 地面から突如飛び出した棹状の太い岩が、突進中の大土竜の腹部と衝突し、その動きを止めた。

 アイラの繰り出した土属性中級魔法『ロックグレイブ』だ。

 カウンター気味に入った魔法はしかし、大土竜の腹部の外殻に傷を負わせる程度にとどまっていた。


「やっぱりせめて上級魔法じゃないと……。でも、今の私の発動速度じゃ……」


 この乱戦の中では魔物達はそんな隙を与えてはくれないだろう。

 依然として大土竜の動きを止めていた『ロックグレイブ』に大土竜の爪が触れると無惨に魔力へと分解されてしまったのだが、その光景にアイラは疑問を抱いた。

 

「なんで……魔力を補食しないの……?」


 魔物は魔力を補食することを本能に行動をしているはずだ。

 だからこそ魔力を持つ人間の敵として見なされているはずなのだ。

 事実、奴らの侵攻によって、人類の生活圏は大幅に狭まったと言われている。

 確かにそれは疑問を感じて然るべき点であった。

 だがしかし、タイミングが悪いと言わざるを得なかった。


「逃げろアイラぁぁぁああぁあぁっ!!!」


「えっ……」


 サキトの警告も虚しく、いつの間にか背後に来ていた大土竜の硬爪がアイラの腹部を貫いていた。


「…………あ」


 自身の腹部から伸びる黒々とした爪を見て、遅まきながら状況を理解したアイラの口から漏れたのは、そんな他人事のような感嘆詞と自身の血液であった。


 爪を引き抜かれ、アイラはその場に崩れ落ちる。


「あ゛ぁ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛――――」


 サキトは獣のような咆哮を響かせながら動かぬはずの右足で地面を爆発させ、大土竜との距離を一瞬で詰めて、左足で全力の蹴りを放った。

 サキトの捨て身の一撃をくらった大土竜は凄まじい速さで吹き飛び、木に衝突する。

 それと同時にサキトもアイラの隣に落下した。

 元々ボロボロだった両手に加え両脚からも血が吹き出し、その上蹴り際に追加で呪い傷を受けたため、呪印はさらに複雑に絡み合いながら体全体に広がっていく。

 酷い有り様であったが、そんな事はもう関係がなかった。

 サキトは唯一動く顔だけ動かし、隣で口から血を流すアイラを見やる。

 瞳からは雫が零れ落ちた。


「ごめんアイラ、ソフィア……ごめん兄貴、姉ちゃん……俺っ……約束……守れな……守れ、なかったっ……」


「アイラちゃんッ!? サキトくんッ!?」


 四匹の蜜蜂型の魔物の相手を、相棒のロンドと共にしていたソフィアが状況に気がつき、悲痛な声をあげながら駆け寄る。


「ロンド! 『風塵壁』を展開してっ!」


「ピィッ!」


 ロンドが『風塵壁』を展開すると、半径五メートル程の半球状の吹き荒れる風の刃でできた壁が形成される。

 触れたものを風の刃で切り刻み塵に変える、攻撃にも防御にも使える風属性中級魔法『風塵』を、ひたすら周囲に展開させることで外側と内側を隔てる防御術である。

 しかし常に展開し続ける性質上、精霊の魔力量と言えどそう長くはもたないのが欠点である。


 魔力が無くなるとは、つまりは抵抗する力を失うことに他ならないのだが、今のソフィアはそれどころではなかった。


「駄目よアイラちゃんっ……駄目よサキトくんっ……! 死んじゃ駄目! お願い死なないでっ……! 死な……ないでっ……」


 二人を失うかもしれないという恐怖でソフィアの瞳からは涙が溢れ、視界がボヤけるが、それでも諦めず治癒魔法を使い続ける。

 傷を塞ぎ、ひたすらに生命力の回復を図る。

 ソフィアの魔力特性は治癒特化であるため、その治癒能力は常人のそれとは一線を画す効果がある。

 それでもこれだけの傷――致命傷となるといくら治癒特化とは言え助けられる確約はない。

 ソフィアは"自分ならまだ救える筈なのだ"と、信じて祈る他なかった。

 そうしてソフィアがひたすら治癒魔法をかけ始めてからどれほどの時が経ったであろうか――


「…………んぅ……」


 治癒特化であったからか、はたまた祈りが通じたからかはわからないがアイラの顔に僅かに生気が戻る。


「ソフィア……俺はもう良いから……アイラに治癒をかけろ……」


「駄目だよ! それじゃあサキトくんがっ……!」


 サキトの傷はもう癒えている。

 しかし彼は呪いを受けすぎたのだ。

 どんなに元気であろうと呪いが体に回りきれば死んでしまう。

 呪いとはそういう力なのだ。


 アイラが万全とは言えないが、ある程度安定した領域まで戻って来たのを確認したソフィアはサキトの解呪に全力を注ぎだした。


(なんて複雑な呪いなの……)


 何度か解呪を経験したことはあるソフィアだが、サキトの負った呪いの解呪の難易度はどう考えても中型種の呪いのレベルではなかった。


(これは大型種の呪いを複数受けたような……)


 ソフィアの全力を持ってしてもほんの少しずつしか解呪していけない。


(ピカレスの薬でもないとこれは……確か薬は引率の兵士が……)


 そこでソフィアは初めて、ソルの遺体が無くなっていることに気が付いた。

 戦いの余波でどこかに行ってしまったのだろうかなどと考えもしたが、どちらにしても薬が手に入る見込みもない。

 どうにかならないか必死に思考を巡らせていたが――


「ピィ……」


 弱々しい鳴き声と共に、ソフィアたちを囲んでいた風のドームが消え、ロンドがソフィアの肩の上で横たわる。

 恐れていた事態が――魔力切れが起こったのである。

 ロンドから魔力の供給を受けて使っていたソフィアの治癒魔法も発動しなくなった。


「そんな……」


 それと同時に、先程までは風が渦巻いていたために聞こえていなかった音が――絶望的な羽音が聞こえてきた。


「ッ――――!?」


 前を見るソフィア達の目には雀蜂型の魔物が自身らに針を向けて魔方陣を展開しているのが映る。



――"魔方陣は見る見るうちに大きくなる"



「ッ!? ソフィア! アイラ連れてさっさと逃げろ! 俺はもういい!」


 叫ぶようなサキトの、懇願と焦りが入り交じった声に、しかしソフィアは拒否の意を示した。


「そっ、そんなこと! 出来るわけ無いよ!」


 魔物の魔法が放たれて尚もその場から動かざれば、自身らが生き残る事は万にひとつも無いということは明確である。

 だとしても親友とも呼べる彼をソフィアが見捨てる事など出来ないのもまた明白なのだ。

 しかしそれはサキトにも言えることであり――


「そんなこと言ってる場合かっ! 早く――」


 二人だけでも生き延びてくれと、この状況下で何も成せぬ無力な自分など捨て置けと、尚も主張しようとするサキトの震える叫びを遮ったのは、弱々しい少女の――


「ふざけんじゃ……無いわよ」


 アイラの声であった。


「――アイラ!?」


「アイラちゃん!」


 僅かにしか生気の乗っていないか細い声で、しかしアイラは強い意志を帯びた言葉を発する。


「この中の誰かを見捨てて生きるくらいなら……死んだ方がましだわ……。本当はあんたたちには生きててほしいけどね……」


「ッ――」


 アイラの言葉にサキトが押し黙る。

 お互いがお互いを想い合うが故に、三人は絶望から逃れられないのだ。



――"魔方陣が輝き始めた"



「まあ……あんたたちとパーティー組めて……一緒に過ごせて……楽しかったわ」


(なんで涙が止まらないのかしら……)



――『最期は笑って終われるような人生にしたかった』



「……私もっ……本当に、楽しかったよ……」


(もっと一緒に居たかったな……)


――『"ただ一緒に過ごしたい"というのは過ぎた願いなのだろうか』



「俺もっ……俺はっ……」


(なんて無力なんだろうか……)


――『せめて、二人だけでも助けたかった』



――"漆黒の光が収束する"



――"閃光(ぜつぼう)が自分たちに向けて放たれた"



――"死が目の前に迫ってくる"



――"暖かい光が見える"



――――"アポロ色の光が"



「……えっ――」


 瞬間、轟音と共に爆発が巻き起こりソフィア達の周囲が真っ黒い光に包まれる。


 吹き荒れる暴風に目を細めながらも三人の目には確と焼き付いていた。


――絶望の光から自分たちを"護る"、アポロ色の煌めきが。



―――――――――――――――――――――――――――――


――暗闇が晴れ、視界が広がり、音が聞こえ、呼吸ができる。


「生き……てる……」


 三人が自身らが生きている事実を認識しはじめていたその時――


「おわっ! あわわわっ!?」


 素っ頓狂な声と共に、魔物たちの頭上を越えて人が――黒髪の少年が何か慌てた様子で飛び込んできた。

 少年はソフィア達に気が付くと体を捻り脚を広げ、靴の裏に何かの魔方陣を展開して地面を削りながら着地し、ちょうどソフィア達の手前で後ろ向きに静止する。

 ソフィア達三人が呆気に取られていると、少年の懐から何か小動物が飛び出して着地し、とんぼ返りをするように少年に飛び付き体を駆け上がり、彼の肩に乗った。


「おお、大丈夫だったかキュウ?」


「キュウッ♪」


「え? 楽しかった? ――って、そうじゃなくって!」


 少年は慌てて後ろを振り向き、困惑するソフィア達三人を見回し、安堵の表情を浮かべた。


「良かった。間に合ったみたいだ」


「えっと……あの、ッ!? 危ないっ!」


 ソフィアの目には正面から突進してくる大土竜の姿が映っていた。


 実際には四人を取り囲むように展開した魔物達による八方向からの包囲攻撃だったのだが――



「大丈夫、安心して」



――少年の微笑みは優しく、安心感を与える。



 消耗しきったソフィアらの心を動転させぬようにと、その温もりは優しく緩やかに、しかし根深く浸透した。



「絶対に助けるから」




――言葉に籠る意志は揺るがぬ力強さを秘めて魂を揺らす。



 魂の底から湧き上がってくる様な激情に身が震えるが、それは先程までの恐怖と絶望によるものとは明らかに違っていた。




「『ポルテジオ』」




――少年の声と共に放たれた力は音も無く、しかし荘厳にその姿を顕現した。


 音は無いはずなのに、温かく柔らかい音色にさらされたかのように心が震える。


 顕現した力はその音色とは裏腹に硬質な音を響かせ、四人を包囲した八方向からの攻撃のその全てをアポロ色の煌めきによって防いでいた。


 いったい何が起きているのかと、未だに理解の及びきらないソフィア達三人の耳に、正面の大土竜を見据えて背を向けている少年の小さくも力強い声が届く。



「"護るために手にいれた力"だ」



 それが少年の意志なのだと。


 それを成すための力なのだと。


 ソフィア達三人は改めて自身らを囲み護る煌めきへと目を向ける。


――その煌めきは、絶望に染まっていた心に降り注ぐ希望の様で――



「――綺麗……」


 ソフィアはそんな感嘆の言葉を無意識に漏らしていた。




 その日、その魂たちは出逢いを果たした。


 世界中で毎日のように起こる数えきれない程の出会いのうちのほんの一つでしかないが、結果的に多くの人にとっても、彼ら自身にとってもこの出逢いは特別なものとなる。




「さて、護るぞ。キュウ!」


「キュウッ!」



 須藤 武


 ソフィア・リブルス・ラグルスフェルト


 アイラ・グランツ


 サキト・アヤサキ


 後の世で『護り人(ポルテジオ)』と呼ばれる事となる彼ら彼女らの魂が交わった瞬間であった。




やっと出逢わせることができた……。

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