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アポロの護り人 ―異世界夢追成長記―  作者: わらび餅.com
第一章 カラハダル大森林 異世界転移 編
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7.魂の力とおばあちゃん


「こればかりは本人にしか感覚がわからんからのぅ……。どうしたものか……」


「なんかごめんね……おじいちゃん……」


 確かにあの時自分は、大土竜の爪を止めてくれていた半透明の薄壁から確かな繋がりを感じていた。

 しかしあまりにも一瞬であったためか、上手く思い出せないのだ。


「その時の事を詳しく何でも良いから聞かせてくれんかのぅ。何かヒントがあるかもしれん」


「えーと……。とにかく自分は死んででもキュウだけは護らなきゃって自分の体を盾にするつもりで……痛っ!?」


「……キュイッ」


 頭に乗っているキュウが抗議を示しているのか爪を立てる。

 どうやらまだあの行動にご立腹のようだ。


「ごめんってキュウ。でもあの時はああするしか無かったんだ。正直必死すぎて目を瞑ってたから爪がどこに向かってきているかもわかってなかったし……」


「……キュウッ」


 そう言われると強く言い返せないのか、「……ふんっ」とでも言うかのように顔を背けた。


「ん? タケルは爪を見ずに防いでいたのか?」


「え? ああ……うん。言われてみればそうだな……。なんとなく場所がわかったような気がするようなしないような……」


「ふむ……」


(そういえば大土竜を見つけた時とか襲われた時とか、なんだか感覚が鋭くなっていたような……)


 当時の事を思い出すように顎に手を当て宙を見上げると、キュウが落ちそうになってしがみついたので慌てて頭を戻す。


「おっとっと。ごめんキュウ……あれ? おじいちゃん?」


 先程まで目の前に居たはずのセイルが消えている。

 突然セイルが消えたことに困惑したのも束の間――


(ッッッッッ!?)


 背筋を駆け抜ける悪寒。

 背後から何か凄まじい気配を感じ、脳裏には"死"の文字が浮かびあがる。

 何も状況を理解してない脳が処理出来たのは、その迫り来る気配に対する『嫌だ』という拒絶だけであった。

そして脳が拒絶を示したと同時に背後から金属と硬質な物がぶつかる音がし、辺りの枯れ葉が衝撃波によって吹き飛ばされていく。

 自分の中の何かが不可視の圧力に押し潰されそうになる感覚に、思わず身がすくむ。


 あまりにも突然の出来事に脳は混乱し、体感時間は引き延ばされ、自分はこの息苦しい世界に永遠に閉じ込められてしまうのかとさえ感じ始める。

 しかしそう感じたのも束の間、荒れ狂う暴風は止み、不可視の圧力からも解放される。

 いったい何が起こったのかと、恐る恐ると後ろを振り向くと、毅然として存在を主張する銀色の切っ先がオレンジ色の正六角形の薄壁に行く手を阻まれていた。

 切っ先の元を辿ればそこには筋肉の集合体、もといセイルの姿があった。

 未だに状況を把握しきれないこちらの姿を見てか、セイルは表情を緩めながら声をかけてきた。


「そのままシエラを消すでないぞタケル」


「あっ……」


 そこでようやく悪寒が消えていることに気がつき、安堵からか腰を抜かしてその場に座り込んでしまった。

 若干のパニック状態の中でもどうにかセイルの言葉は理解できたので、再び現出した己の魂の力との繋がりは切れないように意識を集中させる。


「ふむ……今の一撃を受けて傷ひとつなしとな……。とりあえずは上級魔法どころか、下手な最上級魔法を受けてもこの盾は壊れぬかもしれないのぅ」


「あ、あの……おじいちゃん? 今のはいったい……?」


「ほほほ。武の話を聞いてひょっとしたら自動で発動する類いのシエラかも知れぬと思ってのぅ。死ぬレベルの攻撃でないと発動しないかもしれぬから、ちょっとばかし強めにやってみたのじゃよ」


 「もちろん発動しなければ寸止めしておったがのぅ」などと付け足してセイルは笑っていたが、こちらからすれば、あれだけの衝撃波を生み出す突きならば寸止めでも真空波的な何かが発生して危なかったのではないかと心配になるものだ。


(まあきっと大丈夫だったんだろう……うん……)


「しかしまあ自動で防御してくれるのは便利じゃのぅ」


「いや、おじいちゃん……その……自動というか……」


「ん? 違うのか?」


 自分でもよくわかっていない。

 シエラが発動したのは無意識ではあった。

 ただ確かにさっき自分は――


「その……後ろから攻撃が来るのはわかってたっていうか……」


「……死ぬレベルの攻撃とは言ったが、別に殺す気なぞ無いから殺気も出さず、極力気配は消しておったつもりじゃったが……もしや……」


 そう言ってセイルはこちらをじっと見つめてきた。

 ただひたすらにじっと見つめてきた。


「あ……あの、おじいちゃん?」


 声をかけてもセイルはこちらを見つめたまま反応しない。

 あまりにもじっと見つめられるもので、少し落ち着かなくなってきたその時、今度は先程には及ばないまでもやはり強烈な気配を右側から感じた。

 脳は逃げるように指示を出すが、腰を抜かして座り込んでいるため逃げられない。

 再び襲ってきた悪寒に理解は及ばないまま、自分は反射的に己のシエラを気配の側に動かしていた。

 しかし今回は暴風が吹き荒れる事も、不可視の圧力に晒される事もなかった。

 遅れて視線を向けると――


「あれ? おじいちゃんがこっちにも……」


 シエラの奥には槍を構えたセイルがいた。

 二人のセイルを交互に見比べて困惑していると、正面でじっとこちらを見つめていたセイルが崩れて土塊となり、槍を構えている側のセイルが口を開いた。


「ほほほ。これも魔法じゃよ。子供だましみたいなものじゃ」


「もう……さっきから心臓に悪いよおじいちゃん……」


 正直本当に寿命が縮む思いであった。

 寧ろシエラのおかげで延びているらしいのだが、それはまた別の話だ。


「しかしまあ……これである程度はっきりしたのぅ」


「え? 何が?」


「タケルは気配や攻撃に極度に敏感だということじゃ。ほれ見てみぃ。こちらを見ずに動かしたシエラがちょうど槍の先に来ておる」


 確かに槍の切先に薄壁の中心が来ている。

 見ずに動かしたというのに、あまりにも正確だ。


「あ……本当だ……」


「魔力を扱えば同じような事は出来るが……タケルはまだろくに使えぬからのぅ。そう考えるとそれもシエラの能力の一部と考えるのが妥当かのぅ」


 攻撃の気配に敏感になる能力。

 つまりはこの能力の働きもあって自分は今も生きているわけであるから、ありがたい事に変わりはないのだが、正直あまり発動してほしくない能力である。


「それにしても綺麗なアポロ色じゃのぅ」


「……アポロ色?」


「そのシエラの色じゃよ。そういえば女房が『温かみがあって見ていると安心する』と言って殊更気に入っておったのぅ」


 こちらではこのオレンジ色のような色の事をアポロ色と言うようだ。

 何とはなしに太陽にかざしてみると程よく日光を吸収し、仄かに煌めく様はまるで宝石のようである。


「ちなみにタケルよ。そのシエラは維持に魔力を消費しておるかいのぅ?」


「えっと……いや、たぶん使ってないと思う」


 触媒から特に魔力が補給されないということは恐らくそういう事なのだろうと判断した。


「なるほど。では発動にはどれくらいの魔力を消費したかのぅ?」


「たぶんほとんど使ってなかったと思う。強風を数秒出すのと同じくらいかな……」


「初級魔法と同程度の魔力でこれだけの防御力をだすわけか……。タケルよ。もう自由に発動させることは出来るかのぅ?」


 そう問われて、一度消してからもう一度発動を試みてみる。


――感覚は掴めた。


 先程の"拒絶"を思い出すのはなんだか憚られたので、もっと明るい感情を思い出す。


――キュウの思い出させてくれた想いを。


 感情と魔力を織り混ぜるように右の掌へと向けて送り出す。

 すると、再びシエラが形を成して現れた。

 心なしか先程よりも明るく輝いている気がする。


「うむ。出せたようじゃな。さて、ではタケル。そのシエラをもうひとつだせるかの?」


「よし。やってみるよ」


 同じ要領で左の掌にシエラを出してみる……が――


「うわっ……!」


 発動した直後にどちらとも消えてしまった。


「一つしか出せないのかな……」


「いや、恐らく魔力制御の力が足らなかったんじゃろう。一応発動はしておったからのぅ」


(なるほど。つまりは特訓あるのみというわけか……)


「しかしこれは……予想以上に凄い能力かもしれぬのぅ」


「……と言うと?」


「制御能力が上達すれば、魔力のある限り……つまりタケルの場合はキュウがおるから、それこそ何千何万の盾を操作出来るかもしれないということじゃよ」


(なんと! あのオレンジ――じゃなくってアポロ色の正六角形の盾が何千何万と連なって……)


「蜂の巣みたいだな……」


「ほほほ。確かにそうなりそうじゃのぅ……」


「でも、正直想像出来ないな」


(何千何万もの盾の動きを同時に制御出来るほど僕の脳は高スペックじゃないと思うけど……)


「……まあそれもまたその内じゃな」


「……?」


「ここにも結界の魔方陣を施しておいたから、わしの付いておれん時でもここに特訓をしに来るとよい。」


 昼ご飯の前に何か書いていたのはどうやら結界の魔方陣とやらだったようだ。


「うん! ありがとうおじいちゃん!」


 その後はまたひたすら魔力制御の特訓を夕方までした。


 努力の甲斐あってか、なんとか強の風を制御するところまで成功したのであった。


―――――――――――――――――――――――――――――


 夕飯を食べ終わり、お風呂の準備が出来るまで待っているように言われたために暇を持て余したので、寝室からベランダへと足を運んでみた。


 月光に照らされた花畑は柔らかな光がゆらゆらと揺れて風の行く先を描きながら、サワサワとした音をたてて耳をくすぐる。

 ほんのりと暖かい風を受けながら、手摺の上で丸まっているキュウを撫でつつ今日一日を振り返る。


 まさに激動の一日であった。

 犬に舐められて、飯を食って泣いて、おじいちゃんができて、魔法を使って、特訓をして――。

 こんなに騒がしかった日は今まであっただろうか。

 思い返せばこちらに転移してくる前は人との関わりも希薄になり、平坦な一日をひたすら繰り返していたように思う。


――明日は何があるのだろうか。


――明後日はどんな出来事に巡り会えるのだろうか。


「明日を待ち遠しいと思える日が来るなんて……転移する前の僕に教えてあげたいもんだ」


 怖い目にも遭ったし、痛い思いもした。

 だがそれ以上に、新しい出会いが色々な事を教えてくれた。


 そんな風に思いを馳せていると、廊下に続く扉が開いた。


「ワウッ!」


 どうやらお風呂の準備が出来たからテッチが呼びに来てくれたようだ。


「ありがとうテッチ。今行くよ」


「キュウッ!」


 ベランダを後にしてキュウとテッチと共に浴場へと向かう。


「ワウッワウッ♪」


「キュウッキュウッ♪」


 キュウはお気に入りのポジションとなったらしいテッチの背中に座って運んでもらいながら、何か楽しげに二匹で会話をしている。

 雰囲気から察するにテッチからこれから入るお風呂の事でも聞いているのではなかろうか。


 テッチに連れられて入った扉の向こう側は大きめな脱衣場であった。

 十人くらいなら一緒に使えそうな広さだ。

 この様子だと、浴室は小さな旅館の大浴場くらいありそうである。


 服を脱いで鏡を見てみると、セイルを見たあとだと随分と貧相に見える自分の肉体が映っていた。

 体には随所にうっすらと赤い部分が見られ、左肩には特に大きな痕が残っている。


 セイル曰く"傷に良く効く薬"とやらを使ってくれたらしいが、よくよく考えてみると抉られた傷がたったの三日程でここまで治る薬とは、良く効きすぎなのではないだろうか。


「それにしても、こうも体に痕が沢山あると、まるで歴戦の戦士みたいだな」


 そんなことを呟いていると、セイルが脱衣場に入ってきた。


「もう来ておったか。……うむ、傷ももう大丈夫そうじゃのぅ」


「ねえおじいちゃん。呪いの特効薬の話で忘れてたけど、傷に塗ってくれた薬って……」


「おお、それは家の裏で育てている花が材料の薬じゃから、別に気にせんでも良いぞ」


「あの怪我がこんなに早く治るなんて凄い効能だね」


「そうじゃろう。特別な花を使ったわしの特製の薬じゃ」


 そう言いながらセイルもピッチピチに張りきったシャツを豪快に脱ぐ。


「ッ――!?」


 服の下から現れた肉体に思わず息を呑んだ。

 服の上からでもわかっていたが、やはり直に見ると凄まじい筋肉だ。

 鋼のような肉体とはまさにこの事を言うのであろう。


 しかしそれ以上に目を引かれたのは身体中至るところについている古傷である。

 先程鏡に映る自分を見て歴戦の戦士などと言ったのが恥ずかしい。

 歴戦の戦士とはきっと彼のような人を言うのであろう。

 そんな視線に気が付いたのかセイルが話し始めた。


「ああ、この傷痕か……。昔ちょっと色々あってのぅ。タケルの傷痕はこんな風になることは無いから大丈夫じゃぞ」


「いや、痕が残るのは別にそれほど気にしないけど……。キュウを護れたって証拠だし……」


「――なるほどのぅ……」


 いわゆる名誉の負傷と言うやつであろうか。

 傍から見れば、ただ無様に転げ回り、力が無い故に負った”恥”の様に見えるかもしれないが、あの時の意志も願いも行動も、そうして得られた結果も、護ることの出来た命も、自分にとってはかけがえのないものなのだ。

 そして、ふと気になった。

 この戦士にとって、自身の身体に刻まれたその傷痕たちは、どんな意味を持っているのであろうかと。


「その……おじいちゃんのその傷痕は……どうなの?」


「――そうじゃのぅ……わしの傷は……色々あるのぅ……。誰かを救えた傷も、……救えなかった傷も。じゃが確かに、わしの今まで生きてきた証ではあるかもしれないのぅ」


 セイルはそう言って何か懐かしむようだ。


 救えなかった傷なら自分にもある。

 セイルの傷に比べたら大したことは無いのかもしれないが、それでも自分にとっては大きすぎる救えなかった傷がある。

 目に見える傷ではないが、他のどの傷より深く心に刻み付けられている。


(いつかあの記憶さえ生きた証と思える日が来るのかな……)


 そんな思考を破ったのはテッチの鳴き声だった。


「ワウッ♪」


 「早く風呂に入ろう」と言わんばかりに浴室の入り口の前で尻尾を左右に振り回している。

 その後ろでは尻尾を前足で捕らえようとキュウが奮闘しているが、上手く掴めないようだ……と思っていたら両前足で上手く尻尾を掴んだ。

 そのまま遠心力に振られて後方へ飛ばされ、それが楽しいのかまた尻尾を捕らえようと奮闘して、掴まってまた飛ばされて……と繰り返していた。


「ほほほ。待ちくたびれているようじゃし、そろそろ入るかのぅ」


 そう言ってセイルは入り口へと向かって行き、引き戸を開けた。


 湿った熱気と共に飛び出してきた木の香りは、湿り気を帯びたことによってズッシリと重みを感じさせながらも爽やかさを保ってより特徴的になり、環境に慣れ始めていた脳に、ここがログハウスであることを思い出させる。


 浴室は本当に小さな旅館の大浴場程の広さがあり、テッチは慣れた様子でシャワーの前まで行き、シャワーを浴び始めた。

 キュウも真似してノズルを捻ったが上手く捻りきれなかったようで、まるで滝行のようになっている。


「これは……花がいっぱい浮かんでる……綺麗だな」


 爽やかな香りの中にまた違った爽やかさを持つ甘い香りを感じとり湯船を見てみると、広々とした浴槽には所々に色とりどりの花が浮かんでいた。


「そんなにいっぱい入ってないのにこんなに香るんだね」


「それもこうやって使うために女房が育てた花じゃからのぅ。なかなか良い香りじゃろ?」


「うん。早く入りたいや!」


 なんだかんだ水浴びなどはしていたが、お湯を張った風呂にはかれこれ一週間程も入っていないので早く入りたい。


 さっさと体を洗おうとシャワーの方を見ると、キュウがいまだに滝行を続けていた。

 目を細めて本当に悟りでも開きそうな顔をしている。


「ったく。仕方ないなぁ……」


「キュ?」


 キュウの近くに椅子を構えて座り、シャワーを少し強めてから大きな耳に水が入らないように気を付けながらお湯をかけていく。

 隣ではセイルがテッチを洗い始めた。

 シャンプーの類いは見当たらず、色の違う石鹸がいくつか置かれているだけなので、とりあえず一つ手に取り泡立ててみると、こちらからも何か花の香りがしはじめた。


「おじいちゃん。これもひょっとして……」


「うむ。うちの自家製じゃぞ」


 恐らくほとんど自給自足なのだろうなどと考えながらキュウを洗っていく。


「キュ……キュ、キュ……」


 恐らく始めてであろう不思議な感覚にキュウはされるがままのようだ。

 再び耳や目に入らないように気を付けながら泡を流してやり、自分も頭や体を洗いはじめる。

 体を洗っている時にふと後ろに目をやると、待つ間暇だったのか、キュウは泡を足につけて床を滑って遊んでいた。

 楽しそうでなによりである。


 体を清め終わり、ようやっとお待ちかねの湯船である。

 手をつけて湯加減をみる。

 少し熱めだが寧ろこれくらいの方が風呂に入っている実感が湧くだろう。

 キュウを抱えてからゆっくりと湯船に浸かる。


「ふぅ~……」


「キュ~……」


 実に一週間振りの入浴は、熱が体に染み入るようで心地好い。

 キュウもお気に召したようで、体をこちらに預けてリラックスしている。


 セイルとテッチも隣で湯船に浸かり、声を洩らしている。

 特にテッチなどは湯船の縁に頭を預けて体を自由にし、リラックスした様子で鼻をスンスンと鳴らして香りを楽しんでいるようだ。


「テッチは特にこの風呂が好きじゃからのぅ」


 確かに入る前は随分と待ちきれない様子であった。

 前の世界では入浴剤など使ったことはなかったが、なるほどこれはいいものだ。


「女房の趣味で始めた入り方じゃったが、今ではわしもこの入り方が一番気に入っておるわい」


「おばあちゃんってどんな人だったの?」


 心地好い温かさと香りで思考がボヤけていたためか、そんな聞き方をしてしまった。

 セイルは少しだけ笑い、特に咎める様子もなく話始めた。


「そうじゃのぅ……。名前はプリムというての。何度か言うたと思うが、とにかく花が好きで……とにかく花が似合う女性じゃった」


 セイルは思い出を静かに引き出すかの様に、両肘を湯船の縁に預けて上を仰ぎ見た。


「最初はわしの一目惚れでのぅ。花畑に佇む姿があんまりにも可憐じゃったものじゃから、思わず話しかけに行ってしもうたんじゃ。わしが槍を持っておったし、こんな厳つい顔をしておるもんじゃから怖がらせてしもうてのぅ。」


「うん。実は僕も最初怖かった」


「や、やっぱりそうじゃったか……。まあそんなもんで彼女を襲っていると勘違いしたテッチに攻撃されたりもしたのぅ。」


「ワウッ」


「えっ!?」


「この左頬の三本の傷はその時テッチにつけられたものじゃぞ」


「もっとこう……熊とかに襲われたのかと思ってたよ……」


「熊程度で怪我なんぞ負わんわい」


「そ、そっか……」


(熊が弱いのかおじいちゃんが強いのか……。きっとおじいちゃんが強いんだろうな。いや、それよりも……)


「ひょっとしてテッチって……」


「プリムの契約精霊じゃの」


 なるほど。

 セイルとテッチの関係性がなんとなくわかってきた。


「おばあちゃんは精霊使いだったんだ」


「いや、正確にはプリムは精霊術師じゃよ」


「ん? それって何が違うの?」


「そうじゃのぅ……。簡単に言うとじゃな。精霊の魔力を使って戦うのが精霊使いで、精霊と一体化して戦うのが精霊術師じゃ」


「う、うーん……」


「まあ精霊使いの目標が精霊術師と考えておけばよいよ」


 つまり自分の目標はおばあちゃんなわけだ。


「精霊術って魔物に有効な攻撃手段なんだよね?」


「うむ。場合によってはシエラ以上の有効打になるのぅ」


「そっか……。よし! 頑張って修得するぞキュウ!」


「キュウッ!」


「ほほほ。心配せんでも明日からみっちり魔法から戦闘術まで教えてやるから安心するがいいぞ」


「お、お手柔らかにお願いします……」


「ほほほ……」


 セイルはこちらを見ずそれ以上何も言わない。


「ちょっ!? なんとか言ってよおじいちゃん!」


「ワウッ」


「キュ~……」


 一人は焦り、一人は不敵な笑みを浮かべ、一匹は「やれやれ……」と呆れ、最後の一匹はのぼせる。

 そんな二人と二匹での生活は、それから半年程続いたのであった。



―――――――――――――――――――――――――――――


 辛い寒さを越え、閑寂としていた森には命の気配が満ち満ちて、青々とした木々が新しい季節との出会いを盛大に祝っているようなそんな中――


「さて、今日のご飯でも仕入れに行くか。行くよキュウ!」


「キュウッ!」


 一人の少年にもまた、新しい出逢いが訪れようとしていたのであった。




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