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アポロの護り人 ―異世界夢追成長記―  作者: わらび餅.com
第一章 カラハダル大森林 異世界転移 編
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5.特訓とおじいちゃん


 食事を終えてから少し待たされた後、今はセイルに連れられて森の空き地へと向かっている。


 動きやすい服を用意してやると言われて、セイルが着ている様な山賊チックでタイトな――セイルのは筋肉でピチピチなだけであるが――服が出てくるのかと思っていたが、普通にジャージが出てきて驚いたものだ。


 背中には所謂昇り龍の様な刺繍が施され、裏側には何やら幾つかの円や図形や何かの文字が組み合わさったもの――いわゆる"魔方陣"が書かれていた。


 聞いてみると乾きが良かったり温度調整がついていたり、果ては多少のほつれや破れ程度なら勝手に直ってしまうらしい。


 勿論着ている本人の魔力を使う様なので、恩恵を感じられないのは雀の涙程しかない自分の魔力を服が気を使って使わないようにしているかららしいのだが、それを聞いてなんとも複雑な心情であったのは言うまでもないかもしれない。


(まさか服に気を使われる日が来るとは夢にも思っていなかったな……)


 セイルはいらない――というか着れないらしいので自分にくれるそうで、昇り龍が少し気恥ずかしいが、着心地は非常に良いのでありがたくいただくことにしたのだった。

 そんなことを思い出していると、どうやら空き地に到着したようだ。


 辺りには木々の枝の当たる音や、落ち葉の擦れる音、他にも小動物の鳴き声や小鳥の囀ずりが響いている。

 この音を数値で表せばそれなりな値を叩き出すのだろうが、不思議とうるさいとは感じない。

 むしろ静かに感じてしまう。

 森特有の騒々しい静寂という酷く矛盾した表現ができそうだ。

 こちらに来たばかりの時には感じる余裕の無かったそんな環境音に対する考察を思い浮かべているとセイルが話しかけてきた。


「と、言うわけでボウズのシエラについて調べてみようかのぅ。ほれ、シエラを発動させてみい」


「はあ……そう言われましても全くわからないのですが……」


「まあそうじゃろうなぁ。じゃからまずは取り敢えずわしのシエラを見せようかの」


 そう言ってセイルが右手を前に出した。

 何をするのだろうかと一瞬身構えるが、特に何も起こらない。


――いや、変化は既に起こっていた。


 風が止まる。


 静寂が広がる。


 そんな中セイルの低い、しかしはっきりとした声が響いた。


「来い。『銀鬼灯ぎんほおずき』」


 セイルから溢れだした銀色の薄いベールのような何かが煙の様に辺りを漂い、数瞬の後右手に集約されていく。

 それはまるで、数多の魂が彼の右手に居場所を見つけ集っていく様だ。

 集約された魂は一本の線を形取り、彼が握ると一条の槍となった。

 長さ二メートル程もあるその銀の槍は、飾りなぞ要らぬと言うかの如くただひたすらに厚く鋭く存在している。


 槍など持った事の無い自分ですらも、その槍が硬く、鋭く、そして"重い"ということを理解出来た。


 肌が粟立ち、思わず息を呑んでしまう。


――あの槍が、窮地の自分達を救ってくれたのだ。


「その、何と言うか、凄いですね……」


 自分の語彙力の無さに呆れる。

 これだけの代物を前に言葉が出てこないのだ。

 そんな自分に助け船を出すかのようにセイルは話し出した。


「何も凄い事は無いぞ。無愛想なわしにお似合いの無骨で飾り気のないただの槍じゃ」


 そう言うセイルはどこか懐かしそうで寂しげな顔であった。

 そんな顔を見たからかはわからないが――


「でも……確かに無骨で飾り気は無いかもですけど、純粋で混ざり気のない『折れない・曲がらない・突き進む』って意志が感じられて、僕は好きですよ」


 そんな言葉が口から紡がれていた。

 それを聞いたセイルは一瞬驚いた様な顔をした後、柔らかな微笑みをたたえて返答する。


「そうかの。ありがとうのぅ」


「あ、いえ、すみません。なんか生意気でしたね」


「いや、だいぶ昔にもそう言ってくれたもんがおってのぅ。ちょっと懐かしかったわい。今ボウズが言った通り、この槍はわしの『折れず、曲がらず、突き進む』そんな意志が形をなしたものじゃ」


(当たってたのか。ちょっと嬉しい)


「わしのシエラは形として出てくるものじゃが、人によっては現象として発生させるものなどもある。しかし基本的に共通しておるのは、『発動時に魔力を使う』という点じゃ」


 一拍呼吸を置いたセイルは、槍を指差して言葉を続ける。


「わしの場合は一度出す時に魔力を使えば、槍として扱う分には魔力は消費せんのじゃが、シエラによっては現出している間中ずっと魔力を消費するものもある。ボウズのシエラがどちらのタイプかはわからんが、とりあえず発動に魔力が足らんのは確かじゃろうな」


「雀の涙ですもんね」


「そうじゃ。だがボウズは運が良い。ボウズの魔力の無さを補っても余りある程の魔力の持ち主と、その補助を最大効率で行える触媒とが両方手元にあるのじゃからのぅ」


「え? でもピカレスの枝は薬にするんじゃ……?」


「使うのはほんの数欠片程度じゃよ。残りはボウズのもんじゃ。もうこの際じゃから贅沢に触媒にしてしまえ。ってことでほれ、とりあえずその板を持っておれ」


 そう言ってセイルは幅三センチ、長さ五センチ程の木の板を投げ渡してきた。

 ふわりとこの数日で嗅ぎなれた心地よい香りのするその板はよく見ると何かアルファベットに似た文字がびっしりと書き込まれている。

 ジャージの裏に刻まれていた文字と同じような雰囲気である。


「さっき少し待たされたのはこれを作ってくださってたからですか?」


「そうじゃ。そのままでも触媒になるが、まあ条件付けや付加効果を書き込んだ方が色々と安心じゃからの。よし、キュウよ。その板に向けて魔力を送ってみるのじゃ。触媒が魔力で満たされたら止めるのじゃぞ」


「キュウッ!」


 キュウから白桃色の魔力が溢れだし、自分の持つ板へと吸い込まれるように向かってくる。

 すると、板から指を伝って暖かい何かが流れ込んできた。


「おお! あの時と同じ! これが魔力か」


 唐突に、ウォーキングによってかいた汗で服の中に充満していた少々不快な湿り気が消え去っていく。

 ジャージの空調機能が作動をし始めたのだ。


――そういえば気を使わせていたのだった。


(もう遠慮せず使ってくれたまえ)


 などと調子の良い思考をしていると魔力の流れ込む感覚がほとんど無くなった。


「あれ? 入ってこなくなったぞ?」


 しかし、依然としてキュウの魔力は板に送り込まれている。

 そんな疑問に答えたのはセイルであった。


「今のボウズの魔力の保持限界はそんなもんって事じゃよ。まあそれも特訓すれば伸びるもんじゃから今は気にせんで良い。寧ろ、それを補うための触媒でもあるからのぅ」


「ひょっとしてこれに魔力を貯めておけるんですか?」


「その通りじゃ。ピカレスの木は貯められる魔力の量が他の触媒と比べても桁違いじゃから、精霊使い達が求めて止まない代物らしいぞ。まあ値段も桁違いじゃがな」


 要するに充電式の電池みたいなものなのだろう。

 つくづくと自分の運の良さに思い耽っていると、魔力の充填が完了したようである。


「よし、ではまずは魔力を使う感覚を覚えるためにボウズの得意な属性を調べるぞ。魔力を放出してみろ。入ってきた時と逆の事を指先でするイメージじゃ」


 そんな簡単に出来るものかと思ったが、意外と簡単に指先から黄色に煌めく魔力が出てきた。

 確かに体の中の魔力が指先から出て、触媒の板から出た分が補充されていた。


「これ、色とかって関係あるんですか?」


「いや、人間には関係無いのぅ。だが精霊じゃと関係してくるのじゃ。ちなみにキュウは恐らく光と火の属性じゃな」


「なるほど……」


「上手くいったようじゃし、次はこの粉に向けて魔力を送ってみるのじゃ」


 そう言ってセイルは懐から出した数種類の無彩色の粉を色の白いものから順番に切り株の上に広げ始めた。


「この粉は何ですか?」


「魔力の通りやすい物質から作った魔力粉と言うものじゃ。これを加工したものが魔方陣を書いたりするのに用いられるのぅ。これに魔力を通すと火属性なら火が発生し、水属性なら湿り、雷属性なら帯電し、土属性なら固まり、風属性なら割れ目ができ、治癒属性なら消滅するという感じに属性毎に反応が変わるのじゃ」


「消滅ですか?」


「一応、人の体にはあまり良いものではないからのぅ」


 有害物質は排除するというイメージだろうか。


「白いのから徐々に黒くなっているのはどういう事ですか?」


「色の黒いものほど微妙に魔力が通りにくくなっておって、魔力の中に含まれる属性の強弱がどこまで反応が届くかで見てわかると言うわけじゃ。この特殊な結晶越しに魔力を放出すると、属性毎に魔力の進行方向が微妙に変わるから、さっそくやってみい」


(光のプリズムみたいだな)


 そんな思考を浮かべつつ、指示されるまま切り株と水平に魔力を放出してみた。


「これは……」


「これは?」


 切り株の上には六本の反応の跡が残っていた。

 全て半分を少し過ぎた辺りで止まっている。

 これはつまり――


「良く言えば多才。悪く言えば器用貧乏というところかのぅ。だがまあ、ボウズにはシエラがあるし、キュウもおるから余り気にせんで良いぞ」


「そ、そうですか……」


 色々な魔法が試せて良いと考える事にして続きを聞く。


「そいで魔法じゃが、簡単なものなら誰でもすぐに使えるから気負わんでもいいぞ。それでは風を起こしてみるかの。ほれ、"そよ風"じゃ」


 そう言ってセイルがこちらに向けて手をゆっくり扇ぐ仕草をすると、顔面に"突風"が叩きつけられた。

 頭を持っていかれそうになった上に、空調機能が顔には効かないため、強烈な冷気が顔を襲う。


「ほほほ。なーに、ほんの冗談じゃよ。さあまずは指先から風を出すのじゃ」


 なかなかパンチの効いた冗談だが、怪我をしたわけでもないのでとりあえず納得をする。


「あ……扇がなくてもいいんですか?」


「そのうち意味がわかるからまずは指先からやってみるのじゃ」


 そう言われてはやってみるしかない。

 少し離れたところにある枯れ草に向かって魔力を出しながら指先から風を出すイメージをする。


「お、出た!」


 人生初の魔法である。

 否応なしに心が踊る。

 先ほど受けたイメージが強いためか、思っていたより強い風が発生して辺りの枯れ葉は次々に飛んでいき、枯れ草は激しく揺れている。


「風を弱めたり強めたりしてみるのじゃ。大事なのはイメージじゃぞ」


「わ、わかりました」


 今出ている風はどう考えても扇風機の強はあるので、徐々に中、弱、果ては団扇で扇ぐくらいのイメージで押さえていく。


「今どういう風に調整したのじゃ?」


「その、体から指先に送られる魔力の量を調整するようなイメージでやりました」


「なるほど。良いイメージじゃ。それが魔力制御の基本じゃぞ。では次じゃ。今よりもうちょいと強い風を持続させるのじゃ」


 言われた通り送り込む魔力を一定に保ち、扇風機の弱くらいにする。


(意外と難しい……)


「上手いものじゃのぅ。ではもう次に行こうかの。今、ボウズの近くにある枯れ葉も風の影響を受けておるのがわかるかの?そこではなく、あの枯れ草だけに風を送ってみるのじゃ」


 確かに今自分の指からは放射状に風が出ている。

 しかし言われてみれば、セイルがこちらに風を送った時は顔にしか当たっていなかったという事を思いだし、どうすれば良いか考える。


「出口を細めるか……」


 指先に意識を集中し、出口を窄める。


「ほれ、風が弱まっておるぞ」


(確かにこれは難しいな……)


 指先だけに集中してはダメなようだ。


 結局上手く枯れ草に風を送れたのは三十分ほど後のことであった。


―――――――――――――――――――――――――――――


「ハァ……ハァ……」


 息を切らして、大の字になって地面に転がる。

 ジャージの空調機能のお陰で快適ではあるのだが、それでも額から汗が流れ落ちる。


「キュ」


 キュウが「お疲れさん」とでも言うかのように、右前足を額の上に乗せてきた。


 何を隠そうこの精霊、一緒に魔力制御の特訓を受けていたのだが、ものの十分程度でセイルから皆伝を伝えられていた。

 そう考えるとこの行為も若干憎たらしいが、可愛いので許してしまうのであった。

 そんな様子を見て何か察したのか、セイルがフォローを入れてくる。


「まあ、精霊は本来魔力制御で存在しておるような種族じゃからの。ボウズの気にするところではないて。寧ろ、ボウズは才能のあるほうじゃぞ」


「そう、なんですか?」


「おうとも。わしの昔の弟子なんぞはボウズと同じ段階まででも一日使っておったからの。それでも二つ名持ちにまでなっておるから、そう考えるとボウズは将来大成するかもしれんのぅ」


 そう言ってセイルは愉快そうに笑っていたが、それよりも――


「あの、セイルさんって実は凄い人だったりします……?」


「ん? まあ昔の功績でちょっと名が知れておるくらいじゃよ。そんなことより、頼みたいことがあるんじゃが……」


「あ、はい。なんでしょう?」


「わしの事を『おじいちゃん』と呼んではくれんかのぅ」


「えっ!?」


「嫌じゃったら構わんのじゃがな……。どうもわしの教えに対して素直に努力しておるボウズの姿を見ておると、こう何か沸々と湧いてくるものが……のぅ?」


「い、嫌というか……」


「バカ息子は家を出ていったしもうたし、弟子も恥ずかしがり屋で、頼んでも呼んでくれんかったからのぅ。そういうものに憧れがあるんじゃよ……。つい最近まで赤の他人じゃったわけじゃが、しがない爺を助けると思うて、呼んではくれんかのぅ……?」


「そ、それじゃあ……」


 自分としても、最初こそ厳つい顔に恐怖を覚えたりしたが、赤の他人の自分を助けてくれた上に、こんなに親身になって色々と教えてくれるセイルに対して親しみを覚えないわけがない。


 実の祖父達に対しても、会ったことが無いしそもそも存命かすら知らないため後ろめたさも無い。

 それならば――


「お、おじいちゃん……?」


 自分自身呼んだ経験の無い呼称であったため、上手く言えているか不安であったが――


「はうあっ!!!」


「っ!?」


「ほほほ……良いのぅ……良いのぅ……」


 効果は絶大だったようである。


「これは良い……これは良いぞ……」


「あの、おじいちゃん?」


「ん~? なんじゃいタケル?」


 随分と幸せそうである。

 というか呼び名もいつの間にか変わっている。


(まあ僕も満更でもないし……)


 自然と問いかけも砕けた口調になっていく。


「次はどんな事をすれば良いの?」


「ほほほ。そうじゃったのぅ。弱めの風を一ヶ所に向ける事が出来たから、次は風を強く。つまり送る魔力の量を増やしても上手く制御出来るようにする特訓じゃ。少し難易度が上がるから心してかかるんじゃぞ」


「うん、わかった」


「ほほほ」


「キュァ~~……」


 眠そうに欠伸をするキュウをよそに、特訓は次の段階へ進むのであった。




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