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アポロの護り人 ―異世界夢追成長記―  作者: わらび餅.com
第二章 軍属大学院 入学 編
43/54

40.似た者同士の励まし合い


「オラオラァ! 反応遅れてきてんぞぉっ!」


「ちょっ!? 本当にそろそろ一回休憩させてくださいって!」


 ほんの僅かな、しかし実に有効的な時間差をもって四方八方から迫りくる斬撃と魔法にすんでの所で対処しつつ、ティストさんへと訴えかける。

 実際にやられて初めて感じた事であるが、この絶妙な時間差を持っての多方面攻撃というのは実にいやらしい。


 午前中の特訓であれだけ多方面からの同時攻撃に対処できるようになったのだから、一秒間に五十発近くも同時にされるわけでもない近接戦闘による攻撃程度ならばもう少し楽に対処できると考えていたのだが、そんな事は全く無かった。

 いや、ある意味では楽ではあるのだが、現状の自分にとってはこちらの方が堪えていると言えるのだ。


 午前中の特訓は確かに密度で言えば圧倒的に疲れはするのだが、まだ"十発ずつに同時に対処する"という点で、ある意味パターン化して対応できる類のものであった。

 一番自分に近い魔力の進行方向に十のポルテジオを出しては消してを繰り返すだけ。

 若干の語弊はあるかもしれないが、言わば単純作業だ。


 しかし今の特訓は、常に別のタイミングで別のパターンで迫りくる攻撃にひたすら晒され続けるのだ。

 それだけならまだいい。

 至極単純にティストさんの斬撃の速度が異常で、強化した視覚情報と魔力探知や自前の感覚による情報を織り交ぜてさえも、本当にギリギリでしか防御が間に合わないのだ。


 魔法だって決して速度は遅くないのだが、これに比べれば雲泥の差である。

 鋼鉄をも軽々と切り裂くであろうあの研ぎ澄まされた穂先が、一振りごとに空気抵抗などという概念を一蹴するかの如く空を切り裂いて迫ってくるのだが、毎度体のすぐ傍で防御するたびに、空気を切り裂く音より先に到達しているのではないかと思わされるのだ。


(つまり音速を超えてるかもしれない――って余計な事考えてる場合かっ!?)


 左から迫ってきた薙ぎ払いをすんでの所で、手の甲に重なる様に展開したポルテジオを用いて弾き飛ばす。

 こうする事で、単純に受け流すよりは極々僅かにティストさんの体勢が崩れるのだ。

 この行為の何よりもの利点は、手の甲に対して常に水平に展開するだけなため、"手の届く範囲"という限定的な距離ではあるが、自由に操作出来ないポルテジオを実質的には自由に扱えるという点だ。

 薙ぎ払いの威力自体はポルテジオが全て受け止めてくれているので、弾き飛ばすのに力も必要ない。

 ティストさんレベルの武人でなければ、もっと有効な技になる可能性もある。


(今度サキトに頼んで検証してみるか――危ねっ!)


 そんな常識外れの斬撃と魔法の乱撃の中に、さらにフェイントまでも織り交ぜてくるものだから、本当にパターン化など出来たものではない。

 視覚情報に頼らなければそのフェイントに関しても幾分かマシにはなると思い一度目を閉じたのだが、ティストさんレベルになると自分程度の精度ならば魔力探知すらも騙せる様で結局意味は無かった。

 寧ろ視覚情報が無くなった分他への負担が増えて状況が悪くなったまであった。


 しかし、視覚情報はどうしても自分の中に今まであった"常識"と言うものに捕らわれやすく、ティストさんの体は左側に見えているのに実際に斬撃が飛んでくるのは右側からだったりして、さらにそれがフェイントであったりすればどうしても引っかかってしまいそうになる。

 そして、午前より堪えているという一番の原因は、こんな特訓が既に――


「もう二時間以上ぶっ続けでやってますよっ!? 流石にそろそろ限界ですって!」


「大声出せる余裕はあるじゃねぇか?」


「いや、本当にヤバいからですってっ!?」


 弾き飛ばす際にちらりと見えた時計の針は、既に特訓を始めてから二時間以上が経過している事を知らせてくれていた。

 いい加減に、午前中も酷使させられた自分の脳が悲鳴を上げ始めているのだ。

 じわりじわりと頭痛が酷くなってきている。

 流石に一日に二度も死にかけたくは無いのだ。


「ったく、しょうがねぇなぁ……」


 そんな訴えが通じた様で、ティストさんは自分に向けて放とうとしていた薙ぎ払いを地面に向かって振りぬく。

 すると、重く鋭い音と共に十メートル程に亘って床に深い亀裂が入った。

 それなりに硬い材質の床だと思うのだが、やはり凄まじい威力である。


(っていうか、何でわざわざ床を壊して……?)


 ティストさんの行動に疑問を抱いて亀裂を見てみると、緩やかにではあるが亀裂が塞がっていくのが見て取れた。

 どうやら損壊箇所が自動で修復される仕組みのようだ。

 いや、結局何故わざわざ床に傷を作ったのかはわからないのだが――


「スゥッ――はぁ……」


 色々と疑問に思いつつも、緊張が緩んだためか一気に体の力が抜け、たまらずその場で腰を下ろしてしまい、しばらくはひたすらに深呼吸を繰り返す事しか出来なくなった。

 頭の奥深くから響いてくる様な鈍い痛みはなかなか引いてはくれないが、徐々にはましになってきているのでもうしばらく休憩すれば大丈夫だろう。


(流石に長めの休憩くれるよね……?)


 疲れからか声を発するのも億劫なため、前方で胡坐をかいているティストさんに期待と信頼を込めた眼差しを送ってみる。

 水筒の中身を煽る様にして飲んでいたティストさんは、自分の視線に気が付くと込められた意思や心情を上手く汲み取ってくれた様で――


「んあ? もう休憩終わりでいいのかよ? まだヘロヘロの癖に本当に欲しがりだなお前」


「い、いや……ちょっと長めに……休憩が欲しいです」


「んだよ。物欲しそうに見てくるからもう特訓のおかわりを要求してきたのかと思ったじゃねぇか」


 全く心情を汲んでくれてはいなかった。

 目は口程に物を言うというが、流石に何が欲しいかまでは伝わらなかったようだ。

 というより、物欲しそうにしていると感じたのならせめて飲み物を欲しがっていると解釈してほしかった。


(疲労時にさらに疲労を求める特訓ジャンキーか何かと思っているのかな……?)


 そんな冗談めいた――冗談であってほしい想像をしているうちに、だんだんと呼吸も落ち着いてきたので、自分も水筒を取り出して水分を補給する。

 二時間超も動き続けていたのにも関わらず脱水症状などにならないのは、相変わらずな服の機能のおかげで汗だくになるような事が無いからだろう。

 個人的には汗だくになる程運動をするのは嫌いではないのだが、そんな状態になった時は大概思考が鈍ってしまうので、冷静な判断を要する先ほどまでのような時には本当にありがたい機能である。


(そういえば、この服にも自動で修復される機能があるけど……同じなのかな……?)


 すっかり塞がってしまった床の亀裂があった場所を見ながらそんな事を考える。

 いつの間にか慣れてしまっていたが、よくよく考えれば火にも水にも繊維にもよくわからない材質の床にもなってしまう魔力とはいったい何なのであろうか。


「あの、ティストさん」


「んあ? もう再開してぇのか?」


「いや違いますよ!? どんだけ僕を痛めつけたいんですか!?」


「んだよあの程度で。軟弱な奴だな」


 相当頑張ったつもりなのだが、ティストさん基準だとあれだけやっても軟弱らしい。

 恐ろしい世界である。


「ってそうじゃなくって……。その、魔力って何なんですか……?」


「んあ? 何って……魔力は魔力だろ? 何が言いてぇんだ?」


「いや、魔力って色々な物になるじゃないですか。火とか水とか、この服も破れたら魔力を使って修復されますし、さっきティストさんが壊した床も元通りに直ったじゃないですか。どうしてなのかなって」


「どうしてって……。この床――ってかこの施設自体は建国した頃にいたイオカラっていう凄ぇ魔法師が作った魔方陣魔法の機能で自動修復されるし、その魔方陣魔法の一部をジジイが解明して作ったのがその服の自動修復機能なわけで……。――だぁぁっ! 私が知るかよそんなもん! ジジイに聞けジジイにっ!」


 何とも答えになってない答えを述べると、考えるのが面倒になったのかティストさんがおじいちゃんに丸投げした。

 聞けるものなら聞きたいが、流石にこれを聞くためだけに森の家まで数日かけて行くのも面倒くさい。


「あらあら、どうしたんですかティスト様? そんな大きな声をだされて……」


 ハヴァリーさんならわかるだろうかなどと考えていると、ティストさんの声を聞きつけたのか、別の場所で何かをしていたリオナさんとハルカ先輩がこちらへと近づいてきた。

 ハルカ先輩はわからないが、魔法専門らしいリオナさんなら何か知っているかもしれないので聞いてみる。


「あの、魔力って色々な物になったりしますけど、いったい何なんですか?」


「へ? 色々な物になるって……それが魔力でしょ?」


「だよな? 本当に何が言いてぇんだボウズ? ああ、言っておくが、イオカラの魔方陣魔法を一部でも理解できてるのなんてたぶんこの世にジジイくらいしか居ねぇから、聞いても無駄だぞ」


「ああ、ジジイっていうのはティスト様の師匠のセイル様の事よ――って、流石に知ってるわよね。そもそもタケル君にはティスト様も素で話してるんだから、ティスト様がセイル様の事を本心では凄く尊敬してるけど照れ隠しでジジイなんて呼び方してるのくらい――」


「――だぁぁぁぁっ! なに適当な事抜かしてんだリオナぁぁぁぁっ! 誰があんな鬼畜クソジジイの事なんか尊敬するかっ! 大体お前なぁっ――」


 薄々勘付いてはいたが、やっぱりティストさんはおじいちゃんの呼び方は照れ隠しだったらしい。

 そういえば昔おじいちゃんが「弟子も恥ずかしがり屋で、頼んでも呼んでくれんかった」などと言っていた気がする。

 おじいちゃんの唯一の弟子ということは、十中八九ティストさんの事だったのだろう。

 素直に「おじいちゃん」と呼んであげればいいのに――


「――なんであんなに恥ずかしがってんだろう……?」


「まあ、慣れればそう思っちゃうよね……」


 相も変わらず照れ隠しなのかリオナさんに喚き散らしているティストさんを見ながらそんな事を呟くと、ハルカ先輩がこちらに歩み寄ってきて、相変わらず抑揚の少ない声で同調してきた。


「慣れれば……ですか?」


「うん、私は成り行きで知っちゃったんだけど、普段の丁寧なしゃべり方とのギャップが凄くって、最初は凄く驚いたもの……。慣れた今だと、素の方がティスト様自身を出せてる感じがして――凄く、良いなと思うわ。あなたもそうじゃなかった?」


 聞いていて何だか話が噛み合っていないと思ったが、どうやらハルカ先輩は普段の猫被りについて話していた様だ。

 おじいちゃんの事を話すわけにもいかないので話を合わせる。


「僕はあれが最初だったので……というより今日初めてあの猫被りを見た感じでして……。寧ろ粗雑なティストさんじゃないと、その……むず痒いと言いますか……」


「へぇ、あなたには最初から素だったんだ……。まあ、あれだけの事が出来るんだもの。目をかけられてもおかしくはないわね」


「へ? 何の話ですか?」


 自分の場合は恐らく、あの屋敷というハヴァリーさんやエフィさんといったティストさんにとって素を晒せる相手しか居えないであろう場所に偶然居合わせて、気を抜いていたティストさんを目撃してしまっただけなのだが、目をかけられるとはどういう事だろうか。


「さっきのあなたとティスト様の手合わせをちょっと見せてもらってたんだけど、いくらシエラがあるとはいえ、あなたくらいの子でティスト様とあんな長時間相対できる人なんてまずいないわよ」


 手合わせと言えば聞こえはいいが、実際は一方的にボコボコに攻撃されていただけである。

 防御しか出来てない上にそもそも――


「いや、それはティストさんがちゃんと手加減してくれているからで……」


「ティスト様の手加減無しで手合わせできる人がいったい何人居ると思ってるのよ……。まああれだけの攻防を繰り広げられるあなたの培った力をティスト様は買っていると思うわよ」


「……そう、ですかね?」


「ええ、正直見ていて圧倒されたわ。私のシエラも、やろうと思えばあなたと似た事は出来るはずなんだけど……たぶん数分も持たないでしょうね」


「先輩のシエラ……『力を操る』シエラでしたっけ?」


「そうよ。何でも出来る万能型のシエラなんて言われるけど、結局の所私は器用貧乏なだけで――」


――何も出来ないままなのよね。


 と、そう呟くハルカ先輩の顔は相変わらず無表情ながらもどこか悲し気で、どうしようもないという諦観にも似たそんな想いが胸に突き刺さる。

 この人はいったいどんな想いを抱いてこの(シエラ)を手に入れたのだろうか。

 心が圧迫される様な感覚に息が詰まる。


――何故、この人はこんなにも自身の想いを……自分自身を――


「――って、ごめんね、変な話しちゃって。ただあなたの力が凄いって話をしたかっただけなんだけど、なんでこんな話になっちゃったのかな……?」


 ハルカ先輩は少し慌てながら、心底不思議そうに首をかしげる。

 そんなハルカ先輩に対して自分は――


「僕は、そんな事ないと思いますよ」


 気が付けば口を開いていた。

 自分にはハルカ先輩が何か重大な想いを抑えつけ、そしてそんな自身を心底嫌忌している様に感じられたのだ。

 詳しい事なんて何もわからないし、そもそも自分の思い違いの可能性もある。

 しかし、自分の感じたものが本物であるという何の根拠もない自信もあった。

 だからといって自分にはどうすれば良いのかはわからない。


「少なくとも、僕はハルカ先輩に命を救われましたし、本当に感謝してますから。だから――そんなに卑下する事ないですよ! 先輩のシエラは、人を救える凄いシエラです!」


 でもせめて、自分の知り得る事実とそれに連なる想いは伝えるべきだと思ったのだ。


「そ、そうかな……? あら……ふふっ、ありがとうね」


 キュウも何か感じたのか、元気を与える様にハルカ先輩へと頭を摺り寄せる。

 キュウに静かに笑いかけるハルカ先輩からは先ほどの様な悲し気な様子は感じられない。

 流石はキュウである。


「それに――いや、やっぱり何でもないです」


 「先輩の事を好きな奴も居ますし」と言おうかと思ったが、まだ確証の無い事であるし、まるで嫌いな人が多いかのような言い草になると気が付いてやめたのだ。

 確証が無いというのは、今更ながら思い出したのだが、恐らくこの人こそがサキトが想いを寄せる『ハルカさん』だという事だ。

 そんな偶然があるかとも思うが、意外と世界は狭かったりするし、これまた根拠の無い自信もある。

 もしそうであるならば全力を持ってサキトの恋路のサポートをしようと思うが、それはちゃんと確認をとってからの方がいいだろう。


「……?」


 キュウの頭を撫でながらハルカ先輩は不思議そうに首をかしげる。

 自分の何かに失望しながら生きていく辛さを僅かながらに知っている。

 どう足掻いても、自分自身という人間の評価において自己評価というのは大きな割合を占めるものだ。


 当然であろう。

 自分自身以上に自分自身と時を共にした存在などいるはずも無いのだ。

 その評価の大部分が最低の評価なのだから、辛くないわけがない。

 もしハルカ先輩が本当にそんな状態にあるのだとしたら、一刻も早くそこから抜け出して欲しいと思う。


 しかし、ハルカ先輩の事を殆ど知らない自分に出来る事なんて無いに等しい。

 だがサキトならば――長年想いを寄せ続けたサキトにならば、ハルカ先輩の自身に対する嫌忌の感情を覆す事ができるかもしれない。

 そうであって欲しいと願う自分がいるのだ。


(まあ、サキトなら好きな人が自分自身の事を嫌ってるなんて事快く思うはずないよな)


 サキトと自分の付き合いもよくよく考えればまだ全然短いのだが、自分にはハルカ先輩のために奮闘するサキトの姿が容易に想像できるから不思議なものだ。


「……何だか嬉しそうね?」


「へ? いえ、ちょっと友人の事を思い出してただけですよ」


「ほぅ、薄ら笑い浮かべられるくらいには回復したみてぇだなボウズ? じゃあさっさとさっきの再開すっぞ! おら! ついてこい!」


 いつの間にか背後に来ていたティストさんに襟をつかまれて引っ張られる。

 何だか未だに荒れている様子だ。


「ちょっ!? ティストさん!? 自分で歩けますって! ってかまさかまた二時間ぶっ続けですか!?」


「当たり前だろうがっ! おら行くぞっ!」


「危なっ!?」


 体勢も整え終えぬまま乱暴に特訓を再開されたが、何とか防御をした流れで走り寄ってきたキュウを確保し、改めてティストさんを臨む。


「……がんばって」


「うふふ、ごめんねタケル君。ティスト様の相手お願いねぇ」


 完全にリオナさんにからかわれた八つ当たりをされている気がしてならないが余計な事を考えている余裕も無いため、そんな何とも言えぬ声援を背に特訓へと臨むのであった。







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