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アポロの護り人 ―異世界夢追成長記―  作者: わらび餅.com
第一章 カラハダル大森林 異世界転移 編
4/54

4.温かい食事


 顔中を何かに蹂躙される感覚に目を覚ますと、目の前には犬の顔があった。

 シベリアン・ハスキーというやつだろうか。

 パッと見怖そうな顔をしているが――


(こうやって顔を舐めてこられるとなかなかどうして愛らしい……)


 ただ一つ疑問点があるとすれば――


(角の生えた犬なんていたっけ……)


 彼のおでこからはそれはそれは立派な角が生えていた。

 顔中をベロベロと蹂躙されながらそんなことを考えていると、角突きハスキーとは違い随分と小さな舌も蹂躙に加わってきた。

 というかキュウだった。


(おお。キュウは今日も可愛いな……。にしても今日の寝床は地面にしては随分と安定して……。ッ!?)


 そこで、自分の最後に見た光景を思い出して慌てて上半身を起こす。

 角突きハスキーは驚きもせずゆっくりと離れ、扉に向かったと思うと器用に開けてどこかに去っていった。

 ここにきてようやく、自分がベッドの上に寝ていたことに気がつく。

 辺りには木製の家具がいくつかあるだけの簡素な部屋で壁も床も全て木で出来ているようだ。

 鼻から息を吸い込めばむき出しの木材の軽く爽やかな香りが肺を満たす。


「ログハウス、というやつかな?」


 相も変わらずキュウは肩の上で自分の頬を蹂躙するが如くペロペロと舐めているが、それよりも木の香りに混じって感じたどことなく甘いような香りに興味を惹かれた。


 それは開け放たれた外へと繋がる扉から香ってきているようで、その香りに誘われるようにそちらへと足を運ぶ。

 若干ふらつくが、不思議と体にそれほどの痛みはない。

 扉を出るとそこはベランダのようで、陽光の眩しさに少し目が眩む。

 今一度目を開けると、そこには色彩豊かな花畑が広がっていた。


「……すごいな」


「キュウッ♪」


 花畑は見える限りではログハウスを取り囲むようにぐるりと遠くまで植えられており、その向こうに見える木々が寂しげな枝を振っているのも相まって、この空間だけ世界から切り取られているのではないかと錯覚してしまいそうだ。


 ようやく舐めるのに満足がいった様子のキュウも同意を示すように鳴き声をあげる。

 よく見ると花畑の所々に水路が通っているようで、時折不規則に反射する陽光からは魚が泳いでいることがわかった。


 まさに絶景と呼ぶべき景色に呆気に取られていると、先ほど犬が出ていった扉が開かれて、そこから先ほど自分の顔を蹂躙して起こしてくれた角つきハスキーと、意識を失う前に見た覚えのあるムキムキお爺さんがいた。


「ようやっと目覚めたかボウズ。体の調子はどうじゃ? 一通り手当てはしておいたが、まったく呪いまで受けおってからに。解呪に貴重な薬を使ってしもうたわい」


「へ? あ、あぁ! 手当てしてくださったんですか! ありがとうございます。体の方はある程度大丈夫そうです。その……解呪? というのが何の事なのかよくわからないんですけど……その……薬というのは高いんですかね……?」


 取り敢えず言葉が通じることに安堵しつつも、自分にとっては依然としてピンチである。

 何を隠そうこのお爺さん、頭はスキンヘッドで、顔は刻み込まれた皺で厳つく装飾されており、右目には縦に一筋の古傷が走り、左頬には何と争ったのか引っ掻いたような三本の古傷がついている。


――正直怖い。


(有り金全部巻き上げられそうだ……巻き上げられる金が無いけど……)


「ん? まあボウズに使った分でこのログハウスくらいならポンと建つだろうなぁ」


「なっ!?」


 家一軒がいったいいくらするかなんて詳しくは知らないが、それでも家がしばしば"財産"として扱われることぐらいなら知っている。


 そう、"財産"である。


「あの……いったい僕はどうすれば良いのでしょうか……?」


「ん? いやあれの材料ならボウズの持ってた……まあここで立ち話もなんだ。ちょうど飯を作ったところだから食いながら話でもしよう」


「はあ、わかりました」


 そうして食卓らしき場所までついていったのだが、ここに来るまで結構な数の扉が目に入り、依然として値段はわからないが自分の中でのこのログハウスの価値はうなぎ登りであった。


「あの……それで薬のお代の事なんですが……」


「その事なら後でちゃんと説明してやるから、今はしっかり飯を食え。ボウズは二日と半日も眠っとったんじゃし、見たところしばらく満足に食事をしとらんかったんじゃろ? まずは腹を満たせ。話はそれからじゃ。ほれ、お前さんとテッチはこっちじゃ」


 そう言ってお爺さんはキュウとテッチという名前らしい角つきハスキーに何やら果物のようなものを差し出した。


(二日も眠ってたのか……言われてみれば凄くお腹が空いてる気がする……)


「それじゃあ……いただきます」


 目の前にあるシチューのようなスープをスプーンに一杯口に入れる。

 程よく温かい。

 それに――


「……おいしい。……おいしい……です」


 ひと口、またひと口と口に投入する。

 そうしていくうちに、気がつけば皿の中身は無くなっていた。


「……おかわりはいるかのぅ?」


「……お願い……じばず……」


「泣くほど旨かったか。これは作った甲斐があったというものじゃの」


「え……? ……あれ?」


(いつの間に泣いていたのだろう)


「あれ? すみません、こんな、つもりじゃ……」


 何故か涙は止まらない。


――キュウと出逢った時といい、いったいいつからこんなに涙もろくなったんだろう……。


 泣き止まない自分に対して、お爺さんは穏やかな声で話しかける。


「良い良い。どうやら随分と大変な思いをしたようじゃしの。温かいものを食べてホッとして涙腺が緩んだのじゃろ。遠慮せず泣いて、遠慮せず食べるが良い。ほれ、おかわりじゃ」


「はい……ありがとう、ござい、ます」


 この時のお爺さんの目は、厳つい顔に似合わずとても優しい目であった。


(ああ、そうか……)


 遅ればせながらに自分の涙の理由を理解した。

 確かにホッとしたのもある。

 だがそれ以上に――


(誰かに作ってもらった料理なんて……いつぶりだろう……)


――料理を食べる手が止まらない。


 引き取られてからは、叔父は仕事の忙しい人だったから基本食事は一人であったし、ひとり暮しを始めてからは言わずもがなである。


――両親と共にした食事が懐かしい。


――これが家庭の味というものだったであろうか。


 そんなことを考えていると、尚も泣き止まない自分を心配したのかキュウが肩に乗り頬を舐めてきた。


「ありがとう、キュウ、大丈夫だから、ありがとう」


「キュウ……」


「……随分と、慕われておるのじゃな」


「そう……ですね。お互い様というところでしょうか。自惚れでなければきっと、僕が持つ親愛と同じだけの気持ちを持ってくれていると思います」


「キュウッ♪」


「ふむ、だいぶ落ち着いたようじゃし、まずは自己紹介と行こうかの。わしはセイルという者じゃ。まあこの森の中で隠居をしとる爺というところじゃの。それでこっちは精霊のテッチじゃ。契約はしとらんが、まあ悪友というところかいのぅ」


 あまりにもファンタジーな内容に、言葉に詰まる。


「は、はあ、精霊ですか」


「何を驚いておる。確かに世間的にはある程度珍しい存在ではあるが、ボウズも精霊を連れておるじゃないか」


「それって、やっぱり……」


 キュウを見やるが、キュウは素知らぬ感じに耳の裏を後ろ足で掻いている。


「……何やら訳ありという感じじゃのぅ。まずはボウズの話から聞こうかいのぅ」


「あ、はい。まず僕の名前は武と言います。それでこっちが……」


「キュウッ♪」


「……キュウといいます」


「自分の名前を言えるとは賢い子じゃのぅ」


 自分のネーミングが安直なだけである。


「あはは……えーとそれでですね――



 それから、森で目覚めてから体験した事を話した。


―――――――――――――――――――――――――――――


「ふむ、結局のところボウズは自分の身に何が起こったのかほとんど理解しておらんという認識で良いのかの?」


「ええ、まあそんな感じですね」


「そもそもボウズは元々はどこにおったんじゃ? それなりに厚着じゃったところから察するにネクサケイル領の南の町辺りか?」


 セイルの口から放たれるまったく聞き覚えの無い地名に困惑してしまう。

 ここで、「異世界から来ました!」なんて素直に言えるわけもなく――


「いや、そもそもここがどこの国かもわからないと言いますか……たぶんこの世界じゃ無いと言いますか……」


 なんとも煮え切らない返答になってしまった。

 案の定セイルは"何を言っているんだこいつ"といった表情を浮かべながらも律儀に答えてくれる。


「どこも何もここは"ヴェルジード"から少し北西に位置する……なるほど"帝都"の名前も聞き覚えが無いという顔じゃのぅ。あまりにも言葉に訛りがないから帝都の出かとも思っておったが……。それにこの世界じゃないとはどういう意味じゃ? まさか"最果ての奥"から来たわけでもあるまいし……」


「その……"最果ての奥"というのは……?」


 セイルの表情は"それも知らないのか"といった感じではあるが、もう気にしない事にしたようだ。


「今現在認識されている世界の外側の事じゃ。大昔には他の国家が存在していたと主張する学者もおるが、本当かどうか定かでは無いのぅ」


「なるほど……その……あり得るんですかね? いきなり別の場所に飛ばされたりっていうこと自体……」


「……あり得ぬ事もないのぅ。そういう転移系の"シエラ"を持つものも居ると聞く」


「その……"シエラ"というのは……?」


「魂の力の事じゃよ。人類が魔物と渡り合うために発現した力じゃ。ボウズの住んでいたところにはおらんかったのか? まあ、取り敢えず何者かにシエラで転移させられたとして話していこうかの」


「お願いします」


 わからないことが多すぎるため、正直ありがたい限りである。


「まずボウズが木の枝を拾ったと言うたの? その枝はピカレスという木の枝でのぅ。俗に「神の木」とも揶揄されるほどの貴重品じゃ。というのもボウズを襲っていたあの土竜のような奴を魔物というんじゃが、奴らの使う"呪い"と呼ばれる力に対抗する特効薬がこの木を材料に使った薬なんじゃ」


(毒ではなく呪いときたか。すごくファンタジーだ)


 一瞬襲われた時の事を思い出してしまい肌が粟立つが、今はそれ以上に少年心がくすぐられる。


「しかしこの木は十年のうちにただ一本しか生えんくてのぅ……。その上、木自体も十年で枯れてしまう。生える場所もまちまちで、毎度神託で在り処が教えられるんじゃ」


(神託! ってことは本当に神さまがいるんだ……) 


 もちろん前の世界で神さまがいるだなんて思ってはいなかったが、ファンタジーな世界に自分がいると思うと、不思議とすんなり信じられてしまう。


 「呪い自体には治癒の魔法も効きはするんじゃが、完治させることが出来るのはこの薬だけなんじゃ。じゃから魔物と戦闘をする軍や貴族が占有しておる。それ故高いのじゃ」


(只者ではないと思ってはいたが、まさか香木くんがそんな大御所だとは……。というより今"魔法"って言ったか?)


 ファンタジーの代名詞とも言えるような用語が聞こえた気がしたが、そんな自分に構わずセイルは話を続ける。


「生憎わしは傷に良く効く薬は持っておるが治癒魔法が使えんのでな、材料はボウズが持っておったから持ち合わせの特効薬を使ったわけじゃ」


「な、なるほど。つまり薬代は……」


「残っておるピカレスの枝を幾分かわけてもらえればそれで構わんよ」


 どんな高額請求をされるのかと戦々恐々としていたが、丸く収まりそうで一安心だ。

 本当にありがたい話である。


「それにしても何故こんな森の奥にピカレスの枝なんぞが落ちておったのかのぅ……」


「僕も目についた落ちてる枝を拾っただけなので何とも……。あの……そういえばそのピカレスの枝の残りとやらはどこに……?」


「おお、それならほれ、そこじゃ」


「ん?」


 セイルに指さされた方を見ると――


――テッチが枝を骨の如くしゃぶっていた。


「ちょっ!? テッチくん!? 何してるの!?」


「ワウッ♪」


 名前を呼んだことでテッチが枝を解放し、こちらに飛びかかってきて目覚めの時と同じように顔をベロベロと舐めてきた。


「ほほほ。精霊はピカレスの木が大好きじゃからのぅ。……それにしてもボウズは随分と精霊に好かれるようじゃな。テッチがそれほど最初から懐いているのは随分と久しぶりに見たぞ」


(こ、呼吸が、しづらい。あ、ちょっと香木の匂いが……じゃなくてっ!)


 テッチから顔を背けてセイルに問いかける。


「ピカレスの木が大好き……ですか?」


「うむ。一説によると精霊はピカレスの木から生まれたらしいのじゃ。キュウが最初にボウズの前に来たのもピカレスの木の匂いに惹かれてかもしれないのぅ。それで言うと魔物はその木の匂いが大嫌いじゃからのぅ。あの土竜なんぞは特に鼻が良いから、木が爆ぜた時の匂いなぞ、それはもうたまったものでは無かったであろうのぅ」


(最初に大土竜に遭遇したときに見逃されたのも香木くんのおかげだったのかな……)


 そんな自分の思考をよそに、セイルは話を続ける。


「それに精霊というのは個体によって差はあるが、人の"感情"を読み取れるらしいしのぅ。その時のボウズがよっぽど放って置けぬような状態じゃったのじゃろうなぁ」


「……ありがとな。キュウ」


「キュ」


 いつの間にか頭の上に乗って伏せていたキュウは「気にすんな」とでも言うように鳴いた。


「それで……あの……魔物とか魔法とかについても教えていただけますか?」


「……いったいボウズがこれまでどうやって生きてきたのか、むしろそっちの方が気になるわい」


「あ、あはは……」


 先程と同じく、「異世界から来ました」などと言えるはずもないので、笑ってごまかすしかなかった。


「まあよい。まずは魔法についてじゃが、これは言わば人の営みを加速させるものじゃ」


「"営みを加速させる"ですか?」


「うむ。食物や水を得るにも、家を作るのにも、そして争いにも基本的に魔法がどこかしらで関わっておる。例えばこの家なぞは、木を魔法で切り、魔法で浮かせてここまで運び、魔法で組み立てたものじゃ。しかしこの作業は全て、時間をかければ魔法無しでも出来る。ただ物好き以外は皆魔法で済ませるわな。これで魔法の立ち位置はわかったかいのぅ?」


「はい。なんとなくですが」


 元の世界で言うと機械や道具のような立ち位置なのだろう。


「魔法は確かに便利じゃが無限に使えるわけではない。己の中にある魔力の分だけ使えるのじゃ。これの量は最初の保持量も訓練による伸びも最終的な保持限界も人それぞれじゃ」


「なるほど。……ちなみに僕ってどれくらい保持して――」


「雀の涙ほどじゃな」


「……そうですか」


 セイルに食いぎみに答えられた。

 魔法が使えるのかとワクワクしていたため少し残念である。


「まあ訓練次第で伸びるやもしれぬから、そう気落ちするでない」


「そ、そうですよね! よし! 訓練するぞ!」


 そもそも魔法の無い世界から来たのに魔力とやらがある方がおかしいのだ。


(贅沢は言ってられないよな)


 どうにか気を持ち直す自分に、セイルが話を続ける。


「説明に戻るぞ。次は精霊についてじゃが、精霊とは言わば意思を持った魔力の集合体じゃ。大抵が膨大な魔力を保持しているのじゃが……」


 ここでセイルが、自分の頭の上で丸まり欠伸をしているキュウを見やる。


「そう言えば膨大な魔力の反応が何たらとか言ってましたね」


「覚えておったか。ボウズの寝とる間にあらためて量ってみたがの。膨大過ぎて正直底が見えんかったのじゃ。長いこと生きてきたがこんな事例は初めてじゃの」


「おお! 凄いなキュウ!」


「キュウッ♪」


 自分には魔力が殆ど無いため、底が見えぬほどの魔力とやらがあるキュウを褒め称えていると、セイルが追加の情報を与えてきた。


「じゃが魔力が多いのは良いことばかりでもない」


「へ?」


「キュ?」


「これを説明するためには魔物について話さねばならんな。魔物と言うのは簡単に言うと、大昔に現れた魔力を喰らう化け物じゃ。一部の頭のおかしい奴らが"争いをやめない人類を見かねて神が寄越した停戦の使者だ"などと抜かしておるが、奴らにそんな意思など無い。ただ魔力を喰らう事しか考えていない化け物じゃよ」


 大土竜のことを思い返すが、確かにあの大土竜からは理性などは感じられなかったように思う。


「魔力を喰らう他にもさっきも言うた呪いという力を使うんじゃ。呪いの効果は種類によって色々じゃが、ボウズが遭遇した土竜なんかは同じくらいの大きさの魔物の中でも結構強力な部類での。かすり傷程度の傷からでも五分もすれば身体中に呪印がまわり、動けなくなるんじゃ。ボウズが動き回れたのはひとえに肌身離さずピカレスの枝を持っておったおかげじゃな。呪いの効力を弱めてくれたんじゃろうて」


(まさか本当に香木くんが旅の御守りと化していたとは!)


 自分の偶然拾った枝の力に驚きつつ、魔力が多いことのデメリットに対する理解があっているかをセイルに問いかける。


「つまり魔力が多いというのは、奴らからしたらご馳走に見えるわけですか」


「その通りじゃな。確かキュウの魔法は喰われたのじゃったよな?」


「はい。それはもうバリボリと……」


 今思い出してみても、"炎が食べられる"というあの光景はとてつもなく異様であった。


「精霊の魔法は本来奴らに食われづらい様な、昇華された魔力なのじゃが……キュウはまだ扱いに慣れてないのかもしれんのぅ」


「キュウ……」


 どうやら今の話に落ち込んでいるようだ。

 落ち込むキュウもかわいいなどと思いつつ、一つ気になった事を聞いてみる。


「そう言えばあの時、香木く……ピカレスの枝が破裂して出てきた光の粒子を伝ってキュウから白桃色の何かが流れ込んできたんですけど、あれってもしかして……」


「うむ。キュウの魔力じゃな。言い忘れておったがピカレスの木というのは貴重すぎて滅多に使われないが魔力を伝達する触媒としての役割があるのじゃ。まあボウズほど贅沢に使う奴なぞ聞いたことが無いがの」


「……」


(これは下手をすれば捕まるのではないだろうか……)


 そんな自分の心配をよそにセイルは話を続ける。


「そういう触媒で精霊から魔力を貰って戦う者達のことを精霊使いと言うんじゃ。他にも精霊術師と言うのがおるんじゃが……まあそれはまた後での」


 一拍呼吸を置いて、セイルが再び話し出す。


「ここからが一番大事な話だ。よく聞いておけよボウズ」


「はい!」


「途中にも少し話したが、シエラと呼ばれる魂の力についてじゃ。これは先も述べた通り人類が"魔物と渡り合うために発現した力"じゃ」


 何か言い方に違和感を感じ、セイルに問いかける。


「随分と、その……限定的な力なんですね」


「こういう神託があったそうじゃからの。事実シエラが人類に発現しはじめたのも同じ時期らしいしの。そんでこのシエラという力は全ての人が目覚める可能性を持っており、発現時期もまた人によりけりなんじゃが、重要なのは『魔物に喰われない攻撃手段』になりうるという点じゃ」


 ここで再び違和感を覚える。


「"なりうる"ですか?」


「そうじゃ。このシエラというのは人の魂の願いや想いを形にした力と言われておる。じゃからその能力も形も千差万別。短期戦向きのものもあれば、長期戦向きのものもある。万能型もあれば特化型もある。つまり戦闘向きのものもあればそうでないものもあるわけじゃ」


「なるほど。だから"なりうる"なんですね」


("魔物と渡り合うために発現した力"なのになんで"なりうる"なんだろう……)


 そんな疑問が浮かんだが、それを聞く前にセイルが続きを話し始めた。


「うむ。そして何が一番大事なのかというと、恐らくボウズがシエラの使い手になっておるという事じゃ」


「え!?」


「土竜の爪を防いだ薄壁とやらは恐らくボウズのシエラじゃ。何か強い願いや想いに心当たりは無いか?」


(強い願いや……想い……)


――恐怖もあった。


――焦りもあった。


 ただ、あの時の自分の心のほとんどを満たしていたのは――


「あの時はただ……キュウのことを"護りたい"と、そう思ってました」


「ふむ。壁か……いや、盾と言った方が良いかもな。よし、この後はボウズのシエラについて色々調べてみようかの。まあすっかり冷めてしもうたがまずは腹ごしらえじゃ。ほれ、温めなおすから皿をよこせぃ。まだまだ食えるじゃろ?」


「は、はい! いただきます!」


「ほほほ。わしは誰かと食事をするのは久しぶりでのぅ。つい楽しくなって色々喋り倒してしもうたわい」


「いえ、僕も誰かと食事をするのは久しぶりで……楽しいです!」


「ほほほ。そうかそうか」


(会ったこと無いけど……お爺ちゃんってこんな感じなのかな……)


「キュウッ♪」


「ふふっ! キュウもテッチも居てくれてうれしいよ」


「そうじゃのぅ。やはり食事は賑やかなのに限るわい」


 キュウとテッチを撫でてから、セイルと互いに笑みを浮かべて、再びスプーンを手に取り食べ始める。


 久しぶりに誰かととる食事は、温かい家族の味がしたのであった。





解説回的な

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