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アポロの護り人 ―異世界夢追成長記―  作者: わらび餅.com
第二章 軍属大学院 入学 編
32/54

29.詳細は学校にて


「あの、この料理はエフィさんが作ってくださったんですか?」


「はい、そうでございますよ。簡単なものばかりですが、お口の方には合いましたでしょうか?」


 自分の質問にエフィさんは柔らかな笑顔で答える。

 正直口に合うなどという次元ではないほどに美味しい。

 どうにかこの感動とも言えるような気持ちを伝えたいのだが――


「は、はい! その、えっと……凄く美味しかったです!」


 相変わらずどうにも"美味しい"以外の感想が出てこない。

 キュウも同じ様な気持ちなのか、隣でいつもの様にキュウキュウと鳴いているが、内容はおおよそ『おいしかった』と言っているだけだ。

 あまりの美味しさに言葉が出ないといった様な状態なのだとは思うのだが、ここまで自分の意思に行動が反してしまうというのが納得できない。


「はぁ……おいエフィ、いったい何割くらいで作ったんだ? 何も知らねぇもんだからボウズが困惑してんじゃねぇか!」


 自分が悩んでいる様子を見てか、ティストさんがそんな事を言い出した。


「何割? 何の事ですか?」


「うふふ。今回はちょっと張り切って八割程で作ってみましたの。満足していただけたようで良かったですわ」


「なっ!? 八割って……。ボウズお前……よく『美味しい』だけでも言えたな……」


 自分の疑問も余所に話だけが勝手に進み、エフィさんは笑みを浮かべたままだがティストさんはまるで化け物でも見るかの様な目で自分の事を見てくる。

 何が何やらさっぱりだ。


「えっと……どういう事ですか?」


 埒が明かないので聞いてみると、ティストさんは少し困った顔で頭を掻きながら答える。


「何て言ったもんか……。まあエフィが本気で料理作ると美味すぎて誰も彼もが言葉を失っちまうっていうかなぁ……。エフィはそういうシエラを持ってんだよ」


「うふふ。分類的には"効率"のシエラと言いましてね。素材の味を引き出しているのですわ」


「な、なるほど……。そんなシエラもあるんですね……。というよりこの美味しさで八割って、もし本気の本気ならどれだけ美味しいんですかね……?」


 そんな自分の素朴な疑問に対して返ってきたティストさんの答えは、なかなか衝撃的なもので――


「最悪寝たきりになるな。たぶん」


「えっ……!? 寝たきりですか……?」


「確かに昔そんな事もありましたねぇ。すぐに本気で気付け薬を作って無理矢理飲ませてどうにかなりましてけどね」


「美味に対する感動から感謝を述べたいのにも関わらず、美味しすぎるが故に言葉が出てこないもので、巷では『賛辞殺し』などと呼ばれておりましたなぁ」


 エフィさんとハヴァリーさんはやたらほのぼのとした様子でそんな事を言っているが、それはもう一種の兵器なのではないだろうか。

 つまり絶賛"賛辞殺し"を受けている自分の様子を見て、ティストさんはエフィさんが来ている事を察したわけだ。


(何だろう……。これからもこんな美味しい物が食べられるっていうのに、素直に喜べない……)


 美味しいものが食べられるのはとても嬉しい事なのだが、流石に寝たきりになる可能性があると思うと喜んで良いものかどうか怪しくなってくる。

 寝たきりになったというのは恐らく『幸せ過ぎて天に召されそうになった』という事なのだろう。


(幸せかもしれないけど、嫌な死に方だな……)


 そんな自分の心配気な思考が顔に出てしまっていたのかは知らないが、エフィさんは苦笑しながら口を開く。


「そんなに心配なさらずとも、ちゃんと普段のお料理は六割から七割程度に抑えますから安心してくださいませ」


「あ、はい。……すみません」


 せっかく作ってもらうというのに、少し失礼だったかもしれない。

 実際に気付け薬とやらで意識を回復出来た事例もあるわけだし、もし本気の料理を出されたとしても完食して幸せに意識を失うくらいの覚悟でこれからは食事に臨もう。

 そんな無言の決意をしていると、ハヴァリーさんが話しかけてきた。


「そういえばタケル様、昨日テッチ殿に朝起こすように頼まれておりましたが、本日は何かご予定でもおありなのですかな?」


「今日はソフィアたちが帝都を案内してくれるらしくって、九時にアイラの家の……確か『グランツ商会』だったっけ? の前で待ち合わせしてるんです」


「んあ? その組み合わせって事はまさか、ボウズが森で助けたってのはラグルスフェルトん所の長女か?」


「え? あ、はい。たぶんそうだと思います」


 確かそんな感じの家名だった気がする。

 申し訳ない話だが、正直ソフィアは『ソフィア』というイメージしかないのであまり家名の方を覚えていない。

 しかし、軍属大学院の学院長であるティストさんに名前を憶えられているとは、やはりソフィアは結構有名なのだろうか。


「ソフィアって有名なんですか?」


「そりゃお前有名も何も……ってそうか、常識も何も無ぇんだもんな」


 その言い方だと少しばかり語弊が無いだろうか。

 まあ間違ってはいないから別に良いのだが。


「半年より前の記憶が殆ど無いもので……」


「んあ? 記憶が無ぇのか? そんな事ジジイの手紙に書いてたっけか……?」


 しまった。

 そういう設定にしたのにおじいちゃんと口裏を合わせるのを忘れていた。

 本当に当たり障りのない程度にはおじいちゃんには前の世界での事を少しばかり話しているので、出発前にそういう設定にしたのだと説明しておくべきだったであろう。


「"常識が無い"でも意味にそれ程差は無いですから、それで伝わると思ったんじゃないですかね? それで、ソフィアって有名なんですか?」


 自然さの溢れ出す感じに話を元に戻す。

 焦りから強引に話を元に戻したなんて事は全く無い。

 もし仮にそうであったとしてもきっと悟られる事なんてないであろう。

 寧ろ自然すぎて逆に怪しまれないか心配なくらいだ。


「……まあいいか。お前の言うソフィアってのが私の考えてるのと同じ奴なら、そりゃあ四大貴族の長女なんだから有名に決まってんだろ」


「"四大貴族"……ですか?」


 この世界の政治体制なんて全く知らないが、言葉の響きからして凄く地位が高そうだ。


「四大貴族ってのは……そうだな……まあ大学院に入ったら歴史の授業でその内習うだろうからそれまでは地位の高ぇ奴らって思っとけ」


「面倒くさくなりましたわねティスト様……」


 エフィさんの呆れ気味な指摘に対してティストさんはそっぽを向いて口笛を吹く。


(そんなベタな……。ん? というより今……)


「あの、ティストさん? ひょっとしてですけど、僕って昨日の試験合格したんですか?」


 今の口ぶりから察するに、そういう様に捉えられたのだが。


「んあ? 言ってなかったか? あんだけできりゃ合格に決まってんだろうが。あれで不合格なら国軍の人員が足らなくなるわっ!」


「いや、そんなキレ気味に言われても……」


 昨日は「甘ちゃん」だの「クソ雑魚」だの散々言っていたので、正直合格が危ういかもしれないと思っていたのだが、実は余裕で合格だったのだろうか。

 困惑する自分を余所にティストさんは続ける。


「ああそれとな、正直なところ軍属大学院に入学するガキ共に昨日言った様な覚悟を持って入学する奴なんて殆どいねぇからあんま気負いすぎなくてもいいぞ」


「えっ!? でもみんな死ぬ可能性のある試験を受けて入学するって……」


「それに関しちゃ確かにそうだが、それを理解して受けてる学生は少数だろうな。大部分がある程度危険はあれど軍人がついてるからどうにかなると思ってただろうよ。まあそれも間違いじゃねぇんだがな……。ボウズが助けた奴らの班がとびっきり運が悪かったってぇとこだ」


 どこから出したのか、爪楊枝で歯の間を掃除しながらそんなことを言った。

 ならば何故ティストさんは昨日あんな言い方をしたのか。

 それは――


「……でも、そうだったとしても、本来は持っておくべき覚悟なんですよね?」 


「おう、わかってんじゃねーか。周りの心持ちがどうかなんていうのは、別にボウズ自身の心持ちを変えなきゃならねぇものじゃねぇからな。まあでも、生きていく内で何かに死ぬ気で取り組む事なんて、本来はそうそうあるもんじゃねぇからな……。その辺りの心持ちも教えてやるのが私たちの役目ってわけだ」


("死ぬ気で取り組む事"、か……)


 確かに人が普通に生きていく中で、死ぬ気で何かに取り組む事なんてそうそうあるものではないはずだ。

 そうして取り組める何かに出会える事すら本来ならば稀であろう。

 何かしらの夢を持っている人ならばきっとたくさん、それこそ星の数ほどいるだろう。

 だが、死ぬほどその夢を叶えたくて取り組んでいる人となると、どうだろうか。


 何か一つの目的に対して命を懸けて取り組めるという事は、人によっては正気の沙汰では無いと忌避される事かもしれない。

 しかし自分にとっては、それは何にも代えがたい人生の一価値であると感じられ、そうして頑張れる人がかっこいいと、自分もそんな人間になりたいと思える――いや、ずっと思ってきたのだ。

 それはまさに、かつて自分の目の前で行われ、そして自分の目標としてきた両親の姿そのものなのだ。


 昨日ティストさんと相対した事で自分は、本当の意味で命を懸けて――"死ぬ気で何かを護る"という感覚を知れた。

 同時に自分の甘さも知ることになったわけだが、これもまた経験であろう。


「記憶喪失だか何だかは知らねぇが、少なくとも周りよりも色々と足りねぇ状態でボウズは入学するわけだ。足りねぇならせめて、覚悟くらいは他より先を行っておけって事だよ」


「――はい、わかりました」


 ティストさんの言葉に対して返事を返す。

 相変わらず強めな言い方ではあるが、結局は自分の事を心配して言ってくれているのだ。

 やはり――


「昨日も思いましたけど、やっぱりティストさんは優しい人ですね!」


 そんな自分の言葉にティストさんは一度きょとんとした後、だんだんと頬を朱に染めていき慌てふためき始めた。


「はっ!? はぁ!? いっ、いきなり何言ってんだボウズ! い、良いから食い終わったならさっさと出かけろ!」


「え? でもまだ家出るには少し早いよねテッチ? 同じ東の地区だったはずだからそんなに遠くないと思うんだけど……」


「ワウッ!」


「すぐに着くそうです」


「だぁぁ! もういいから準備でもしてろ!」


 全く予想していなかった反応に戸惑っていると、ハヴァリーさんがクスクスと笑いながらティストさんへと語りかける。


「ほっほ! だから申したでありましょうティスト様、タケル様はきっとお気づきになられていらっしゃると。良かったですなぁ嫌われておりませんで」


「え? "嫌われて"って何のことですか?」


「うっせぇ知るかっ! バーカバーカっ! さっさと出てけこのクソボウズ!」


「どちらかというと今はタケル様がこの屋敷の住人ですわよティスト様」


 何だかよくわからないが、とりあえず一度この場を離れた方が良さそうだ。


「えっと……は、ハヴァリーさん、お風呂に入りたいんですけど今って入れますかね?」


「いつでも使えるように準備しておりますよ。それではご案内いたしましょうか」


 いつでも使えるようにしているのか。

 魔力を使って維持しているとわかっていてもついつい電気代やガス代の事について思ってしまうのは、一人暮らしをしていた頃の癖だろう。


「助かります」


「あっ、おいボウズ!」


 ハヴァリーさんについて部屋を出ようとしたその時、ティストさんが自分を呼び止めた。

 出ていけと言ったり呼び止めたりと、忙しい人だ。


「はい、なんですか?」


「いや、そのだな……一つ言い忘れてた事があってだな……」


 勢いで出ていけと言った手前、気まずいのか恥ずかし気に頭を掻いていたが、一度ため息交じりの深呼吸をしてから話し始めた。


「わかってると思うが、街中ではよっぽど危険な事でも起きねぇ限り精霊化はすんなよ」


「さ、流石にわかってますよ! 制御できないのに精霊化なんてしたら周辺を焼いちゃいますし……」


「いや、それもあるんだがな……。その精霊の魔力量が桁違い過ぎて、下手に"魔力感知"ができる奴が近くにいたらぶっ倒れちまうかも知れねぇからよ」


「……あの、たまに聞くんですけど、その『魔力感知』って何ですか?」


 てっきり魔力探知の別名か何かかと思っていたが、どうも違う気がする。


「んあ? そっか、これもわかんねぇのか……。魔力感知ってのはなぁ……その内大学院で習うからそれまで待っとけ」


 そう言ってティストさんは手を「行って良し」という感じに振った。

 きっとまた面倒くさくなったのだろう。


(まあその内習うならいいか……)


 そう考えてハヴァリーさんに連れられて部屋を出て廊下を歩いていると、階段に差し掛かった所で前を歩くハヴァリーさんが声をかけてきた。


「確かに詳しくは大学院で学ぶでしょうが、簡単にであれば私めが説明いたしましょうか?」


 魔力感知の事だろうか。

 教えてもらえるならば是非とも教えていただきたい。


「お願いします!」


「ほっほ、なぁにそんなに大した説明ではございませんよ。魔力探知が"魔力で感知する技術"だとするならば、魔力感知は"魔力を感知する能力"でございます。魔力探知は基本的に誰にでもできる技術でございますが、魔力感知は生まれ持った才能がものを言う、まさに"能力"なのでございます」


「じゃあ魔力感知が出来ない人もいるってことですか?」


「寧ろ出来ない者の方が圧倒的に多いですな。例えばですが、魔力探知ですとキュウ殿が魔力を開放した際にその外縁を認識する事は出来ても、その魔力の量や密度を推し量る事すらままなりませぬ。しかし魔力感知が出来れば、その能力の程度によっては開放すらされていない内部に秘められた魔力までも感知できる事があるのです」


 なるほど。

 正直まだ上手くイメージが湧かないが、魔力探知の強化版とでも言ったものだろうか。

 だとすると、ひょっとして――


「ハヴァリーさんがヴォルジェント――えっと、この魔道具におじいちゃんの魔力がこもってるのが分かったのって……」


「はい、私めが魔力感知を使えるからでございますよ」


「ってことは僕もじっくり調べればおじいちゃんの魔力がこもってるのがわかるんですけど、魔力感知が出来るって事ですかね?」


「おお! 本当でございますか! 魔力感知があるのと無いのとでは魔法戦闘時の戦いやすさが大きく変わりますからな。それに、魔力感知の能力が高ければそれを職にする事すら出来ますからな。私めも少々感知能力には自信のある口でございますので、何か疑問に思った事でもありましたらばいつでもお尋ねくださいませ」


 なるほど、ハヴァリーさんがこもっている魔力の量までわかるのは単純に能力の練度の差だったわけだ。

 というよりも、この能力を鍛えればそれだけで食べていけるらしい。

 生まれもった才能だとするならばいったいいつ手に入れたのかはわからないが、何だか少し得をしたような気分だ。

 役に立つ能力である事は間違いなさそうなので、これからは魔力感知も鍛えていこう。


「じゃあ今度で良いので、魔力感知を鍛えるのにいい方法とか教えていただいてもいいですか?」


「もちろん良いですぞ! さて、浴場の方につきましたぞタケル様」


 階段を三階まで上がりきった所でハヴァリーさんがそう口にした。

 家の三階にお風呂があるというのは何だがよくわからないが不思議な感じだ。


「お召し物の方はありますかな?」


「あ、はい。マジックバッグに入ってますので大丈夫です」


「左様でございますか。それではタオルなどは中にございますので」


「はい、ありがとうございます!」


 不思議と体にべたつきは無いが、ちゃんとしたお風呂はなんだかんだ久しぶりなので楽しみだ。

 キュウはもちろんのこと、テッチも入る気満々でついてきているので自分が洗ってやる事になるだろうが、時間もまだまだ余裕であるはずなので二人も綺麗に洗おう。

 

「さあ、入るか!」

 

「キュウッ♪」

 

「ワウッ♪」


「ごゆっくりどうぞ」


 ニコニコと微笑むハヴァリーさんに見送られながら、浴室へと足を踏み入れたのであった。






 週一投稿と化している……。

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