27.熱々クソ雑魚殲滅パンチ
「いや……精霊化って……」
自分が精霊化して出来る攻撃――というか出来る事はたった一つだ。
制御しきれない膨大な魔力を、地面をも融解させるほどの超高温の炎としてただ放出するだけの魔法。
あんなものを人に向けて撃とうものなら――
「ティストさん……流石にそれは……」
「んあ? なんだよ。出来るんだろ? 精霊化」
「で、出来ますけども……魔力を制御しきれなくて、最終的に周囲に大量の炎を噴き出しちゃうんですよ」
「指向性はあるし、ボウズのまともな攻撃魔法ってのはそれしかねぇんだろ? それを見てやるっつってんだからさっさとやれ」
「知ってるなら尚更何言ってるんですか! ティストさんがどれくらい知ってるかわかりませんが、あんなもの人に撃ったら……撃ったら……」
「んあ? ……ああ、そういやそんな事も書いてあったな。――おいボウズ、お前は魔物と戦う事についてどう思う」
急にどうしたのだろうか。
「なんで今……そんな事を……?」
自分の疑問に特に答える事は無くティストさんは続ける。
「魔物ってのは二千年以上前に現れてからずっと、魔力あるもの――つまり人間や精霊を喰らってきた化け物だ。まあ精霊に関しちゃ魔物より出現が後だなんて説もあるが、二千年も前の事なんて確かにわかりっこねぇし正直どうでもいいわな」
それは知っている。
精霊が魔物より後などという情報は初耳だが、二千年程前に魔物が現れて人間を襲い出したという話は前におじいちゃんから聞いていた。
「そんな昔の事なんか私は正直知ったこっちゃねぇ。奴らに対抗するためには奴ら自身の事を知る必要があるっていう奴もいる。確かにそれも一理あるだろうな。だけど、奴らの事をどれだけ知ろうが絶対的に変わらねぇ事がある。それが何かわかるかボウズ?」
一拍呼吸を置いてからティストさんは続ける。
「魔物が人類にとっての"敵"って事だ。――なあボウズ、もう一度聞くぞ。お前は魔物と戦う事についてどう思う? 別に答えを試験の評価に含むつもりなんて無ぇから正直に答えてみな」
本当に何故、ティストさんは今自分にこの質問を投げかけるのだろうか。
(魔物と戦う事について……僕がどう思うか……)
ティストさんはきっと自分があの森でソフィアたち三人を助けるために魔物と戦った事を知っている。
つまりその時自分が思った事を言えと言っているのだろう。
あの時自分は――
「本当は……戦わなくて済むならそれが良いです……。でも、こちらを殺そうとしてくるなら――僕が生きるために殺します」
だが決して、"殺しても仕方ない"だなんて思わない。
自分にもっと力や技術があれば、あの時もソフィアたちを連れて逃げる事だって出来たはずなのだ。
だが、そうできるだけの力や技術は自分には無かった。
だから殺したのだ。
その罪から言い逃れをする気はない。
「"生きるために殺す"ねぇ……。私らのそれとは少しニュアンスが違う様な気もするが、まあ奴らと人類が"互いに殺しあう関係"って認識自体に変わりはねぇわけだ」
物騒な物言いだが、確かに"互いに殺しあう関係"で間違いはないだろう。
これからも、自分の生きる意味を――"誰かを護る"という想いを護るために魔物と戦う事は避けられないだろう。
(でも、それと精霊化して攻撃をする事に何の関係が――)
「でもなぁボウズ。軍人が"互いに殺しあう関係"にあんのは、何も魔物だけじゃぁねぇんだぜ?」
それを聞いてドキリとした。
試験を受けるうちに、もしかしたらと感じていたある"可能性"があったからだ。
軍人を育成するための学校である軍属大学院。
その機関の長であるティストさんは、ちゃんと聞いたわけでは無いがきっと軍人かもしくは軍に関係のある人なのだろう。
まだ出会ってから一時間も経っていないであろうが、それでもこの人が良識を持った人である事はわかる。
大事な試験だから厳しくしているが、所々にその優しさが垣間見えるからだ。
おじいちゃんやテッチの事を甘いと言っていたが、この人もあの二人と同じで重要な時にはちゃんと真面目に取り組んで、普段は口調は少しアレだが優しい、そういう人なのだと思う。
そんな人が「犯罪者に殺意を向けられる事なんてざらだ」と言って自分に殺意を向けたのだ。
少なくとも自分は普通に生活をしていて、"相手に殺意を感じさせる"という様な芸当が出来るようになるとは思えないし、どうすれば出来るのかすら想像出来ない。
やった事が無いから知らないが、前の世界で警官に「殺意を向けてください」なんて言って、その警官は実際に何の言葉も無しに殺意を自分に感じさせることが出来ただろうか。
たぶん出来ないと思う。
精々が出来ても"怖い"と思わせられるくらいなのではないだろうか。
つまり裏を返せば、軍人がそれを出来るのは、日常的にそれが必要になる、つまりは――
「私ら軍人は、テロリストや異教徒みたいな犯罪者たち――要するに人間とも"互いに殺しあう関係"なんだぜ? 今のボウズにそれが出来るか?」
「ッ――! こ、殺さなくっても、人間なら話し合えるじゃないですか! 言葉が通じるなら説得も――」
「話が通じるならいいんだけどなぁ……。ボウズは見た事ないだろうけどよぉ、アレはもう言葉が通じないようなもんだぜ? ただこちらを殺そうとしてくる――言葉を喋る魔物みてぇなもんだ。もう一度聞くぜ? ――お前に人を殺す覚悟があるか?」
「…………」
何も言えない。
つまりは今この場で精霊化して攻撃をしろというのは、その覚悟があるかの確認なのだろうか。
――『あの劫火で、人間を焼き殺す事ができるのか?』と。
断言しよう。
少なくとも今の自分にはあれを人に向けて撃つ事なんて出来ない。
そんな想像をする事すらしたくない。
魔物の命をすでに九つもこの手で奪っておいて何を言っているのだと思われるかもしれないが、相手がどんなに悪人でどんなに人から憎まれていようと、自分にその命を奪う事は出来ないだろう。
『魔物ならいいのに人はだめなのか?』と、『命に差をつけるのか?』と、そんな思考が頭を巡るが、その思考が答えに辿り着く瞬間は一向に訪れない。
自分は夢を必ず叶えると誓った。
でもそれならば、"人を護る"ために"人を殺す"事が必要なのだとしたら、自分の夢は誰かの命を奪う事になるのだろうか。
自分は人を殺さねばならないのだろうか。
――もしそうなのだとしたらこの夢を抱いた自分は――
――抱くきっかけになった両親の姿は――
「――だぁぁっ! 悪かったよちょっと言い過ぎた! 流石に今のボウズにそこまでの覚悟なんか求めちゃいねぇよ……。別に泣くこたぁねぇだろうが……」
「え……?」
また自分は泣いているのだろうか。
手を当ててみると確かに頬は濡れていて、キュウはまたそれを舐めとり始める。
泣いているつもりは無かったのだが、両親の死が結果的に誰かの命を奪う事になるのだとしたらと考えると、何だか無性に悲しくなったのだ。
父と母は、もし自分が誰かを殺したとしたら、例えそれが誰かを護るためだったとしてもどう感じるだろうかと思うと辛くてたまらなくなったのだ。
「ったく……ジジイの言う通り泣きみそ野郎だなぁ。確かに軍人になったらそういう覚悟も必要になってくるが、魔物を殺すのとはわけが違うって、そういう上手く言えねぇ感情があるのもわからねぇわけじゃねぇ……。だがら別に今すぐにしろって話じゃねぇよ」
一拍呼吸を置いてティストさんは続ける。
「でもなボウズ。いつかはその覚悟がいる時がくるかもしれない。ってかきっと来るんだ。別に殺さなくても無力化できればどうにかなる事もあるが、死ぬ気でこっちを殺しにかかってくる奴らってのは簡単に無力化なんて出来ねぇし、アホみてぇに強ぇ奴らもわんさか居やがる。そういう時に今のボウズに使える力ってのはそれしかねぇんだろ? だったら制御できねぇうちは、撃てるようになっとくしかねぇだろ」
確かに、もしティストさんみたいな強い人が殺そうとしてきたら、ポルテジオと自分の使える魔法程度では絶対に無力化なんて出来る訳も無い。
だとしたら、自分にはもう精霊化をして炎を撃ち放つ事しかできないだろう。
「でも……あんなものを撃ったら流石にティストさんも……」
「んあ? ああ、んな事気にかけてたのかよ」
そう言って鼻で笑った後にティストさんは続けて口を開く。
「最初の方に言った事をもう忘れたのか? ボウズ程度の力量でこの私に攻撃が掠るわけねぇだろ。人を殺せねぇってボウズには、絶好の練習相手じゃねぇか。良いからやってみろよ。私の言う事が信じられねぇってんならテッチにでも聞いてみろよ」
そう言われて、離れた場所でハヴァリーさんと並んで試験の様子を見ているテッチに目を向けると、僅かに首を縦に振った。
ティストさんの方を再び見て、確認を取る。
「本当に……良いんですか……?」
「良いからありがたく姉弟子様の胸を借りとけ」
借りる程の胸も――いや、やめておこう。
テッチも大丈夫だと言っているんだ。
『やるの?』
キュウが問いかけてくる。
「ああ、やろう。やらせてもらおう」
正直怖くてたまらない。
テッチの事は信用しているし、ティストさんが強いという事もわかっている。
でも、どうしても怖いのだ。
あの感覚を――魔物を焼き尽くした感覚を知ってしまっているからこそ、それを人に向けるという行為がおぞましくて堪らない。
でも、いざという時に何も出来ない自分でいるのはもう嫌なのだ。
「それじゃあ、ティストさん。――お願いします」
「おう」
そう軽く返事をしてティストさんは自分から距離を取って槍を構える。
深呼吸をして気持ちを落ち着けてから、覚悟を決めて祝詞を口にする。
「――『太陽の精霊化』」
視界が一瞬にしてアポロ色に染まり、体全体が"熱"になる。
相変わらず体内で暴れまわる途方も無い程の膨大な魔力は健在だが、不思議と依然よりも幾分か制御しやすくなっている気もする。
これならば一分くらいならば制御できるのではないだろうか。
制御時間が伸びた所で結局出来る事は一つだけなのだが。
荒れ狂う魔力を腰へと溜めた右手へ少しずつ集中させる。
本当は全力で撃ち放った方が良いのかもしれないが、出来るだけ抑えるように努める。
そしてある程度溜めた魔力が安定したところで右手をティストさんへと突き出して炎を撃ち放つ。
森で魔物たちに撃ち放った炎の壁よりは幾分か小さい、それでも十分に大きなアポロ色の炎がティストさんへと駆けていく。
あと寸毫で炎が辿り着くかと思われたその時、炎の壁の向こう側から届いたティストさんの声が鼓膜を震わせた。
「"本物のカウンター"ってのはこうやるんだボウズ」
その瞬間、炎の壁が横一閃に裂かれて――いや、吸い込まれた。
金色の槍が繊細な鋭さと豪快な重圧さを以て一薙ぎされた事によって生じた真空の空間は、発生した膨大な炎のその全てを圧縮しながら呑み込んだ。
一所に集約されたその劫火は、続いて流れるように下から振り抜かれた金色の槍にその身の全てを"吸収"された。
その光景に圧倒されていると、ティストさんは炎を吸収したためか眩く輝き始めたその振り上げた金色の槍を、そのまま両手で持ち頭上で溜め、数瞬の後に振り下ろした。
槍から放たれたのは金色に輝く純粋な"力"の塊。
自分の放った炎を吸収し、尚且つティストさんの技を上乗せされたその力は圧倒的な存在感を放っている。
美しい弧を描いたその力は、豪速を保ちながら一直線に自分に向かって――
(やばいっ――!?)
力を抑え気味にした事と制御が少しだけ楽にできるようになった事が相まったためか、自分の精霊化はまだ解けてはいなかった。
しかし、楽になったのは本当に少しだけで、今の状態でポルテジオを展開する事は出来ない。
完全に間に合わないが慌てて精霊化を解こうとしたその時、自分の目の前に黒い影が踊り出る。
その影が迫りくる力の塊の側面を裏拳で叩き――横に弾き飛ばした。
「え……?」
遅れて精霊化が解け、凄まじい倦怠感と喪失感、そして目の前で起きた光景に対する驚愕から思わず尻もちをついてしまう。
正面に背を向けて立つ影の正体は、先程までテッチの隣で試験を傍観していたハヴァリーさんであった。
いや、それよりもだ。
(今……素手で弾かなかったか……?)
ティストさんが槍を使って炎を全て吸収して、尚且つ自身の力も上乗せして返してきたのにももちろん驚いた。
放たれた魔法を跳弾させてただそのまま本人へと返した自分に対して、"本物のカウンター"というものを教えるための意趣返し的なものだったのだろう。
しかしそれ以上に信じられないのは、あの凄まじい力の塊を目の前にいるハヴァリーさんが素手で弾いた事だ。
あんなものに直接触れて何故無事でいられるのかがさっぱりわからない。
そうして驚愕する自分を余所にハヴァリーさんとティストさんが会話を始める。
「全くティスト様は……。セイル様からの手紙に『精霊化中はシエラが使えない』と書いてあったでしょうに……」
「いやぁ悪い悪い。せっかくだからボウズに本物のカウンターって奴を見せておいてやろうと思ってな。それに、ハヴァリーの爺さんがいりゃ大丈夫だろうとも思ってたしな」
「だとしてもやりすぎでございます。それに、あまり私めの力を過信しないでくださいませ。無理な時は無理ですのでな」
「はっ、冗談抜かすなよ。――さて、ボウズ」
突然話の矛先がこちらに向いた。
少し朦朧とし始めた意識をどうにか繋ぎ止めてティストさんの方を見る。
力は抑えたつもりだったが、長旅の疲れが意外とたまっているのかもしれない。
そんな自分にお構いなしにティストさんは続けて話す。
「お前にとっては切り札とも呼べるその精霊化で放つ炎は、確かに魔物や有象無象の雑魚に対しては絶対的な攻撃力と攻撃範囲を持った魔法だ。でもな、今も見た通り相手が一定以上の力量を持っていると簡単に返されたり対処されたりするんだよ。ちょっと熱いくらいだ」
正直信じられなかったが、実際に目の前で見せられたのだから信じざるを得ない。
力を抑えていたとは言え、恐らく本気でやったとしても結果は同じであったのだろう。
そうして思い出した。
自分の偏った常識をこの世界では当てはめてはだめなのだと。
この世界は異世界なのだ。
トラックに撥ねられた程度では死なない人たちばかりなのだ。
いや、よく考えれば自分も撥ねられたわけでは無いのだが。
「まあ、ボウズはまだまだクソ雑魚の部類だって事を十分に認識してこれからも鍛錬を怠らずにだな――」
ティストさんが何か大事そうな話をしている様だが、遂に限界が訪れる。
途切れそうになる意識の中、大事な事を思い出し、いつの間にか隣に来ていたテッチへとどうにか頼み事をする。
「て、テッチ……明日……起こし……て……」
「ワウッ」
明日は朝からソフィアたちと待ち合わせているのだ。
前回みたいに想像以上に寝てしまったら大変だ。
電流を流してでも起こしてもらいたい。
そんな願いが通じたかはわからないまま、意識を失ったのであった。
―――――――――――――――――――――――――――――
「――んあ? なんだ。気絶したのかよ。軟弱な奴だな」
「寧ろタケル様はよく耐えた方だと私は思いますぞ」
意識を失った武を運ぶために抱きかかえながら、ハヴァリーはそうティストに返答する。
武の横で同じく横たわっているキュウはテッチが運ぶようで、それを確認したハヴァリーは、自身の抱えた武に負担がかからないようにとゆっくりと歩き始め、それについて槍を出したままで隣を歩くティストへと話しかける。
「それにしても、あなた様も随分と無理をなされましたな」
「んあ? こんなひよっこ相手に私が無理なんてするわけ――」
「ほほう。それならば私めも体験してみたいですので、是非とももう一度あの魔法の超多重発動をしていただけないですかな?」
ハヴァリーの皮肉気な物言いに、ティストはばつが悪そうに答える。
「うっ……あれはまあ……確かにちょっと無理したけどよ……」
「いくらどれも初級魔法とは言え、十秒で五百二十もの魔法を使うというのは些か無理が過ぎますぞ。それこそ並の魔法師なぞ下手をすれば廃人となってしまいますな。専門外にも関わらずそれだけの事が成せたのは流石と言うべきでしょうが、あなた様は今や国の要のお一人なのでございますから、もう少しお体を労わるべきでございます。今も少しばかり辛いのでございましょう?」
「……さあ、どうだろうな。それに、別に私一人居なくなったところで国は揺らがねぇと思うぜ?」
ティストはどこか癪なのか辛い事は否定したが、それでもハヴァリーにはお見通しであっただろう。
正確な数を数えられているハヴァリーも相当ではあるのだが、一秒当たりにして五十二個もの魔法を使用し続けたティストの技術は言わずもがな驚異的なものである。
そもそもティストの戦闘スタイルは槍による攻撃を主体であり、魔法は要所で織り交ぜる程度だ。
魔法専門で戦う軍人である魔法師でも難しいであろう事を実行すれば、それ相応の負荷がかかる事は明白であり、ハヴァリーはそれを心配しているのだ。
まるで小言のうるさい母親を相手にするかの様な態度でそう答えたティストに、ハヴァリーは尚も続けて言う。
「軍の次席であるあなた様が突然居なくなるというのは国にとっても軍にとっても一大事だと思いますがな……。国のためにもあなた様のためにも、無理はお控えになられませ。あなた様に何かあっては私がセイル様に叱られてしまいますゆえ」
「ああもうっ、わかったよ! ちょっとボウズを試したかっただけだ、そうそうあんな事しねぇよ!」
一応了承した様子のティストにハヴァリーはとりあえず納得をし、話題を少し変える。
「それにしても、タケル様の事を"クソ雑魚"などとおっしゃられておりましたが、正直この年齢であそこまでの対応ができるのならば十分すぎる程だと私は思いましたよ。そこらの並の軍人よりはよっぽどお強いかと。あの炎とて、撃てばこのように魔力の過剰消費で疲弊して眠ってしまうとはいえ、防ぐ術を持つものなどそれほど多くは無いでしょうに……」
「んあ? まあ対人戦に関しちゃあまだ仕方ねぇとしても、魔物との戦闘ならどう考えてもよっぽどボウズの方が強ぇだろうな。ボウズの力があれば魔物の討伐に際するリスクも大幅に軽減されるだろうしな」
「ならば何故あの様な事を?」
ティストの武に対する物言いや態度は明らかにそれだけの力があると感じさせるようなものでは無かった。
そんなハヴァリーの疑問に対してティストは特に思案する様子も無く答える。
「ボウズがあの夢を叶えるにはどう考えてもまだまだ力が足らねぇからな。褒めて伸ばすやり方をジジイがやるってんなら、増長しすぎねぇように現実見せてやるのは私がやるべきだろうって……そう思っただけだよ」
まるで武の漠然とした夢をしっかりと理解しているかの様な口ぶりでティストはそう言い、武を見てさらに続ける。
「こいつも、こいつの手にした力も、きっとまだまだ成長する。だけど、身に余る力ってのは自分の未来も他人の未来も滅ぼしかねねぇからな……。ちゃんと"力に相応しい自分"になれるように、姉弟子としてこんぐらいはしてやりてぇじゃねぇか……」
そんなティストのどこか懐かし気で、どこか悲し気な様子を感じたハヴァリーは、微笑みながら口を開く。
「確かに、手紙越しのセイル様は随分と楽し気でしたからなぁ……きっとタケル様のおかげでありましょう。元気になられて良かったですな」
「べっ、別にジジイは関係ねぇよ! ボウズのためだボウズの! まあ、泣くほど厳しくするつもりは無かったんだけどな……。そういう役割に回ったんだから仕方ねぇとはいえ、ちょっと嫌われちまったかもな……」
内心を見透かしたハヴァリーの言葉にティストは少し照れながら反論し、そしてそう寂し気に呟いた。
そんな少し落ち込み気味のティストに対してハヴァリーは――
「いえ、あれは別にあなた様の言葉や態度に泣いたわけでは無いと思いますぞ。というより、所々厳しくしきれておりませんでしたしな。特に後半なぞは普通に褒めておられましたし」
「なっ……!?」
普通に現実を教えたのだった。
さらに追い打ちをかける様にハヴァリーは続ける。
「タケル様も恐らくティスト様がお優しい方であるとお気づきになられていると思いますぞ。それに、先程のカウンターの様に現実を見せる事は必要でしょうが、別にきつく接する必要はないですので、次からは普通に接せられてよろしいかと」
それを聞いたティストは顔を赤く染めながら口をパクパクとさせた後、早歩きで実験場の出口に向かい、辿り着くと何か思い出したかの様に立ち止まり、そして振り向いて――
「そ、そうだ! 腹減ってるから早く上戻ってなんか作って――いやっ、ゆっくりでいい! 先に食堂で待ってっから……いや、厨房にあるもん適当に食べるわ……」
言葉を二転三転させながらそう口にした。
それを聞いたハヴァリーは小さく笑いながら返事を返す。
「ほっほ、お優しいですなティスト様は。タケル様を寝室までお運びするのにそれほどの時間はかかりませんよ。少々お体を清めますので、十分程食堂で待っていてくだされ」
『照れ隠しで注文をつけようとしたが、武がいた事を思い出し、ハヴァリーが武の世話に専念できるように自分でどうにかしよう』と、そんな内心を見事に読まれたティストはさらに顔を赤く染め、再び早歩きで階段に向かって行った。
「――ティスト様はきちんと成長されておりますよ。そうは思いませんかなテッチ殿?」
「ワウッ♪」
遠ざかっていくティストを眺めながら、隣を歩く精霊に問いかけたハヴァリーのその表情は、随分と嬉し気な様子であった。
ハヴァリーには何を言っているのかはわからないが、テッチの鳴き声がどこか弾んでいる様子から、きっと肯定したことは伝わっただろう。
ティスト・テス・ヴァンメリア。
幼き頃から師と同じ程の力を――"誰かを救える力"を求めた結果、身に余るその力の代償として身も心も十五歳のままで止まってしまった少女。
久々に顔を見せに来た、主と自身の育てた弟子が見せてくれた、他者のために己の身を削れる程の深い『思いやり』という心の"成長"に糸目の老人は喜びを感じながら、腕の中で静かに眠る少年を見やる。
「あの御方は隠しているつもりだったのでしょうが、プリム様がお亡くなりになられてからはクランク様の事もあってどうにも活力がありませんでしたからな……。あれほど元気になられたのはきっとタケル様のおかげなのでしょうなぁ……」
少年の来訪によって齎された好い変化と、動き出すであろうこれからの生活に年甲斐もなく胸を躍らせながら、老人は旧友と共に地上へと向かったのであった。
少し遅れて申し訳ないです……。




