3.確かな想い
「ふぁぁぁぁ~」
「キュァ~~」
気の抜ける声をあげながら初めての野宿での朝を迎える。
目覚めは思っていたほど悪くはなく、小動物も肩の上で伸びをしながらあくびをしている。
「というか、いつまでも小動物って呼び方じゃあなぁ……」
「キュ?」
自分が勝手に頭のなかで呼んでいただけではあるのだが、やはり名前が無いと呼びにくいというのはある。
「おまえ、何か名前とかあるのか?」
「キュイ」
何となく否定を示しているような気がした。
というより――
「やっぱり言葉を理解してるよな……」
「キュ?」
「いや、おまえは賢いやつだな~ってな」
「キュキュキュウッ♪」
どや顔が可愛かったので三分ほど撫で回して愛でた。
「…………ふぅ」
「…………キュウ」
お互いに満足したところで、名前をつけてやることにしよう。
何が良いだろうか。
「何か希望とかあるか?」
「キュウッ!」
「ふむ」
「キュウキュウッ!」
「なるほどなるほど」
「キュキュウキュウキュウッ!」
「よし、あいわかった! おまえの名前は今日から『キュウ』だ!」
我ながら安直である。
正直何言ってるのか全然わからなかった。
ただ――
「キュウッ♪」
お気に召したようだ。
今もメチャクチャに顔を舐めてきている。
「はははっ! わかったわかった落ち着いてキュウ!」
「キュキュッ!」
まだ舐め足りない様子だが、一先ず落ち着いてもらった。
「無事に帰れたら、キュウを飼うためにペットOKの場所に引っ越さないとな」
そんなことを呟いたのは、まだ自分の元々いた場所へと帰れると信じていたから――いや、信じたかったからだろう。
薄々勘づいていた。
突然景色が変わったこと。異形の化け物。淡く光る動物。
この三つだけでも十分過ぎるほどに現実離れしている。
それでも、「自分の知らない世界があっただけかもしれない」とそう考える余地はまだあったから、そうやって自分に言い聞かせているのだ。
ただ、そんなことを考えていると、思ってしまうのだ。
――「帰る必要は、あるのだろうか」と。
あの場所で残した未練があるとすれば、叔父に返すべき恩が残っていることくらいだろうか。
その叔父との関係も最近は希薄であった。
年に一回会う程度であろうか。
友人もいるが、そこまで深い関係を持ったわけではない。
それならば――
(食料の問題さえ解決すれば、ここでキュウと一緒に過ごすのも悪くないのかも……)
そこまで考えてあの化け物の事を思い出した。
(ダメだ……やっぱり安全な場所を探さないと……)
そんな事を考えながら、ふと空を見上げる。
そこで、決定的な物を見つけてしまった。
今日は空気も澄んでいて深く青い空には太陽が輝いている。
それは良いのだ。
それよりも――
「月が……三つある……」
今までにも、昼間に月を見た事はあった。
しかし三つもあるのはどう考えてもおかしい。
「全く違う場所だとは思ってたけど……そもそも世界すら違ったか……」
そういう類いのファンタジーな小説は読んだこともあるが、自分が体験するとなかなか感慨深いものがある。
ここまで来るとなんだかもう吹っ切れていた。
「よしキュウ! 取り敢えず進むか! 何か食べられる物も探さないとだしな」
「キュウッ!」
そう返事をするように鳴くと、キュウは空中を走り出した。
「いや、確かに吹っ切れたとは言ったけれども……」
「キュ?」
「いや、いいよ。じゃあ行こうかキュウ」
「キュウッ♪」
こうして、昨日とは違う一人と一匹の冒険が始まった。
―――――――――――――――――――――――――――――
「今日はこの辺で野宿をしようか」
「キュウ」
木々の枝が重なりあい薄暗くなっている森の中で、ぽっかりと穴を開けたように月明かりを取り込んでいる広場を見つけ、今日の仮宿をそこと定めた。
キュウと一緒に旅を始めた朝から数えて、実に四日目の夜を迎えようとしていた。
自分は髭が伸びるのは遅い方であるのだが、流石に少し髭が目立つようになっていた。
身体中あちこちを枝などに引っ掻けて、もう服はボロボロである。
自前の食料はとっくに尽きていたが、キュウが湧き水や川や木の実を見つけてきてくれるおかげでどうにか過ごせていた。
夜の寒さはキュウがいれば問題ないし、何よりキュウは火種を産み出せたため、キュウが捕らえた魚を焼いて食べることも出来た。
「いやいやこれキュウが居なければ本当に僕は死んでいたんじゃ……」
「キュウッ♪」
またどや顔をしている。
本当に可愛いやつだ。
非常に和む光景ではあるのだが――
(何か……嫌な予感がする)
確信は持てない。
だが、何かとてつもなく悪いことが起きるような気がしてならないのだ。
旅の途中キュウに上空から森の端が見えないか確かめて貰おうと頼んでみたが、どうやら浮遊できる程度でそこまで高くは飛べないらしく、確認がとれなかった。
正直森の出口に辿り着けるのかもわからない。
「キュ?」
木の実を齧りながら、キュウは「どうかしたの?」とでも言うように首を傾げた。
「大丈夫、何でもないよ。早いとこ食べちゃおう」
「キュウッ♪」
そう言ってはみたものの、どうしようもない不安感からか、食べかけの木の実を鞄にしまい、もはや旅の御守りと化した香木の枝を手に取った。
「キュ?」
キュウが不思議そうに自分の事を見ている。
それに答えようとしたその時――
(ッッッッッ!?)
いつか感じたのと同じような凄まじい悪寒が背を駆け抜けた。
そして地面が少し揺れた瞬間には、反射的にキュウを抱えるようにして前に飛び込んでいた。
その直後――
――さっきまでキュウの居た場所が爆ぜた。
―――――――――――――――――――――――――――――
「はぁ……はぁ……大丈夫かキュウ?」
「キュ……キュウ……」
まさに危機一髪であった。
いや、危機自体はまだ続いている。
武はキュウを左手で抱え、右手に枝を構えて土煙の奥に目を凝らす。
「ギヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ……」
そこに居たのは、この森に来た初日に見たあの異形の化け物――大土竜であった。
なるほど土竜みたいな見た目に違わず、地中での移動もお手のものと言うわけかと言った感じの半ば現実逃避気味の思考を武が巡らせていると、全身の毛を逆立てたキュウが動きを見せた。
「キューーーー!」
「おお!」
武の小脇に抱えられたキュウが小さな頬を膨らませると、そのまま口から火炎放射の如く炎を吹き出したのだ。
てっきり火種程度の火しか産み出せないと思っていた武は驚きと期待の混じった声をあげる。
(これならあの大土竜を倒せずとも撤退くらいはさせられるはず……)
往々にして、動物は火を恐がると聞く。
多少図体がでかいとは言え、キュウの放った丸太のような炎の前には然しもの怪物も恐れをなすのでは、と武はそれなりに自信のある希望を持ったのだ。
しかし、それは甘い考えであったと僅か数秒の後に思い知らされた。
大土竜が大口を開けたかと思うと、次の瞬間――
――炎にかぶり付き
――咀嚼し始めたのである。
キュウが吹き出した炎の残りは半ば砕け散り、辺りに白桃色の粒子が霧散する。
唖然とする武とキュウをよそに、大土竜はそれはそれは美味しそうにボリボリと炎だったものを咀嚼した後、舌舐りをしながら再び武たちに目を向けてきた。
武は恐怖からか歯の根を震わせる。
半開きになった大土竜の口からは滂沱として唾液が滴り落ちており、きっともう武たちを仕留めて馳走にありつく想像でもしているのだろう。
大土竜の射貫くような眼光に貫かれ、武の脳が警鐘を鳴らす。
――いや、違う。
――貫かれているのは自分ではない。
――キュウを貫いている。
(狙いはキュウかッ……!?)
どうやらあの大土竜のお目当ては武ではなく、美味しい炎を産み出すキュウのようである。
そんなことを武が考えていると大土竜が動きを見せ、その光景に武は目を見開く。
「速ッ!?」
目で追えない程ではないが、大土竜がその身に似合わぬ、大通りを走る自動車程の速度で武の左半身付近に爪を凪ぎ払いながら突進してきたのだ。
虚を突かれた武であったが、まさに自動車が迫ってくるかの様なその突進を自身も驚くような反射速度で右に倒れ込む事で何とか回避した。
――いや、回避しきれてはいなかった。
「うっ……ぐぅっ……!?」
大土竜と接触した感覚が遅れて武の脳に到達し、未だかつて体感したことの無いような痛みと熱を左肩付近から感じる。
(痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いっ……なんだこの痛さはッ!?)
武があまりの痛みに左肩へと目を向けると、そこには自身の血で赤黒く染まった筋肉の断面図があった。
血液がダラダラと二の腕を垂れているというのに、武には皮膚を伝う液体の感覚などほとんど感じられない。
感じられるのはただひたすらな痛覚と熱、そして自身の体の一部が無くなったという喪失感。
武の左肩はごっそりと抉られていた。
「――ッ!?」
自身の内側と、そこから漏れ出る大量の血液を見たショックからか一瞬飛びそうになった意識を、武は気合でどうにか繋ぎ止めた。
不幸中の幸いであったのは、大土竜の爪は骨には達しておらず、腕自体は繋がっている事であろうか。
硬直したのか動かせそうにないが、左腕はキュウを抱えた体勢で保たれている。
しかし、大土竜が武に与えたのは常軌を逸した痛みだけでは無かった。
――やはりあの禍禍しい爪には毒でもあるのだろうか。
抉られた部分がいやに脈動し、感覚が徐々になくなり始めているのを武は感じていた。
左腕が動かないのはきっとそれのせいもあるのだろう。
目を凝らしてみると、何かどす黒い模様が傷口から出てきては少し引っ込んでを繰り返している。
「感覚が無くなるのに痛いままとはいったいどういう了見なのか」と強がりの軽口な思考を巡らせつつ、武は自身の左腕の中で震えて動けなくなった小さな温もりを見やる。
『この小さな命を見捨てれば、ひょっとしたら自分はあの化け物から見逃して貰えるのかも知れない』
そんな考えが武の頭を過る――しかしそれも一瞬の事であった。
(見捨てられるわけないだろっ……!)
一瞬でもそんなことが頭に浮かんだ自身を武は叱責する。
(どれだけ救われたと思ってるっ……! キュウが居てくれた事で……僕が……どれだけっ……!)
――辛い夜に傍に居て慰めてくれた。
――日がな一日歩いても果ての見えない森での旅の中でも、キュウが居てくれたから倒れずに歩いてこれた。
――出会ってからの時間は日で表せばたったの五日だ。
――それでも――
武の心の中は、大部分がキュウへの感謝と親愛で埋め尽くされていた。
「ふざ……けるなよっ……!」
大土竜を睨む武の目には、怒りにも似た強い意思が感じられる。
――こんな痛みで諦めてたまるか。
――こんな訳のわからない輩に自分の"心"を奪わせてなるものか。
そんなことは断じて容認出来ないと武の魂は叫んでいた。
「大丈夫だ。安心しろ。キュウ」
――声が震えていたかもしれない。
――それでもちゃんと言葉にして発さなければならない。
武は思い出したのだ。
やっと思い出せたのだ。
そうでありたいと、そうあらねばと考えていた自身の姿を。
「僕がどうにかしてやる」
自身の腕の中で不安げに揺れる小さな瞳を見つめ返し、武は確固たる意志を持って語りかける。
「言ったろ。僕はおまえとこの森を抜けて一緒に暮らすんだ」
――叶えたい願いがあるのだ。
――護りたい相手がいるのだ。
――護るべき想いがあるのだ。
――だから――
「僕が、おまえを、"護ってやる"」
自身の手で"護る"のだ。
今度こそ。
―――――――――――――――――――――――――――――
もう何度目だろうか。
唸りをあげながら迫り来る硬爪を転がりながら避ける。
「くそ! また掠ったか……」
「キュウ……」
「大丈夫だ。心配すんなって」
とは言ったものの、正直ジリ貧だ。
一撃目を受けてしまったのは予想外な速さに翻弄されたからである。
ありがたいことに大土竜は視力が低く、においや音でこちらを感知しているらしく、接近した状態で攻撃し続けることはしないようだ。
あの速さで突進してくるだけだとわかってしまえば避ける事自体はまだ容易である。
最初の数撃まではそう思っていた。
(ッ!? また来たかっ!?)
最初は動かない。
動いたところで大土竜が追尾してきて、こちらの体力を余計に使うだけだからだ。
そうこう考えている間に爪を振り翳した大土竜が目の前まで迫る。
(今度は"無し"で頼むぞ……)
祈りを込めながら左へ飛びこんで避けつつ、爪の軌道を見やる。
体は確かに爪の軌道からは外れている。
しかし――
(くそっ……! "あり"か!)
大土竜の爪が"伸びた"のだ。
僅か十数センチの延び幅ではあるが、それだけ延びれば自分の体をとらえるには十分であった。
どうにか体を捻って軌道から逃れようとしたが、努力虚しくふくらはぎを抉られる。
「ダァぁアァぁぁっ……負っっっけるかぁアぁァァッ!!!」
体は既に傷だらけで、どす黒い模様が身体中に広がってきている。
傷口が地面に接する度に激痛がはしるが、立ち止まってはいられない。
寧ろ痛すぎて痛覚が麻痺してきたくらいだ。
(好都合じゃないか……)
全くそんなことは無いのだが、どうにか立ちあがって大土竜を見やる。
「ガァァ……ガァァ……」
大土竜が荒い息を吐き、爪がもとの長さに戻る。
そう、奴も疲労しているのだ。
あれだけの速度で何度も走り回っていれば、疲労もするだろう。
その中で弱点を探し、動きが鈍ったところでそこを突くなり逃げるなりする。
それが自分の考えた勝ち筋であった。
大口を叩いたわりになんとも行きあたりばったりな作戦ではあるが、それ以外には考え付かなかったのだから仕方がない。
予想外であったのは、大土竜の爪の射程が伸びるために予想以上に被弾してしまった事だろうか。
だが悪いことばかりではない。
どうやらあの爪を伸ばす能力は、走り回る事以上に燃費が悪いようなのだ。
目に見えて消耗しているのがわかる。
しかし、消耗しているのはこちらも同様である。
(血を……流しすぎた……かな……)
脚が動かない。
未だ弱点など発見できていない状態でこれは非常にまずい。
取り敢えず、大土竜が動けないことを祈るしかないのだが――
「グォォォ……」
祈り虚しく大土竜は突進の体制をとった。
(ここまで……か……)
――"共に生き延びて一緒に暮らしていく"
それが一番の望みであったが、神様はどうやらそんな贅沢は許してくれないらしい。
それでもせめて、やっと思い出せた意志と、胸のうちに広がるこの想いだけは無理にでも通させてもらおう。
「キュウ……」
「ごめんな、キュウ……。一緒に暮らすって言ったけど、無理そうだ……」
「キュウゥゥ……」
(そんな悲しそうな声出すな……決心が鈍るだろ……)
「いいか、キュウ。僕が出来るだけ時間を稼ぐから全力で逃げるんだ」
「キュ、キュイッ!! キュイッ!!!」
キュウが何度も首を横に振って否定の意思を示し、左腕にしがみつく。
ボロボロになった上着に小さな爪が離すまいと必死に絡み付く。
「頼むよ……キュウ……お願いだから……」
「ガァァァァァァァッッッッッ!!!」
どうやら大土竜はそれを許さないようだ。
ならせめて、力不足だろうと、この意志だけは――
(護るんだ……キュウだけは……絶対に……)
爪が迫る。
きっとあの長い爪は自分の体を易々と貫通するであろう。
それでも、せめて、少しでも、キュウには届かぬようにと、大土竜との間に自分の体が入るようにキュウを抱え込む。
かつて母と父がそうしてくれたように、キュウを護るのだ。
この命に変えてでも。
気休め程度でも良いからと、ずっと手離さず持っていた香木の枝を腋と腕で固定するようにして大土竜側に向ける。
絶対に護ると誓ったのだ。
だから――
「――とまれぇぇぇえぇぇえぇぇ!!!」
「キュウゥゥゥウゥゥウゥゥ!!!」
―――――――――――――――――――――――――――――
それは武の魂からの咆哮であった。
時の流れが遅くなったかのように景色が流れる。
武の構えた香木の枝の先端に大土竜の腹が触れると、枝は悲鳴をあげるように真ん中から膨張し、破裂した。
その瞬間、光の粒子が辺りに飛散する。
一瞬にして周囲に充満するほどに飛散した粒子を通じて、キュウから何か暖かなものが武に流れ込んだ。
それは武の体を駆け巡り、魂へと辿り着く。
パズルのピースがはまるように、欠けていたものを手にいれた"意志"は、魂からの願いに呼応して一つの力を顕現させた。
――"護るための力"を。
―――――――――――――――――――――――――――――
(痛みが……来ない……?)
武は瞑っていた目を開き、前を見据える。
辺りには光の粒子が舞い、強烈な香木の匂いが充満していた。
動きの鈍っていた武の手足は幾分かましに動かせるようになり、身体中に廻っていたどす黒い模様はほとんどが消えていた。
武が右手に持つ香木の枝は中心から爆ぜたようになり、武の腕の長さ程度になっている。
何より目につくのは、武まで届かず中空で動きを止めている大土竜の爪と、その先にあるものだ。
爪の先には暖かなオレンジ色に煌めく正六角形の半透明の薄壁があり、壁の正体は不明であるが、武はその壁から何か確かな繋がりを感じた。
繋がりと言えば、先程から光の粒子伝にキュウから流れ込んで来る暖かな白桃色の光もまた、武には正体のわからないものである。
「いったい……何がどうなってるんだ……?」
大土竜は鼻をヒクヒクと動かしながら、小さな眼を白くして固まっている。
どうやら気絶しているようだ。
武がそんな観察をしていると、一度武の腕から飛び出したキュウが武にタックルをして押し倒した。
いや、押し倒したと言うほど力の籠ったタックルではなかったが、助かったという実感と血を流しすぎた影響で武の体は軽く押せば倒れるような状態になっていたのだ。
「キュウッ! キュウキュウッ!!」
キュウが胸の上に乗り、何かを抗議するかの如く前足で武の顔をペシペシと叩き始める。
涙を堪えたキュウの瞳を見て、武もまた理解したのだ。
出逢ってから五日という、時間にしてみれば短い、だがとてつもなく濃縮された日々の旅の中で、武がキュウに寄せるだけの親愛をキュウもまた武に寄せてくれていたのだと。
その事実に武は、あのような行動を――後のキュウに負い目を感じさせたかもしれぬような行動を取った申し訳なさを感じつつも、それ以上に、これまでを超える程の親愛を感じるのであった。
武はまだ動く右手でキュウを抱き留め、沸き上がる想いを吐き出す。
「キュウ……本当に……生きて……無事で……良かったっ!!!」
「キュウッ! キュウッ♪」
喜びを分かち合うさなか、仰向けに倒れていた武の目に飛び込んできたのは、その小さな眼をまるで怒りを湛えたかのように真っ赤に染め、緩慢な動きではあるが、確かに動き出した大土竜であった。
爪を受け止めていた半透明の薄壁は既に掻き消えている。
(やばいっ……!? 体が動かないっ……!?)
武が自分の詰めの甘さを呪いそうになったその時、一条の紫銀が夜空を駆けたかと思うと、大土竜が跡形もなく吹き飛んだ。
「…………え?」
「ったくのぉ。膨大な魔力の反応があったから急いで来てみれば、魔物はちゃんと止めを刺さなきゃいかんだろ。えぇ? 精霊使いのボウズ!」
あまりにも突然の出来事に呆気にとられる武の目に映るのは、自身と先程まで大土竜が居た場所の間で、一本の槍を肩に担いだ筋骨隆々の老夫が肩越しにこちらを見て話しかけてくる姿であった。
その大きな背中はまるで、何事にも揺るがない強固な城壁のようで、武に絶対的な安心感を抱かせる。
その背を見ただけで、未だに状況を把握しきれていない武でも、自身が"助けられ"そして"助かったのだ"と理解できたのだ。
(お礼を……言わなきゃ……)
武は感謝の言葉を紡ごうとするが、血を流しすぎたためか、もう口どころか頭もろくに働かない。
(あっ……やばい……もう……意識が……)
必死の抵抗も虚しく、武は意識を失うのであった。
これが武がこの世界に来て初めて出会い、そして武にとって最も大切な存在の一人となる人物。
『セイル・レイトール』との邂逅であった。