21.食べ物屋にはご注意を
ソフィアに貰った一年水晶のペンダントの留め金を外して首につけてみる。
水晶を繋いでいる金属製のチェーンはピカレスの触媒を繋ぐ首紐より少し短めで、水晶が胸元辺りに当たってひんやりとして気持ちいい。
しかし、水晶自体は小さいためかすぐに温もってしまい、後には硬質なものが肌に当たる感覚だけが残る。
こうなると少しばかり気になってしまう。
しかしよく考えれば、無意識に他人から見られないように服の下に入れてしまったが、あまり人目につかない方が良いピカレスの触媒と違い別に人から見えても良いのだ。
服の外に出してみると、陽光を反射してキラリと輝いてなかなか綺麗だ。
つまんで角度を色々と変えてみると、その度に違った色で光を反射する。
この水晶の中にある種が一年間で成長していくのだと考えると、それだけでも毎日が楽しくなりそうだと思えてしまう。
農業や園芸をする人々は、作物の育っていく様を見るのが楽しみになると聞くが、これも似たような感覚なのかもしれない。
実際に手塩にかけて育てるわけではないが、思い入れに関しては引けを取らない自信がある。
「ふふっ、気に入ってくれたみたいで嬉しいです!」
そんな自分の様子を見てか、ソフィアが嬉しそうにそう言った。
そんなソフィアの隣でアイラが冗談めかして文句を口にする。
「これでソフィアが恩返しの単独トップじゃない。まあ私はこういうの思いつけそうにもないから、そこは流石ソフィアって感じだけどね」
「え!? あ、別にこれは恩返しってわけじゃなくてね!? その……ただしてあげたかっただけっていうか……」
アイラの冗談にソフィアはあたふたとしている。
(もうこの際だから、ちゃんと言っておいた方がいいかもな……)
三人が自分に恩義を感じてくれているのはよくわかる。
でも違うのだ。
自分が求めているのは――
「ねえ、その恩っていうかな……色々してくれるのは本当に嬉しいんだけど、本当にもう気にしなくていいよ? そういうの抜きにして三人と付き合いたいっていうか……」
自分のその言葉を聞いてアイラとソフィアが慌てて返答してくる。
「ちょ!? 別にそういうつもりでタケルと接してたわけじゃないわよ!? 確かに借りっぱなしは嫌いって言ったけどそれとこれは別っていうか……」
「そうですよ! 私も別に、今回の事無しでタケルくんと出会っててもきっと仲良くなってましたし……」
「う、うん……それはわかるんだけど、やっぱり気になるっていうか……」
二人の言う事は本当によくわかるのだ。
きっと恩義なんてなくても、みんなはみんなとして自分に接してくれる。
そういう人たちなのだという事はわかるのだが、どうしても"恩があるから"というのが間に入る事で生じる何とも言えないモヤモヤが嫌なのだ。
こんなのただのわがままだ。
自分でも面倒くさい奴だと思う。
(そうわかっていても僕は――)
「――よし、わかった!」
唐突にずっと黙っていたサキトが声をあげた。
サキトはそのまま続ける。
「じゃあ、タケルはこれからも俺の事を色々助けてくれ! 俺は出来ねぇ事がいっぱいあって、きっと色々迷惑かけるからよ! その代わり――」
サキトはこちらにサムズアップを決めてさらに続ける。
「――恩義とかそういうの一切関係なく、俺も俺に出来る事でタケルを助けるからよ! いつでも頼ってくれよな!」
そう、きっと自分が三人に求めるのはサキトの言う様な関係性なのだ。
お互いがお互いであるから助け合えるような関係性――それが友人、ひいては親友というものなのではないだろうか。
("親友"……僕が欲しいのはそう呼べる存在なのかもな……)
おじいちゃんという家族を得られた事で、自分は欲張りになってしまったのかもしれない。
「――うん! ありがとうサキト」
「おう! ソフィアとアイラも、それでどうだ?」
「え? は、はい! 私もそうします! というより、最初からそのつもりです!」
「私だってそのつもりだったけど……、まあ確かにタケルからしたらそうやって感じるものかもしれないわね……。わかったわよ。あ! でもせめて時計だけは受け取りなさいよね!」
アイラもそこだけは譲れないようだ。
しかしそれでこのモヤモヤをもう気にしなくてもよくなるのならば、甘んじて受け入れるとしよう。
「うん、わかった」
そんな自分たちの会話を少し離れた所で見たいたリオナさんが、話が纏まったとみたのか、少し光悦としながら会話に入ってくる。
「若いっていいわね~。見てるこっちが照れちゃいそうだったわ。お姉ちゃんそういうのも好きよ」
自分たちが今話していた内容は照れるような内容だったのだろうか。
第三者の視点から見るとひょっとしたらそんな光景だったのかもしれない。。
周りを見てみると、ソフィアもアイラもサキトも一様に頬を少し染めている。
(え!? そんなに恥ずかしかった!?)
三人が照れているのを見ると何だか自分も恥ずかしくなってきた。
紛れもない本心を吐露しただけだったはずなのだが、そんなに恥ずかしかっただろうか。
照れる自分たちに向けてリオナさんは更に続ける。
「本当はこのままみんなとお茶にでも行って話を聞きたいんだけどねぇ。そういえばお姉ちゃんティスト様から頼まれたおつかいの途中だったのよ。キーくんたちの無事も確認できたわけだし、お姉ちゃんはそろそろ用事に戻るわ。お茶はまたの機会にでもしましょ! キーくんはまたお家でね。それじゃあね~」
そう言ってリオナさんは大通りの一つへと向かっていき、そのうちに人ごみに紛れて見えなくなってしまった。
残された自分たちの間に広がるのは、お互いに何だか照れてしまっているために誰も次の話を切り出せない様な妙な空気感。
(き……気まずい……)
そう思いながらも、何故だか自分はこの空気感の中に居られる事が少し嬉しいとも感じていた。
その事実だけ見ると、まるで辱めを受けて喜んでいるかのようだが、別にそういうわけではないと断じておきたい。
自分にそんな特殊な性癖は無いのだ。
無いったら無いのだ。
そもそも自分の性的嗜好なんて自分自身もよく知らないわけだが――
(……無いよね?)
自分に対する若干の不安を抱き始めていると、沈黙を破ってサキトが話し始める。
「な、なんかごめんな……。その……義姉さんが……」
「いや、それを言うならそもそも話を切り出したのは僕だし……」
「いや、それは別に……」
「…………」
再び広がる沈黙。
辺りには人の営みが織りなす喧噪が広がるなか、自分たちの間にだけは静寂が保たれていた。
「そ、そういえば! タケルくんはこの後どうするんですか?」
そんな沈黙に耐えられなくなったのか、遂にソフィアがやけ気味に声をあげた。
素晴らしいファインプレーだ。
本日のMVPを進呈したい。
「えーっと、実は僕もこの後どうするのかよく知らなくってさ。ソフィアたちは報告? に行くんだっけ?」
今度は会話を途切れさせないように気を付けて言葉を選ぶ。
「はい! 今回の事を学院に報告しに行くんですけど、タケルくんも一緒に来ますか? あ、でも先に宿探しとかしておいた方がいいですかね……?」
「うーん……まあ確かに先に宿を確保しておいた方がいいかもなぁ……」
そもそも自分はこれから住む場所も探さなくてはならないのだ。
軍属大学院とやらに寮でもあれば良いのだが、そういうことについて調べるにもまずは仮拠点となる場所が必要であろう。
まあ宿を探すにしても、土地勘の無い自分は結局ソフィアたちを頼る他ないわけであり――
(とりあえずソフィアたちについていくか)
「まあとりあえずソフィアたちについて――」
ついていく旨を伝えようとした時、右足の脹脛にぴりりとした極弱い電流が走る。
「ん? どうしたのテッチ?」
電流を自分へと流した犯人はテッチであり、これは常日頃から思考の渦に飲まれがちな自分をテッチが呼ぶ時の手法だ。
正直ひと手間をかけさせてしまって申し訳ない限りだ。
今の状況ならば普通に呼ばれても反応出来ていたとは思うが、きっとテッチももう癖になっているのだろう。
「ワウッ!」
「え? 『今から案内する』? どっか当てでもあるのテッチ?」
「ワゥ。ワウワウ」
「へぇ、おじいちゃんがそこに行けって言ってたのか……」
どうやら住居についてもおじいちゃんは手を回してくれているようだ。
ワンルームあれば暮らすには十分なのだが、テッチ曰くおじいちゃんが帝都に来る際に使っている一軒家らしい。
家が大きいと掃除なども大変そうではあるが、家賃がいらないとなると生活費の心配もだいぶ無くなるので、ありがたい限りである。
「ねえテッチ、その家ってどの道から行くの?」
そう聞くとテッチは鼻先で正面の大通りを示した。
「ソフィアたちはどの道を行くの?」
「私たちも城西……じゃなくて正面の通りですよ」
「じゃあどこまでかはわからないけど一緒に行こうか」
そう言うとテッチが先導するように歩き出したので、それについてみんなで歩き出した。
通りの真ん中は主に馬車が通る道のようだが、それほど馬車の数は多くないようで、馬車の通行の邪魔にならない程度に人も行き交っている。
横に連なって並び建つ店は、軽く眺めるだけでも雑貨屋から服屋、本屋や薬局のような場所など、様々な店があるのが見て取れる。
視線を上に向けると、向かい合う建物同士の間にはかなり高い位置に何か頑丈そうな線が引かれており、線と線の間にもまたいくつか線が繋がっていて目の大きな網のようになっており、線の交差地点には何かの箱が引っ付いている。
「ねえ、あの上の四角い奴は何?」
「ああ、あれも魔力灯よ。今はもう太陽が真上にあるからいいけど、朝の早いうちは建物でこの辺りは影になちゃうし、夜も当然暗いからね」
アイラの言葉になるほどと納得する。
確かに今はお昼時であり、非常に明るいが、前方にあれほど巨大な建物があればどうしてもそういう問題は出てくるのだろう。
察するにあの頑丈そうな線は魔力でも送りこんでいるのだろう。
(お昼時……)
色々あったためにすっかり忘れていたが、一度思い出してしまえば体は正直なもので――
「お腹すいたね」
「おお! そういえばそうだな! でも報告も出来るだけ早い方が良いだろうから店に入るのはなぁ……。この辺でなんか美味い物売ってる店ってどっかなかったかアイラ?」
自分の何気ない呟きに賛同したサキトがアイラに尋ねた。
やはり商会の娘というだけあって、その辺りの情報はアイラが詳しいのだろう。
「そうねぇ……。確かもうそろそろ食べ物屋のゾーンに……そこのパン屋なんてどう? そこで何か歩きながら食べられる物でも買いましょ」
アイラの言う通りパン屋があった。
「ワウッ」
店に入ろうとするとテッチがキュウを呼んだ。
何だか「悪い事は言わないからこっちで一緒に待っとけ」みたいな感じのニュアンスであったが、いったいどうしたんだろうか。
よく見るとさっきまでソフィアの肩にいたロンドもテッチの頭の上に移動している。
(なんだ……?)
気になって店の名前を確認してみるが、店の看板には『タケシタ・ベーカリー』と書かれている。
紛れもなくパン屋であろう。
というよりもう何度も感じた事ではあるが――
(本当に異世界なのかここは……)
気にして見ていなかったが、よく見ればそこら中にそんな看板がある。
木や石の看板にひらがなやカタカナが書かれておるのだ。
魔法が使えたりする事から疑いようも無いはずなのに、どうしても疑いたくなる光景にまた何とも言えない複雑な気持ちになってしまう。
しかしそんな感情も店の中に入ると吹き飛んでしまった。
小さく呼吸するだけでもこれでもかと言う程に感じられる、パン屋特有の香ばしく甘い香りが鼻孔を駆け上がってくる。
自分の今まで嗅いだ事のあるどのパン屋の香りよりも濃縮されていて、そのあまりの強烈さに思わず息が詰まってしまう。
食欲をそそる良い匂いであるはずなのに、呼吸する事を一瞬躊躇ってしまうという何とも不可思議な感覚に目を白黒としていると、アイラが"しまった"という感じの表情でこちらを見ていた。
「そっか、タケルはこれの事も知らないのよね……。この辺りの商店街って匂いを外に出したらそれでお客さん呼んじゃって、他の匂いのあんまりでない食べ物屋のお客さん取っちゃうからって、店の中に食べ物の香り封じ込めてるのよ。だから基本的に商店街の食べ物屋に入る時は覚悟してから入った方がいいわよ」
なるほど、テッチがキュウに外で待つように促した理由はこれか。
アイラの言う通り、確かに大通りを歩いている時に食べ物の香りはしなかった。
というよりもそもそも食料品を扱っている店が見当たらなかった気もする。
今思えば確かに様々な食べ物屋も集まっているはずの商店街らしからぬ状態だ。
「う、うん……。でも脱臭とかって出来ないの?」
「匂いを外に出さない魔道具ならそんなに高くないけど、適度な脱臭の魔道具や設備なんて相当繁盛してる店くらいしか付けられないわよ」
「そ、そうなんだ……」
ままならない世の中である。
(まあ確かにいきなりだったからびっくりしたけど、覚悟して入ればそうでもないか……)
パン屋だからまだ良いが、もっと匂いのキツイ店だとさらに凄まじいのだろう。
あるかは知らないが、怖い物見たさでラーメン店などに行ってみたい気もしてくる。
鼻が慣れてきたところで気を取り直し、各々パンを購入して店の外へ出る。
「ああ……無味無臭なのに空気がおいしい……」
「店の中の空気もおいしそうではあるんですけどね……」
自分の言葉にソフィアが苦笑しながら答えた。
店に入った時は勘弁願いたいと思っていたが、この感覚はこれで少し癖になりそうだ。
(いかんいかん……。どんどん変な趣味に目覚めそうになっている……)
「ん? どうかしたのかタケル?」
「え? いや、何でもないよ。それじゃあ行こうか」
頭を抱える自分を心配してきたサキトに軽く誤魔化し、再びテッチの先導で歩き出した。
再び商店街に目を向けると、辺りは食べ物屋ばかりになっていた。
ショッピングセンターの様にある程度店の住み分けがされているのかもしれない。
さしずめここからはフードコートと言った所なのだろう。
尚更匂いがしてこないのが不思議である。
それに、先ほどは店や外観などにばかり目がいってしまっていたが、よく見ると他にも気が付く点は多かった。
まずは、通りを走る馬車のほとんどから高級感が漂っているという点だ。
街道ですれ違った馬車や先ほどまで自分たちが居た広場などで見た馬車の中には、もっと使い込まれていたり古かったりする馬車がたくさんあったはずだ。
他にも、通行人の中に結構な比率で黒い制服を着た軍人が混じっているという点も気になる。
治安維持のために見回りをしているのだとは思うが、流石に二人一組が二十メートル程毎にいるのは多いのではないだろうか。
もしも前の世界で商店街に警察がそんな量いたら正直何事かと思う。
(いや、帝都の治安事情なんて僕が知る由もないから実際にこれくらい必要なのかもしれないけど……)
だとしたらこの帝都は結構治安が悪いのかもしれない。
これから住む場所の事なので、確認しておいた方が良いだろう。
「ねえ、なんか見回りの軍人さん多くない?」
「ああ、この通りは特に警備が厳重なんですよ。この時間帯にここを通る馬車ってほとんどが王城に用事があるような偉い人の馬車なんです。……でも確かにいつもより多いような気もしますね。なんででしょう?」
ソフィアのおかげで高級な馬車ばかり通る理由もわかったが、寧ろソフィアにも疑問を持たせてしまったようだ。
歩き続けると、今度は生鮮食品を扱うような店が多くみられるようになった。
キュウが果物の店を見つけて食べたそうにしているので、後日また訪れる事にしておこう。
(でも、家からここまでってどれくらい離れてるのかな……?)
マジックバッグがあるので徒歩での買い物でも特に困る事はないが、雨が降ったりした時は遠出になると面倒くさいので出来るだけ近い方が嬉しい。
しかしそんな自分の贅沢な要望など知るよしもないテッチはぐんぐんと進んで行く。
そしてついに長い長い商店街を抜けて、問題の高層ビルの手前へと着いたのであった。
良い匂いするとつい買っちゃいますよね。




