17.大雑把に繊細に
走る速度を上げて、サキトの後方に追い付く。
この速度で今日の目的地まで走れと言われたら流石に無理だとは思うが、感知した魔物の場所までくらいならば大丈夫であろう。
すぐ後ろを走るソフィアとアイラも最初こそサキトを呼び止めていたが、今は特に何も口にはしない。
(別に怒ってるわけじゃなさそうだし、案外よくある事なのかもな)
そんなことを考えながら走っていると、サキトが声をかけてきた。
「なあタケル! 魔物はそろそろ捉えたか?」
「ん? うん、あと八百くらいかな。小型種だよ」
楽し気なサキトは「小型種か……」と呟くと、後ろの二人に確認をとる。
「なあ、俺がやって良いよな?」
「はいはい。やりたきゃやりなさいよ……」
「間違っても呪い傷なんて受けちゃダメですよ!」
「わかってるわかってる!」
そんな風に三人が会話をしているうちに、身体強化した視力でならば魔物を目視ではっきりと捉えられる距離にまで近づいていた。
「あれは……犬?」
二百メートル程先にテッチよりもさらに一回り大きい犬のような魔物が見える。
色は黒く、毛並みは薄汚れており、未だにこちらに気が付く様子も無く一心不乱に魔力探知の魔力に食らいついている。
涎をまき散らしながら頭を振る様からはやはり理性などは感じられない。
「狼型だな。この辺りで一番多い奴だ。ちょっと歯応えは無さそうだけど、一丁やってくるわ!」
そう言うや否や、明らかにサキトが身体強化をより強力なものにしたのが感じ取れた。
魔力探知から感じるサキトの纏う魔力がより一層濃い蒼色になったかと思うと、重い破裂音と共に先ほどまで目の前に居たサキトの姿が消える。
いや、実際には消えたわけではなく凄まじい速度で移動しただけなのだが、消えたと錯覚してしまう程に速かったのだ。
サキトが居た地面には亀裂が入っており、加速の際の衝撃の凄まじさが視覚的にもはっきりと感じられる。
しかし後ろに居た自分には前方でそれほどの衝撃が起きたとは思えないほどに影響が無く、身体的に感じた事と言えばわずかに地面が揺れたという事くらいであろうか。
自分の生半可な身体強化程度の視力ではサキトの動きを捉えることは出来なかったが、ならば何故サキトが凄まじい速度で移動しただけだという事がわかったのか。
それは、魔力探知はサキトの動きをしっかりと捉えていたからである。
一足飛びに狼型の魔物の傍までたどり着いたサキトは、魔物が振り向く間も与えずにまずは地面へと左足、右足の順番で地面に体を固定するかのように足を打ち下ろし、魔物に対して半身の体勢をとった。
サキトが足を打ち下ろした衝撃で前方の地面は隆起し、未だ振り向くことすらままならなかった狼型の魔物は宙空――サキトの眼前へと打ち上げられる。
(あれ……? この構えは……)
狼型の魔物が打ち上げられる頃には既にサキトは右肘を後ろに引いて拳を握り固めており、さらに一層と濃い蒼の魔力が彼の右半身を包んでいた。
そしてサキトはその"一瞬のうちに溜め込んだ力"を、脚から腰へ、腰から背中を伝い肩、腕、そして拳へと伝播させて、その岩のような拳を眼前に浮かび上がってくる狼型の魔物を迎え撃つかのように上から振りかぶり気味に叩きつける。
無防備な状態でその凄まじい純粋な暴力を一身に受けた狼型の魔物は、一切の抵抗も無く地面へと叩きつけられ、その体を塵へと変え、遅れて発生した暴風に吹き散らされた。
魔物が叩きつけられた衝撃と吹き荒れる暴風により、周囲数メートルに生えている雑草が根こそぎ吹き飛んでしまったことからも、その一撃の威力が窺い知れる。
(身体強化が得意とは聞いてたけど……凄いなこれは……)
その身体強化の練度もさることながら、何より凄いのは必要な個所に必要な度合いの強化をする際の安定感だ。
そもそも身体強化というのは全身に均一の強化をかけるだけならばそれほど難易度は高くは無い。
しかし腕の筋力と脚の筋力が違うように、真価を発揮しようとする際に必要な強化の度合いも個所によって様々なのだ。
普通に走るだけであったり、ちょっと重いものを持つためであったりすれば適当な強化でも事足りるが、戦闘ともなるとそうもいかない。
感覚的な瞬間の判断に合わせて体を動かし、強化の度合いを変えなければ真価を発揮することが出来ないからだ。
そして、強化が強力になればなるほど、自分がかつておじいちゃんに指摘された"強化の斑"がある個所への負担が大きくなり、本来の効果を発揮できなくなってしまうものなのだ。
だが、感知した限りサキトの強化は惚れ惚れするほどに安定しており、あの刹那の間に様々な個所の――それこそ各筋肉毎のレベルで強化の度合いを何度も変えていたが、その一切に淀みは無く、その結果生み出された攻撃の威力にも思わず納得してしまう。
「正直サキトの事、色々大雑把そうだなーって思ってたんだけど……。あんな繊細な魔力の使い方できるんだね……」
そんな自分の呟きにアイラが呆気からんと答える。
「いや、あいつは基本大雑把よ。性格も魔力の扱いも両方ね」
「えっ!? 大雑把なの!? あの魔力の扱いで!?」
予想外の返答に思わず聞き返すと、今度はソフィアが苦笑いをしながら答える。
「まあ、直感的に大雑把に身体強化をしてもあれだけの事が出来るくらいに努力を欠かさないっていうのがサキトくんの良いところですかね」
「普段の生活はもうちょっと繊細で丁寧にしなさいってのよね……。リオナさんがいなかったらあいつがどんな生活してたか考えるのも恐ろしいわ……」
「ん? リオナさんって誰?」
普段の生活から大雑把なのは何となく予想通りだったので、そちらよりも気になった唐突に名前の出てきた人について聞いてみた。
「ああ、タケルは知らないわよね。たぶんそのうちどこかで会うことになると思うけど、サキトのお義姉さんよ」
「サキトくんのお兄さんのサイカさんの奥さんですね。でも、小さい頃から一緒にいたらしいので、本当に姉弟みたいなんですよ」
「でも最近はなーんかよそよそしいんのよねー。サキトが何か強がってるっていうか……」
そんな話をしていると、サキトが先ほど倒した狼型の魔物の爪と牙を手にこちらへと戻ってきたので声をかける。
「おかえりサキト。凄い攻撃だったね! おじいちゃん以外であんなに綺麗な身体強化する人初めて見たよ!」
まあそもそもの出会った人の数が少ないのだが、そんな野暮な事は気にしない方がいいだろう。
自分の言葉を聞いたサキトはどこか嬉しそうに照れつつも、反面その顔には不満の感情が見て取れた。
「そう言ってくれるのは嬉しいけどよ、俺の身体強化なんてまだまだだぜ。兄貴にも、ましてや銀将様になんて到底及ばない程度だ。俺にはこれしかねぇってのに正直情けねぇ話だぜ……。――ただ光明は見えたぜ! 今まで俺は速度を乗せたりはしてたけど、いつも腕だけとか足だけに力込めて攻撃してたんだ。でもタケルが精霊化した時の攻撃見てよぉ! 地面にどっしりと構えて、魔力が足から拳まで駆け上がっていくの見た時に"これだ"って思ったんだわ! よく考えりゃ当然だよな! 一部だけより全身使った方が強いに決まってるもんな! さっき試してみたんだけど思った通り、いつもより手応え抜群だったぜ!」
生き生きとして話すサキトに若干圧倒されつつも、自分の思惑が当たっていたようなので、それについて返答する。
「ああ、やっぱりそうだったんだ。あの構えはおじいちゃんから基本として教えられたんだけど、やっぱり違うもんなんだね……。強いて言うなら、本当に力を籠めるのは相手に当てる瞬間だけって言ってたから、力みすぎるのも良くないみたいだよ。あとは、その全身を使った攻撃を予備動作無しで使えば戦闘で虚をつけるから強いとかなんとか言ってたなぁ……」
「なるほど……ってか予備動作無しってどんなのだよ?」
「僕もわからないけど……腕を突き出すだけとか……?」
「どうやってそれで全身使うんだ……?」
「さあ……?」
サキトの疑問は自分も思うところなのだが、寧ろサキトにわからないのなら自分なんて余計にわからないだろう。
お互い腕を突き出しながらああでもないこうでもないとしていると、見かねたのかアイラが話しかけてくる。
「というか、サキトあんたそれを試したくってやたら戦闘したがってたわけね……」
「ん? おう! ずっと体がうずうずしててな!」
「まあいいけど……。じゃあサキトも満足したことだし、もう進んでいいかしら?」
「おう! まだ満足してねぇけどな! あっ! そうだタケル。この爪とか牙みたいな魔法を分解する部位の事を特殊部位って言ってな、これを軍とか商会に売ると小遣い稼ぎになるんだぜ! ってなわけでこれはタケルにやるよ!」
そう言ってサキトが爪と牙を押し付けてきた。
「え? でも倒したのはサキトだし……」
「良いから受け取ってくれって! こんな事でもしねぇと俺に恩を返しきる事なんて一生できねぇからよ!」
そう言われるとどうも弱る。
仕方がないので、ありがたく受け取っておく事にしよう。
「う、うん。それじゃあ……あっ! そういえばソフィアにもお昼代を払わないと――」
そこまで言ってから、"しまった"と思った。
このタイミングで聞けば、どう考えても受け取ってもらえないのは明白である。
「あ、別にタケルくんは良いですよ。私にもちょっとずつで良いですから恩を返させてください」
ソフィアの様子から見るに、恐らくこのタイミングでなくとも受け取っては貰えそうに無かったが、何だか機をうかがって言ったようで申し訳ない気分になる。
「なんかこうなると私だけまだ何も恩を返してないみたいじゃない……。ちょっとタケル! なんかしてほしい事とか無いの!?」
アイラが両肩を掴み揺さぶってくる。
魔力探知の事など色々と教えてもらっているので、全くそんなことは無いのだが、どうやら彼女は納得がいかないようである。
揺さぶられる中、何か良い案は無いかと思案する自分の目に留まったのは、時間を確認するソフィアの姿だった。
「えっと、ほら、えーっと……あっ、そうだ! アイラって実家が商会やってるんだよね? 時計とかって扱ってる?」
思いついた辺りで揺さぶりから解放され、アイラへと何とか質問をする。
「ええ、まあ時計も扱ってるわよ? 何? 欲しいの? 仕方ないわね! 一番良い物を――」
「ちょっ、ちょっと待って! 時計を買いたいから色々と紹介してほしいんだよ!」
おじいちゃんから時計の魔道具はそれなりに高価だと聞いた事がある。
しかも結構大規模らしいアイラの実家の商会の一番良い時計なんてそんなものいったいどれ程の価値があるものになってしまうのか想像するのも恐ろしい。
そんな自分の発言を聞いたアイラは少し不満気に返してくる。
「えー……大人しく受けとっときなさいよ。借りとかツケって私嫌いだからできるだけ早く返したいのに……」
(貸しは嫌いじゃないのか……?)
思いはしたが口には出さな――
「お前貸しは好きだもんな」
「うっさいサキト!」
スパーンッと小気味良い音を響かせてアイラがサキトの頭を叩いたが、サキトは「あでっ!」と言っただけで特に堪えた様子は無い。
音のわりに優しいツッコミだったのだろうか。
「アイラお前、今の俺じゃなかったら意識失ってるぞ!」
「あんたがいつも身体強化してるのを知ってるから強くやってるに決まってるでしょ。他の人にやるわけ無いじゃない! てか今の強さでも効かないってあんたまた待機中の強化練度上げたの?」
「おう! 魔力に余裕も出来たし、特訓にもなるからな!」
どうやらかなり強烈なツッコミだったようだ。
いや、アイラはしれっとした顔で言っているが、頭を意識を失う程度の強さで叩くというのは果たしてツッコミと言ってもいいのだろうか。
(確かに魔力探知をすればある程度は身体強化の有無はわかるけれど……)
まあ、長年の付き合いだからこそのやり取りなのだろう。
そんな風に何となく感心していると、ソフィアが口を開く。
「でもアイラちゃん。お店で扱ってる商品をあげるってなったらそれって、アイラちゃんからのお礼というよりもお父さんからのお礼みたいにならないかな?」
「た、確かにそうね……。自腹でも買おうと思えば買えるけど、よくよく考えたら一番高いのって確か成金趣味の貴族用に用意した趣味の悪い物だった気もするし……」
「そうだアイラちゃんサキトくん! 三人で選んでプレゼントするっていうのはどうかな?」
「なるほど、確かにそれ良いかもしれないわね。欲しいものがわかってるなんてこんなにお礼しやすい状況を私一人で独占するのも悪いし」
「でも俺あんまり高額はだせねぇぞ? 義姉さんに借りるってのも何か違うし……」
「じゃあサキトには私が"貸し"って事にしとこうか?」
「うっ……それも義姉さんにあんまりしないように言われてるんだけど……少しくらいなら……」
「別にもうあんたが返せない程貸すつもりは無いわよ……。リオナさんにまた迷惑かけるのは私も嫌だし……。いろいろ学習したからその辺の計算ももう間違わないし……」
「それに一番大事なのは気持ちだよ! 出来るだけサキトくんにも出せそうな中で良い物を見つけるようにしましょう!」
何だか勝手に話が進んで完全に買ってもらう流れになってしまっていて、正直今更自分で買うなんて言える雰囲気でもない。
ソフィアがちょうどいい事を言ってくれているのでそれに乗っかる事にしよう。
「う、うん! 本当に気持ちだけで充分嬉しいよ! シンプルに時間だけわかれば良いからさ!」
どんな時計があるのかは知らないが、デザインが凝ったようなものは高くついてしまうだろう。
シンプルで良いのだシンプルで。
そんな自分の主張をアイラは理解してくれたようで――
「なるほど”シンプルに時間だけわかれば良い”ね……。それなら確かちょうど良い物があった気がするわ! そうと決まればさっさと帝都を目指すわよ! 私だけ恩返しが少しも出来てないなんて状態からさっさと脱却したいもの!」
そんな風に嬉々とした様子で発言した。
彼女らは恩返しと言うが、個人的にはソフィアたちが無事だった事と、”護れた”という事実が得られただけで充分過ぎる程に報われているのだ。
――護られるだけで護れなかった自分から変わることができた。
護れなかった事実が消えるわけではない。
だが、自分が護れないだけの人間ではないとわかったのだ。
自分に失望したまま生きていくはずだった人生を変えられた。
これを”報われている”と言わずして何と言うのだ。
彼女らの気持ちは本当に嬉しいが、これからきっと自分が無知なために色々と迷惑や手間をかけてしまうということを考えると、過剰に何かをしてもらうのは忍びない。
とりあえずこれでやたらめったら高い物を買わせてしまうことは無いだろう。
(……無いよね?)
若干嫌な予感を感じながらも、再び帝都に向けて歩を進め始めた。
その後は、たまに魔力探知にかかる魔物を四体ほどサキトが仕留めながら進み、夕方には近くにあった町に宿泊し、次の日の昼前には目的地である帝都ヴェルジードを視界に捉えたのであった。
遅くなって申し訳無い……。
たぶん明日も投稿します!




