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アポロの護り人 ―異世界夢追成長記―  作者: わらび餅.com
第一章 カラハダル大森林 異世界転移 編
14/54

13.家


 出発の朝を迎えた。

 玄関から外に出て、これから自分たちが向かう方角を見やる。

 時刻は早朝、雲一つ無い空を昇り始めた太陽が花畑と森の木々を照らし、澄み切った空気を温めていく。

 春とは言えやはり早朝はまだ少し肌寒いが、この調子で日が照り続ければ気温もすぐに上がり、旅にはもってこいの陽気となるだろう。


 昨日は軍属大学院とやらに行くことが決まった後、今日の出発に向けて急ピッチで準備が行われた。

 と言っても普段の生活に必要なものはほとんどマジックバッグに仕舞っていたため、追加で準備するものはそれ程多くは無かった。

 半年程度しか居住しておらず、出かける場所も森程度となれば、特別持っていくような物が無いのも当然と言えば当然である。

 こうして物の少なさなどを見て、まだ半年なのだという事実を実感すると、自分が既に何年もこの家で暮らしていた感覚に――この家の住人なのだといつの間にか意識していたことに気が付いた。


(居候みたいなものだったはずなのにな……)


 これまでの人生で学んだ事ではないか。

 いつだって、自分の住む場所は"仮宿"だ。

 かつて両親と共に過ごしていた家は、もしかしたらそうではなかったかもしれないが、自分の記憶の片隅にすら残っていないのならば結局は他と大差はない。

 高校の頃に暮らしていた家も、大学に入ってから暮らし始めた家も、両親を失ってから叔父に引き取られて住み始めた家も、全て"家"と言う名の場所を"契約"や"厚意"で提供されているに過ぎなかった。

 だからだろうか、引っ越す時も特に何の感慨も無かった。

 それ相応に思い入れや思い出もあったはずなのに、だ。

 

 人にしてもそうだ。

 友人と呼べる仲の者たちはいた。

 学校の休み時間には他愛のない話をし、休日は遊びに出かける。

 しかし、卒業で離れ離れになるとなっても特に思うことは無かった。

 周りが涙ぐむ中、自分は何をしていただろうか。

 恐らくいつも通り愛想笑いを浮かべてやり過ごしていたのではないだろうか。


 叔父にしても、別に邪険にされていたわけではない。

 寧ろ叔父はよくも自分を七年間も家に置いておけたものだとすら思う。

 今にして思えば"迷惑をかけまい"と考えるあまり、叔父からすれば寧ろ避けてられているようにも感じられたのではないだろうか。

 自分で言うのも何ではあるが、愛想笑いを覚えていなかったあの頃の自分は相当に不愛想だったと思う。


 そんな事を考えていると、妙に嬉しそうな表情のソフィアたち三人も玄関から出てきた。

 不思議に思ったが、各々の手に持っている物を見てその理由を理解した。


(ああ、我が家特性の石鹸を貰ったのか――)


 一度気が付くと細かな所にも気が付くようになるもので、いつの間にかこの場所の事を何の躊躇もなく"我が家"と表現するようになっていた事にも気が付く。

 今までの"仮宿"とは違い、自分は間違いなくこの場所を自分の"居場所"だと認識していた。

 そう思える場所ができたことが心の底から嬉しいと思いつつも、これまでと違う感覚に些か困惑している。


(この場所も結局は"仮宿"だもんな……)


 おじいちゃんの厚意で部屋を与えてもらっていたに過ぎないはずなのに――


 今までの"仮宿"と特に変わりはないはずなのに――


――この胸を締め付ける感情はいったい何なんだ……。


 続いて玄関から出てきたおじいちゃんを見た瞬間、反射的に後ろに広がる花畑の方に振り返ってしまった。

 ざわつき掛けた心が幾分か鎮まる。

 きっと今目を見て話してしまうと自分は泣いてしまう。

 それを瞬間的に理解したが故の行動だったわけだが、周りから見たらかなり不審な行動だったであろう。

 おじいちゃんを直視できないなんて思ったのは初めてなのではないだろうか。


(なんでだ……昨日は大丈夫だったのに……)


 そんなことを考えていると、背中越しでおじいちゃんたちの話し声が聞こえてくる。


「じゃあテッチ。みんなをしっかり帝都まで護衛してくれのぅ」


「ワウッ!」


 おじいちゃんはこの森で"やるべきこと"があるらしく、帝都まで行けないらしいので、テッチが護衛として一緒に来てくれるのだそうだ。

 特訓を通じてテッチの強さはよく知っているので、正直非常に心強い。


「ソフィア嬢ちゃん。ディムロイの奴によろしくのぅ。サキトのボウズもアイラの嬢ちゃんも達者でのぅ。――タケルをよろしく頼むぞ」


「はい。もちろんです!」


「了解ッス!」


「逆に私たちが助けられることの方が多くなるかもですけどね」


「ほほほ。タケルは知らないことが多いから色々教えてやってくれのぅ」


 前言撤回だ。

 声を聴いただけでもう目頭が熱くなってしまった。

 どうにか涙が零れ落ちないように頑張ってはいるが、もうすぐ決壊しそうだ。

 鼻を啜る音で後ろの彼らにも泣きそうなのが伝わっているかもしれないが、恥ずかしくて見せられたものじゃない。


(ああ……そうか……)


 胸を締め付ける感情の正体がわかった。

 自分はおじいちゃんと、この場所と離れるのが寂しいのだ。

 今になってようやく心が、"もうすぐお別れなのだ"と理解してしまったのだ。

 泣かないようにと努める度に、別の事を考えようとする度に、頭の中には今までの事が思い出される。


――最初に森の中で救って貰ったこと。


 忘れもしない。

 あの背中は今の自分の目標の一つなのだ。


――ご飯を一緒に食べたこと。


 誰かと共に食べる食事は本当においしかった。

 今では当たり前のようにも感じるあの光景が、とても特別で大切なものなのだと自分は知っている。


――特訓をしてもらったこと。


 辛い時もあったが、新しい事が出来るようになる度に楽しかったし、褒めてもらえるのが嬉しかった。

 何よりも――


(僕が何か出来るようになる度におじいちゃんが本当に喜んでくれるのが嬉しかったんだ……)


 誰に評価されることもないから、必要な事を必要なだけ、自分のためだけに(こな)し、ただ日々を過ごしていたかつての自分にとってそれは、実に得難く、そして密かに憧れていたものだった。


 日々の何気ない会話も、共に行動したことも、自分に本当に多くの事を教えてくれた。

 どこの誰かもわからない、この世界の事も何も知らない人間を助け、育て、導いてくれた。

 これほど恵まれたことがあるだろうか。

 これほどの幸福があるだろうか。

 これほどの――


「――タケル」


(ああ……だめだ……)


 決壊寸前の涙腺に止めを刺すかの如く鼓膜を揺らしてきたその優し気な低い声に、ついに堪えきれなくなってしまった。

 溢れだし、頬を伝う涙は顎から首へと順に伝い、シャツの襟を湿らせていく。

 無意識に拳を握りしめていたためか肩が震え始める。

 泣き声はあげないようにと唇を引き結び、自然と下がってしまう視線をどうにか上に向けようと頑張る。


「何を泣いておるんじゃまったく……。ほれ、こっちを向いて顔を見せておくれタケル」


 そう言うおじいちゃんの声も、僅かながら震えていたのはきっと気のせいではないだろう。

 振り返り、おじいちゃんの顔を見るが――


「お、おじい、ぢゃ……あ゛ぁ――」


 引き結んだ唇が解け、嗚咽が漏れる。

 こんな顔で別れなどしたくなかったのに、溢れる涙も嗚咽も止まってはくれない。


「まったくのぅ――」


 下を向いて顔を隠そうとする自分の頭を大きな手が撫でる。

 いつもの少し乱暴な手つきとは違い、不器用だが優しい手つきだ。


「――わしは幸せ者じゃよ」


 尚も嗚咽の止まらない自分を、おじいちゃんは優しく抱き寄せて泣き顔を隠し、落ち着くまで頭を撫で続けてくれたのであった。


――――――


「そろそろ落ち着いたかの?」


「うん……。ありがとう……」


 こんなに泣いたのは本当に初めてで、自分でも戸惑ってしまう。

 しかも人前で泣いてしまったのだ。

 まるで小さな子供のように――


「――ッ!?」


 思わず赤面してしまう。

 正直恥ずかしくって、穴があったら入りたい気分だ。

 いっそ作って入ってしまおうか。

 ソフィアたち三人が色々と察して静かにしてくれているが、その気遣いが寧ろ余計に羞恥心を掻き立ててくる。

 しかし、涙を出し切ったおかげか心は随分と晴れやかになった。


(今ならきっとおじいちゃんの顔を見ても大丈夫だ)


 羞恥心を振り払い、目を合わせるとおじいちゃんは微笑し、口を開く。


「まったく本当に、タケルは泣き虫じゃのぅ」


 自分でもそう思う。

 こちらに来てからというもの、泣いたり笑ったり、感情が溢れ出してばかりだ。

 だが、決して悪い気分ではない。


(あっちに居た頃が寧ろ抑え込みすぎてたんだろうな……)


 おじいちゃんは言葉を続ける。


「さっき何か言おうとしてなかったかいのぅ?」


 言いだしやすいように問いかけをくれた。

 心晴れやかな今ならば、きっと自分の本心をありのまま伝えられるはずだ。


「おじいちゃん。僕も……僕も本当に幸せだった! おじいちゃんに出逢えて、一緒に過ごせて本当に良かったよ。でも、幸せすぎたからかな……? 余計に不安なんだ。おじいちゃんから離れて、一人でやっていけるのか……」


 それを聞いたおじいちゃんは微笑んだまま小さくため息を吐き、言葉を紡ぐ。


「まったく今生の別れでもあるまいに。血の繋がりなぞ無くとも、タケルはわしの家族じゃ! ここはもうタケルの家でもあるんじゃから、いつでも帰ってくれば良いのじゃぞ! そう簡単に帰れる距離ではないが、本当に辛くなった時は遠慮せず帰ってくれば良い」


 その言葉を聞いて、また目頭が熱くなってきてしまう。

 信頼はしつつも、やはり心のどこかで不安だったのだ。


――『この親愛を抱いているのは自分だけなのではないか』と。


――『追い出す口実に今回の話を持ち出したのではないか』と。


「――僕はおじいちゃんの家族で良いの? 貰ってばかりで……何も返せてないこんな、僕が――」


 幼いころに失ってしまった、"厚意"ではなく"好意"で自分と繋がってくれる関係性を――


――本当の"家族"を得ても良いのだろうか。


「あたりまえじゃろうて。損得勘定抜きで共に歩むのが――歩みたいと思えるのが"家族"というものじゃ。そもそも、タケルはちゃんとわしに"与えて"くれておるよ」


 一拍呼吸を置き、おじいちゃんはそのまま続ける。


「それに、一人でやっていくなんて言っておるが、一人では無理じゃよ。一人で生きていける人間なぞおらぬ。わしにも無理じゃ。――じゃが、タケルは一人ではないじゃろう?」


 おじいちゃんがそう言うと、家の窓から今までどこかに行っていたキュウが飛び出してきた。

 口には果物をくわえている。

 旅の前にお気に入りの果物でもと物色していたのだろう。


「キュウッ♪」


 キュウが肩に乗り、果物を差し出してくる。


「――そうだな。キュウもいるもんな」


 そう小さく呟きながら果物を受け取る。


(いや、キュウだけじゃない――)


 果物をマジックバッグに仕舞いながら、自分の周りを見渡す。


 共に歩む相棒がいて、笑いあえる友人がいて、帰りを待っていてくれる家族がいる――


――帰ってこれる(ばしょ)があるのだ。


(ああ、本当に幸せだ。僕は――)


「不安は拭えたかのぅ?」


「うん。――もう大丈夫」


 その幸福を胸に刻んで、決意を込めて出発の挨拶をする。


「おじいちゃん。――行ってきます!」


「うむ! 行ってこい! 期待しておるぞタケル!」


 永く、本当に永く待ち望んでいたその言葉を受け取り、噛み締め、振り返って花に囲まれた森への道を走る。


「――あっ! せ、セイル様、お世話になりました! またお会い出来るのを楽しみに――ってもうあんな所まで!? そ、それでは! ――待ってタケルくん!」


「達者でのぅ」


 突然自分が出発したことで、虚を突かれたソフィアたちは口々におじいちゃんへの別れを告げて、自分を呼び止めながら追いかけてくる。

 しかし今追いつかれるわけにはいかない。

 なぜなら自分の目からはまた涙が零れ落ちてしまっているからだ。


(本当に泣き虫になったなぁ……)


 しかし、頬を伝うのは先ほどの寂しさや不安からくる涙とは違う。

晴れやかな喜びから来る涙だ。

 笑みを浮かべながら泣いているのだ。

 とは言えやはり、これ以上見られるのは恥ずかしいから走るのだ。


「キュキュウッ♪」


 嬉しい感情が伝わっているからか、キュウも楽し気に声を弾ませる。

 不安が無くなったわけではない。


――でもきっと、大丈夫だ!


「さあ行くぞキュウ! 新しい出会いが――新しい世界が僕らを待ってる!」


「キュウッ♪」


 風に揺れる花々に囲まれた道は、明るく自分の行く先を示している。

 そのまま足を止めず、振り返らず、花畑の結界を抜けるまで走り続けたのであった。


―――――――――――――――――――――――――――――


「――迷わず進め。若人よ」


 遠ざかる四つの背中を眺めながら、セイルは呟く。


「まあたまになら迷うのも良いがのぅ」


「ワウッ」


 足元にいるテッチが一吠えするが、契約を結んでいないセイルには何と言っているのか確かにはわからない。

 しかし、長い付き合いのためなんとなくの予想はついたようでそのまま会話を始める。


「わしは大丈夫じゃよ。それより渡しそびれてしもうたから、これをタケルに渡しておいてくれ」


 そう言ってセイルは一対の銀色に輝く指輪を取り出してテッチの首に下げた袋へと入れる。


「ワゥ?」


 「良いのか?」という感じに首を傾げるテッチにセイルは笑いながら答える。


「ほほほ。良いんじゃよ。今までのようにバッグで眠らせておくより、タケルに使ってもらった方がプリムも喜ぶ。テッチもそう思うじゃろ?」


「ワウッ」


 同意を示すようにテッチが吠える。

 一拍呼吸を置き、セイルはテッチを送り出す言葉を紡ぐ。


「では、ちゃんとタケルを屋敷まで案内してくれのぅテッチ。道中も危なければ頼むぞ」


「ワウッ!」


 吠えた後、すっかり遠くなった武たちを追いかけてテッチは凄まじい速度で走り出した。

 テッチも見送ったセイルは、思いがけず手に入れたこの半年間の輝きに満ちた思い出を懐かしみながら、幾分か寂しくなった家へと戻る。


「本当に、人生何が起こるかわからんのぅ。この歳になって未だに心湧く思いが出来るとは思わなんだ……。さて、ヴォルジェントの改良でもするかいのぅ……。そういえば試作はタケルが持ったままじゃったか……まぁイチから作るかのぅ」


 喜色に満ちた表情を浮かべながら、武から昨晩貰った意見をもとにセイルは飛翔魔法の魔道具の改良を始めるのであった。


 本来出逢うはずのなかった少年と老人の魂は一度離れ離れになるが、老人にはまた遠くないうちに相まみえるという根拠のない確信があった。

 老人は少年の成長に期待を膨らませ、その期待を一身に背負った少年――武は、まだ見ぬ新しい世界へと足を踏み出したのであった。


―――――――――――――――――――――――――――――

第一章 カラハダル大森林 編   -終-






色々とありましたが、これで第一章終了です。

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