父との対決 後
「まず、お父様の治めるこのフレイヘルム公爵領がユグラシル王国において最も繁栄している領地の一つだということは間違いありません」
私はきっぱりと言い切る。
さっきも素晴らしい領地だと言ったが、これはお世辞でも何でもない紛れもない事実だ。
「まずは――――」
私は父に事細かに自分の分析した利点を伝えていく。
まず、広大なフレイヘルム公爵領には王都まで続く大きな川がある。船でこの川を使えば徒歩で二週間以上かかる道のりもかなり短縮することができる。これを生かして商人たちは商売を行い、フレイヘルム公爵領に莫大な富をもたらしている。
父はこの川の港の整備を進め、町を作った。それはやがて人口五万を抱るフレイヘルム公爵領で最も大きな都市となりフレイガルドと呼ばれるようになった。私たちの暮らす屋敷もフレイガルド中心部にある。
この川の恩恵はそれだけではない。この川の水と肥沃な大地により農業も盛んであり、農業技術が発達していないにも関わらず、高い農業生産力を誇る。
次に鉱山だ。この領内には鉱山がいくつかあり、各種鉱石がとれる。その中でも鉄鉱石はよく産出されており、鉄鋼業が盛んだ。鉄は国家なりという言葉が示す通り、鉄は文明を発達させ近代に突入させるためには無くてはならない資源だ。鉄が豊富に産出され、製鉄の技術でもこの世界ではトップクラスに位置するというのは何物にも代えがたいアドバンテージだ。
「良く調べている。私が力を注いできたからというのもあるが、この土地は非常に恵まれている。でなければここまで発展させることはできなかった」
父はそう言うが、そんなことはない。
元々豊かな土地であったとはいえ、それが原因で奪い合いとなり、その戦争で荒れ果ててしまったこの領地をここまで繁栄させることができたのは父の手腕あってのことだ。
それに加えて、父が領主でなければまたすぐに隣の国と奪い合いの戦争になっていたかもしれない。ここまで守り抜いたのも父あってこそだ。
「だがそれだけではないだろう」
「はい。当然、これからしていかなければと考えていたことがありますわ」
もちろんこの領地は利点だけではなく様々な問題を抱えている。
そしてそれらの問題は前世の記憶に目覚めた私だからこそ解決できるものである。前世の知識を使えば解決するにとどまらず、飛躍的に発展させることも十二分に可能だ。
「まず、すべての基本である農業の効率が悪すぎますわ。肥沃な大地に頼り切りで今のまま適当なことをしていればいずれ滅んでしまいます。いくつかの策を用いればこれらの問題を解決して更に農業生産力を向上させることができますわ」
父にその策を一つずつ丁寧に説明していく。
この世界の農民たちは未だに昔からやってきた伝統的な農法でしか農業をしておらず、非常に生産効率は悪い。
ここに近代的な農耕技法、農機具、栽培品種の改良を導入すればさらに高い農業生産力をたたき出すことが可能になる。
残念ながら知識として知っていてすぐに実行に移せそうなものは少ないがそれでもかなりの効果を期待できるだろう。
「次に鉄ですわ。鉄はこれからの時代必ず必要になってくるものです。この領内では今もたくさんの鉄を作っていますが、まだまだ足りません。技術を革新させることでさらに多くの鉄を効率的に作ることが可能になると思いますわ」
私は父に細かく説明をしていく。
鉄は様々なものに利用される。
木で作った農機具よりも鉄でできたものの方が作業効率が格段に上がるだけでなく頑丈だ。農機具に限らず巨大な船や建造物にも大量の鉄が使われる。鉄を大量生産しそれを利用していくことでさらに豊かになることができる。
なにより、私の考える軍隊を作るためには大量の鉄が必要だ。
この世界の製鉄技術というよりフレイヘルム公爵領の製鉄の技術力は高い。ここの私の持つ前世の記憶にある技術を導入すれば技術革新は早期に完了するだろう。
現在鉄を作るために使用されている設備は高炉だ。これだけではあまり良質な鉄を作ることはできない。この設備をさらに改良し転炉などの設備や蒸気機関などの動力を加えれば、私の考える計画に耐えうる鉄鋼生産量を叩き出すことができる。
「最後に経済ですわ。これは要するに金の回る仕組みを作り、商業を活性化させるということですが私の考えがまだまとまっていないのでまた別の機会に、お話しいたしますわ」
いつの時代何をするにもとにかく金がかかる。
特に大規模で近代的な軍隊は莫大な金を何の生産性もなくただ喰らい尽くしていく化け物だ。
これからことを起こしていくためには大量の資金を得る必要がある。フレイヘルム公爵領は裕福なので当分は農業改革による税収の増大と父の築いた貯蓄を切り崩していけば何とかなるが、それでもすぐに足りなくなる。
大商人に事業に投資をしてもらったり銀行を設立したり、前世の知識を活用すれば資金を工面することはできそうだが、この辺りはまだ情報が足りないうえにハイリスクハイリターンな面があり、準備も色々とある。
もう少し慎重に行った方がいいだろう。
私が一通り説明を終えると父もしばらくしてペンを走らせる手を止め、黙り込む。
それにしても喋り過ぎて疲れた。私ほど流暢に口の回る6歳児はいないだろう。誕生日会であった貴族の子供たちもまだ喋り方はたどたどしく幼げだった。唯一、あの忌々しい王子だけは違ったが。
考えがまとまったのか父は深く息を吐くと口を開いた。
「……一体どこでそれほどの知識を手に入れたんだ。そんなことが書いてある書物を見たこともなければ、この領内で、いや、ユグラシル王国でもそんな話を聞いたことはない」
父の疑問は当然である。
「少しばかり考えただけですわ。どれもよくよく考えてみれば簡単な話。ただ今は貧しい者はその日食べていくので精一杯、裕福な者は現状に満足していて皆、どうすればより便利になったりだとかそういうことを考えることをしませんわ。いつかは誰かが必ず気付きます。それをたまたま私が気が付いただけ。それだけのことですわ」
もちろん、すべて嘘だ。私が全て一人で考えつくなどありえない。
簡単な仕組みの農機具ならまだしも輪栽式農業や製鉄技術なんて思いつくはずもない。
それらしいことを言ってみたがどうだろう。できればこれで誤魔化し通したい。
「言われてみれば、当たり前のことだ。だが、中々気付けるものではない。そこに気付ける者こそ天賦の才を持つもの。お前にしかできぬことだ。お前が長男として生まれてこなかったのが非常に残念だ」
私もそう思う。
「そんなことありませんわ。お兄様は次期当主に相応しいお方ですわ」
「確かに私が亡きあとでも私の育てた優秀な部下たちと共にやっていくことができるだろう。やっていくことはできるが、それ以上のことはおそらく無理だろう。あとは衰退するだけもしくはブロンク王国どもに攻められて滅ぶのが落ちだ」
この領地で一番の問題は父のワンマン経営で動いているところだ。父が主導してやってきたので父がいなくなれば立ち行かなくなるだろうし、それに付け込んでブロンク王国だけでなくユグラシル王国の別の貴族にまで食い物にされてしまうだろう。
父は偉大過ぎた。それ故に危うい。そんなことは父にも分かっていたのだろう。
「ルイーゼ、お前はどうしたい。お前は何を目指す」
父の疑問への答えは一つだ。
「そんなことは決まっています。運命を切り開いていく。ただそれだけですわ」
「ははは! 運命を切り開くか。教会の連中が聞いたら起こりそうなことだ。だが、面白い。よし、これよりルイーゼ・フォン・フレイヘルムは私の補佐官となれ。人と金は渡す。ある程度は自由裁量で動くことを許す」
父は大笑いすると私にそう命じた。
これは予想していなかった展開だが、僥倖だ。これはフレイヘルム公爵として命じたのだから嘘偽りはない。
使えるものはゲルトハルトのように平民出身でも私のように6歳児でも登用する。そんなところが父の英雄たる所以なのかもしれない。
「承りましたわ」
膝をつき臣下の礼をとる。
断る理由などなにもない。
父の後ろ盾と金、人を手に入れた私はまさに水を得た魚だ。
これで思う存分動ける。
と高ぶってきたところだが、私はまだ子供。そろそろ限界だ。
どれだけ話したのだろうか朝からぶっ続けで昼はもうとっくに過ぎている。
6歳児のお腹が成長のために栄養を欲して唸っている。
「お父様、そろそろお食事のほうを……」
「よし、これから主だった者も集めて会議をするぞ! 昼食は持ってこさせてここで食べるとしよう」
父の方が高ぶっていた。これもホド爺やゲルトハルトと同じ病気だろう。
「ああ、はい。わかりましたわ。誰かに昼食を頼んできますわ」
思わずあきらめの声が漏れてしまう。これからどれだけ長い戦いが待っているのだろうと。
会議は進む。されど私は眠い。
「おお、素晴らしい。これならばすぐにでも実行に移せます。流石はルイーゼ様だ」
「全くです。ルイーゼ様は素晴らしい才能をお持ちだ」
「よし、では次だ。その前にここがわからないのだが詳しく説明してもらえるかルイーゼ。……ルイーゼ?」
結局、今後の領地に関する話し合いは何人かの父の重臣が集まったあと休むことなく私が気を失うように寝てしまった夜中まで続いた。