父との対決 前
遅くなり申し訳ありません。ちょい短めです。
「この後、私の執務室まで来るように」
一言そういうと朝食を一足先に食べ終えた父は席を立ち、出て行ってしまう。
和やかな朝食に緊張が走る。
私の誕生日の翌日から父は体調が優れずここ最近までは寝込んだり働いたりの繰り返しだった。最近では政務に割く時間も通常通りに戻り、徐々に体調も回復していたので久しぶりにこうして一緒に食事をしていたのだが、どうしてこうなってしまったのか。
せめて他の家族がいてくれたらと思うが母も兄も私や父ほど早くは起きてこない。この家族は父以外は堕落しきっている。ゲームの設定上、仕方がないことだが、あまりにひどい。
私が父からこんなことを言われたのは初めてだ。何か叱責されるようなことをしただろうか。
前世の記憶に目覚めてから二か月。かなり派手にいろんなことを仕出かしているのでどれが叱責の原因かはまるで見当がつかない。ホド爺との魔法の開発が捗りすぎて庭の一部を吹き飛ばしてしまったことだろうか。それとも門番の目を出し抜いて町に視察にひとりで行ってしまったことだろうか。いや、二つともすでにばれて母にこってり絞られている。これはないだろう。
ということは勝手にフレイヘルム公爵領の財務状況を盗み見たことがばれたか。これはかなりまずい。自分でも見つかればただでは済まないと思っていただけにかなり慎重にやった。この世界の技術力では指紋などから犯人を割り出すこともできないはず。そもそも漁ったものはすべてばれないように元の位置に戻したしそれなりの隠ぺい工作もした。疑われる余地などどこにもないはず、なのになぜ……。
急いで朝食を掻き込むと身支度を整えて、父の待つ執務室に緊張した面持ちで向かう。
夜中こっそりとよくお邪魔して色々と漁っているが、父の執務室に真正面から入るのは初めてだ。
コンコンコンと軽快なノック音とは裏腹に私は重苦しい気分だ。
「お父様。ルイーゼです。入ってもよろしいでしょうか」
父からの返事を聞く前に扉が開かれる。
しかし、その光景に衝撃が走る。なんと父自らドアを開けたのだ。
本来それをするべきはずの従者の姿は見えない。どうやら人払いされているらしい。
これは歓迎されているということなのだろうか。もしかするとそんなに悲観的になる必要はなかったのかもしれない。
「そこに座りなさい。今、紅茶を入れてこよう」
「いえ、お父様。私が」
「ルイーゼは座っていなさい。これでも紅茶を入れるのには一角の自信があってね。私の入れる紅茶はうまいと評判なんだよ」
私が父に指定されたソファに腰掛ける。
これはやはりもてなされていると受け取ってよいのだろうか。それとも毒殺を警戒して。父とてまさか6歳児がそんなことするとは思わないだろう……わからない。
父から紅茶を受け取り一口飲む。
「美味しいですわ」
純粋にそんな感想が漏れる。
確かに味はかなりいい。熟練のメイドたちが入れるものと遜色ない。普段よりおいしいので茶葉も最高級のものかもしれない。
「最近手に入れた上物でね。中々のものだろう。貴族でもあまりお目にかかれるものじゃない」
父が対面に座る。
対面した瞬間からその気迫に圧倒される。どうやら、楽しいお茶会ではないらしい。体調不良で弱っているはずなのだがそんなことは一切感じさせない。これが歴戦の英雄。幾多の戦場と社交界を乗り越えた本物の貴族。
だが、ここで怖気づく私ではない。大貴族の令嬢としてのプライドというものがある。背筋をピンと伸ばして美しい姿勢を保つ。洗練された振る舞いは貴族の令嬢の手本と言ってもいいだろう。
「……やはり6歳児にはとても思えないな」
父がポツリと呟いたことが私には深く突き刺さる。
私は一般的な子供と比べたら常軌を逸している。前世の記憶に目覚めたことでこの世界では手に入れることはできない多くの知識を持ち、精神も早熟だ。そして未来もある程度知っているしそれを変えようと奔走している。それを誰かに話そうと考えたこともなければ隠そうとしているわけでもない。話しても信じてはもらえないだろうしそもそも疑われることもないので隠す必要もない。運命に対抗するために自重せずに行動してきた。
だが、もし私のその出過ぎた行動を父が疎んだり、悪魔付きだとかありもしないことを誰かに疑われて私を弑そうとしているのなら。これは大問題だ。
「6歳になってからお前は随分と成長した。私は寝込んでいてあまり構ってやれなかったが、お前の起こす騒動を聞くたびに成長を感じられて嬉しかったよ」
とても嬉しそうに父は私のことを話してくれる。
やはり、私の考えすぎだったかもしれない。生まれながらにして死亡フラグを立てやすいが、まだゲームストーリー開始前。少し敏感になりすぎているのかもしれない。
「いえ、私などまだまだです」
「謙遜することはない。お前はよくやっているよ。それに最近は領内のことをよく調べて回っているようじゃないか」
父の目が真剣な眼差しへと戻る。
やはり、文書や資料を盗み見ていたことがばれたか。機密文書を見る。況してや父の執務室に忍び込むなど重罪だ。本来ならば死罪などでは済まされない。
ならば致し方ない。先手必勝、三十六計逃げるに如かず。古来より伝わる服従と謝罪の奥義。土下座を使う時が来た。
私は土下座の構えを取る。土下座をした後は泣いて謝るしかない。可愛い可愛い娘の涙ならば何とかなるはずだ……。
「お父様、申し訳――――」
「ルイーゼ。お前の目から見てこの領はどうだ。思うっていることを言ってみなさい」
「……えっ。この領についてですか。とても素晴らしい領地だと思いますわ」
父からの言葉は叱責ではなく質問だった。
予想外の質問に戸惑い、ありきたりな回答を言ってしまうがこれが正解だろう。人権意識の低いこの世界では女が政治に意見することなどあまりよくは思われない。父に下手に意見するなどもってのほか。
「私はお前の忌憚なき意見を聞きたい」
父の表情が曇る。
どうやら私の選択は間違いだったようだ。
父は権力と富をむさぼる様な愚鈍で愚かなそこら辺の貴族とは訳が違う。小手先の誤魔化しやご機嫌取りが通用するような相手ではない。
向こうは大貴族として領主として本気で話に臨んできている。それがどういう意図かは分からないが、何かを試されているのかもしれない。何にせよ、相手が全力でぶつかってきているのなら全力で相手をするのが私の令嬢としての矜持。
「でしたら、失礼を承知で言わせていただきます」
私の初めての戦がこの小さな執務室で知恵と言葉を武器に始まった。