お誕生日会
慌ただしく、準備に奔走しているうちに日は沈み始め、辺りもすっかり暗くなってきた。
今日の主役である私は家族と共にパーティー開始と共に登場する為に今は別室に控えている。
私は主役らしく豪華なドレスに着替え、無理矢理顔に化粧されてばっちりおめかしされて準備は万端だ。前世の知識や価値観を思い出した影響か、姿見鏡で改めて自分の姿を見ると未だ齢6歳ながらこれは相当な美人だと思った。体つきはまだ子供ではあるが、整った顔立ちに母親譲りの空に輝く星々のような金色の髪、透き通った宝石のような碧眼。自分で言うのも気恥ずかしものだが、まるで出来のいい完璧な人形のようだ。これは成長していけばかなりの美人になると確信できる。流石はゲームの設定で主人公に次ぐ美貌の持ち主であっただけはある。尤も他の女性キャラクターデザインもどれも美少女だったので設定の上ではという話ではあるが。
昼間から屋敷には今日の私の誕生日を祝うために多くの人が集まり始めた。いや、貴族が集まり始めたのはいいがいくら何でも集まりすぎだ。幾ら、公爵家の令嬢の誕生日にパーティーを開くといってもホールがいっぱいになるほど貴族たちが挙って集まるものだろうか。この世界で6歳というのは何かの大事な節目の年というわけではない。普通ならば近所の貴族や懇意にしている貴族たちが十数人程度集まってわいわいやる程度のもののはずだ。おぼろげな記憶ながら昨年、五歳の誕生日の時には今日ほど多くはなかった気がする。今日は、ざっと見たところ数十人では済まない数の貴族たちが集まってきている。
やはり私と自分の息子を婚姻させたい、若しくは婚姻したいと思う貴族が予想以上に多いのか。大きな力を持つ公爵家の一人娘としての魅力か、それとも私自信の絶大な魅力のためか。兎にも角にもモテ過ぎるというのも困ったものだ。事前の母からの説明で父と仲のいい貴族が来るというのは聞いているので、単に父はお友達が多いというだけなのかもしれない。
「では本日の主役、ルイーゼ・フォン・フレイヘルム様の登場です。皆様、盛大な拍手を!」
司会進行役の大きな声がここまで聞こえてくる。そろそろ時間のようだ。
「さあ、それではそろそろ行こうか。皆様がお待ちかねだ」
父が立ち上がり、私の手を取る。
「わかりましたわ。お父様、お母様行きましょう」
扉が開かれると私には大きな拍手が送られ、おめでとうございますと賛辞が四方八方から聞こえてくる。
ここまで自分のことを祝ってもらえるとは……。初めてのことで感動してしまう。多くの人の前に堂々と立つのは大変気分がいい。集まった貴族やその子女たちに笑顔で手を振る。
「さて、次はルイーゼ・フォン・フレイヘルム様のお誕生日を祝うためにお越し下さった、ゲストの登場です」
何、ゲストの登場だと。主役を差し置いて最後に登場とは一体何者だ。今日の主役は私だぞ。
せっかくいい気分であったのに少々不愉快になる。
「第三王子、アルベルト・ウィルヘルム・アウグスト殿下です。盛大な拍手を!」
私の時以上のどよめきと拍手が舞い上がる。
そんな中、大勢の供回りを連れて入ってきたのは私と同じぐらいの年齢の男の子だ。
この私を蔑ろにするとは許せない。絶対に許すことはできない。激しい憤りを感じながらあることに気が付く。むむむ……いや、待てよ。第三王子だと。これはとんでもない大物に出会ってしまったかもしれない。この男、アルベルトはユグラシル王国の第三王子で王位継承権第三位の王族だ。この国のトップである王族ならば、この待遇も可笑しくはない。しかし、疑問なのはなぜ、王族までもが私の高が6歳の誕生日を祝うために来ているのか。公爵家と婚姻関係を結ぶためか。いや、違う。恐らくそれはないゲームの設定では私に婚約者はいないはずだ。ということは何か別の理由が……。
重要なのはそこじゃない。アルベルトはメインヒーローの一人だ。則ち、ゲームの登場人物そして私の死をもたらす者。倒すべき敵の一人だ。
隙を見てここで殺すか。殺したいのは山々だが冷静な私は今、実行不可能なことぐらいはちゃんとわかっている。食べ物を切り分けるナイフで後ろからグサリとやれば、屠ること自体は可能ではある。もしそんなことをすれば、私の破滅は免れないのでここでゲームセットとなり意味がない。最高の状況で最高の戦力を持って徹底的に叩き潰すほうがよいだろう。精々今はその短くなるであろう人生を謳歌していればいい。
「大丈夫? なんだかこわい顔をしているけど」
「はっ! い、いえ。大丈夫ですわ。お気遣いありがとうございますわ」
おっと、いけない。今はパーティー中だというのにまた深く考え込んでしまった私の悪い癖だ。
それにしても怖い顔とは失礼な。麗しき公爵令嬢に向かってなんという口の利き方。一体どこの馬の骨が……。
「君の誕生日なんだからもっと楽しまなきゃ。あらためておめでとう! 僕の名前はアルベルト・ウィルヘルム・アウグスト。よろしくね!」
挨拶してきたのはアルベルトだ。思わず顔が引きつる。
不味い。早速、なんの心の準備もなしにアルベルトと接触してしまった。敵意がバレてはいけない。アルベルト君はお友達、アルベルト君はお友達、アルベルト君はお友達、アルベルト君は敵。うん、もう大丈夫。
「はい、殿下にお褒めのお言葉を頂けるなんて光栄ですわ。私はルイーゼ・フォン・フレイヘルムです。ルイーゼとお呼びくださいませ。殿下」
スカートを軽くつまんで満面の笑みで挨拶する。
見たか。この完璧すぎる受け答えと華麗なる所作を。大抵の男ならこれで私の魅力に屈するだろう。
自己暗示の魔法の高速詠唱で、感情をコントロール。これぐらいは権謀術数渦巻く貴族社会に生まれた公爵令嬢たる私にとってはお手の物だ。
「わかったよ、ルイーゼ。アルベルトって呼んでくれていいよ」
「はい、わかりました。アルベルト殿下」
「殿下はいいのに」
なんともフレンドリーな王族である。子供とはいえ仮にも王族なのだから対等な目線になることはいいことなのかもしれないが、ここまで来ると舐められてしまう。あまり褒められた行為ではない。アルベルトもまだ子供なのでその辺はよくわかってないのかもしれない。見かねた御付きの人に諫められている。ゲームでは結構、策士なキャラだったので少し拍子抜けだ。だが、これも演技だとしたら……。まあ、相手も同じ6歳児気にすることもないだろう。
それよりも気になるのはこのパーティーの真の目的だ。一体なぜ困難にも貴族たちが集まっているのか。第三王子までもが出席しているのか。聞き耳を立てて、情報を収集しなければ。
「それでは皆さん。お食事、ご歓談をお楽しみください」
一通りの出席者たちが、私へのお祝いと挨拶、プレゼントを渡すのを終えるとここからはただの晩餐会になるようだ。
一人一人に同じような挨拶をするのは疲れたが、貴族の名前や顔、爵位などを覚えることができたので良しとしよう。これはこれから大いに役立つ知識になるはずだ。それから挨拶をしてくる貴族の子女たちの中には何人か聞き覚えのある者もいた。将来、学園で私の取り巻きとなる連中だ。あまり主要なキャラクターではなかったので全員は把握しきれていないし、名前のついていないモブも多かったのであまりあてにはならないが、注意しておこう。
むむむ、向こうで父を囲んで貴族たちが何かを話している。第三王子に引っ付いてきた連中もいる。これはきっと何か大きなたくらみに違いない。急いで見に行かなければ。
「ルイーゼ! こっちで話をしながら食べよう」
「アルベルト殿下! お、お待ちくださいぃ!」
たくさんの貴族の子女たちを引き連れてきたアルベルトに無理やり腕を引っ張れらて引きずられてしまう。ああ、情報収集が……。ここで王子のことを蔑ろにすることはできない。仕方なく付き合うことにする。
結局、何の成果も挙げられないまま、アルベルトや貴族の子供たちと夜中まで食べたり、話したり、遊んだりするだけでパーティーは終了してしまい。振り回された私はひどく疲れて、ドレスも着替えずにベッドに倒れこむように眠ってしまった。