お誕生日会の準備
朝食会を済ませ自室に戻り一息吐く。
自分の現状把握とこれからの行動計画などに励みたいところだが、生憎今日は自分の誕生日。今夜にも大勢を招いた、私の六歳のお誕生日会が開かれる。まずはそれを乗り切らねばならない。
この世界の貴族パーティーというのは一大イベントで用意は大変なものだ。一大イベントと言っても、ゲームのストーリー作成のためか、お誕生日会に、晩餐会、舞踏会など多岐に渡るイベントが開催される。そしてそのどれもが一大イベントだ。実際、大勢の貴族たちを招くパーティーの準備にのために屋敷の使用人たちは朝から大忙し。使用人たちが全部やってくれるからパーティーが始まるまでは余裕だろうと高を括っていたが、どうやら、私もこれからメイドや母と今夜着るドレスを決めたり、パーティーでどこのどちら様がいらっしゃるだとか、そのときの立ち振る舞いだとかを入念に準備したりと何かと忙しいようだ。
何せ、私は公爵家の令嬢だ。公爵と言えば、王族に次ぐ地位で貴族としてはトップに君臨している。そこの一人娘を貰おうとする連中はかなり多い。公爵家のご令嬢を嫁に迎えれば、公爵家との太いパイプができるし、立身出世に大いに役立つことだろう。お家は安泰間違いなしだ。さりとてこちらも安売りはできない。貴族のトップに君臨する家の娘ならばそこらへんの男爵だとか子爵だとかの弱小貴族よりもよほど偉い。そんなところに嫁いだとしても公爵家にとっては何らメリットはないだろうし、プライドの高い高位の貴族のご令嬢たちはそんなことに耐えられないだろう。
無論、私も自分を安売りするつもりはないし、嫁入りの話など決まってしまったら、これから行動を起こさなければならないというのに足枷になりかねない。故に私の今夜の目標は文字通り何事もなくお誕生日会を終わらせることだ。最もゲーム通りならば本編開始の16歳時点で私、ルイーゼが婚約したなどという設定は無かったので大丈夫ではあろうが、油断は禁物である。
一息入れたのも束の間、そろそろ母と共に支度をせねばならない。その前にいつ何が起きてもいいようにこの世界、ゲームの知識を思い出しておく。
前世の記憶によれば、物語の開始は今から約十年後の王国歴999年、王都にある貴族の子女たちが通う学園への入学から始まる。主人公は田舎の貧乏男爵家の出身ではあるが、容姿端麗にして博学才媛。更には優しく、頑張り屋で領民からも愛されている。まさに女神のような存在である。そんな主人公が学園生活の中で様々な才能を開花させ、多くの事件を経てメインヒーローたちを攻略し、最終的には誰かと結ばれるというような典型的なシンデレラストーリーである。
しかし、このゲームのポイントはそこではない。このゲーム、とにかくルート分岐が多く、とんでもないエンドが数多く存在する。制作陣の狂気を感じさせる無数の選択肢やエンドが話題となり、記録的大ヒットを達成するのだが、問題はそのゲームでの私、ルイーゼ・フォン・フレイヘルムの扱いだ。
その公爵家の令嬢という地位と生まれ持った優秀さ、美貌によってカーストトップに厳然と君臨し、取り巻きに囲まれながら学園生活を送る。その傲慢な性格から弱小貴族出身者――特に主人公――をいじめ、好き勝手に振る舞う典型的な悪役令嬢役だ。途中から才能を開花させた主人公にあらゆる面で負けはじめ、その劣等感から主人公へのあたりは酷くなっていきあらゆる手段で主人公を邪魔するようになる。そして最終的には成敗されるのが通常のルートだが、改心したりするルートも存在する。
だが、なぜかどのルートで進めても途中で若しくは最後には必ず死んでしまう。処刑に始まり、自殺、魔物に襲われて死ぬなど実に多彩ではあるが、結局は死ぬ。制作陣の悪ふざけなのだろうが、このゲームがヒットした際には死にたがりの悪役令嬢だと話題になった。後にシナリオライターはこの件に関してのインタビューでこれは愛だ、と語り再びネットをざわつかせるが、これはどうでもいい話だ。
シナリオ通りに進めば、私は必ずどこかで死んでしまう。ありとあらゆる手段でフラグを立てられ、または何の前触れもなく唐突に、いずれにせよ確実に死が襲ってくる。そんなことはご免だ。
ではこの問題をいかに解決して行くかが、重要なのだが、私の中ではすでに一つの結論は出ている。
一言で言ってしまえばそれは力だ。様々な力があるが、まずは己自身の力を高めていく必要がある。剣と魔法のファンタジー世界であるこの世界では個々人の戦闘能力が極めて高いことが多々ある。幸いなことにゲームの設定では主人公には及ばないながらも剣や魔術の才能がある。前世の記憶を生かしていけばストーリー開始前までには十分に私自身の戦闘能力を高めておけるだろう。これで唐突な事故死や魔物襲撃による死から逃れることができる。
第二に軍事力だ。私的にはこれが一番重要だと思っているし、前世の知識も豊富な分野だ。個人の戦闘能力が高いこの世界でもやはり人一人の力では限界がある。悪役令嬢という役柄ルートによっては国に追われたり、ぶっ飛んだ方向に進むと他国に攻められたり、魔物の大群に攻められたりと圧倒的な力に飲み込まれて死ぬことも多々ある。これは個人の力では対処しきることができない問題なので、一国に匹敵するレベルの軍事力を保有することでこの事態を回避することが求められる。
さらには死の原因となる、厄介な主人公とメインヒーローたちの抹殺にもやはり軍隊が必要だ。学園にいる間に暗殺すればどこかで足がついてバレる可能性が高い。そうなれば王都の学園にいる私は孤立無援の状態となってしまうだろう。ここで強大な軍事力を持って王都ごと制圧し一網打尽にしてしまいさえすれば、極めて安全に且つ合法的に事を進められる。この国を、この世界を制圧してしまえばその時は私が法であり秩序だ。問題ないだろう。やはり、軍事力の強化こそ最重要だ。うん、重要だ。可及的速やかに取り掛かる必要がある。……昂りますわ。
第三には経済力や生産力、技術力だろう。こういった搦め手を使えば大きな被害を出さずに問題を解決することができる。人道的ではあるが、私はこの手のことがあまり得意ではない。このあたりの分野に関しても前世の記憶は豊富にあるのでもしかすると前世では得意だったのかもしれない。だが、経済力や生産力などは最も重要な軍事力の確立のためには必要不可欠だ。こちらも注力して行かなければならない。
大体の方針は定まってきた。これから具体的な行動はどうするべきか。まずは情報収集のための密偵組織の設立か、全世界に広がるスパイ網。素晴らしい。はたまた農業革命か。生産力を一気に押し上げて……いやいや新しい兵器の開発、魔法と現代兵器が組み合わされば面白いことになりそうだ。優れた指揮官の育成、産業革命にそれに伴う兵器の大量生産、公爵領軍の近代化。することは山ほどあるが、タイムリミットは十年ない。普通に考えればすべてを行うことは不可能だ。取捨選択は厳しいな。何をするにせよ、まずはこの領の実権を握らないと、確かゲームの物語開始時にはすでに兄であるヨワヒムが当主になっていたし、今、当主をやっているフレイヘルム公爵は死亡していたはず、あの脆弱な兄が当主となれば傀儡化して実権を握るのは容易い。父には物語から早々に退場していただく必要があるな。さて、どうしたものか。
「――お嬢様、お嬢様!」
メイドが肩を揺らしたことで深い思考の底にあった意識が現実世界に引き戻される。どうやら大分前から声を掛けられていたようだ。考え込みすぎて気付いていなかったようだ。
「お嬢様、もうすぐ準備の時間でございます。大丈夫ですか。厳しい顔つきで何か深く考え込んでおられたようですが」
「む、大丈夫ですわ。それよりも早く行きましょう。お母様をお待たせしてはいけませんわ」
いけない、いけない。メイドに悟られるようでは先が思いやれる。
私は公爵令嬢、ルイーゼ・フォン・フレイヘルム、6歳だ。変に感ずかれてしまえば、どんな目に合うか分かったものではない。呪われた子だ、などと言ってここで試合終了では笑い話にもならない。
私はメイドを引きずるようにして母の元へと向かった。