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目覚め

 「天上天下天地無双」


 激しい頭痛により不快感に満たされた状態で無理やり目覚めることとなってしまった。そんな素晴らしい朝。ベットからむくりと起き上がり、開口一番こんなことを口にする。碌でもない一日の始まりにはぴったりの言葉だろう。


 「……あ、えー、おはようございます、お嬢様。朝食の準備がそろそろ整いますのでご支度のほうを」

 

 私のセリフにメイドは混乱しているようだ。主人の前で動揺した姿を見せるとはまだまだである。

 

 むむ、メイド。いや、待て、なぜメイドが私の寝室にいるのだ。むむむ、いや、普通のことか。思えば物心ついた時から毎朝、誰かしらメイドが起こしに来ているではないか。なにも不思議に感じることはない。

 

 今日はなんだか調子が悪い。それに朝食を用意してくれるというのならば有難く頂こうではないか。


 「うむ、すぐに行こう。支度する故、暫し待っていてくれ……ですわ」


 メイドに返事をするとすぐにベットから出て衣装ダンスに向かう。

 

 それにしても、ですわ。だと、まるで何かの意思に引っ張られるかのようにこの語尾を口にしてしまう。しかし、なんだか妙に落ち着く語尾だ。安心感に包まれる。それも道理か。私は由緒正しい貴族令嬢。貴族令嬢が使うのに最も相応しい語尾であろう。

 

 「はっ! いえ、お召し物はわ、私めがご準備しますので」

 

 メイドは開いた口が塞がらないご様子。今度、本気で鍛え直す必要があるな。メイドの何たるかを叩き込まねばならん。今日は朝から呆けすぎている節がある。まあ、普段は駄々をこねて中々起きようとしないわがまま娘である私が今日は打って変わって素直に起き上がりそそくさと支度しようとしているのだから驚くのも当然ではあるが。

 

 メイドに着せ替え人形のようにされて、ドレスに着替えさせられる。いつも着ているような系統のドレスはやたらフリフリしていたり、色も派手なので、私の衣装ダンスに入っている数少ないシックなタイプのドレスにしてもらった。こちらの方が動きやすし、私の好みだ。なぜあんな派手な服ばかり欲しがり、せがんでいたのか今となっては分からない。

 

 化粧をするとも言われたが、まだ私には早すぎると拒んでおいた。あんな化粧品、一体何を使って作っているのか分かったものではない。安全性が確認されるまでは使用は控えるべきだろう。この世界では自然由来の草花を使って作っているということを聞いたことがあるので大丈夫ではあろうが、私の記憶が正しければ、医療や化学が発達していなかった頃の化粧品は化粧品というよりはむしろ毒に近いようなイメージなので今は避ける必要がある。

 

 今、ふと頭に様々な知識が浮かんできたが、どこかの本で読んだのだろうか。記憶があるが覚えがない。そもそも私はあまり本などを好んで読むことはない。家庭教師の授業で聞いていたのかもしれないが、その授業もあまりまともに聞いていなかったので定かではないが。そもそも私はまだ子供だ。一般常識から考えれば、幾ら貴族の娘だからと言ってやたら難解な授業や本を理解することは不可能だろう。不真面目な私ならばなおさらだ。そういえば、私は今、歳はいくつだったのかそんなことを思い出せない。まだまだ若いはずなのに自分の年齢すら思い出せないようでは不安だ。はっ! 何かの病に侵されてしまったのか。


 今朝から混乱している頭の中を整理しながら、支度を済ませて、家族と朝食をとるためにダイニングルームまでの廊下をメイドと共に歩く。

 

 「お、お嬢様、ご気分は大丈夫でしょうか。いえ、あの……今朝からいつもとは違ったご様子なので」

 

 遠慮気味にメイドが訪ねてくる。ふむ、私としても朝から変な調子ではあるが、別段、熱っぽいとかどこかが痛いとかそういった身体的な異常はない。ひどい頭痛で目を覚ましたが今は綺麗さっぱり無くなっている。

 

 「大事ない……ですわ」


 やはりこの語尾でないと落ち着かない。


 「安心しました。今日はお嬢様のお誕生日。今夜は大事なパーティーが控えているので、もしお嬢様に何かあったらと心配してしまいました。お嬢様、着きました。」


 メイドがホッと胸を撫でおろすとダイニングルームの大きな両開きの扉をノックし開く。

 そうか、今宵は私の誕生日であったか。すっかり忘れていた。


 扉を開けると美しく豪華な内装、その中央にやたらと長く、巨大なテーブルとその上に並べられた銀の食器やグラスとそこに盛り付けられた食事がある。三人がすでに席についており周りには執事や他のメイドたちが、静かにせわしなく働いている。

 朝からこんな広い所で食事を取らなくてもいいのではと思うが今日は特別な日だから仕方ない。


 「おはよう、ルイーゼ。もうみんな揃っているよ」


 ダイニングテーブルの真ん中に座る壮年の男が挨拶してくる。

 

 どうやら自分以外はもうすでに揃って居るようだ。若輩者である私が、一番遅れてくるなど本来あってはならないこと。ここは非礼を詫びなければ。

 

 「お待たせしてしまい、申し訳ありません」

 

 「いいのよ、今日ぐらい。だって今日はあなたのお誕生日でしょう」

 

 男の横に座る、妙齢の女性がそういうと扇子を口に当てオホホと笑う。


 「今夜のパーティーは少し憂鬱だけどね」

 

 青白い顔をしたなよなよとした男が溜息を吐く。

 

 若者のくせに覇気がない。若い男子だというのにそのほっそりとした体つきから剣を振るうこともまともにできないだろう。

 

 この軟弱男にも挨拶し席に着く。

 

 それにしても皆どこかで見覚えのある顔だ。いや、それもそうか血を分けた家族だ。顔を忘れることもあるまい。今日は珍しく家族全員揃っての朝食でもある。

 

 真ん中に座る男性は私の実の父、由緒正しきフレイヘルム家の現当主、フレイヘルム公爵。そこそこの年齢のはずだが、体つきもがっしりしていて年齢を感じさせない。白髪のオールバックもよく似合っている。若いころは武勇で名を馳せた武人だ。大きな戦がなくなった後はこの広大なフレイヘルム公爵領をよく治めている、敏腕貴族でもある。

 

 次に妙齢の女性は私の実の母でフレイヘルム公爵正室のフレイヘルム公爵夫人。最も正室と言ってもフレイヘルム公爵は一人しか妻はいない。こちらも年齢を感じさせないほど若々しく美人だ。髪型は普通にロングヘアーでマリーアントワネットを想起させるような中世ヨーロッパの貴族の髪形ではない。盛り髪スタイルは一般的ではなく現代風の髪形この国では一般的だ。悪い人ではないのだが、かなりの名家の出身で礼儀作法には厳しく、様々な教養にも秀でる才女だが、お金の使い方はかなりルーズで自分の子供にはとても甘いという悪癖を持つ。

 

 最後になよなよとした見るからに貧弱そうな男の名はヨワヒムといい残念なことに年の離れた私の兄だ。評判や普段の行動をみるに父親の才能をひとかけらも受け継ぐことは出来なかったようだ。しかし、母親に溺愛されて育てられているので血の滲むような努力をすることもなく、その能力は貴族としては平均以下だ。そしてさらに残念なことに彼はフレイヘルム公爵家の長男坊で彼と私以外には子供はいないので、どうあがいてもこの家を継ぐことになるのはこの男だ。フレイヘルム公爵家もこの男の代で滅亡するだろう。

 

 家族と食事をしながら色々な考えを頭の中でまとめていく。

 

 今朝から自分に感じる様々な違和感、どこで手に入れたか定かではない大量の知識そして私が知るこの世界の知識とこれからの複数の未来。むむむ、未来? 分岐する世界……異世界、前世、ゲーム。そうか、そうかそうか、そういうことかすべてを理解した。いや、ようやく繋がった。


 ガシャン! 両腕を勢いよくテーブルに叩きつける。つい、勢いでやってしまった。皆がこちらを凝視するが、顔を上げることはできない。今は笑いを堪えることで精いっぱいだ。 

 

 散らばっていたすべてのピースをつなぎ合わせてようやく一つの結論にたどり着いた。

 

 そう、今日は私、悪役令嬢にして前世の記憶に目覚めし者、ルイーゼ・フォン・フレイヘルムの六歳の誕生日。そしてここは私の前世の知識――と言っても前世の思い出や名前、性別などは一切わからないが――によると、とあるゲームの世界のようだ。

 

 私の知る未来では必ず、私は若くして死を遂げる。それも碌でもない死に方でだ。しかし、前世の記憶に目覚め最早、悪役令嬢になることもない私にとっては避けるべき未来であろう。私は幸せを手にして穏やかに暮らしながら孫たちに囲まれてて静かに死んでいきたい。そんなことは望んではいない。せっかく前世の知識に目覚めたのにそれを使わない手はない。それに私に襲い来るであろう死亡フラグは主人公どもと仲良くすることによって避けられるような生半可なものではない。どんなルートを辿ろうとも必ずやってくる絶望だ。

 

 ならば、私がやることは決まっている。私を破滅へと追いやるすべての元凶であるゲームの主人公そしてメインヒーローたちそのすべてを滅ぼし、運命をねじ伏せ、栄光ある未来を勝ち取ることですわ!

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