第六章
赤、紅、朱…。
真っ赤な夢に捕らわれて、私は苦しんでいた。
人間は簡単に死ぬ。
魔王は簡単に人間を殺す。
やっぱり悪いひとなんだ。
怖いひとなんだ。
ひっくひっくと泣いていると、部屋に魔王が入ってきた。
「ハーブティーを持ってきた」
魔王自らがティーカップを運んできたとは、驚きである。
もっとも、そのことに気が付くのはあとだったが。
「ティナ?」
魔王が手を伸ばしてくる。
私はびくついた。
「怖かった、のか?」
そう尋ねられて、こくんとうなずく。
「みせるべきではなかったな…私の配慮がたらなかった」
すまぬ、と魔王があやまる。
私は泣きながら、彼を見上げた。
「こうして優しいあなたも、さっきの残酷なあなたも、同じあなたなのに、私はあなたが怖い」
「そうか」
魔王の手が私の頭に乗った。
「では、私はおぬしの前から消えよう」
「!?」
私は慌てて魔王のマントの裾を掴んだ。
「いやっ!」
「私が怖いのだろう?」
「うん、怖い。でも、あなたがいなくなるのはイヤ」
「わがままだな」
魔王が苦笑した…気がした。
唇は少しも緩んでないのに。
「私、あなたのことが好き、だわ」
「どのくらい?」
「どのくらいって、わからないわ」
「キスしてもいいくらいか?」
「き、キス!?」
「ああ」
「その、ほっぺに、じゃないわよね?」
「そのつもりだが?」
キスをするなんて、両親以外では初めてだ。
私達は夫婦なのだから、当然そういうことがあってもいい。
しかし、魔王は私を気遣ってか、そういうことに関して無理を押し付けてこない。
「い、いいわよ」
私は両目を閉じた。
頬に皮の感触が伝わる。
魔王はいつも皮の黒手袋をつけている。
服も極力肌をみせないものだ。
なにか理由があるのだろうか。
魔王の吐息が顔にかかる。
唇が触れた。
氷のように冷たい。
「ん、ぅっ」
舌が侵入してきて、私の口の中を丹念に舐めまわす。
舌を絡め合いながら、お互いの指も絡める。
「はぁ、ふ」
キスの合間に呼吸をする。
魔王は舌先で、私の口のまわりを舐める。
呼吸が落ち着くと、またキスされた。
その繰り返しで、だんだん立っていられなくなった。
もたれるようにソファに座り込んだ。
私は魔王の首に両腕をまわした。
後頭部を抱いて、深く深くくちづける。
「ぁん」
ようやく離れたと思ったら、私は魔王の顔を直視出来なくなっていた。
魔王も私をみようとしない。
照れてる?
私も恥ずかしくなって、魔王の胸に顔を押し付けた。
「この先も、やってもいいのか?」
身体の関係を持つ。
それは決定的なこと。
本当の意味で魔王の妻になるということ。
私はすでに彼のことが好きだった。
人間を殺す、という怖さがあっても。
「優しく、して、ください」
私の身体は、魔王に抱き上げられて、ベッドの上に寝かされた。
「これは、とってくれないの?」
私は、魔王の仮面に触れた。
魔王はその手をとってキスをした。
「私は醜いのだ。許せ」
私はこくんとうなずいた。
そうして、すべてを彼の手に委ねたのだった。