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魔王の花嫁  作者: 美琴
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第五章

「歌?」


魔王城に住み始めてから数日が経っていた。

時間を潰すのに図書室にひきこもることが多かった。

その日は中庭に出て、日陰で涼みながら本を読んでいた。

魔王城では陽光はない。

一日中月の光で満たされている。

そよと風が吹くこともない。

そんな中、歌が聞こえてきた。

いつか聴いたことのある。

私はその歌声に導かれて、高い塔の中に入った。

一番上まで登った。

さすがに体力の限界を感じて、途中途中休憩したが。

重い扉を身体ごと押し付けて開けると、なかは大きな鳥籠があって、そのなかに少女がいた。

私よりも幼い、十才前後か。

その子供が歌っていた。


「こ、こんにちは」


見た目は人間だ。

真っ白なワンピースがよく似合っている。


「こんにちは」


少女は歌うことをやめて、私のほうをみた。


「私、ティナカーモ。あなたは?」


「私? 私は魔女よ」


彼女がそういうと同時に彼女の両目が真っ赤に染まる。

魔王と同じ色に。


「魔女? あなた、魔王の身内?」


「魔王って、あの子のことかしら?」


「あの子?」


「いつも仮面をしている恥ずかしがり屋さん」


恥ずかしがり屋…。

そういう見方もあるのか。

私はきょとんとしてしまった。


「ティナ、ティナ、あなたが運命の子」


「私が運命の子?」


「あの子の運命よ」


「あの、わけがわからないのだけど」


「あの子のしあわせの鍵」


少女は宙空をみつめた。


「運命は絆。絆は愛。愛は人間」


耳に馴染んだ歌声。

私は知っている。

この歌声を。

なぜ?


「何故ここにいる」


あきらかに不機嫌な魔王の声がして、私は振り返った。


「あ、う、歌が聞こえたから」


「なにか話したか?」


「ちょっとだけ。でも、意味がわからなかったわ」


「そうか」


魔王はほんの少し安心したようだった。


「戻るぞ」


魔王は私の手を掴んだ。

一瞬視界がぶれた。

次の瞬間には居間にいた。


「魔法?」


「ああ」


「便利なものね」


「慣れぬと身体に負担が大きい。何も変わったことはないか?」


「ええ、大丈夫よ」


「そうか」


「ねえ、訊いてもいいかしら?」


「なんだ?」


「あの子は何者なの? 自分のこと魔女だっていってたけど、どうしてあんなふうに閉じ込めているの?」


魔王は自分の顎を掴んだ。

少し考え込んでいる。


「魔女、といえばそれが当たっているのだろう。あそこにいるのは彼女の意志だ」


「妹さんではないの?」


同じ赤い目をしていた。

身内ではないかといえば、魔王はさらに考え込む。


「あれは…母だ」


「え」


「私の母親だ」


どうみても十歳前後にしかみえなかった。

魔族というものは見た目と実際の年齢が合わないことが多いと知っていたが、それでも驚いてしまう。


「母は、父が死んでからおかしくなった。歌うことしかなくなった。呪いで若返っていくのだ」


「あなたにも両親がいるのね」


当たり前のことだけど、と私は言葉を紡いだ。


「兄弟はいないの?」


「おらぬ」


「それはいいことだわ。兄弟がいても仲が良いとは限らないもの」


「おぬしにはたくさんいたな」


「ええ」


「花嫁を選ぶときには、誰が良いかと数人勧められたぞ」


「花嫁なんて誰でも良かったんでしょう? でも人間と盟約を結ぶなんてどうして?」


「誰でもではない。私はおぬしが良かった」


「え?」


「おぬしだから妻にした」


「・・・私たち、じつは以前にも会ったことがある?」


仮面をつけてるせいで顔はわからない。

記憶の中にまったく残っていない。

逆に言えばこんな仮面をつけていれば、しっかり記憶に刻まれるだろう。


「会っておる」


魔王が顔を背けて、つぶやくように言った。


「え!? いつ? どこで?」


「おぬしは小さかった。おぼえておらずとも無理はない。私も姿を偽っていたしな」


「もしかして、だから花嫁は私だったの?」


「そうだな。誰でも良いわけではなかった」


「そっか」


私はなぜか心の中が温かくなった。


「私、だから選んでくれたんだ」


「そう、なるな」


「なんか、うれしい」


「うれしい?」


「うん、だってあなたは私を物のように扱わないもの」


「おぬしは生き物だろう? なぜ物になる?」


「そうやって相手を認めることの出来るあなたが好きだわ」


「・・・・・・」


「魔王?」


沈黙してしまった彼の顔を覗き込む。

どうしたのだろう?

あんなに弁舌だったのに。


「ま、魔王!?」


ふわっと不思議な匂いが香る。

私は、魔王の腕の中におさまっていた。


「人間は、年を取るのがはやい。いずれおぬしも私を置いて逝くのだろうな」


「そうね、いつ死ぬかわからないけど」


私は自分の胸をおさえた。


「心臓がないから、もう死んでるのと同じじゃないかしら?」


心臓がない?

ふと、私は気が付いた。

心臓がなければ、死なないのではないか?

心臓がなくてもこうして動き回れるのは不思議だが。

そう考えると魔王が私の心臓を奪った理由に思い当たる。

良い方向に考えすぎかな?


「何も考えずとも良い」


魔王が私の頭を撫でる。


「この城でおぬしは自由に暮らせ」


「城の外には…行っちゃだめ? よね」


「私と一緒ならばかまわぬ」


「これからちょっとお散歩とかだめ?」


「今の時間は…、外は午後だな」


城の中では時間が止まっているかのように、いつも夜の世界だ。

たまにはお日様をみてみたい。


「少し気分が悪くなるかもしれんが」


と、魔王が言ったのもつかの間。

私たちは外にいた。

草原に近い森の中だ。


「眩しい」


私は数日ぶりに浴びる陽光に笑みを浮かべる。

魔王の城も静かで過ごしやすくもあるけど、太陽がないのは困った。

時間を図ることが出来ないからだ。

なによりも人間には陽光が必要だった。


「風が気持ちいい」


さわさわと揺れる草葉。

花の匂いがどこからか漂ってくる。

私は少し散策してみようと足を踏み出したが、魔王に腕を引かれた。


「魔王?」


「隠れてないで出てきたらどうだ、人間ども」


魔王が鋭く言い放つと、木陰から武装した男たちが現れた。

数は五人。

それぞれが武器を手にしている。

私は震えた。


「へっ、奇妙な仮面しやがって」


「その女置いて、身に着けてるもの全部こっちに寄越せや」


「女なんて久しぶりだなぁ」


「ぶっ壊れるまでやるか」


下品な笑い声があがる。

私は魔王の腕を掴んだ。


「下衆には下衆の死に方がある」


魔王がなにをしたわけでもない。

動きがあったわけでもない。

だが、その言葉が終わると男たちは死んでいた。

血の雨が降っていた。

死体から噴き出した血が、私のドレスの裾についた。


「いやあああああああああああああ」


私の咽喉から絶叫が迸る。


「ティナ、落ち着け」


魔王が強く私を抱きしめる。


「戻るぞ」


城に戻れば寝室だった。

魔王はメイドを呼んだ。

泣きわめく私をなだめながら、メイドに着替えさせる。

喚き疲れて、私が気絶するまで、魔王はそばにいたことは、おぼえていた。


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