第三章
食事は何を出されるのかと不安だったが、人間らしい食事だった。
ただその量が半端ない。
王宮でも大量の料理が並んでいたものだが、ここではその倍はある。
こんなに食べきれないと思って、魔王のほうをみてみると、彼はあっという間に食事を済ませている。
綺麗な食べ方をしていた。
食べるのに難しい焼き魚も綺麗に身を剥がして食べていたし。
出されるもの、次々と食べていく。
く、苦しい。
メインディッシュまでくると、私は手が動かなくなった。
「もう、いいのか?」
「え、ええ、おなかいっぱいです」
「人間とは小食なのだな」
いや、私はわりと大食いのほうだと思う。
その私でも苦しいのだから、どれだけの量があったのかよくわかるだろう。
「あの、お風呂に入りたいのだけれども」
「ああ、案内させる」
魔王が片手をあげると、メイド姿の亜人が近づいてくる。
耳のあたりから羽根を生やした、人間に近い容貌だった。
彼女のあとについていくと、大きな風呂場に辿り着いた。
私はその大きさに驚いた。
城では小さな湯船に湯を溜めて入るのが普通だった。
風呂場を作るほどの技術力がなかったのだ。
私はメイドにドレスを脱がされて裸になった。
床に座らされて、頭から湯をかぶされる。
髪を丁寧に洗われ、身体も同じく丁寧に洗われた。
洗った髪をまとめられてから、湯船に入った。
手足を伸ばすどころか、泳げるほど広い。
「魔族でもお風呂に入るのね」
へんなところで感動する。
湯の温かみが緊張を緩ませる。
ぼーっとなってきたところで、湯船を出た。
少しふらつく。
「奥方様、こちらをどうぞ」
メイドがグラスに氷菓子入ったものを差し出す。
私はそれが好物だった。
ひとつ手にして、口に入れる。
冷たくて甘い。
食べている間に髪も身体も拭かれて、白い夜着を着させられる。
これから起こることを予想して、浮かれていた気持ちが沈む。
結婚して夫婦になったということは、肉体関係もありえるのだ。
魔族との肉体交渉は、噂でしか聞いたことがないが、それでも未知なことだった。
人間相手なら、それなりに教育を受けた。
魔王のやり方はどうなのか。
そんなことを考えていると、部屋の一室に案内された。
その扉は他の部屋と違って、重厚さを感じた。
室内も私の寝ていた部屋と違って、渋味のあるものばかりだった。
みたことのない家具もある。
「では、失礼します」
メイドが頭を下げて部屋を出ていく。
ぽつんと取り残されて、私は考えた。
ここで舌を噛んで死ぬ?
心臓がなくても生きている身で死ねるのだろうか?
母は希望を持てといったが、何を持ってすれば希望になるのか。
背後から誰かが近づいて来る。
髪をさわられた。
身体が固まる。
「怖いか?」
「い、いいえ」
「無理せずともよい。怖いのだろう?」
「・・・・・・」
「眠れ。手は出さぬ」
私は鏡でみなくても、自分が間抜けな顔をしていたと思う。
本当に信用していいのだろうか?
私は振り返り、魔王を見上げた。
仮面の奥にある赤い瞳。
人間ではない証。
彼は、嘘をつかない。
そんな気がした。
私はベッドに入った。
「眠れ、深く」
魔王の囁きだけが耳に残った。
その夜は静かに過ぎて行った。