第二章
目を覚ますと青い闇の中にいた。
広いベッドに衣装は花嫁衣裳のまま。
私はもう、あの懐かしい城から引き離されてしまった。
ソファの上には、若草色のドレスが置いてあった。
これに着替えろというのだろうか?
私は化粧を落とした。
涙は出ない。
花嫁衣裳を脱いでドレスに着替える。
まるで私のためにあつらえたかのようにサイズはぴったりだった。
調度品類も可愛らしいものが並んでいる。
絵画は花が描かれているものが多い。
「あ」
私は部屋の一角にある絵に目を止めた。
そこに描かれているのは、魔王の姿だった。
仮面をつけたままの。
人間に近い姿をしている。
そのせいか、恐ろしさはあまり感じない。
私は胸に手を当てた。
そこに心臓の脈動はない。
私の心臓は、魔王のなかにあるのだ。
これで逃げることも、自害することも出来ない。
私はドアを開けて、廊下に出てみた。
白くてほわほわした丸いものが光ってる。
これがこの城での明かりなのだろうか?
私はどきどきしながら歩き出す。
目的はない。
しばらく歩き続けていると、おかしいことに気づく。
ひとの気配がしないのだ。
これだけ大きな城なのに、誰一人みかけない。
なんでだろう?
私は疑問に思いながら、ドアのひとつを開けた。
「うわぁ…」
そこは書庫だった。
本という本がぎっしりと詰まっている。
私はうれしくなってその部屋に入った。
「すごい、これデルハルト戦記の初版」
今では手に入れにくいものがたくさんあった。
奥へ奥へといくと、山積みになった本に囲まれて、彼がいた。
本のページを開いて顔に乗せ、ソファに深く沈み込んでいた。
(寝てる?)
私はそっと、近づいた。
祭壇での、恐ろしい気配はない。
むしろ、冷たい清冽さを感じる。
「何か用か?」
突然声がかかり、私はびくっと震えた。
「べ、べつに」
「そうか」
「・・・・・・」
「座らないのか?」
「・・・・・・」
「ここの本は好きに読んでいいぞ」
「!」
本を読んでいい、といわれて、私はうれしくなった。
私は無類の本好きだった。
外で遊ぶよりも図書室で本を読むほうが大事だった。
身体が弱いせいでもあったが、他の兄弟たちとうまく関係が結べなかったのだ。
「じゃ、じゃあ、この本を」
私はゲバラ日記という本を手にした。
「ノンフィクションか。そういうものが好きなのか?」
「い、いろんなジャンルが好きです」
「この図書館には、いろんな本が置いてある」
「ええ、この数は国一番だと思います」
「国ひとつ潰すたびに増えていくからな」
なんとか人間らしい会話をしていたものの、物騒なその一言で止まった。
世界の四分の三を手にした魔王。
もうほとんど世界を掌握している。
私の国も形としては、同盟国になったけれども。
実質屈したことになる。
私という人質を差し出して。
この本の数だけ、国が滅びたのだ。
目の前にいるのは、魔王なのだ。
そう思ったら、全身の震えが止まらなくなった。
「おまえも、私が怖いか?」
その声はなぜか悲しそうに聞こえた。
私は本を胸に抱いて、その場に座り込んだ。
腰が抜けてしまったのだ。
そうだ。
彼への行動ひとつで生き死にが分かれるのだ。
気に障るようなことをいってはいけない。
だが、なんと応えていいのか。
「・・・食事の時間になったら、迎えを寄越す」
彼は立ち上がり、去って行った。
私は冷や汗をかいていた。
「こわ、かった」
心臓があったなら、止まっていたかもしれない。
人間、ではないのだ。
彼は魔王。
人間の敵。
(でも)
優しい声をしていた。