episode thirty-three
お願いします
楓さんの車が走り去る。
俺はそれを黙って見送った。
夏の殺人日光が降り注ぎ、遠くの方はゆらゆらと空気が揺れている。
そのまま立ち尽くすこと十数分。
じっとりと汗をかき始めた頃、黒塗りのハイヤーが4台こちらへやってきた。
そして、俺を中心とするように停車。
数人の女性と、それから冬華が降りてくる。
「お兄ちゃん!!」
「……冬華」
後ろ手に拘束され、両脇を固められている。
目立った外傷は無い。
ドラッグまでは分からないが、派手な拷問などは受けていないだろう。
そうであってほしい。
「……それじゃあお姉さんたち、冬華を解放してくださいませんかね?」
俺は佇んだまま彼女らに問いかけた。
「ーーそれは難しいですよ」
凜とした声音の返答。
しかしそれは前の女性たちではない。
俺の後ろ手からだ。
背後からドアの閉める音がする。
「どうしてもです?」
振り返らず、俺は尋ねた。
「どうしてもですねえ」
困ったように首をかしげる様がありありと想像出来るような声だ。
不思議と狂信的テロリストにありがちな、話の通用しないキチガイじみた雰囲気では無い。
むしろ理知的で、人を安心させるような喋り方。
その分もしサイコパスならタチが悪いがな。
「どうすればいいんです?」
冬華を見つめながら、再び問いかけた。
「そうですね、まずはボディチェックを受けて頂き、それから車にお乗り下さい」
ふうむ。
何でかは知らんがやはり目的は俺、か?
どうして俺に拘るんだろう。
「んー、そうですか。では、俺がこの場で自爆したらどうします?」
そう言って胸元から取り出したのは。
テレレレッテレー、手榴弾!
今日このパイナップル大活躍だなおい。
今回のヤツはマジモンよ?
目の前のテロリストが動揺する。
口でピンを引っこ抜き、レバーを握り締める手にグッと力を込める。
「ふふふ、そんな子供だましでは脅しになりません--」
レバーを押し込み、手首のスナップを利かせて左へぶん投げた。
そしてすぐ伏せる。
ドオォォォン!!!
15、6メートルやそこらしか離れていない場所で、破片を撒き散らして手榴弾が炸裂する。
爆音が響き、全員がその場に伏せた。
爆心地に近いハイヤーの窓ガラス割っちまった。
ま、いっか。
しかし防御型手榴弾だったら今頃俺らまで粉々の窓ガラスみたいになってたな。
如月大尉が攻撃型もってて助かったぜ。
「うっ、な!?」
後ろのお姉さんもびっくりしているようだ。
バカめ。
俺をなめとるからだ。
俺に手榴弾投げさせたらメジャーリーガーもびっくりするコントロールだぜ?
ストライク入れたらバッターどころがキャッチャーも主審もみんなまとめて『OUT』だけどね。
二発目の手榴弾を取り出して再びピンを抜く。
「それで、どうします?」
ここで初めて後ろを振り返った。
わお美人。
スッキリとした目鼻立ちで、ポニーテールに束ねられた美しい黒髪が爆風に揺れている。
「そうですね……」
髪を押さえながら立ち上がる。
その仕草はとても上品で、これじゃあまるで俺が悪人だ。
悪人なのは否定しないが。
しかし煮え切らな態度だな。
面倒くさくなってきた。
俺の最終目標は冬華の救出であるわけで、最終的に冬華が無事に家に帰ってくるならば、その過程は何だって構わない。
と言うわけで。
「じゃあ自爆?」
ゴトリ。
鈍い音を立てて手榴弾がこぼれる。
「っ!?」
「お兄ちゃん!?」
テロリスト達は素早く車の影に身を隠した。
冬華は悲痛に叫ぶ。
が、爆発はしません。
……ククク、もう分かってるだろう?
これはフェイク!
一発目をモノホンで見せておいてのフェイク!
かかったなっ、ダボがっ。
俺はさらにズボンに突っ込んでおいた筒状の物体を取り出す。
こいつはスタングレネードっていえば伝わるだろ。
フラッシュバンだ、フラッシュバン。
この穴ポコフォルムが堪らねぇぜ。
ピンを引っこ抜き上にぶん投げる。
高く上がって、頂点から落下。
そのタイミングで、爆発しない事への疑問から彼女らが顔を覗かせる。
俺はダッシュ。
冬華の所までダッシュ。
冬華を抱きかかえ目と耳を塞いでやり、俺はキツく目をつぶって閃光と炸裂音に備えた。
バ、キーン!
やっべ耳がキンキンする。
だけど構えてたぶん大丈夫だ。
だがお前達っ、見ているなっ!
「わ、わ、お兄ちゃん!」
凛としてテロたちが顔を覆っている隙に、俺は冬華の拘束を手早くナイフでちぎり、ハイヤーの助手席に押し込む。
「冬華! ベルトを締めろ!!」
俺は運転席に転がり込み、ギアをドライブに入れた。
ATだから簡単だ。
この車の窓は無事か。
アクセルペダルを踏み込んで、一気に発進。
後輪が空転して白煙をあげる。
強烈なGが体をシートに押しつけてくるが、タイヤが路面をグリップしたため速度はうなぎ登りだ。
滑らかな走りだな。
テロリストのくせにいい車乗りやがって。
280㎞/hまでメーターあるじゃねぇか。
バックミラーには、慌てて車に乗り込む彼女らが映っている。
既にスピードメーターの針は200㎞/hを越えようとしている。
スマホを取り出して楓さんをコール。
~♪ ~♪
あれ?
~♪ ~♪
……。
何で出ないの……。
ま、まさか。
運転中は出ない、とか?
緊急事態にほおおおりつ守っとる場合かっつぅのよぉ!?!?
バッキャロー俺なんて今、速度超過、運転中のスマホ使用、恐喝、殺人未遂、窃盗、障害、器物破損、危険物所持、あーと、あーと、とにかくヤバいよ?
あと公務執行妨害もか?
こんな時くらい法律破ろうぜ。
この調子で飛ばしたら12、3分で市街地に戻っちまう。
仕方ねえ家にかけるか。
如月大尉とか出てくれるだろ。
番号打つのがダルいんだよなぁ。
事故ったら1発でオジャンだぜ車もろとも。
冬華に頼もう。
「冬華、家電にかけて」
スマホを放って頼む。
窓の外を流れる景色はすっ飛ぶように後ろへと消える。
お、連中追ってきたな?
……2台か。
200㎞/hの世界でカーチェイスかよ。
死ぬわ。
速度落とそう。
「かけた!」
「サンキュー貸して!」
冬華からスマホを受け取りコールの音を聞く。
よし繋がった!
「もしもし!?」
『はい、冬夜さんですね?』
「如月大尉!? こっちの状況は――」
『もう掴んでおります。捕捉中、そのまま誘導に従ってください』
さっすがエリート。
何でこっちの状況分かるのかは置いておこうか。
「助かります」
『ただ今郡山少尉はもう1台の車両を追っています。冬夜様なら大丈夫だと、彼女は言っていました』
おい楓さんや。
その自信はどっから湧いてきた。
大丈夫なわけねぇだろ。
ステキなドライブなんて門外漢だぜ。
「……善処します」
『ヘリが5機、応援に駆け付けます。それまではご武運を』
「了解、誘導頼みます」
『了解、それではオペレーターに繋ぎます。通話はそのままで』
「お願いします」
『……所で、どうして車を運転できるんですか?』
おっと如月大尉、野暮は言っちゃいけねぇよ?
「オトコには秘密が沢山なんです☆」
『……そうですか』
何かを諦めたような声音。
そうさ、俺は非行少年。
ちっちゃな頃からスケベで、15でヤリチンと呼ばれたよ。
『それでは、代わります』
「はい、それでは」
スマホをドリンクボックスに放り込み、運転に集中する。
「お兄ちゃん、さっきの人だれ?」
「お前が攫われたから助けに来てくれ皇国軍の人」
「え!? 軍人さん!? しかもやっぱりあのお姉ちゃん達は悪い人だったの!?」
……ん?
「何かね、お兄ちゃんが待ってるからって言われてね、車に乗ったら全然お兄ちゃんいないし、しばられちゃったし」
冬華……お前……やっぱりちょっとってーかかなりアホの子なんだね……。
「冬華」
「なーに?」
「知らない人の車に乗っちゃイケないの、知ってるでしょ?」
「うん!」
「……そっか。ならいいよ」
「お兄ちゃんも気をつけてね!」
「…………うん」
お兄ちゃん、冬華ちゃんの将来が心配だよ。
だがまあお兄ちゃんがずっと一緒だからな。
最『愛』の妹よ、安心しとけ。
そんなおバカな会話をしながらも、今はカーチェイスの最中。
『オペレーターです、1キロ先を左折。市街地を避けて下さい』
「了解」
何台か対向車とすれ違ったが、あまりの速度にすれ違う瞬間爆音がなる。
電車がすれ違う時音が出るようなもんだろ。
エンジンが唸りをあげ、車体が空気を切り裂く。
んー……あーなんかだんだんテンション上がってきた。
このスピード感たまらねぇ!
「……んんん、ククク……ヒィーハァー!!」
ビクッ! と、冬華ちゃん。
「お、お兄ちゃん……??」
「ハハハ、なんだいマイシスター?」
「ど、どうしたの??」
「本気出すからしっかり掴まってろ」
マジな声で告げる。
そうなんです。
本気出すんです。
一度でいいからやってみたかったんです。
ハリウッドバリのドリフトスタントを。
つーわけで冬華、舌かんでも知らんぞ。
もうすぐコーナーだ。
さあ行くぜ!!
あー横転したらスマンな。
話が終わらない予定なら卒業してるのに……orz
50話までに高校に行かせなきゃ……




