episode twenty-eight
劇です。
シリウスは戦場にあって、地上の一等星が如く。
剣を握らせれば右に出るものなしと謳われるほど、武芸にも秀でている。
また、率いる兵もみな精強。
全員騎乗が達者で、弓騎兵、槍騎兵、重装騎兵、突撃騎兵の四種に分類されている。
シリウスは突撃騎兵だ。
旗頭でありながら、誰よりも早く敵に突撃して蹂躙する。
此度の戦でも、敵兵は『アルカディア辺境伯』の御旗を目にすると、途端に士気が下がる始末である。
そして俺の演技最大の難所、殺陣が始まった。
白いスクリーンで舞台を覆い、観客は俺の影を見ることになる。
そこへ予め作成した映像を投影機で映し、あたかも俺が敵をばったばったと斬り倒してゆくように見せるのだ。
決まった動きを完璧にこなさなければならない。
動き事態はすぐに覚えたけれど、移動距離やタイミング、速度がスゴく難しかった。
攻撃的なBGMが流れ始める。
このリズムに合わせて、俺は剣舞を行う。
動作は大きくハッキリと。
全てが影だから、小さな動きでは伝わらない。
大仰にサーベルを抜き放った。
シャラン、とBGMの効果音と重なる。
鳴り響く重低音、響き渡る剣戟。
「ちぇえええあああ!」
迸る絶叫。
攻撃しながら叫ぶなどバカの所業だけど、劇だからビジュアル重視で。
次々迫り来る敵の影、影、影。
俺は音楽に乗せ決められたステップを踏み、持っているサーベルを振るうだけ。
これを観客側からみると、見事な殺陣になっているだろう。
時々、飛んでくる矢を避けるアクロバットも入れ。
また、サーベルを放り投げ徒手空拳で敵を沈める動きも入れる。
息が乱れてきた。
かなりキツい。
サーベルも細身とはいえ、木を削り出して作ってくれたものだ。
それをメッキで塗装して、装飾を付けているらしい。
どこでそんなスキルを学んでくるのだろうか。
ファンタジー。
とにかく、木刀を大きく振り回しているので、かなり疲れるのだ。
なお、シルフィーレこと、春賀の出番は戦場にはない。
彼女の存在は、シリウスとその側近のみ知っている極秘事項で、敵にも味方にも秘匿している。
ルーベンス王国へ、姫を拉致された云々の口実を与えることになるだろうし、ヘーゼルナッツ王国の反アルカディア連中からは、シリウスを陥れるいい材料になる。
等々、頭が痛くなる設定があったと思う。
どうでもよすぎて忘れたけど。
徐々に収まるBGM。
やっと終わりだ。
疲れた。
衣装が汗でへばりついてくるぜ。
セットを切り替える合間に急いで血糊を浴びて、舞台の中央に格好良く佇む。
様になりすぎて怖い。
「う、うわあ! 逃げろー!!」
「引けー、引けー!」
「た、助けてくれ!」
馬と歩兵が逃げ去る音と、セリフが流れる。
「アルカディア辺境伯万歳!」
「うおー! シリウス様!!」
「俺たちの勝ちだー!」
その後、シリウスとその勝利をたたえる声。
声の主たちは皆女子なので、ちょっぴり可愛いのもになっているのはご愛嬌。
俺はじっと敵の逃げ去ってゆく方角を見詰める。
端から見ると頭おかしいヤツだが、演技なのでしょうがない。
やがて、ヒュッとサーベルを振って血糊を払い、鞘に収める。
俺はさらなる戦場へと、足を向けた。
■□■□
いくつかの戦場を渡り、その度に殺されるルーベンス王国の兵士たち。
シルフィーレの心は、日を追う毎に傷付いていった。
大局を見据えることが出来ない愚かな反逆者たちの声で、死にゆく祖国の民たち。
徴兵され、見知らぬ土地で死にゆく者たちがいる一方、王都で贅の限りを尽くす豚ども。
その贅の源は、徴兵した農民達の手によるモノなのに。
涙を流し、歯を食いしばってシルフィーレは耐えた。
その度に、シリウスが励ます。
厳しく、時に優しく。
そうしてシルフィーレは、この若き辺境伯を心から信頼し、やがて恋心を抱いてしまう。
またシリウスも、当初は今後の両国の関係なども含めた、打算的な考えものあり、彼女を気遣っていた。
もちろん、戦友ということもあった。
しかし、美しく気高き姫の弱々しい姿に、徐々に気持ちを揺さぶられる。
その民草を思う気持ちの深さ、家族を思う気持ちの篤さ、けっして立ち止まろうとしない気高さ。
シリウスは、どうしようもなく彼女に惹かれてゆく。
徐々に解り合う、互いの心。
おそらく決して叶わぬ、禁断の恋なのに。
そんな中迫るルーベンス王国王都。
シリウスは全面交戦をさけ、最速で王都まで駆け抜けた。
近衛騎士団とかち合わせても、手持ちの札にはシルフィーレ、第2王女がある。
加えて、この国の近衛騎士の幾人かとは、面識があるシリウス。
近衛騎士団長とは、幾度か刃を交えて腕を競ったこともある。
ことの真相を知るため、数人の供回りと王都に潜入する。
そこには、最悪の光景が広がっていた。
処刑された王族の首。
戦慄。
腐臭が漂い、ウジが湧き、カラスがたかる。
聡明な王は、変わり果てた姿に。
美しき王妃は、無残な姿に。
柔和な笑みを湛える第1王女は、苦悶の浮かべたオブジェクトに。
そのほかにも、多数の首が並んでいる。
その中には、シリウスと刃を交えたあの近衛騎士団長もあった。
「なん……という、ことか……」
渾身の演技。
ではなく、リアルな反応。
生首のリアリティー高すぎて言葉が出ない。
マジかよ。
え、この目玉のブニャブニャ感とかさ、肌のグチャグチャ感とか、え、マジかよ。
すげくね?
ゼッタイ美術関連の仕事に就いた方が良いって。
うわーやべーやべー。
第1王女の断末魔、夢に出てきそう。
きっと女性は散々犯された後に殺されたんだろうな。
俺なら王の前で犯すよう指示するけど。
リンカーンNTRか。
どっちも苦手だわ俺。
合意の上で寝取るのは平気だけど……あー、考えただけで胸くそわりーな。
「……この国は……最早--」
--終わりだ。
俺のセリフ。
それに被せて声が響く。
そこにはシルフィーレがいる。
さあ、春賀。
絶望しろ!!
「あ、ああああああああああああああああ!!!」
膝をつき、壊れたように声を上げる春賀。
上手え(笑)
ここで勢いよく膝をつきすぎると、膝の皿が割れて大惨事になるのだ。
滑らかに、リアルにつくにはかなりの練習が必要である。
「父上……母上……姉上……騎士たち……ああ……みんな、みんな……みんなっ!!」
慟哭。
セリフが一コマ一コマ切れるため、春賀でもしっかり出来るのだ。
最近は長文も話せるようになってきたし、そろそろご褒美に抱いてあげても良いかもしれない。
何様だよって、俺様ですが。
それはさておき、劇は続く。
その声に集まる兵士たち。
シルフィーレは指名手配されており、あっという間に取り囲まれてしまう。
シリウスは、見つからずに隠れることしか出来ない。
やがて抵抗することなく連行されるシルフィーレ。
シリウスは警戒の厳しくなった王都を抜け出し、本隊に合流する。
最早この戦、雌雄は決した。
ルーベンス王国は、放っておけば内部から崩れ去る。
真実を知り、戦の行く末を知ったシリウスは、王に報告すべく帰路につく。
だが、唯一の気掛かりがある
シルフィーレだ。
あの時自らの責務を優先し、助けに入らなかった。
決して馬車から出てはならぬと、先に約を違えたのはシルフィーレの方だ。
ああなることは予想できた。
だからこそ、出るなと言ったのに。
頭では分かっていても、心が自分を責め立てる。
なぜ助けないのか。
なぜ見捨てたのか、と。
嘆息。
俺は空を仰いだ。
わー、体育館の天井だー。
照明付いてるー。
あれ、あそこに挟まってるの上履きじゃね?
ぶん投げたら挟まっちゃったのかな?
アホだな~。
じゃなくて。
今は夜の野外を帰還中って設定なの。
そこには夜空を彩る美しい星々。
その中において、燦然と輝く一等星。
その輝きは、何者をも寄せ付けない。
「……シリウス、か」
俺は自らの手を見ながら呟いた。
その手を堅く握りしめ、顔を上げる。
「……少々急用が出来た。お前達は領地へ帰り次第、すぐに国王の下へ使者を出せ」
「はっ! シリウス様は……?」
「ふふ……惚れた女ができたのだ。好いた女一人守れないようでは、男が廃る。アルカディア辺境伯末代までの恥だな!」
「な、なにを……」
「必ず生きて帰る! 後を頼んだぞ!!」
「な! お、お待ち……」
隊列の中央付近から抜け出し、一気に速度を上げる。
星々に照らされた大地を、一頭の馬を駆り疾走。
全く無責任な領主様だ。
最後の最後で私情を優先。
全部を丸投げして敵地に乗り込むのだから。
不敵な笑みを浮かべながら、ひたすら疾駆する。
やがて先のルーベンス王国王都が視界に入り、シリウスは覚悟を決める。
まあ、舞台袖に引っ込んだだけなんだがな。
■□■□
セットが変わり、王の私室。
今は反逆者の親玉、宰相が使用している。
そこに際どい衣装で鎖に繋がれた春賀と宰相役の女子。
原作は裸で縛られるのだが、さすがに放送出来ない。
よって衣装が作られたのだが、うん、あー、エロいわ。
女性はバリバリの肉食なので、かなり過激な内容のテレビとかも普通に見れるし放送もしている。
男向けのテレビはつまらないが、普通の番組は俺も楽しめるのだ。
平気でポロリとかするし。
そんなワケで、この劇も結構過激なシーンがあるんですよ。
「ククク、これはこれは第2王女様。ご機嫌は如何ですかな?」
嫌味か。
俺はこの宰相役が一番難しいんじゃねーかと思う。
悪役の演技は、とても大切なもの何じゃないかな。
セリフ棒読みの悪役とか、ちっとも引き込まれない。
「……」
春賀は答えない。
「いやあ、この国を私物化していた害悪を排除したんですよ! この国を皆で良いものにしていきましょうぞ!」
大袈裟な動作。
「本来なら貴女も重罪人の家族ということで極刑なのですが……私に忠誠を誓うのならば、ククク。特赦をかけなくもないですがねぇ」
観客の誰もが思っただろう。
こいつぶっ殺したい、と。
「……地獄に墜ちろ……反逆者め」
宰相役を睨みながら、そう吐き捨てる春賀。
その声は弱々しく、頬は涙に濡れている。
メイクだが。
「おお、おお、さすが『紅の戦姫』様だ。素晴らしい威勢ですねぇ! まぁ、無理矢理犯すのもまた一興……その威勢がどこまで持つか見物ですよ」
そう言って宰相役は春賀の眼帯に触れ、さらに体の傷痕をなぞる。
「ッ!? やめろ、やめろぉ!」
心の底からの叫び。
観客は誰もが演技にのまれ、食い入るように見入っている。
「醜い……このようなキズモノ、貰ってくれる方など居るのでしょうかねぇ?」
「いやぁ……やめて……見ないで……」
ポロリポロリ泣き出す春賀。
厭らしく笑みを浮かべる宰相役。
凄まじいクオリティーだ。
「うう……ぐずっ」
いいねいいね、見事にトラウマを呼び起こしているよ。
ん、どういうことかって?
実はこのシーン、宰相役のアドリブです。
俺が本番前に指示しました。
春賀には話が通ってる、見せ場を作りたいからいっそうシルフィーレ追い詰めてみよう、とかなんとか言ってな!
嘘です、春賀には話が通ってません。
宰相役は演技でも、春賀のヤツはガチですから。
「私が貰ってあげようと言うのですよ……寧ろ、感謝するべきでは? クク」
いいよいいよ、追い込んでるよ!
キャストの皆もいいアドリブだって思ってるよ!
春賀は目を見開いてガタガタ震えている。
いや、いや、とうわごとのように繰り返しながら。
これ以上はヤバいな。
舞台袖の俺と目が合った。
さあ、叫べ。
おっと、名前は呼ぶんじゃねーぞ?
「いやぁ……助けて、助けてよお!!」
良い子だ。
待ってろよ、いま助けてやる。
仕組んだのは俺だがな!
ドガアン!!
セットの扉を蹴破って侵入。
格好良く吹っ飛ぶように調整してあるため、派手に吹き飛んだ。
「な! 何者ですか!?」
返り血を浴びて、所々傷を負った俺。
無言で距離を詰めて、一刀!
「ふっ!」
「がっ……ぐふ、わ、私は……」
崩れ落ちる宰相役。
哀れ、反逆者。
彼の栄光は三日天下で終わった。
セットに仕込んでおいた袋から、大量の血糊が湧き出てリアリティーを出す。
出血量が良い感じ。
「もう大丈夫だ」
このタイミング。
これで登場したかったのよ。
主人公だもの、いいでしょ?
「あ……と、とう--」
ば、ちょ、名前を呼ぶな!
「無事で良かった……!」
……ふう、危ねえ。
抱き締めて誤魔化した。
さあ、いよいよクライマックス。
このアドリブを活用して春賀の好感度を上げつつ、感動的なラストに持って行かなければ。
後は筋書きにうまくつなげるだけだからな。
刮目せよ。
俺がシリウス、シリウス・ゼノン・アルカディアだ!!
読んで下さってありがとうございます。
早くバカをやりたいですね、、
それでは。




