episode twenty-seven
遅れました。
ブォンジュール。
腹筋を使ってベッドの上に跳び起きる。
やっとか。
今日、明日と学校祭。
糞虫共は楓さんにぽい。
任せた。
……あ~緊張するわ。
こんなに緊張するのは久しぶりだ。
恋する乙女ばりにドキドキしている。
とりあえず、柔軟と筋トレしようか。
ここ数日は、トレーニングもお休みにした。
軽く体をほぐさないとな。
朝の生理現象も治まったし、海綿体が折れるなんて痛まし事故は起こらないだろう。
「うう~……あー、顔洗お」
階段を下って洗面所でバシャハジャやる。
寝癖も直して、〆に頬をぶっ叩いた。
パァンといい音が鳴る。
ところでパァン×何回で、エロい音になるんだろうな?
俺は3回以上だと思う。
限りなくどうでもいいけれど。
5時過ぎか。
楓さん起きてるかな?
楓さんと春賀の部屋は2階だ。
余っているゲストルームを、彼女らにあてがった。
2階に上がる。
ここでござるな。
ガチャ
「おはよ~」
ノックはしない。
遠慮はしない。
ノーデリカシーイエスライフ。
これが冬夜クオリティー、異世界だから通用します。
「えぅ!? と、あ、あぅ……お、おはようございます、冬夜様」
やあ楓さん。
アナタはパジャマまでダサいんですね。
しみじみ思いますよ、本当に。
なんて考えは口にしない。
それに、ダサい=似合ってない、というわけではない。
寧ろ似合ってます、そのパジャマ。
「今起きたの?」
「えぅ、は、はい……そうです」
「今日はゆっくりなんだね」
「は、はい、最近はお休みだということで……ま、マズかった……です?」
「いいや、全然」
「うぅ、よ、よかったです……」
「じゃあ、今日明日はお願いね?」
「は、はい……! お任せ、下さい」
ヘボい楓さんだが、最後だけは瞳に鋭いモノが宿っていた。
これなら大丈夫そうだな。
「うん、頼んだよ。それじゃ、少し早いけど朝ご飯一緒に作らない? みんなのぶんも作ってあげようよ」
「ふぇ、そ、そのぉ冬夜様……?」
縮こまって、上目遣いに俺を見てくる楓さん。
手は上の裾をギュッと握っている。
「あ、あの……お、おいしい料理……教えて、もらえません……か?」
……
可愛いな~……
「わ、私……あまり、と、得意じゃ--」
「し~。いいよ、簡単で美味しいやつから一緒にやろう?」
楓さんの唇に人差し指をあて、彼女の話を遮る。
優しくちょこっと微笑みながら、呟くように誘った。
ヘイ、カモーン。
「あ、あぅ……お、お願いします……♥」
I see,follow me!
「じゃ、行こう」
楓さんははにかみながら、嬉しそうに恥ずかしそうに俺の後をついてきた。
初やつじゃ!!
■□■□
「それじゃ、行ってきます」
「行ってきまーす!」
「行ってきます」
「は、はい……頑張って下さい」
学校に着いた。
校門は、既に学校祭バージョンに改造済み。
つーか、この学校の小物大物クオリティー高すぎだろ。
職人か。
初日は非公開、二日目は一般公開だ。
明日は母さんも来てくれる。
楓さんが死ぬほど苦労するのは明日だろう。
俺も注意を払わなきゃね。
今日は教室ではなく、体育館に直接集合だ。
最終チェックを済ませて、開会式に臨む。
オールスターティーチャーズが勢揃い。
みんな美人。
すっげー美人。
Paris Collectionかよ。
男子生徒もチラホラ。
みんな偉そうに特別席のイスに座っている。
俺はちゃんとクラスの列に立っているけどな。
男連中は俺と目が合うと睨み付けてきた。
「……あいつか」
「僕たちの品位を、男性の品位を下げてる奴」
「忌々しいヤツめ……」
「フンッ、僕の方がすぐれている」
etc.
恨み声が聞こえてくる。
ハッ!
失笑。
童貞拗らせてチ×コ勃たないヘタレED野郎共が。
鏡を見てから出直してこい。
ニッコリ。
キラキラエフェクトが似合う笑顔を奴らに向けてやる。
「「「「「「はうぅ♥」」」」」」
おっと、周囲の女子たちまで魅了しちまったぜ⭐
「「「「「「……ギリッ」」」」」」
ハハハ、すまんね紳士たち。
恨むならテメエを恨みな!
フハハハハハ!!!
とかやってる間に開会式も終わりだ。
実行委員長が最後の挨拶をする。
「それでは、学校祭の開催を宣言します!」
さあ、征こうか諸君!!
■□■□
「もし。お嬢さん、気が付きましたか?」
「……う、こ、ここは?」
「アルカディア辺境伯領、領主の館ですよ」
「な!? ……ック」
「おっと、しばらくお休み下さい。いま若様--アルカディア辺境伯にお取り次ぎ致します。それでは」
執事が早足で部屋を出る。
ここはヘーゼルナッツ王国がアルカディア辺境伯領。(という設定)
当代のアルカディア辺境伯、シリウス・ゼノン・アルカディア辺境伯が治める、とても豊かな領地だ。(という設定)
この劇の主役はその辺境伯、俺の扮するシリウス・ゼノン・アルカディア。
あらすじを紹介しよう。
シリウスは年若い青年貴族。
両親を早くに亡くしたが、有り余る才能を以て、並みいる親類立ちを押しのけ若くして領地と爵位を継いだ。
その手腕は歴代最高峰と謳われ、アルカディア辺境伯領は豊かな土地と経済力、精強な軍隊を揃え、大貴族に名を連ねている。
そんなシリウスの館の前に、ある日一人の女が倒れていた。
領民たちとの交流も大切にしているシリウス。
よって、ここでこの女を捨てて置くことはできない。
加えて女の身分にも心当たりがあったシリウスは、彼女を館で保護することに決めた。
そして女が目覚め、シリウスと出会う。
動き出す時代。
本来交わってはならない、二人の運命が交わったとき。
その行く末は--
というのが、この『アルカディア戦記』のあらすじである。
巷の女性たちに大人気の恋愛小説だ。
もちろん男女比は、この世界みたいに狂っていない。
ちょびっと女性が多いくらいだ。
今の俺は『シリウス・ゼノン・アルカディア』。
俺の出番はこの後。
初めて女と顔を合わせるシーン。
因みにキャストは俺以外すべて女性。
男キャラも女性。
みんな男装が似合います。
セットが変わり、俺は豪華な椅子に腰掛ける。
衣装は艶のある黒のスーツだ。
シンプルさで勝負、さすがアル戦! と、衣装担当の女子が言っていた。
鷹揚に足を組みながら、初セリフ。
「私はシリウス。シリウス・ゼノン・アルカディアだ。ヘーゼルナッツ国王陛下より、辺境伯の爵位と領地を頂いている」
そばに控えるメイドに視線を向ける。
舞台の裾に消えて、カートを押して帰ってきた。
そこには茶器が載せられている。
ワンシーンワンシーン、作り込みが激しい。
俺は差し出されたカップを一度傾け、女に尋ねた。
「して、なぜ貴女のようなお方が、私の領地で倒れておいでで?」
いったんセリフを切り、女の目を見つめる。
動作は大袈裟気味に行う。
素人だからな。
堂々とやってれば、そこそこの完成度になるだろう。
「ルーベンス王国第2王女、『紅の戦姫』シルフィーレ・ルージュ・ルーベンス殿下」
「……お答え出来ない、アルカディア辺境伯」
隣国、ルーベンス王国。
その第2王女こそヒロイン、春賀の扮する『シルフィーレ・ルージュ・ルーベンス』。
戦場では、美しく勇猛果敢なため、ついたあだ名が『紅の戦姫』。
紅とは、白銀の鎧が敵兵の返り血を浴びて真紅に染まるからである。
なお原作では金髪碧眼だ。
しかし春賀の場合、髪は染めているが、瞳は黒いまま黒の眼帯で隻眼になっている。
ほんの少し、ストーリーを変えただけで、あとはほぼ原作通りだが。
また、シリウスとは既知の間柄で、共に轡を並べた仲でもある。
二人は親しいといっても過言ではない関係だ。
「……左様か。であるならば、ゆるりとして行かれよ、さる高貴なご令嬢。私は何者も見てはいない」
「……感謝します」
「では失礼。みな、この御人を持て成してくれ。ふむ、そうだな……私の古い既知のご令嬢だ」
使用人たちには、暗に今の話は忘れろと含み、シルフィーレに対しては、敬意を払いつつも対等に扱う。
いくら隣国の姫君とはいえ、現状、立場は圧倒的に俺が上なのだから。
片や謎の女、片や辺境伯家当主。
その差は歴然だ。
椅子を立ち上がり、優雅に舞台袖に引っ込む。
「本当に……ありがとう……!」
春賀、迫真の演技。
涙を流しながら、一国の姫が他国の一貴族に膝をつき、感謝の言葉をかける。
観客にしっかりと声が届く。
出演者はみんなピンマイクを付けているため、多少のボリュームは調整できる。
俺は今のところオフだけど。
ここからは、春賀--シルフィーレの回想だ。
本人のセリフは少ないが、スクリーンに映した映像と音、侍女や近衛兵たちの声で、シルフィーレが今に至った経緯を流す。
急進貴族を含む宰相派の密かなクーデター。
簒奪された王位、幽閉された王族。
命からがら、身一つで脱出したシルフィーレ。
彼女を逃がすために死んでいった者たち。
途切れそうな意識の中、自らを導く声に従いたどり着いた場所。
そこで保護してくれた、アルカディア辺境伯。
今すぐにでもアルカディア辺境伯に縋り付き、全てを打ち明け、祖国を救ってほしい。
だが、そんなことは出来ないし、あってはならない。
ましてや、助力は得られない。
そんな内心を抱え、幾日、幾週か時を過ごした。
だがついに、時は動き出す。
ルーベンス王国、ヘーゼルナッツ王国に突如宣戦布告。
侵略戦争が始まった。
俺も戦争へ向け、準備を始める。
未だに真実を打ち明けていないシルフィーレ。
しかし、シリウスはそんな彼女の内心を見抜いている。
聡明なルーベンス王国現国王が、このような愚かな行いはするはずが無い、と。
何か訳があり、その結果第2王女がここへ辿り着いた、と。
そうしてシリウスは、精鋭300を引き連れ戦争へと向かった。
祖国を守るため、領地を守るため、民草を守るため、何より真実を知りたいがため。
だが、その背に声が掛かる。
「どうか、どうかっ!」
シルフィーレだ。
「私も……頼む……!!」
だが俺は、瞳に冷たい光を湛え首を振る。
「出来ない」
シルフィーレは諦めない。
涙を流し、頭を垂れ懇願する。
「どうか、どうか! 祖国を……民を……父上を……母上を……姉上を……」
皆を救いたい--
体育館に響く声。
誰しもが、春賀の演技に魅入っている。
「……では名乗れ。俺の知るシルフィーレ・ルージュ・ルーベンスは、そのような迷いなど一刀の元に断ち切る気高き戦姫だ!!」
さらにそこへ、俺のセリフ。
異常なクオリティーのサーベルを抜き、シルフィーレに突き付ける。
突き付けられたシルフィーレは、立ち上がり、涙を拭った。
「……私は……我が名は、ルーベンス王国第2王女、シルフィーレ・ルージュ・ルーベンス!」
俺を、シリウスを見つめ、力強く続ける。
「シリウス・ゼノン・アルカディア辺境伯。此度の戦、我が国の不徳の至り。願わくば、ご助力を頂戴したい!!」
シルフィーレ役一番の長セリフ。
見事にやりきった。
物語は今、動き出す。
つくづく現代(?)モノにしてよかったです。
貴族とか、は?(笑)
まあ、主人公本人は伯爵家長子ですがね。
それでは。




