episode twenty-two
とりあえず春賀を車に詰めて、俺も隣に乗り込む。
「どこに?」
「後で教えるよ。楓さん、ここまでよろしく」
スマホを見せて場所を教える。
「は、はい、了解ですぅ……こ、こちらは?」
「ん、友達」
「わ、わかりました」
一瞬目を鋭くして春賀を見た楓さん。
プロだ。
俺からは敵でないと遠回しに伝える。
未来の愛人ですよ多分!
「では、出します……」
車は滑るように走り出す。
「冬夜、さん。この人は?」
「ああ、俺の警護官。楓さんだ」
「そ、楓さん?」
「そそ、楓さん楓さん」
「楓さん」
春賀。
「楓さん楓さん楓さーん」
俺。
「かーえーでーさん」
春賀。
「……あぅ……」
本人。
そんな感じでしばらくざけた。
春賀は長い間言葉を使わない生活を続けていたため、話すのが苦手なんだって。
自分でそう言っていた。
だから会話文が短くなってしまうそうだ。
上手く喋れず、結果片言になってしまうらしい。
だが俺は、片言の原因はそれだけではないと思っている。
恐らく、心の発育がよくないのだろう。
小学3年から、つまり7歳ないし8歳のころからいじめを受けた。
聞いた限りでは身体的なものではない。
しかしその分精神的にはかなりのものを負ったと思う。
頼れる友達、仲間もおらず。
母親すら病院で目覚めぬ人となり。
孤独に少年期を過ごした。
そんな環境でまともに心が育つだろうか?
確実に歪みが生じるだろう。
そしてここからはさらに俺の推測だが。
春賀の内面と外面は恐らく解離している。
つまり、二重人格ということだ。
日常的に精神的ないじめを受けたのにも関わらず、春賀は毎日学校に行っている。
化け物扱いを受けた過去があるのに尚、である。
心が強いとか、そういった次元を通り越している気がする。
そしてその過去を俺に話すときも、殆ど顔色を変えなかった。
先程俺に過去のトラウマを暴かれ、感情を顕にしたばかりなのに。
他にもいくつかの判断材料があるが、主にそこから推測するに、彼女は心を守るために精神を堅い殻で守り、そこで心が2つに別れたのではないだろうか。
内面の春賀と外面の春賀に。
内面の春賀は幼いままで外面の春賀に守られ今も心に生きている。
外面の春賀はただひたすらに自分の心を守るために存在する、ある種防衛本能そのもの。
本当の春賀は幼いまま時が止まった心、内面の春賀で。
外面の春賀は時を重ね知識を得て、より殻を強く厚くして1つの人格を形成した。
その春賀が、今俺の目の前で振る舞っている春賀なのではないだろうか。
別れたばかりの頃の心は内と外、ピタリとくっついていただろう。
けれど、内に閉じ籠り、守られ、現実から逃げ、妄想の中に暮らし、周囲から目を逸らし続けた内面の心と。
そんな心を守るために産み出され、辛い現実を生き抜き、傷を背負い、孤独を耐え抜いてきた外面の心。
その成長は著しく違う。
結果、解離した。
前者は幼稚なまま、小さく柔らかく育ち。
後者は傷付きながらも、確実に大きく強かに育った。
本人は、自分の心が2つあるとは思っていないだろう。
別に記憶の欠落が発生したりはないし、精神科に行くこともないと思う。
奇跡的なバランスだな。
だが、俺との触れ合いがそこに軛を入れた。
外面の春賀を産み出した原因に触れ、トラウマを抉られたのにも関わらず、優しくされたのだ。
これにはきっと、2つの心が大きく動揺しただろう。
俺は別に医者とかじゃないから、詳しいことは何も言えないしわからない。
ただ、今後はいい方向へ向かって欲しいと思う。
さっきのやり取りも、幼い子供の遊びみたいなものだった。
楓さん楓さんと、二人で連呼したやつだ。
2つの心の統合が始まっているんだろうな。
時が止まった、本物の心と。
偽りの心で動く、本物の体。
幼い心が大きな体に入ってきた結果、さっきのような感じになったのだろう。
ま、精神的な現象だからな。
そのうちどうにかなるだろ、多分。
……追い詰めたとき廃人になる可能性があったことからは目を逸らす。
クズでゴメソ。
クズでスマソ。
許してくだちい。
「おほん」
「どうしたの」
「いや、何でもない」
そう言ってかぶりをふって、春賀の頭を撫でた。
俺の手が近付いたらすこし怖がったが、振り払わずに素直に受け入れた。
気持ち良さそうに撫でられている。
多分6年近く人の温もりから離れていたことになるのか……
俺も親を早くに亡くしたし、小さい頃からあまり一緒には過ごせなかったが。
周りにはいつも良き連中が居てくれた。
何だかんだ言いつつも、篠崎のおっちゃんを始めとした人達には感謝している。
「冬夜、さん。手、おっきい」
「さん、言い難いなら付けなくていいぞ?」
「う、いい?」
「もちろん」
「冬夜」
「そうそう、冬夜だ。改めてよろしく」
「よろしく、お願いします」
今度こそしっかり握手をして、互いを認識した俺たち。
これが友情、世界は愛で満ちてるんだぜoh yeah!
■□■□
「と、到着です」
「ありがとう」
「ここ?」
「そうだ」
さて、ケータイショップに着いた。
「じゃ、楓さんよろしく」
「え、えと、何をでしょうか……?」
「え、スマホ買ってきてよ」
「わ、私が?」
「うん、楓さんの名義で1台。俺まだ一人で契約できる歳じゃないし、今お金持ってないし」
「あ、あの……私も余り無いです今……」
「カードがあるじゃん、カードが」
「ひうぅ……き、鬼畜です……」
「ちゃんと返すよ家帰ったらさ」
「うぅ……わかりました」
「あ、俺のと同じやつでよろしく」
「え……そ、それリンゴの最新版のハイエンド……」
「で?」
「ね、値段……」
「口座に腐るほどあるでしょ、金」
「ううぅ……行ってきます……」
「絶対返すから~、ばいばーい」
これを言うやつはほぼ返さないやつ。
ま、俺はちゃんと返すけど?
「楓さん、行った」
「ああ、しばらくかかると思うよ」
「面倒?」
「んん、まあ俺がやるわけじゃないしね」
「そ」
「そう」
そう、クズなんで。
そこんところ夜露死苦。
「なあ春賀」
「なに?」
「俺といて怖くないの?」
「最初、怖くてドキドキした、今は、ドキドキするだけ」
「そうかそうか」
やっぱり表情は変わらないな。
内面の感情が表に出ないだけで、俺といるのはドキドキするのか。
「じゃ、楓さんが来るまで話でもしようか」
「話?」
「うん、何でもいいよ」
「じゃ、冬夜が何か話して?」
は?
無理。
とは言えねーよな……
「え~……じゃあ、こんなのは?」
俺は必死に面白い話をしてやった。
仕方ないだろ、話題がないんだ。
前世のことを話すにも、話題が軍事訓練か人殺しか濡れ場かの3つだし。
こっちの話なんかそれこそエロ話しかねーもん。
一番苦労したよ、全く。
余計な話題を振りやがって、クソめ。
過去の俺カス過ぎて使えねー。
フューチャーの俺に期待しよう。
クソー、楓さんカムバックハーリー!
■□■□
「か、買ってきました……」
やっと帰ってきた。
助かったぜ。
「そ、それで月額料金の引き落とし先は……」
「ありがと楓さん。ほら春賀、それ貸してやるよ」
スマホをぶんどって春賀に渡す。
「う、これ。いいの?」
「おー、いいぞいいぞー。じゃんじゃん使え。使い方はこうだ」
早速使い方をレクチャー。
うんうん、覚えがいいね!
「あ、あの、月額料金……」
「国から月30万、州から月20万、母さんから月15万、更に警護官手当てで5万、後、軍人時代の貯蓄うん千万……億か?」
それから、と続ける。
「教官職でうん百万――俺が知ってるのはこの辺までだけど」
一旦切って楓さんを見る。
「月額料金が何だって?」
「あ、あぅ……払って下さい」
ケチか。
これだけ言って払えってか。
この人結構金にがめつい。
「チッ……わかりました、毎月俺がお支払します。楓さんには遠く遠く及びませんが、俺も毎月国から金がもらえるのでそこそこ蓄えてますし? いろんな所からオファーとかも来てるんで、写真を1枚とらせればそれなりの金を貰えますし? 払いますよ俺が払うのは当然ですよね?」
「は、はい、と、当然ですぅ……」
「……」
さいでっか。
「……それじゃ、帰りもお願いします」
もう諦めよう。
無理だ、踏み倒すの。
「で、では出します……」
相変わらず滑らかに発車する。
はあ、これくらい滑らかに踏み倒したかった……
■□■□
「ん、ありがとうございました」
「おー」
「電話する」
「はいよ」
「ばいばい」
「うん、じゃーな」
春賀を家まで送って、帰路につく。
「あ、あの……」
「ん?」
「ちゃ、ちゃんと払って、下さいね……?」
「はぁ、わかってるよ……」
俺は家につくまでの間、ずっと横目に楓さんの視線を浴びていた。
辛い。
~♪ ~♪
あ、電話。
「もしもし」
『……やっぱり行かないで』
謎の電話、相手は春賀です。
「……かーえでさーん!」
ま、Uターンするしかないっしょ。




