episode thirteen
ふはは、ついにたどり着いたな、我が家。
ガチャっと扉を開け、靴を脱いだ。
うむ、冬華は帰ってきているな。
母さんはまだのようだ。
これは好都合。
ここで俺のプランを発表しよう。
1 冬華を探す。
2 どうにかする。
以上。
これだけだ。
少ないだろって、Hahaha、他にどうしろと?
荷物を自室に放り込んで、冬華の部屋の前まで来た。
クラスのみんなみたいだったら、普通にオッケーなんだけどなー。
冬華はどうなんだろ。
嫌がる、ってワケではないと思うんだけどな。
むしろ喜んでるって、まあ、思うんだよ。
ほら、ね?
この世界的に、さ。
「冬華、居るか? 入るぞ」
カチャっとドアを開け、部屋に入った。
なんじゃ、真っ暗だ。
居ねえのか?
「電気つけるぞー……うおっ」
ビックリした。
声でちった。
部屋の中央に、膝を抱えた冬華が座り込んでいた。
オーラっぽい何かが出てる。
気がする。
「おい冬華? なにしてんだ?」
そう声をかけて、それでやっと俺に気づいたのか、冬華はのろのろ顔をあげた。
「あ……お兄……ちゃん」
……。
あらやだ、ちょっと奥さん? この娘目がイッちゃってるわ。
あら、本当ね~。
どうしたのかしら?
俺 が 聞 き た い よ !
今世紀最大のナゾ。
い、一体何がおきたっていうんだ……
想定外。
もしくは想定のだいぶ斜め上。
洗脳教育を受けたドラッグ浸けのテロリストに、こんな目をしたヤツが結構いた希ガス。
俺、殺される……わけないか、うん。
……ホントに大丈夫だよな?
負けない……いや、油断はできない。
頭と心がぶっ壊れてるやつは、何仕出かすか分かったもんじゃないからな。
脳ミソと肉体のリミッターが外れてると、冗談抜きで火事場の馬鹿力をだしやがる。
気の緩みは……って俺落ち着け。
逃避はやめろ。
相手は妹だ。
まずは歩みより。
これが重要。
「ただいま冬華。どうしたの?」
優しく頭を撫でながら、柔らかく問いかけた。
俺を見つめる冬華の瞳が、徐々に光を取り戻す。
「お、お兄ちゃん……あれ! もうこんな時間なの? お帰りなさいお兄ちゃん!」
さっきまで廃人みたいだった冬華は、いつもの冬華に戻った。
ように見える。
フッ、だが俺の目は誤魔化せないぜ!
何たって俺の命……じゃなくて、俺はお兄ちゃんだからな!
危険は排除……ではなく、何が起きたのかしっかり聞かねば!
「冬華、おいでよ」
頭を撫でるのを止めて、冬華のベッドに腰掛けた。
その隣をポンポンと手で叩き、冬華を呼ぶ。
「……お兄ちゃん」
冬華は嬉しそうな、それでいて悲しそうな顔をして、素直に俺のとなりに座った。
なんか重そうな案件だな。
裕璃たちとの、差。
まじで何だろ。
「で、どうしたんだい? いや、その前に。昨日はごめんな? 俺、酒によってたとはいえ、冬華やみんなにあんなこと……」
申し訳なさそうな顔をして謝った。
内心はちっとも申し訳ないとか思ってないが。
クズだと思うか?
ふは、甘い甘い。
ここは別世界だぞ?
向こうで言うところ、酒によった超絶美女に犯されたようなもんだ。
むしろご褒美じゃね?
少なくとも、俺はな。
「な、なんで謝るの! むしろご褒美で……いや! お兄ちゃんは悪くないよ! 私は大丈夫だから!」
ほら。
ほらみろ。
じゃ、この問題は解決で。
と、言いてぇんだが、そうは問屋が卸さない。
「そっか。ありがとな? それで、冬華はどうしてあんなことに?」
あんなことってのは、さっきのアレだアレ。
伝わったよな、冬華?
「それは……その……」
この話題になったとたん急に落ち込み、俺の顔色を見てくる。
「好きに言ってみなよ。全部ちゃんと聞くから、ね? もちろん、言いづらければ無理に言わなくていいから」
俺的には言ってもらわなきゃ困るんだが。
今後の安全のためにも。
「き、気持ち悪いとか……思わない?」
「勿論思わない」
内容によるが。
「私のこと、嫌いになったりしない?」
「ああ、ない」
ありえない。
天地がひっくり返ってもない。
「えへへ、そっかぁ……」
断言してやると、冬華は嬉しそうにちょこっとはにかんだ。
そして真剣な顔をして、ポツリポツリと語り出す。
「あのね、お兄ちゃん……最近私、変なんだ……ううん、原因は自分で分かってるの」
そこで一旦俺を見て、話を切った。
はい、わかります。
わかりますよ、冬華さん。
犯人は俺でしょう。
「いままでは、男性っていうものに憧れてた……いいなぁって思ってた。でも、でも最近は全然思わないんだよ? クラスの人も、俳優とかも、全部全部、思わない……いや、思えないよぉ……お兄ちゃんと比べちゃったら……思えないよ……
昨日、お兄ちゃんに抱かれて確信したの。
私は……私はお兄ちゃんが、す、すす……寿司?」
し っ か り し て く れ 。
「でもね、ダメなんだよね……
どんなにお兄ちゃんが……冬夜くんが好きでも、結婚は……結ばれることは、できないんだよ……
それに、それにお兄ちゃんだって、嫌だよね……
家族と、まして妹なんて――」
「好きだけど?」
「好きに決まってるよね。でないと抱いてくれるわけないのに……
こんなこと分かりきってたのに、うじうじ悩んで……
ほんと、何悩んでたんだろ……
バカな妹でごめんなさい……
……
…………
………………
ん? 」
あ、気づいたのか。
「ごめんね、お兄ちゃん。台詞、少し巻き戻してもらっていい?」
「もちろんいいよ、冬華」
「じゃあ34行くらい前の台詞、もう一度お願いできる?」
「好きだけど?」
「……」
「好きだけど?」
「……」
「好きだよ。冬華」
「ッ!」
さてと。
ここからどうもって行くかだよな。
冬華は俺と結婚できないことに対して、絶望していた。
と、結論付けていいだろう。
俺の名推理が間違っていても、見た目は子供で頭脳は大人の探偵は助けてくれない。
間違ってたら俺が死ぬかもしれないだけだ。
なんだかヤンデレの気質を垣間見たよね。
今日の冬華も見て。
で、ここからプランフェイズ2に移行しようか。
どうにかするってやつだな。
「冬華。冬華は俺と結婚したいのか?」
「う、うん……けっこんしたい……です」
蚊の鳴くような声でそう返ってきた。
「そうか。それは一時の感情とかじゃなくて?」
「違うもん! もうどうしようもなくなっちゃったんだもん!! それくらいお兄ちゃんのこと想ってるもん!!!」
それを一時の感情って言うんですよ、お嬢さん。
うん、方針は決まった。
煙に撒こう。
それっぽいこと言って、結婚云々を先送りにしちまえ。
数年もすれば納得できる形になるだろう。
冬華も大人になるんだし、どうにかなるはずだ。
「じゃあ、冬華。結婚に必要なものってなーんだ」
「え? そんなの、好きあってる二人とか……愛とか……?」
「ぶっぶー、違います。正解はこう。男と女というか当事者、それから判子とペンと保証人と、肝心の婚姻届。これで結婚できるんだよ? 別に、冬華が言ったような恋だの愛だのってのは要らないんだ」
「そ、そんなの! でも、」
「し~、落ち着いて。つまりね、何が言いたいかってね、結婚だけが終点ですってわけじゃないよーってことだ。
たしかに結婚は1つの大きな形だと思うぞ? でもね、結婚したから幸せかって聞かれたら、そうじゃないって答えだってあるだろう?
じゃ、逆に結婚してないから不幸ですぅって話でもないわけだ。
さっき、愛って言ったよな?
そう、そこ。
大切なのはそれなんだよ。
好きって感情から恋が始まって、やがて行き着く先は愛だ。
人はその過程で様々なことを学ぶ。
恋慕、嫉妬、憎悪、慈愛、絶望、失望、憧憬、期待、焦燥、エトセトラ、エトセトラ。
好きって思いはなんにでも抱ける。
人だけじゃなく、万物ほぼすべてだ。
でも、恋は人にしかしない。
けど、そいつは変わる。
『恋』の心は、春を越え夏になり、やがて秋を経て冬になる。
もしそこで雪が解けなかったら。
冬を乗り越えられなかったら。
『恋』の心は冬に『変』わってしまうんだよ。
けれどね、それを乗り越え『愛』を知ったら。
冬を含めて、その上に心の載せられたなら。
そうであるならば、それは不変だ。
冬なんてものは、もはや障害にはならないんだよ。
それすら込みで、『愛』だからね。
恋やら愛やらの対極はなんだと思う?
嫌悪? 憎悪?
違う違う、そうじゃない。
そんなものは表裏一体、陰と陽みたいなもんだよ。
切っても切り離せない。
じゃ、なにかっていうと、無関心だ。
関心がなきゃ、恋も愛も嫌悪もくそもねーからな。
だから、結局のところ言いたいことはこれになるんだが。
肝心なのは愛が……心があるかどうかだろ?
冬華は結婚したいっていったけど、そんなもん意外とどうにかなるもんだぜ?
近親者での婚姻を認めている国にでも移住でもすりゃいい。
手っ取り早くな。
じゃ、それで結婚しましたって、それで満足か?
違うだろ?
だから今は……」
これで、と続ける代わりに、冬華を抱き寄せてキスをする。
ながながと色々それっぽいことを語って。
そいつの意味を理解しないうちに、感情に訴える。
詐欺師じゃねーか。
けどそこに痺れる。
ア、イエア。
「お兄ちゃん……」
熱に浮かされたような、げに美しき冬の華のささやく声よ。
勝った。
最近俺のクズっぷりが目立ち始めてきてるんだが。
前世はこんなんじゃなかったのに。
何故。
「これからも、結婚なんてものに拘らなくても、ずっと側に居れるだろう? 可愛い可愛い俺の冬華」
「うん、うん! これからも一緒にいてね、お兄ちゃん」
あー、こういう関係はパスしたいのが本音なんだよね~。
ま、今までとたいして関係に変化はないかな?
『ただいま~』
おっと、母さんが帰ってきたようだ。
懸念事項も片付いたし、行きますか。
「冬華、行こう」
冬華の手をとって立ち上がらせた。
若干不満そうだが、仕方ないだろう。
これからいくらでも時間はあるんだから。
是非とも可愛い妹であり、よき愛人であってくれ。
間違ったこたぁいってない。
愛しい人、愛した人のことを愛人っていうんだろ。
読んで字のごとく、これより分かりやすい言葉はそうそうねえよ。
それじゃ、アデュー。




