今年の冬はいつもと違います
≪黒犬村の男の子≫
谷の獣人の村の冬は厳しいです。大人は山の仕事に行きます。子どもたちは家の仕事を手伝いながらじっと春を待つのが毎年のこと。
雪の寒さは同じですが、今年の冬はずいぶん違います。洞窟の向こうの世界の人たちが助けてくれたからです。小さな子たちは明るい色の服を着て外を走り回っています。貰った柔らかな布は軽くて暖かいそうです。村の広場に井戸ができたので、ぼくたちは川まで水汲みに行かなくても済みます。吹雪の日に水汲みは辛かったです。
食事もそうです。食卓に出る燻製肉と塩漬け肉は、秋に村を襲った大鹿を返り討ちにした物。ぼくたち子どもが教わった投げ槍で倒したのもあります。付け合わせの蕪の葉を干した物はあまり美味しくないけれど、葉野菜は健康には必要なんだそうです。これは向こうのお婆さまの知恵で、今年は病気になる子が少ないのはこのためみたいです。そのまま食べると口が歪むぐらい不味い柿が干したら甘くなるっていうのもそうです。干した柿の実はすごく美味しくて、気付いたら全部食べきっていました。来年はもっとたくさん作らなきゃ全然足りません。
心配なのは、今年は魔獣暴走があるらしいという事です。大人たちの何人かはそれに備えて村の柵を直したり、魔獣の通り道になる川沿いの土地に沿って垣や土手を作っています。スコップや新式の荷車があるので、子どもでも少しは役に立てています。
村の鍛冶師さんは、たくさん貰った鋼を使って剣を何十本も作りました。だから大きな子どもはたいてい剣を持っています。万一魔獣に襲われても自分の身は自分で守れるように、そして仲間や家族も守れるようにと。
今年の冬が今のまでといちばんの違うのは、去年の夏に狼退治で活躍した狐人のヨーコ様とハルちゃんたち3人のイタチ人の子が来てること。ヨーコ様はすごい武人です。得意の武器は棒の先に大きな刃の付いた「ナギナタ」という大物ですが、たいていの武器は自在に使えるらしいです。ハルちゃんたちは小剣を使った接近戦がすごいのですが、魔獣相手に間合いを取った戦いをするために短槍を練習しています。ヨーコ様はその相手をしながら、一緒にぼくたち子どもに剣や槍や棒を使った戦い方を教えてくれています。
ぼくたちは小さな子どもの頃から木の剣をおもちゃに遊んでいました。鋼の片手剣もらって、ちょっとは戦える気になっていましたが、そんなのは一瞬で砕かれました。1対1では素手のヨーコ様に軽く躱され、木の枝でも持っていたら2対1でも剣が届く所まで近づけませんでした。
まず教えられたことは、「なまじ中途半端に得物で戦う気になるのが危ない」という事。相手は自分よりとてつもなく強いかもしれない。捨て身でかかってくるかもしれない。慢心して油断するよりは、未熟だと思って用心する方が長生きできると。そうです、ぼくたちに必要なのは格好付けて威張る剣ではなくて、自分を守り、家族や仲間を守る剣。
それにはまず、一見無様でも逃げて躱して生き延びて一瞬のチャンスを待つ。そしてその一瞬を見逃さずに、的確に反応すること。まず剣を握って自在に振れるように。それから素早く剣で受け止め弾く技。刃で受け止めて弾くだけでもいくらかダメージは入るのです。一撃で刺し斃すのは見栄えがしますが、重要なのは確実に相手を阻止して撃退することなんですね。
そこそこ剣を操れるようになると、次は2対1の戦い。「オマエたちの戦いは決闘じゃない。一人で戦うな。相手も数で押して来るぞ。」と。1人が攻めて僅かの隙ができればそこを衝く。それには相方の動きも間断なく気配りしつづけなければいけません。逆に2人でかかられれば、一方に気をとられて隙を作ることはできません。攻めることよりも攻められないことを意識しなければなりません。そうです。もしぼくたちが将来ハンターや護衛になった時、獣や盗賊を相手にする時はこういう戦いになるはずです。
魔獣暴走の時には、小さな魔獣がたくさん襲って来ます。1対2どころか数十匹に囲まれたら、相手が小物でも剣で戦うのは無理です。そのためにと、ヨーコ様はハルちゃんたちに短い槍の戦い方を教えているんです。槍って、勢いを付けて力いっぱい突く物だと思っていたのですが、この戦い方は真反対でした。振り回して薙ぎ払って間合いをとる。構えて一気に突いて素早く引く。間髪入れずに構え直して突いて引く。これの繰り返し。
このやり方は防戦には効果的です。槍がわりの棒を持った1人を木剣の2人が攻める練習もしましたが、刃の付いた槍だったら3人相手でも簡単に倒されはしないでしょう。剣士にあこがれていたはずのトニ君はすっかり槍が気に入ったようです。ヨーコ様は、春に山の獣が降りてくる時期が終わったら投げ槍のいくらかを短槍に作り替えると良いと言ってました。
雪がとけて畑の仕事が始まるまであともう少し。今年の冬はいつもよりずっと短いような気がします。




