狐の事情
妖狐さんの話です。
≪妖狐視点≫
ちょっとした不手際。あらためて考えるとけっこうヤバかったかもしれない。箱に隠れたらそのまま封じられて100年以上経ってしまっていたんだから。その間に焼かれていたりしたら、ほんとに危なかった。
箱から出してくれたのは『江藤太志』という若い男。年は26だそうだが、二十歳ぐらいに見えるな。名前と違ってひよろ長くて弱っちい。こりゃ細志だ。陽に焼けてないし手もふにゃふにゃだから、学者かと思ったのだが、会社勤めの事務員だったらしい。会社が潰れて失業して田舎に逃げて来たというのだが、そうなるとあまり迷惑はかけられないな。
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私は里山で生まれた。妖力を持ち神使に選ばれる者を多く出した家系だ。兄弟たちは普通の茶狐だったが、なぜか私は黒っぽい毛色で生まれた。同じ年に生まれた従兄弟のひとりは白狐だった。白狐はたいへん珍しく、たいていは神の社に呼ばれる。親元を離れる年になる前に大神の社から使いが来た。その時に珍しい毛色の私も見出され、一緒に大神の宮へ行くことになった。
稲荷の大神の宮では大勢の狐たちが働いていた。手を使って仕事をし言葉を話すように、変化の術を与えられ獸人の姿になった。村を出る時には、大神の眷属として働くことはたいへんな名誉と言われたけれど、結局わたしたちの仕事は下働き。牛馬といった獣よりは上だけどヒトよりは下。立って歩き、人と同じように服を着て暮らしても、耳と尾は見せなければならない。
私は若い女狐としては妖力が強かったので、貴人の傍らにはべるという役に就いた。しかし私の毛色はある意味で悪目立ちした。そのためじきに警護隊に回された。警護隊は神に従わぬ悪鬼を退治し村の民や財を守る役目。そのため、どんな獣や妖でも負けぬようにと、体術も武術も鍛え妖力を高めるよう励み、ほとんどの男狐にも負けぬようになった。しかし女の身に与えられた役目は直衛警備。つまり盾役だった。外回りの際など、慈悲をすがる者などを近づけぬように立ちはだかり押し返す。
釈然としない気持ちをどうしようもなく、結局は大神の宮を出ることにした。ちょうど新しい社へ赴く神の一行があり、その護衛として東国へ向かい、その任を果たしたあともしばらくその土地に留まった。そこはまだ田畑が拓かれたばかりの土地で、猪のほか熊や狼も出没した。わたしも村の守り神の眷属として討伐に働いた。この黒銀の毛並みもあって、人々からは神狐と呼ばれて敬われた。新田が拓かれて新しいお社が造られれば、わたしはそこへ移って働いた。全力で戦って大切なものたちを守れることが喜ばしかった。こうして獣や妖と戦ううちに自身の妖力も高まり、いつのまにか大妖狐となっていた。
いつのまにか人々の暮らしも少しづつ変わり、稲荷の大神の役割も変わった。もともとの稲作の守りのほか、新しく興った産業の神として祭られるようになった。いろいろな物造りや飲食業。それらが興り広まり栄えてゆく。人々がそれを喜び暮らす様子を眺めるうちに、激しく戦い続けた日々とは違う生き方が楽しく感じられるようになった。それを見て回ろうと決めて、私は旅に出た。
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今は仲間がいる。タマコはまだ猫又としては若い。3匹の鎌鼬は妖といってもまだ子供だ。できるなら守ってやりたい。この家の主のヒトはわたしたちと不思議なほど自然に付き合ってくれている。村の稲荷神社は、社は小さいが村人に大事にされているようだ。ここでしばらく暮らせると良いな。