末永く
なんとか無事に珠子さんと結婚することになりました。家族揃ったところで珠子さんを紹介して、微妙に驚かれ、少し呆れられ、そこそこ喜んでもらえました。お父ちゃんは「よかったな。」とひとこと。兄ちゃんからは「やっとだな。」と。母ちゃんには「珠子さんのご家族には御挨拶したのかい。」と言われました。
そこで珠子さんの表向きの部分を説明しました。両親は離婚で、実父は音信不通。母親は再婚して、中学卒業後は珠子さんは父親の知人が後見になって別居していたと。珠子さんは「こんな具合なので、義父さん、義母さん、お会いしていただけなくてすみません。」と。一応、機会を見て後見人に挨拶するという事になりました。
んで、らいむちゃんがでっちあげた書類上の後見人って、なんとらいむちゃんのお父さんでした。テヌキしたようです。表向きは電設会社の社長で、想像どおりの豪快な人でした。なんか母ちゃんと意気が合う感じでした。
僕の周囲はあちこちの神様の関係者だらけです。教会で結婚式ってのは枠外。難しいのはどこの神様の所でやるかという事。珠子さんの縁なら繭神様で、茶髪猫又のタッちゃんの所? でも珠子さんの提案は「ここに居着くんだから、やっばり村の神社がいいね。あれこれあったのも、元々は黒犬様が縁だし。それにお稲荷さんだから、陽子さんも関係あるし。」って。そうなると、村の神社は神主さんがいませんから、東村から宮司さんに来て貰うことになるのでしょうか。式の準備とかどうすればいいのかしら。
でも、僕がオタオタする間も無いぐらい、皆が手際よく進めてくれました。陽子さんは村の世話役さんから話を通してくれて、儀式の準備とかはタッちゃんが「バイトでやって慣れてますから。」って。披露宴というか、祝いの集まりは、スナおばちゃんが仕切ってたまこ屋で。あちこち連絡はジミー君。・・・という具合で、一気に進んで今日は結婚式。
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≪ジミー君≫
珠子さんと太志さんの結婚式。どこの神社でやるか、微妙な駆け引きがありましたが、「せっかくの縁だから、土地神様の社でできたらいいなあ。」という珠子さんの意見で決まりました。うちの神社じゃないけど、稲荷神様の所になって嬉しいです。そして、今日はその結婚式。秋祭りの前の大イベントですよ。
村の神社で結婚式って、30年ぶりだそうです。あちこちへの連絡や儀式準備はタッちゃんがすべてやってくれました。足りない物とか、機織神様の所から借りてくれました。境内全体きれいに清められていますが、村の奥様方がしてくれたそうです。
神楽は、なんとなんと、ボクが舞うことになってしまいました。この役は当然陽子さんだと思ったのですが、タッちゃんによると、陽子さんは「謡を奉納するから他の誰かに・・・」と言われたとか。それでソウさんを経て、結局ボクの所へ回って来ました。一応研修は受けましたし、何度も練習してますが、本番で舞うのは初めてなんですよ。めっちゃ緊張しますよ。
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≪らいむちゃん≫
太志くんと珠子ちゃんの結婚式。あたしは記録係だよ。村の神社で村人見守られて結婚式って、これもいい感じだね。新郎側は太志くんの家族、新婦側は珠子ちゃんの戸籍偽造する時に使っちゃった関係であたしのパパとママ。そして村人に混じって近所の神社の神様たちや神使さんたち。
進行はタッちゃん。さすがに慣れたもんだね。おお、神楽は陽子さんじゃなく、ジミー君なんだね。すっごい真面目な顔。これだけのメンバーに見られてたら緊張するよね。陽子さんと真白さんが謡なんだ。不思議な旋律と言葉。これって古来のかたちなんだよね、きっと。おやっ「稲荷狐の婚礼の唄」って、今度は明るい調子で童謡っぽい。あれれ、空に虹が出た。狐の嫁入りって演出かしら。これってきっと、白菊さんの幻術だね。シンプルだけど暖かい結婚式、こういうのっていいよね。
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≪東村の宮司≫
新谷村の神社で結婚式をすると言われたのはつい少し前。去年村に越してきた若者が、土地の神様の所で式を挙げたいと言うのだ。村の神社はしばらく前から無住になっていて、何かある時は私が行くことになっているのだが、ここで結婚式をした記憶は無い。ちょっと面倒だなと思ったのだが、準備はすべて新郎新婦の知人がすると言われた。雅楽は録音だが、神楽と謡の奉納があるという。どんな物になるのか当初は心配だった。機織神社でバイトしているという茶髪の若者が準備を仕切ったが、すべて決まりどおりきちんと整えられていた。
普段とは違う場所だからか、それよりこの場所に何かがあるのだろうか、異様なほど厳粛な雰囲気で婚礼が始まった。神楽は外国人らしい少年だったが、どこで教わったのだろうか、妙に律儀で綺麗な所作だった。この後ではへたに勿体付けてモゴモゴ言ったら格好にならない。負けずに声が通るよう気合いが入った。謡は春の黒犬の神事の時に舞と唄を披露した娘さんたちだった。これもどこで覚えたのだろうか、聴いたことのない不思議な節回しだった。ことばの言い回しからは、私の知るものよりずっと古い様式のように思える。この2人はいったいどんな方なのだろうか。その後に捧げられたのはどこかの古謡なのだろう。稲荷狐の嫁入り唄というらしいが、童謡のような唄も若い娘にふさわしい唄だった。
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式が終わって、見守ってくださっていた村の皆に挨拶。村の中で結婚式って、ずいぶん久しぶりだそうです。村の子どもが、「ここで結婚式ってできるんだね。」って。僕もこんな結婚式って、1年前には思いもつかなかったでしょう。
一旦家に戻って着替えて一服。夕方からはたまこ屋でお祝いの会。表向きは休業という形ですが、貸し切りではありません。普段どおりに客さんも来てます。つまり突発イベント状態ですね。お祝いの饗がわりに、お菓子はサービスで、ヤカンのお茶をセルフで。お腹がすいた人もいるだろうからと、スナおばちゃんが小さなおにぎりと揚げ物を山盛り作ってくれてましたが、これは高校生たちがほとんど平らげてしまいました。
珠子さんが結婚するという話、常連さんには伝わっていて、花束や飾りの小物を贈られました。珠子さん、この半年でずいぶん大勢と知り合いができたんですね。珠子さんと並んで僕も御挨拶。小代ちゃんとちびたちのクラスの子たちも来てくれました。珠子さんは子どもにも人気があるようです。僕もあれこれ訊かれました。らいむちゃんが神社で撮ったビデオを映して、その流れで陽子さんと真白さんがもう1度「稲荷狐の嫁入り唄」を振りを付けて。2人は黒スーツと白のドレス姿ですから少女歌劇っぽいです。2度目だから歌詞もだいたい解りました。神に稲田の豊作を願う祈りと神の導きで出会った男女の幸せを重ねて唄ってるんですね。その後はタッちやんが高校生に合いの手を教えながら「新・ねこじゃ踊り」。これには珠子さんと僕も巻き込まれました。
ひとしきり盛り上がったあと、閉店時間で一次会は終了。一旦片付けたあと、夜は神様と妖の部でした。み~ちゃんと一緒に龍神様があらわれ、それから繭神様と機織神様はジミー君のエスコートで。あの白犬の猛者2人の先導で現れた髭の老人姿は田ノ神様でした。
お定まりの事で2人の経歴紹介から始まりました。僕は前の会社が潰れて失業して、半ば引きこもるつもりで叔母の残した家に越して来たいきさつを話ました。それを受けて陽子さんが僕と珠子さんの出会いのあたりの話を面白可笑しく語り、アキちゃんは僕がナイフを作った話をして、らいむちゃんは大狼退治の一件を知った時の僕の様子を笑い話にして。そこからあちらの村の様子があれこれ話題になりました。タッちゃんが暴竜退治の時の顛末を話せば、小代ちゃんは僕が猫になった珠子さんを抱えて走って来た様子を話して。振り返れば、この1年半ほどの間にいろんな事がありました。
妖怪と神様関係だけなので、余所ではできない話題が次々と出ます。田ノ神様は、僕たちが黒犬様の関係の村を守ったことを労い、「人と獣の妖が伴に仲良く結ばれるのは喜ばしい事であるな。」と。やはり黒犬様の事がいくらか気になっていたのでしょう。
僕の妖力の話も出ました。「陽子ちゃんからも頼まれてたんだけどね、変な力が目覚めたりするよりは遣いでのある技がいいよね。それでうちと縁の濃い神様たちに声をかけておいたのよね。」突然顕現した能力は、やはり機織神様の関係のようです。「太志ちゃんって、金物に飾り彫刻するんでしょ。気が向いたら、髪飾りか簪を奉納してよね。」 その流れで、龍神様と繭神様には懐刀を作ることになってしまいました。「どうせなら、現代風で見栄えのする得物が良いなあ。」と。
神様のリクエストで、真白さんと陽子さんに白菊さんも加わって、あの稲荷狐の嫁入り唄を。ところが今度はなんか違って、どこか不思議な歌詞・・・というか、だいたいは同じようだけど言葉の音が耳慣れた日本語と違う感じ。そう思って歌い終わった陽子さんに訊いたら、白菊さんが説明してくれました。「言葉と言うものも、100年でもけっこう変わり、1000年も経てばずいぶん違ってしまいますよ。今唄ったのは、昔々に私たちが狐里で覚えた頃の唄い方。昼間のは、今日のために今風の発音に直したものでしょうね。言葉の響きは変わっても、その想いは変わらないものよ。」
想いは変わらないにしても、言葉が変わるほど長い年月。その何百年もの時間を生きる妖たち。陽子さんも、真白さんも、白菊さんも、み~ちゃんも、ソウさんも、スナおばちゃんも。おそらく、ジミー君、小代ちゃん、ハルちゃんたちも、これから何百年も生きるのでしょう。歌詞には「神の世が続くかぎり永く仲良く」ってありました。僕もそうありたいけど、最後は珠子さんを残して先に逝くことになります。そんな事を想っていると、繭神様が近づいて来て「これは結婚祝い。」と、僕の頭に触れました。「持ってる妖力に神力を足したから、じきにそこのスナおばちゃんみたいに齢の理を超えられるようになるから。だから珠子ちゃん、永く大事にしてあげてよね。」って。タッちゃんがちょっと驚いた顔してます。あれれ??
齢の理って、年々歳とって老いて行くって事ですよね。神力貰っちゃったけど、これってまずい力なんじやないかしら。でも、珠子さんは「これから太志とずっと一緒だよ。」と喜んでくれてます。小代ちゃんは「私たちとも一緒ですね。」ってあっさりと。笑い声に振り向くと杯を持った龍神様と田ノ神様が面白がっています。「まあ慣れるで時間はたっぷりあるからなぁ。」って言ってるのは陽子さん。本当は大ごとなのだろうけど、この仲間とずっと居られるのだから、それはそれで面白そうです。
やっと物語も一段落。一応の最終話です。
次の投稿は「あとがき」です。
このままブクマ解除せずにお読みいたたげると嬉しいです。
(その後も、後日談のような物を時折投稿する予定です。)