秋の訪れ
緊迫の大事が終わって気分はすっかり緩んでます。
お話はやっと9月に入ったあたり。太志の日本の日常。
ここまで来ればあとはハッピーエンドしかあり得ません。
もう少しお付き合いください。
田舎の村に引っ越して来て街の暮らしとは違うのが当然だけど、季節を感じる事が多くなりました。まだ暑さが残ってますが、朝晩はだいぶ涼しくなりました。やっと今年の夏も終わり。今年は去年よりさらに普通でない夏でした。来年はどうなる??
今年は溜め池の水は無事に持ちこたえています。先月後半から少しづつ降水があるのも大きいですが、やはりみ~ちゃんが水脈を見つけてくれた井戸が効いています。村の男手で昔の泉の石組みを掘り起こして、新しい湧き口に積み直しました。それが「江戸時代に地震で枯れた湧き水の復活」として市報に載りました。それ以来、車で水を汲みに来る人が増えています。コーヒー淹れて美味しいらしいです。
暑い最中に一時水が切れましたが、家の前の畑の作物は無事に生育しています。春早くに植えた豆はそろそろ終わり。耕して肥料を足して、次は大根です。トマトとキュウリはまだ元気なので、どこまでがんばるか悩ましいです。遅くなるようなら蕪は枝豆の後に蒔くことにします。季節の進み具合に合わせて、作物の植え付けを考えるのはパズルみたいでけっこう難しいです。獣人村と違って失敗してもたいした事は無いのですが、気分的にはなんとも悔しいです。
学校が始まって子どもたちの生活は普通に戻りました。たまこ屋も普通に営業しています。午後には幼稚園のお迎えのママさんたち、夕方は高校生が溜まっています。小代ちゃんたち、バス待ちしてる子が宿題をやってて、それを高校生が手伝って、高校生の宿題を珠子さんが見ていたり。陽子さんの働いているケーキ屋さんもあいかわらずのようです。
たまこ屋の工事は順調に少しづつ進んでいるみたいです。周囲に柱が立って、屋上と3階の床の工事が進んでいます。これから2階の外壁を作って、今のたまこ屋の建物の屋根を解体して、それから2階の床を作るという手順です。古い建物が少しづつ新しいビルに飲み込まれて行く感じです。
再開発ビルが建つ場所の片付けが始まりました。転居が済んだところから古い木造の建物が解体されています。見に行った建築家さんが、昔風の型板ガラスの入った引き戸を貰って来ました。これを新しいたまこ屋の内装に使うそうです。昔の駄菓子屋っぽい雰囲気になりそうです。
その話のついでに、古い家に五右衛門風呂がある事が判りました。「もったいないけど鉄屑にするしか無いだろう」というので、僕が貰うことにしました。黒犬村へ持って行けば役に立ちそうです。あっちは薪は豊富ですから。
僕の仕事も普通に続いています。アルミや鉄もありますが、なぜか銅とステンの加工が増えてます。嵌め合わせや大径のネジ加工の注文が続き、旋盤の腕がだいぶ上がりました。家の工房では、やはり銅とステンですが、こちらは謎剣造りなのでフライス加工です。
エルフさんから銅合金の懐剣の注文が来ました。余所の村のエルフさんが訪ねて来るらしく、そのお土産にするらしいです。全体のデザインは以前と同じですから治具をそのまま使えます。彫刻の模様は葡萄と桔梗。桔梗はあちらの村のシンボルだそうです。所要15本ですが、一緒に余分に作って武器屋に回します。
夏のあいだ、小代ちゃんやハルちゃんたちとあちこち出歩いて、そのついでに神社もいくつか回りました。それが何か作用したのでしょうか、妖力を感じる力が発現したようです。陽子さんや珠子さんの気配はすぐに判ります。少し気を巡らすと他の妖たちも感じます。み~ちゃんによると優れた陰陽師が持つ妖力察知だそうで、もう少し慣れると妖力の質や量が判るようになるらしいです。珠子さんには「それなら陰陽師になったらいいじゃん。」って言われましたが、『物や空間に妖力を流して様子を探る』っていう能力の方が役に立ちそうです。銀ロウ付けした所を透過して見れると便利そうです。
物気配察知の効果らしいですが、時折普通なら見えないようなもの、おそらく妖怪が看える事があります。数日前、畑でキュウリを収穫していたら、横に和服着た小さな男の子がいました。現代の子どもの姿ではありません。僕に向かって、「今年の胡瓜は元気で嬉しいよ。来年はあじうりも植えてほしいなあ。」と言ってすぐに消えてしまいました。絶対にあれは妖です。
陽子さんに相談すると、「おそらくは弱い妖。太志の妖気に気付いて出てきたけれど、短い時間しか姿を顕せないんだろう。もう少し妖気に慣れたら、あちこちに小妖がいるのが解るだろうなあ。」僕の妖気に惹かれて妖怪が来るって、危ないですよね。「まあ、妖力の量で言えば太志はたいがいの妖より多い。よほどの用事でも無ければ小物は姿を見せたりしない。」でも、あのキユウリの男の子は話しかけて来ましたよ。「そいつ、『今年は』って言ったんだろ。たぶん土地憑きだろうなあ。土地のものは疎かにしちゃあけないぞ。味瓜なあ。あれは旨いからなあ。」アジウリって、瓜なんですか。マクワウリとは違うんですよね。僕も食べてみたいです。